第265話 皆でお弁当を…

 四時限目、終了間際。


 はぁ…本当に、自己嫌悪だ。

 何で俺は我慢できなかったんだろう。

 しかも不可抗力とはいえ、沙羅さんの教室へ突撃までしてしまった。

 それだけは絶対にしないと決めていたのに…

 だからと言って、それを悠里先輩のせいにするつもりなんかない。

 切っ掛けがどうであれ、教室に入ったことで、俺は沙羅さんに会えると期待してしまった。嬉しいと思ってしまった。喜んでしまった。

 その時点で、これは俺の責任なんだ。


 昼休み中に、沙羅さんにしっかり謝ろう。

 きっと沙羅さんは怒ってないって言うだろうけど、それでもこれは俺のケジメだから。


 …なんか、今日はケジメばっかりだな。

 

……………

………


 キーンコーン…


 四時限目の授業が終わり、先生が教室を出ていくと、教室内は一気に休み時間モードの騒ぎに変わる。

 急いで教室を飛び出していく購買組を皮切りに、クラスメイト達はそれぞれが決まった場所へ移動を開始した。


「一成、早く行こう」


「そうだな」


 花子さんは俺に声をかけながら、自分の弁当が入った巾着を片手に席を立つ。

 ちなみに俺は手ぶらだけど、それはいつものことだ。


「ねぇねぇ高梨くん、前から気になってたんだけどさぁ。ひょっとして、お昼は毎日薩川先輩と一緒なの?」


 教室から出ようとした所で、入り口付近に陣取っている女子のグループから声をかけられてしまう。

 別に今更隠すようなことでもないから、正直に話してもいいか。


「あぁ、そうだよ」


「やっぱり!」

「ねぇねぇ、いつも手ぶらなのもひょっとして?」


「え? あぁ、俺の弁当は沙羅さんが…」


「きゃぁぁぁぁ!!」

「うわぉ、薩川先輩が毎日お弁当作ってくれるの!?」

「ちょっ、本当に奥さんみたいだよね!」


「…羨ましくなんかない…羨ましくなんか…羨ましくなんかぁぁぁぁ」

「…ま、毎日…毎日、薩川先輩が、弁当…」

「…くぅぅぅ、羨ましすぎるぅぅぅぅぅぅぅ」


 お弁当の話をしただけなのに、女子のグループが大騒ぎを始めてしまった。

 こういう手合いの話は女子の方が楽しめるのかもしれないけど、ちょっと反応に困るぞ。


「一成、皆が待ってるから急いだ方がいい。遅くなると、嫁がやきもきする」


 どうリアクションしようか悩んでいると、横から花子さんが助け船を出してくれた。お弁当を持っていない右手でちょこんと俺の左手を握ると、そのまま先導するように引っ張ってくれる。


「ぐふふふぅ、相変わらずそっちも仲良いねぇ!」

「あ、ごめんね、呼び止めて!!」

「薩川先輩に宜しくね~」


「…超絶美人の彼女がいるのに、花崎さんまでぇぇぇ」

「…なぁ、呪いの力って、どこまで効果あると思う?」

「…試すか? 試しちゃうか!?」


 今日も朝から教室内はずっと大騒ぎだ。

 まぁ、一応は俺のせいでもあるんだろうけど…って、そんなことより、早く行かないと!


--------------------------------------------------------------------------------


 花壇が見えてくると、地面に敷かれたビニールシート上では、既に俺達以外の全員が揃っている姿が確認できた。

 やっぱり俺達が一番最後だったみたいだ。

 まぁ今回は、教室の出際に女子から呼び止められたので、そこで時間をロスしたから当然なんだけど。


 そして俺達が来たことに一番早く気付いてくれたのは、やっぱり沙羅さん。

 こちらを確認すると直ぐに立ち上がり、小走りで近付いてくる。


「一成さん、お疲れ様です」


「お待たせしました」


 そう言えば…さっきの休み時間、沙羅さんの教室を出るときに怒鳴り声が聞こえたような気がしたんだけど…

 とりあえずこうして様子を見る限りは、特に問題は無さそうだ。

 いや、寧ろそれどころか、普段よりも機嫌が良いようにも見える。


「いえ、準備は出来ていますから、お弁当を食べてしまいましょう」


「嫁、何でそんなに急ぐ?」


「別に急いでいる訳ではありませんよ。ただ、お昼ご飯を食べ終わったら、一成さんを抱っこして差し上げるお約束になっていますので。その時間を少しでも長く…と思いまして」


