第266話 運命と可能性

 昼食も終わり、まったりティータイム中。


「そういや高梨くん、さっきは結局何しに来たの?」


「あー…と」


 薄々予感はしていたけど、やはり夏海先輩から休み時間の件を聞かれてしまう。

 あれは何をしに来たのかと聞かれても…敢えて言うなら「沙羅さんにどうしても会いたかったから」としか言いようがないぞ。


 まぁそれを言ったら、また白い目で見られてしまうんだろうけど。

 

「夏海、それは私が一成さんからお聞きすることですよ。さぁ一成さん、先程の続きです。こちらへどうぞ? 」


 遂にこの時が来た…


 沙羅さんは俺の目を見つめながら、嬉しそうに笑顔を浮かべた。こちらに向かって両腕を大きく広げて、そのままの体勢で俺を待っている。

 これは休み時間に話した通り、今から沙羅さんが俺を抱っこしてくれるということだ。


「嫁、何をしてる?」


「ぇぇぇぇ、本当にやるのあんたら?」


「え、え? 何ですか?」


 事情を知っている夏海先輩があからさまに嫌そうな声をあげた。他の面子は状況が分かっていないので不思議そうに首を傾げるだけだ。

 まぁいきなりだからその反応も当然なんだけど。


 これは俺から沙羅さんにお願いしたことでもあり、本音を言えばこのまま素直に甘えたいと思う気持ちは大きい。でも一つだけ気になっていることは、ここが自宅じゃなくて学校だということ。

 しかも皆から注目されているということだ。

 家なら俺は迷わなかったが、この状況では素直に飛び込み難いかも…


「ふふ…畏まりました。では私から」


 ふわり…


 何も言ってないのに、何故か沙羅さんが畏まってしまった。

 躊躇している俺に、自分からゆっくりと身体を寄せて来る。広げていた両腕を俺の背中に回して、苦しくならないように優しく、でもしっかりと包み込むように抱きしめてくれた。

 最後に俺の頭に手を添えて、少しだけ自分の方へ引き寄せるように力を加えてくる。そうなれば当然、俺の顔は沙羅さんの柔らかいところへ収まってしまう訳で。


 なでなで…


 そのまま顔が定位置に落ち着いたところで、沙羅さんは俺の頭を撫で始めた。


 はぁ…幸せだ…


「こうしていると、本当に落ち着きますね。一成さんさえ宜しければ、学校でも毎日こうさせて頂きたいくらいです」


「沙羅さん…」


 こうされて落ち着くのは俺も同じだ。もしこれを毎日して貰えるなら、それは俺としても正直に言って嬉しい。でもそんなことをすれば、夏海先輩や花子さんはきっと黙っていないだろうな。

 夏海先輩は怒るだろうし、花子さんに至っては自分にもやらせろと言ってくる可能性すらある。


 なでなで…


 俺がそんなことを考えている間も、沙羅さんは俺の頭を撫でてくれる。背中も優しく擦りながら、俺を甘えさせてくれる。

 沙羅さんの温もりと優しさが身体の芯まで伝わってくるようで、そのあまりの心地好さに、どんどん自分の力が抜けていくのがわかってしまう。

 皆の目の前だからとか、男としてどうなのかとか、情けないとか、色々な部分が小さくなって…

 沙羅さんにこうして貰えることが嬉しくて、幸せすぎて、本当に幸せすぎて、俺は…


「ふふ…いい子ですね…もっとこちらへどうぞ」


 俺が素直に甘え始めたことに気付いた沙羅さん。嬉しそうに耳元で囁き、そのまま俺の身体をもっと引き寄せるように力を込めてくる。力が抜けていた俺は、その動きで体勢を崩されてしまった。そのまま完全に沙羅さんへ身体を預けるような体勢になってしまう。

