第226話 同棲してます
ちょっとした(?)騒ぎもあったが、食事の準備が出来たとの報告があり全員がテーブルに着いた。
特に席を指定されている訳ではないようなので、とりあえず角席へ座ろうとしたのだが…花子さんが俺を無言で引っ張ると、そのまま中央の席へ案内されてしまった。
右隣は直ぐに沙羅さんが座り、俺を引っ張った花子さんはその足で左隣へ座ったようだ。
この一連の動作を皆は苦笑して眺めていたのだが、雄二だけは思案顔でこちらの様子を…正確には花子さんの様子を見ているようだった。
…………
運ばれてくる食事はコース料理になっており、以前の俺であればテーブルマナーに悩んだかもしれない。だが今の俺は、沙羅さんからとても優しく(厳しくではない)指導された甲斐もあり、以前とは全く違うのだ。
西「それでは…高梨さんと沙羅の婚約を祝して…」
全「「「かんぱ~~~~い!!」」」
あちこちでグラスを当て合う甲高い音が鳴り響き、俺も身体を乗り出しながら、全員と一通りグラスを合わせていた。
ちなみにグラスの中身は、勿論ジュースやウーロン茶だ。
やがて前菜が運ばれてくると、いよいよ沙羅さんとの勉強の成果を見せるときが来たようだ。ナプキンの使い方、カトラリーを使う順番…
少し心配なのか、沙羅さんは時折こちらをチラチラ見ながら様子を伺っているようだ。でも特に指摘されないということは、間違えてはいないのだろう。
運ばれてくるお洒落な料理(名前もお洒落)に舌鼓みを打ちながら、やはり心のどこかで沙羅さんのご飯が一番だと考えてしまうのは仕方ないと自分でも思う。俺はきっと、自分にとっての最高のご飯を既に知ってしまっているのだから。
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西「高梨さんはかなり慣れたようですね。沙羅からしっかり教わっているようで何よりです。」
食事も終わり、お楽しみのデザートを堪能していた俺に、西川さんから声がかかる。
どうやら沙羅さんだけでなく、西川さんも俺のテーブルマナーを見ていたらしい。
俺「沙羅さんが丁寧に教えてくれましたからね。」
西「沙羅の婚約者ともなれば、今後パーティーや会食に出席する可能性も増えますから、覚えておいて損はないですよ。」
そう言えば以前、テーブルマナーの話になったときに西川さんから似たようなことを言われた覚えがある。あのときは「沙羅と交際していくなら覚えた方がいい」とだけ言われたが、西川さんは今の俺達の状況を予想していたのだろう。
沙「大丈夫ですよ。一成さんには私がついております。暫く拝見させて頂きましたが、十分に身に付いているようで私も嬉しいです。後でご褒美に、いい子いい子して差し上げますからね♪」
俺「は、はい。」
藤「い、いい子いい子って…」
立「やっぱり、薩川先輩は子供好きなんですね!」
花「いや、今それを言うと、高梨くんが微妙になるから。」
周囲から見れば、俺は沙羅さんに子供扱いされていると思われているのだろう。
だけど俺は、あれも沙羅さんなりの愛情表現であると分かっているのだ。だからこそ、自分が子供扱いされているなどと全く思っていない。
沙「これは私がして差し上げたいからするのです。もちろん一成さんがお嫌でしたら止めますが…一成さんは、お好きですよね?」
「えーと…はい。」
当然だが、俺がここで見栄を張るなど有り得ない。それが例え、周りから白い目で見られる答えだったとしても、沙羅さんとイチャイチャできるならそれが最優先である。
心にもない否定をして沙羅さんを悲しませるなど俺は絶対にしないし、それなら俺が恥をかけばいいだけの話だ。
沙「ふふ…もちろん存じておりますよ。ですから私は、一成さんのお好きなことをして差し上げたいのです。後でいい子いい子です♪」
夏「はぁ、甘えたい高梨くんと、甘やかしたい沙羅で…あんたら本当にお似合いだわ。」
速「普段の一成を見ていると、そんな感じはしないんだけどね。」
雄「俺の知る限り、そんな一面を見たことがないけどな。ただ…あの胸糞悪い時期の一成を見ていた俺から言わせて貰うと、これはある意味の反動じゃないかと思うんだよ。それくらいあの頃は酷かったからな。」
あの当時の俺を、唯一知っている雄二ならではの意見だ。
正直なところ、自分ではそこまで冷静に考えたことがない。自分がこんなに甘えん坊な人間だったかと自問したことはあるが…
結局のところ、沙羅さんに抱きしめられてしまえば、その辺りのことも全て吹っ飛んでしまうのだ。
花「単に甘えてるだけなら情けないけど、高梨くんは肝心なところがしっかりしてる。男として必要なことはやってると思う。だから薩川さんも、安心して甘やかしてるはず。」