「…は?」


 嬉しそうに微笑む沙羅さんとは対照的に、花子さんの表情が一瞬で呆れ顔に変わる。

 白目で睨むとまでは言わないが、その表情から「何を言ってるんだこのバカップル?」みたいに言われているような気がして…非常に居心地が悪い。

 でもこれは俺からもお願いしたことだし、沙羅さんもこういうことはやると言ったら絶対にやる人だ。

 つまり抱っこはもう確定なので、俺は皆の視線に晒されながら羞恥プ…じゃない、ご褒美(?)が実行されるってこと。


「さぁ、ご飯にしましょう。その後で…いっぱい一成さんを、いい子いい子して差し上げますね♪」


 沙羅さんが満面の笑みを浮かべながら俺を見る。こんなに嬉しそうな沙羅さんの為なら、俺は冷やかされようが白目で見られようと何と言われようが関係ない。

 もう素直に甘えると心に決めたんだ。


……………

………


「はい、一成さん、あ~ん」


「あ~ん」


ぱくっ…もぐもぐ…


「ふふ…如何ですか?」


「美味しいです!」


 本当に美味しいんだけど、いつも同じ様な感想しか言えないのがちょっと申し訳ない。

 もっと気の利いた台詞の一つでもとは思うけど、じゃあ「ここがこうでこうだから美味しいんですよ」なんて言ったら却ってわざとらしいよな。

 だから結局、シンプルに一言「美味しいです」としか言えない訳で。でも沙羅さんは喜んでくれているし、それならそれで問題ないか。


「はぁ…毎度毎度毎度毎度、よくもまぁそこまでイチャついて飽きないわねぇ」


「夏海もおかしなことを言いますね? こんな幸せなことに飽きるなんて、そんな筈がないでしょう?」


「……」


 ちなみにそれは、俺も完全同意。

 沙羅さんとの幸せな時間に飽きがくるなんて、そんな可能性はこの先もずっと微塵も絶対に存在しない。

 断言できる!


「まぁまぁ夏海先輩、二人のこれが見られなくなると、こっちも調子が狂ってしまいますから」


「そうですよ。私は、高梨くんと薩川先輩が仲良くしている姿を見るの好きですよ。見ていて幸せな気持ちになりますから」


 うう…藤堂さんの素直な笑顔に癒される。相変わらず天使だ。


「まぁ…調子が狂うという意見は同意。でも、そんなお花畑な意味じゃないけど」


 そしてこっちの幼天使は、完全に呆れモード…と。

 モロに白けたような視線でこっちを見てるけど、たまに自分の弁当と俺の顔を見比べているのはどういう意味だ?


「花子さん、お花畑って酷いよぉ 」


「ミステイク。思わず本音が」


「それ、フォローになってないから」


「黙れイケメン」


「ぐっ…相変わらず厳しいなぁ。ねぇ花子さん、そろそろせめて、一成の三分の一くらいは…」


「一成を引き合いに出すなんて千年早い。爪先でも無理」


 こっちはこっちで、相変わらず取りつく島も無いってところか。

 ただ…今朝の一件を見て感じたことだけど、実は花子さんもこのノリを楽しんでいる節がある。

 クラスの男連中に見せていたような表情…軽蔑や侮蔑を含ませたような、下らないものを見るような…そんなあからさまに忌諱を感じさせるものが、速人に対しては無いように思う

 言葉こそキツいものの、表情はそこまででもないし…まぁ相変わらず笑顔は見せないし、これで会話が成立していると言えるのかどうか分からないやり取りだけど、少なくとも受け答えはしっかりしてる。

 避けずに毎回相手をしているだけでも、クラスの連中よりは遥かに対応がいいと言っても良さそうだ。


「一成さん、あ~んです」


「あ~ん」


 もぐもぐ…んー、美味い!