 これではもう、抱き合うというより本当に抱っこされているみたいだ…


 なでなで


「…沙羅さん」


「一成さん、可愛いです♪」


「…よ、よくもまぁ、私達の目の前でそこまでやれるわね…」

「…嫁が一成のことしか考えてないのは今更。でも今日は盛り上がり過ぎてる。ちょっとヤバそう」

「…ヤ、ヤバいのかい? よくわかるね?」

「…嫁のあの顔を見ればわかる」

「…あ、あはは、確かに、薩川先輩すっごく嬉しそうだけどね…」


 こ、これはマズいかも。

 何がマズいって、今日はまだ午後の授業が残ってるんだ。でもこのままだと、俺は完全に骨抜きにされてしまうかもしれない。そのくらい、今の沙羅さんは俺を甘やかそうとしてる。

 もう初志を忘れて、沙羅さんにこのまま思いきり甘えてしまいたくなるくらいに…


 …いや、それではダメだ。


 せめて、せめて一つだけ、一言だけでもいいから謝らないと俺の気が済まない。

 皆に聞かれて恥ずかしいとか、情けないとか、そんな小さい体裁のことなんかどうでもいい。

 どれもこれも全部、俺が沙羅さんを愛しいと思ったからの行動であり、情けなくはあっても恥ずかしくなんかない。だから情けないと思われようが笑われようが、そんことはどうだっていい。

 せめてケジメだけはつけろ、俺

 

「沙羅さん、休み時間の件ですけど」


「はい」


 緩みそうな自分の意思をフル稼働させて、俺は何とか話を切り出す。

 これさえ言えれば、取りあえず初志だけでも貫徹できる筈だ…


「先に謝らせて下さい」


「ですが、一成さんは悪いことなど何もしておりませんよ?」


 なでなで…


 俺と話をしている最中も、沙羅さんは優しく頭を撫でてくれる。何度も何度も優しく、優しく、丁寧に撫でてくれる。

 その気持ち良さに、油断すると入れ直した気合いまで蕩けてしまいそうなくらいだ。


「俺は沙羅さんの教室まで押し掛けてしまいました。あんなことするつもりじゃなかったのに…」


「何か、私にご用があったんですよね?」


「はい。でもそれは、用事って程じゃないんです…本当は、沙羅さんの姿を一目見たら帰るつもりでした」


 不可抗力がどうのとか、そんな余計な言い訳をするつもりなんか一切ない。

 沙羅さんがこうして俺に話をする機会を作ってくれたんだから、せめて気持ちだけはしっかりと伝えたいんだ。花子さんと山川に関する部分はおいそれと言うべきじゃないけど、それでも肝心な部分を伝えることはできる筈。


「…ねぇ、謝るって、一成は何をやった?」

「…あー…ちょうど今みたいな感じ」

「…あぁ、成る程。でもこれを教室でやるとか、相変わらず凄いな…」

「…う、うん。す、凄いね…」


「すみません…直接の原因は言えないんです。でも俺はそれを見て、沙羅さんと恋人になれなかった可能性があったことや、そうなった自分の姿を想像してしまいました。不安になってしまいました。でもだからこそ、沙羅さんとこうなれた幸せにも改めて気付いたんです…そしたら、どうしても俺は沙羅さんに会いたくなっ……むぐぅ」


ちゅ…


!?


 俺は最後まで言い切ることが出来なかった。沙羅さんが少しだけ身体を離したと思えば、いきなり顔が近付いてきて、そのままキスで口を塞がれてしまったからだ。


「…なぁっ!!!???」

「…はぁ…絶対にやると思った」

「…ちょ、こ、こんなところで!!??」

「…わわわわわわ、こ、ここでキスしちゃうのぉ!!??」


「ん…」


 瞬間? 五秒? 十秒?