西「そこまで言い切るなんて…沙羅に負けず劣らず、高梨さんのことをよく見ているんですね?」
花「別に…何となくそう思っただけ。」
夏「花子さんも相変わらずだねぇ」
花子さんの意味深な発言はこれで何度目だろうか…
実は以前、沙羅さんにこの件をそれとなく聞いてみたことがある。そのとき返ってきた答えは、花子さんが話をするまで待ってあげて欲しいということだった。なので俺もそれ以上は聞けなかったのだ。
そして花子さん本人からも、近い内に教えてあげると言われた。かなり気になるのは間違いないけど、やはり今は聞かない方がいいのだろう。
沙「花子さんの言う通りですよ。それに一成さんは、いつも甘えたさんという訳ではありませんから。」
花子さんの意見に同調するかのように、沙羅さんからも俺を擁護する声が上がった。
立「…あ、甘えたさん?」
藤「…薩川先輩って、言葉のチョイスが可愛いですよね。」
夏「…いやいやいや、ちょっと前までの沙羅を知ってたら、自分の目と耳を120%疑うからね?」
花「参考までに聞くけど、高梨くんはどういうときに甘えてくるの?」
西「は、花子さん!! 余計なことを聞かないで下さい!!」
西川さんが何かに焦りながら、急いで花子さんを止めに入る。そして正直なところ、西川さんだけでなく俺もこの話を聞くのを恐いと感じていた。
一応、思い出す限りではあるが、意識して自分から甘えようとしたことはそうそうない筈だ。流されて甘えたことは何度もあるけど。だから大丈夫…だよな?
沙「そうですね…まず寝起きの一成さんは、本当に甘えたさんなんですよ。私が起きる時間になっても、胸からなかなか離れようとしませんから。でも、そんな様子が本当に可愛いらしくて、結局は私も離せなくてお布団から出るギリギリまで抱っこしていますけど…」
俺「え!?」
全「「「 !!?? 」」」
寝起き? 記憶にない……いや、微妙に覚えているような…あれって夢じゃないのか!?
藤「ね、寝起きで抱っこ!?」
立「え、え、それってつまり…」
夏「ちょ、ちょっと待ちなさい、胸って何!?」
速「いや…これは…」
雄「か、一成、お、お前まさか…」
俺「俺は何も!?」
花「ねぇ…まさかとは思うけど、泊まるとき一緒の布団で…寝てるの?」
沙「今まではお泊りのときだけでしたが、これからは毎日一緒なんですよ。毎朝、一成さんが私に甘えて下さるなんて、本当に幸せです。」
シーン………
沙羅さんが嬉しそうにしながら頬を朱くしているが、周りはそれでころではない。
またしても時間停止能力が発動したらしく、全員がその時点の動きと表情で完全に停止しているようだ。これは先日の生徒会メンバーのそれを彷彿とさせるもので、つまりこの後のリアクションも同じだと予想できる。
それにしても…
同棲のことを話す前に、話題がそれに到達してしまったのはちょっとマズいかもしれない
俺「さ、沙羅さん。この件については、俺が…」
夏「ねぇ…毎日ってどういう意味? まさか同棲してる訳じゃないよね?」
沙「先日から一緒に暮らし始めました。」
「………………」
全「ええええええええええええええええええええええ!!!!」
キーーーン……
俺が今まで聞いてきた「人の声」としては、間違いなく最大級の大絶叫だった。それはまさに、耳をつんざくような勢いであり、当然の如く耳鳴りも発生していた。だが大変なことになっているのは俺の耳だけではない。皆はそれ以上に大変なことになっているのだ。
一番大変なのは西川さんかもしれないが…
夏「同棲?……同棲……どうせいぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
藤「い、一緒に…だ、男子と一緒に暮らして…ふぇぇぇぇぇぇ!?」
立「わわわわわわわわ…え? え? ひょ、ひょっとして…もう!?」
速「いやいやいや、ついにそこまで到達したんだ。一成は相変わらず大胆だ!」
雄「おいおい、水臭いだろう。そういうことは真っ先に報告してくれよ。」
花「全員落ち着きなさい。今までも散々泊まっていたんだから、それが毎日になっただけでしょ? と、ところで高梨くん、お姉ちゃんの目を見なさい。私に何か言うことはない?」
花子さんは一見冷静なように見えるが、やはり動揺はしているらしい。誰よりも勢いよく俺に接近して、そのまま押し出すくらいの勢いで体当たりをかましてきたのだ。
藤「…一緒に寝て…一緒のお布団…ふわわわわ、ダメダメダメ、私の馬鹿馬鹿!!」
立「ま、ま、満里奈、それはダメ、考えちゃダメ!!」
花「………」
藤堂さんは、何もない自分の頭上で何かを消しているかのように、両手をバタバタと動かしていた。そして立川さんも、そんな藤堂さんに合わせるようにバタバタと手を動いている。
