第125話 沙羅さんに会いたい

夏休み最終日

沙羅さんは今日帰ってくる…

今日は来てくれるのか? 明日になるのか?


昨日の電話では、向こうの出発時間がわからないのでそれ次第になるという話だった。


「なるべく急かしてみますので」

「沙羅さん、気持ちは嬉しいですし、俺も本当に早く会いたいですけど、無理だけはしないで下さいね」

「…それこそ無理です。正直に言いまして私も我慢の限界と申しますか、一成さんのお声を聞いて少しでも早く抱きしめて差し上げたいのです…」


うう…

自分でもよくないとは思うけど、そんな風に言われると甘えたくなってしまう。


遅くなるようであれば、明日の朝に来てくれるということだった。

できれば今日会いたいんだけどな…


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スパーン!!


「ゲームセット! マッチウォンバイ…」


速人の勝利を告げる審判のコールが響く。


「きゃあああ!!」

「速人くーん!!!」

「は・や・と!! は・や・と!!」


うん、見事なまでにデジャブだ。

どうせやることもないし、家にいると沙羅さんのことばかり考えて寂しくなるので速人の応援に来ていた。


今日は男子と女子の会場が違うので、夏海先輩はいない。

まぁテニスの試合を見に来るのは初めてではないし、ルール含めて多少は馴れたけど。


夏休み最後の機会とあってか、速人の応援にきているであろう女子の数は更に増えていた。

先日また読モをやった雑誌が販売されたらしいので、その影響かもしれないな。


この試合で夕方まで時間は潰せるから、帰ればひょっとしたら沙羅さんとも直ぐに会えるかも。

早く会いたいです…沙羅さん


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「またね来てね〜」

「バイバーイ!!」


親戚に見送られて、お父さんの実家を後にします。


やっと…やっと…やっとやっとやっと、帰ることができるのです。

これから出発なので、時間的にも恐らく一成さんのお家には少ししか滞在できないでしょう。

それでも、例え少しの時間でも一成さんとお会いしたいのです。

愛しさが込み上げるといいますが、きっと今の気持ちがそうなのでしょう。


ですが、それと同時に焦りも感じております。

電話口での一成さんの声色は、少し聞いただけでもわかるくらい、寂しいと思っていらっしゃるようでした。

あのお家に一人で、ずっと私の帰りを待っていて下さっているのです…


ですから早くお会いして、会えなかった分までいっぱい甘えさせて差し上げたいのです。そして…私も少しだけ甘えさせて頂きたいのです。


「んふふ〜沙羅ちゃんどうかしたの?」


「いえ、何かありましたか?」


お父さんに言わないように指示をしたのはお母さんだというのに、何故わざわざ指摘するのでしょうか?


一成さんとのことを伝えても良いのでしたら、私はいつでも報告致しますよ?


「沙羅、生徒会のことを悩んでいると言っていたが、ひょっとして生徒会長に立候補するのか?」


そうでした、咄嗟にそんなことを理由にしたのでしたね。


「ええ、その可能性もあるかな…と」


嘘です。

正直に言いまして、私はもう生徒会長はおろか、副会長も生徒会役員の肩書きも興味がなくなりました。

一成さんと二人で幸せになれるのであれば、それ以上は何も必要ないのです。


ですが、強いて言えば役職にあることで、今後の一成さんの学校生活に利点を見出だせるというのであれば続けてもよい…くらいでしょうか。


「うふふ…あのときは私が生徒会長で、あなたが副会長でしたね。」


…両親があの学校出身だということは知っていましたが、それは初耳ですね。


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「速人く〜ん、かっこよかったよ!」

「また明日学校でね〜!」


「ああ、今日も応援に来てくれてありがとう!」


「高梨くんもまたね〜」

「また明日教室でね!」


「ああ、また明日」


学校のファンクラブメンバーは、さすがに俺のことを覚えてくれているようで、クラスメイトの二人も相変わらず来ていた。


「速人くーーん!」

「こっち向いて〜〜〜」


みんなスマホで写真撮ってるな。

呼び掛ける人は恐らく普段から来てる常連だろう。


「一成、すまない待たせた!」


「おう、お疲れ! 今日も大活躍だったな」


試合の疲れを感じさせないようなイケメン笑顔を振り撒いて、俺とは月とスッポンな速人がやってきた。


「応援ありがとな!」


「沙羅さんがいなくて暇だったんだよ」


照れ隠しではなくて本音だったりするんだが。

それをどう受け取ったのかわからないが、それでも速人は嬉しそうだった。


「理由どうあれ、応援に来てくれたのは嬉しいからな」


おお、さすがは爽やか系イケメン。

俺じゃなくて夏見先輩にアピールしろよ。


「それで、もういいのか?」


「ああ、もう解散したから帰ろう」


現地解散ということは聞いていたが、俺と帰っていいのだろうか?

部活の仲間は…まぁ本人がよければいいんだけどさ。


俺は荷物を纏めて席を立つ。

速人が横に並び、帰ろうとするとまだ声がかかる


「速人くん、またねーーー」

「バイバーーイ」


「ああ、ありがとう!」


律儀に挨拶を帰す速人。

こういうところも人気の秘訣だろうな。

でも俺はそんなことより沙羅さんだ!

夜になれば沙羅さんが帰って来てくれるはずだ…きっと


「嬉しそうだな? 一成」


「そりゃまぁな。」


嬉しさのあまり、思わずニヤけてしまいそうだ。そんな俺の表情を見て、速人がニヤニヤした。


「五日ぶりとはいえ、薩川先輩に甘えすぎるなよ?」


それは無理かもしれない…

早く夜に…


「すみません速人くん!! 私たちと一緒に写真撮って下さ〜い」


…俺と話をしている速人に声をかけたと思うと、強引に間に入ってきた。

ふてぶてしいというかなんというか。


「ごめん、俺は友達と話があるから」


どうやら少し気分を害したらしい速人が断りを入れた。


「えぇぇ、じゃあお友達……は?」


最初はかなりぶりっ子したような口調だったくせに、断られた瞬間に凄い不服そうな声色に…


……………


…なぜだ、この声に聞き覚えがある


心臓がドクドクと激しく鳴っている気がする。

俺の脳が、耳が、否定しろと言っている。


嘘だ、そんな筈はない、俺の気のせいだ

そうでなければ困るんだ。


答えを知りたくない一心で、一刻も早くここから離れたかった。


「速人、俺は先に…」


「うっそ〜〜、一成が速人くんの友達なんてすっごい奇遇だねぇ」


凄まじいまでの嫌らしさを含んだ声が聞こえた。

何故だ…なんでお前がここにいる?


「ちょっと、幼馴染みが話しかけてるんだからシカトしないでよ〜。久し振りに会えて嬉しいな〜」


どの口がそんなふざけた台詞を言うのか


俺はお前に二度と会いたくなかったよ


……柚葉

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