「夏海も橘さんにすればいいではありませんか」


「うぇっ!? い、いや、私はその…そ、そう、学校が違うし!!」


 相変わらず防御力が低いというか、夏海先輩は自分が攻められることに対して極端に弱い。

 普段の強気な様子を考えると、ある意味こういう免疫の無さが乙女チックと言うか、ギャップ萌えと言うべきか…


「あぁ、確かにそれはありますか。同じ学校なら良かったですね」


「で、でしょ?」


「では、お弁当を用意する機会があればいいということですね。この際ですから、どこかに遊びに行って、それでお弁当を用意するというのも…」


「異議なしです!! 薩川先輩、せっかく今度の学祭でみんな集まるんですから、お弁当を持ち寄りませんか!? 橘くんもそうだけど、西川さんや洋子も来るし、ちょうどいいと思います!!」


 沙羅さんが何気なく話したプランに、激しく食いついたのは藤堂さんだ。

 珍しく興奮気味に熱弁を繰り広げ始めるけど、確かにそれは楽しそうだし、いいアイデアだと俺も思う。

 ただ問題は、全員で持ち寄ることになった場合、俺は全く料理が出来ないという問題にぶち当たってしまうことになるんだけど…


「…なぁ速人、お前料理出来るか?」


「いや、全くやったこと無いよ。一成は?」


「沙羅さんにおんぶに抱っこの俺が、そんなのやれると思うか?」


「いや、凄いね。そこまで開き直られると、ある意味で尊敬するよ」


 いや、自分でも情けないことを言ってるのはわかってるぞ。

 でも全くもって事実だから仕方ないだろ。

 どうせなら、明日の料理教室で少しでも料理を覚えて、俺も何か一つくらいは出来るように…


「一成さんは、料理を覚える必要などございませんよ? それは全て私が致しますので」


「アッ、ハイ」


 うん、そう言われるのはわかってました。

 男子厨房に入るべからずなんて古臭いことを言うつもりは毛頭無いけど、沙羅さんは完全にそれだからな。

 つまり沙羅さん結婚する俺は、これから先もずっとそうなるってことだ。

 そもそも、料理は絶対に手伝わせないって明言されてるし。

 

「持ち寄るのは構いませんが、メインはあくまでも夏海が橘さんにお弁当を食べさせてあげることです。なので…」


「ちょ、ちょっと待った! 何で話が勝手に進んでんのよ!?」


「いいではありませんか。一度体験すれば、私の気持ちは必ず理解できる筈です。そうすれば、飽きるなどという寝言は二度と出ませんよ。文句があるなら、一度でもやってみてから言って下さい。では決定ということで」


「くぅぅぅぅ…」


 あー、もうこうなった以上、夏海先輩が沙羅さんに勝てる要素は全くない。

 以前も似たようなことがあったけど、そもそも自分の気持ちに素直な沙羅さんと、素直じゃない夏海先輩では勝負にならない。

 それに今回の話で言えば、「やったことも無い癖に勝手に飽きると決めつけた」という攻め口を沙羅さんに与えた時点で、夏海先輩が負けるなど火を見るより明らかだ。


「持ち寄りという話でしたが、取り敢えず夏海は橘さんのお弁当をメインに作って下さいね。私は当然、一成さんのお弁当です」


 「当然」を殊更強調して、沙羅さんがどんどん話を纏めてしまう。

 まぁ…俺としては異議もないし、寧ろ楽しそうでいいんだけど。

 自分が作る必要がないと分かった途端に、手のひらを返したように安心してしまう俺も、我ながらどうかと思うが。


「ねぇ、持ち寄りってことは、当然誰が誰のお弁当を食べてもいいんだよね?」


「ええ…まぁ、そうなりますかね…」


「…頑張る」


 何故か気合いを入れたように、小さく両手を握りしめる花子さん。

 話題に食いついたこともそうだけど、こんなリアクションを見せるのも珍しいので、何気に少し微笑ましかったり。


「あの…俺も料理が出来ないんだけど」


「私はイケメンに作るつもりはない。頼みたいなら目の前の人に頼めば?」


 花子さんからまさかの提案が飛び出して、速人が驚いたような表情を浮かべる。

 そして花子さんをマジマジと見…睨み返されて直ぐに目を逸らした。

 うーん…この辺りは、まだまだ時間がかかりそうだ。


「えっ!? わ、私!?」


 一方の藤堂さんは、いきなり花子さんから水を向けられてオタオタし始める。

 驚くならまだ分かるけど、困ったように見えるのは何でた?