花子さんは相変わらずの至近距離で、俺に目で何かを訴えているようだ。
夏「ね、ねぇ。同棲してることは、沙羅の両親は納得してるの?」
沙「はい。一緒に暮らすことは許可を貰っています。」
夏「えぇぇ…た、高梨くん、あんまりこういうことは言いたくないけど…大丈夫?」
夏海先輩は、「大丈夫?」という部分を明らかに強調して問いかけてきた。本当は何を聞きたいのかということは俺だって勿論わかってるのだ。
だから俺は、大丈夫であると信じてもらえるように返答するしかない。
俺「大丈夫ですよ。以前、真由美さんからしっかり言われたし、政臣さんとも約束しましたから信じて下さい。誰に言われなくても、俺は沙羅さんをこの先も絶対に大切にしますから。」
沙羅さんに勘ぐられないよう、言葉を慎重に選びながら返答しておいた。特に夏海先輩には、これが意味を分かった上での返答だと目線でアピールすることも忘れない。
そのお蔭か、一部を除いて「大切にする」という宣言をそのままの意味で解釈してくれたらしい。特に沙羅さんは余程嬉しかったのか、感動したように少し目を潤ませていた。
藤「高梨くん凄い……薩川先輩のことを本当に大切に想ってるんだね…」
立「好きな人からあそこまで強く想われるって、どんな気分なんだろうね?」
沙「一成さん…嬉しいです…」
沙羅さんは俺にゆっくりと近付いてくると、そのまま正面からそっと抱きついてくる。条件反射的に俺が腕を回すと、ぴったりと身体を預けてきた。
速「…あの三人は純粋だねぇ」
雄「…いや、薩川さんがわかっていないのはキツいだろ…一成は生殺しだ…」
夏「相変わらず隙あらばイチャイチャしてからに。はぁ…政臣さん達が信じてるなら、私からはもう何も言えないのか…高梨くん、私も信じたからね?」
その言葉に力強く頷いた俺を見て、夏海先輩は渋々ながら一応納得してくれたらしい。
男女が一緒に暮らして何もないなど、信じるのは難しいだろう。俺だって逆の立場であればそう思うのは間違いない。
たから俺は行動で証明していくのだ。
花「…それにしても、遂に同棲まで始めるなんて」
藤「聞いたときは驚いたけど、よくよく考えてみると違和感を感じないよね。むしろ自然というか…」
立「だよね。今までもずっと同棲してましたって言われても、やっぱりって思っちゃいそう」
…こういう反応を見ると、普段から自分達がどう思われているのかよくわかる。
すんなり同棲の事実を受け入れ始めているだけでなく、あっさりと落ち着きを取り戻している友人達。つまり俺達は、そのくらいやっても当然だと認識されていたということだ。
俺達は、そんなにやらかしてきたんだろうか…
速「何と言うか…いつでも相談してくれよ…男的に」
雄「一成…普通に考えて大変なんてもんじゃないぞ。何ができるかわからないが、早めに言った方がいい。」
俺「あ、あぁ、わかってる」
男としての悩みは、やはり同性である親友達が一番よくわかってくれているだろう。気を使って言ってくれているのは勿論わかっているが、こんなことを真面目に話している自分が情けなく感じてしまう。
沙「あの、もし何か困ったり、大変なことがあれば直ぐに仰って下さいね? 私が出来ることであれば何でも致します。出来なくても頑張りますから。」
俺「あ、ありがとうございます。」
純粋で無垢な笑顔。それは心からの言葉であり、他意は全く無いことがよくわかる。だからこそ自分が情けなく感じてしまうのだ。
どこまでも優しく、そして残酷な沙羅さんの殺し文句に、親友二人は同情の視線を俺に投げかけてくるのだった。
西「……………」
ちなみに…すっかり忘れていた西川さんは、呆然とどこかに旅立っているようである。
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次回は、「一緒に寝ている」辺りの追加暴露(被害者一成)、生徒会の相談など残っている話をして、報告会が終わります。そして、花子さんからお誘いが…(ぉ
ということで、年内の更新は今回でラストとなります。本当は年内で報告会を終わらせる予定でしたが、無理に書くもの何なので。
では改めまして、読者の皆さま、本年は誠にお世話になりました。
何の準備も勉強もなく衝動的に始めた執筆でしたが、拙作にも関わらず、こんなにもたくさんの読者様が居て下さり、私も、一成も、沙羅も、本当に幸せです。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。
コロナで大変な年末年始となってしまいましたが、お身体にお気をつけてお過ごし下さい。
それではよいお年を…
つがん
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