 沙羅さんの顔がゆっくりと離れていく。

 時間の感覚が薄れてよく分からないけど、長くなかったことだけは確かだ。だからこれは、俺の話を止める意味もあったんだと思う。


「……ふふ」


 キスが終わっても、沙羅さんは至近距離で俺の目を見つめてくる。俺は照れ臭くて、自分の顔がどんどん朱くなっていくのがわかってしまう。沙羅さんはそんな俺の顔を見ながら微笑み浮かべ、もう一度頭に手を添えた。そのまま定位置になっている自身の胸に、再び俺を誘導してくれた。


 なでなで…


「私は一成さんとの出会いは運命だと確信しております。ですが可能性の話だけで言えば、確かにボタン一つの掛け違いで私達の出会いは変わったかもしれません。でも例えそうなっていたとしても、私達は必ず出会えます。私が必ず一成さんを探し出してみせます。そして私は、あなたに恋をするんです」


「それは俺も同じです。俺だって、絶対に沙羅さんを見つけてみせます。でも俺が今言いたかったことはそれじゃないんです。可能性はともかくとして、現実として俺はこうして沙羅さんに出会えました。恋人になれました。それを運命だと言ってしまえば一言だけど、存在したかもしれない可能性を見た今だからこそ、沙羅さんがどれだけ大切で、どれだけ愛しい存在なのか再確認したんです。そう思ったら我慢できなくて、それで沙羅さんの教室へ…」


 例え出会いが運命だとしても、自分達の意思があるのだから可能性も存在する。でも俺は、別の未来へ繋がる可能性を全て乗り越えて、こうして今の沙羅さんに出会った。そして恋をして、恋人になって、婚約もした。それは必然だと思っていても、沙羅さんとこうなれたことがどれだけの奇跡で、大切で幸せなことなのか、俺はそれを再確認できたんだ。


 ぎゅ…


 俺を抱きしめる沙羅さんの力が強くなる。苦しくはないけど、ここまで強く抱きしめられたことは数える程しかない。


「一成さんのお気持ち、確かにお伺い致しました。もう私には嬉しいという気持ちしかございません。ですから謝らないで下さいね…」


 沙羅さんは俺を抱きしめる力を緩めない。どこまでも優しい声音で、自分の気持ちを俺に伝えてくれる。

 俺だって、沙羅さんが迷惑に思っていないことなど百も承知だ。だから俺が謝れば、逆に沙羅さんが困ってしまうことも分かってる。

 でもこれはケジメ…カッコ悪い言い方をすれば只の自己満足だけど、それでも俺は言わなければ自分が許せない。


「沙羅さんがそう言ってくれることは俺もわかってました。でも俺は、沙羅さんに教室で…」


「一成さん、私はいつでもこうして差し上げるとお伝えしました。ですから、ここであろうと教室であろうと何ら変わりはありません。私が一成さんを抱きしめて差し上げたいと思ったからそうしたまでです。キスをして差し上げたいと思ったから先程キスをしました。これは全て私の意思であり、一成さんが気に病むことなど全くありません」


 沙羅さんの言っていることは勿論分かってる。俺が逆の立場なら同じ事を考えたし、同じ事を言っただろう。

 だからこれ以上は、沙羅さんを困らせるだけだってことも分かってる。

 あとは沙羅さんに感謝をして、それで俺からの話しは終わりにしよう。


「ありがとうございます。いきなり謝られても沙羅さんを困らせるだけだって分かってたんですけど、それでも…」


「…はい。お気持ちは頂戴しました。ですから、ここまでに致しましょう」


 結果的に謝罪と理由の両方を纏めることになってしまったけど、俺なりに正直に話をしてケジメをつけたつもりだ。

 これで俺の話しは終わり。

 そしてそれは、沙羅さんの抱っこが終わってしまうことも意味する。少し残念だけど…


 なでなで…


 えーと…


「沙羅さん、あの、俺からの話しは以上なんですけど…」


「はい。存じておりますよ?」


「いや、つまり…」


 うん…話しは終わったけど、沙羅さんが抱っこを止める気配が全くない。

 俺としても嬉しいけど、嬉しいけど!