「まぁ…嫌なら嫌で、それは仕方ないと思うけど」


 ガーーン


 …という文字が、速人の顔に浮かび上がったような。

 いや、冗談じゃなくて、あれは本気でショックを受けてるぞ。

 でも正直に言って、藤堂さんがこの流れで嫌がるとか断るとか、そんなことをするとは思えないんだけどな。


「えっ!? い、嫌じゃないよ! そうじゃなくて…その…私も料理、あんまり得意じゃないから…誰かの為にって言われちゃうと…その…」


 藤堂さんの声が段々尻窄みになっていく。

 なるほど、そういう理由だったのか…納得。

 ただそうなってくると、こんな申し訳なさそうに小さくなっている藤堂さんが可哀想に思えて…


 全く。こういうときこそ、速人がフォローするべきだろうが。横でまだ固まっている速人に肘打ちをしてフォローを要請。


「あっ!? と、とにかく、それでも俺は、藤堂さんのお弁当を食べたいって言ったらダメかな?」


 俺に突っつかれて、我に返った瞬間にすかさずフォローを開始する速人。この辺りは流石だ。


「えっ? う…でもそれだと、持ち寄るって感じじゃ…」


「あぁ、先に言っておきますと、私は一成さん以外の男性に自分の料理を食べさせるつもりはありませんから。例外は父くらいのものです。それと、お義父様もですね」


 ここですかさず、沙羅さんから追加のフォロー…なのかよく分からないけど、そんな感じのものが入る。

 沙羅さんの気持ちは俺的に凄く嬉しいことなんだど、もうこうなってくると、「持ち寄る」って言葉の意味はどこへ行った?


 …まぁ別にいいか。


「それなら俺は、藤堂さんのお弁当を食べたいんだけどね」


「う…本当に私でいいの?」


 藤堂さんは相変わらず不安そうにしているものの、どこか嬉しそうな笑顔も滲ませていた。そんな風に言われれば、本音としては嬉しいんだろうな、やっぱり。


「うん。ダメかな?」


「…わ、わかったよ…頑張ってみるね」


「ありがとう!」


 どうやら、速人が押しきることに成功したみたいだ。

 しかし…この二人の関係もなかなか進展が見えてこないけど、実際のところ、どんな感じになってるんだろう?

 速人がなるべく一緒にいるようにしているのは俺も知ってるけど、藤堂さんがかなり奥手っぽい印象だ。だから、表立った動きがあまり見えてこない。


「ねぇ…これってもう全然持ち寄りになってないよね?」


 まぁ…当然そう思うよな。

 夏海先輩も俺と同じ疑問に辿り着いたみたいだけど、でもそれを言ったところで…


「別に問題はないですよ。その辺りは流動的に考えればいいです。要は、夏海が橘さんにお弁当を作るということが重要なだけですから」


「うん、全く問題ない。寧ろこのままでいい」


 こうなる。

 沙羅さんはともかく、花子さんが妙に前のめりで同意してるのがちょっと面白い。

 

 それにしても、学祭でお弁当か…

 当日の楽しみが一つ増えたな。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 今は書くことを優先して、まずは固くならないことを意識して書いていこうと思います。その内ぎこちなさも消えてくれることを信じて(^^;


次回は今回辿りつかなかった、お約束の「沙羅さんに抱っこして貰う」パートと、自宅で明日(料理教室)に関するお話し・・の予定です。

そして、次は料理教室ですね。かなりお待たせして申し訳ないです。


ところで、実は開催していたことすら気付いていなかったのですが、カクヨムユーザー賞で読者様からの推薦作品に入っていたようで、ありがとうございます!

今後も頑張ります~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る