 でも理由が無いのにこうしていたら、それは単に甘えているだけということに…


「…一成さんのせいです」


「え?」


 どこか拗ねたような、切なそうな、そんな沙羅さんの声音。

 ぎゅっと、俺を抱きしめる力がますます強くなる。


「私は本当に幸せです…一成さんにここまで想って頂けて…お気持ちが本当に嬉しいです。幸せなんです。こんな気持ちになってしまったら、私は一成さんをこのまま離すことなんて出来ません…ですから、これは一成さんのせいなんですよ?」


「いや…」


 沙羅さんも気持ちが高ぶっているのか、俺を抱きしめる力が普段と違う。でもそれを言うなら、俺だってまだ沙羅さんから離れたくない。

 甘ったれだ何だと言われようと、こんな幸せな時間を一秒でも長く味わいたいと思うのは人として仕方ないことだと思うから。


「一成さん…お慕いしております…愛しております…私はあなただけ…」


「沙羅…さん…」


「沙羅と呼んで下さい…あなた」


 沙羅さんの俺を抱きしめる力がどんどん強くなっていく。

 俺もこんな風に言われて、自分の気持ちがどんどん高ぶっていくのがわかる。


 本当に俺は…


「…ちょ、ちょ、ちょっと!! 何か凄くヤバい気配!?」

「…だから私はヤバいって言った」

「…いや、そんな冷静に言ってる場合じゃないぞ!?」

「…あぅぅぅぅ、ど、ど、どうなっちゃうの!?」


「い、いい加減にしろ!! あんたらいつまでイチャついてんだ!!!」


 !!??


 焦りと怒りの混じった夏海先輩の叫び。それが背中に突き刺さり、一気に意識が冷静さを取り戻す。

 ヤ、ヤバかった…何がどうヤバかったのか具体的にはわからないけど、何かがヤバかった、そんな気がする。

 というか、最初は皆がいることを意識していた筈なのに、気がついたら忘れてた…

 

「も、申し訳ございません…あまりの嬉しさに、つい…」


 沙羅さんが恥ずかしそうに謝ってくる。

 でもそれは、夏海先輩に…ではなくて俺に対してだけど。

 多分沙羅さんも夢中になっていたんだろうけど、まさか二人して暴走しかけるなんて…


「いや、俺もつい…」


 やっと冷静に色々と考えられるようになったら、今の自分の状況が一気に頭へ浮かんでくる。

 またしても…またしてもやらかしたという自覚はあるが、それよりも今回はちょっと酷かったかもしれない。


 皆に申し訳ない…


「真剣な話だったから黙ってたけど、もうイチャついてるだけでしょ。私達も気まずいからいい加減にしろ」


「今回は私も気持ちが分からないでもないけど、悔しいからやっぱダメ。離れろ」


 流石に今回は怒られても仕方ないとわかってる。

 自分でも驚いてしまうくらいに、沙羅さんへの気持ちが高まりすぎた。

 家で話をすればよかったかも…


 とにかく、先ずは沙羅さんに離して貰おう。


「沙羅さん、そろそろ」


「はい…残念ですが」


 名残惜しい気持ちを押し殺して話を切り出すと、沙羅さんがゆっくりと俺の身体を離してくれる。

 離れ際に見えた沙羅さんのちょっと切なそうな表情に、またしてもドキッとしてしまった。


 沙羅さんと離れてから改めて周囲を見ると、夏海先輩と花子さんは完全に呆れ顔でこちらを見ていた。速人は苦笑いを浮かべているし、藤堂さんは…うん、これはかなり申し訳ない。


「あぅぅぅ…はぅぅぅ」


 藤堂さんはこれでもかってくらいに真っ赤になっていた。両手で自分の顔を覆いながら、でも目は隠れていないという「お約束」のポーズだけど。


「あ、あんたら私達がいるってこと忘れてない!?」 


「す、すみません…」


 今回は流石にやり過ぎたと自覚がある。なので、ここは素直に謝っておこう。

 結局また謝るのか…って余計なことを考えるな俺。


「すみませんでした、私も今回は反省しています」


 沙羅さんも、夏海先輩の剣幕を見て素直に謝っている。


「まぁ今回は私のせいでもあるから、大目に見てあげて」


 怒っていると思ったのに、花子さんからはまさかのフォローだ。

 ちょっと意外…でも俺は、これが花子さんのせいだなんて微塵も思っていないけど。


「そうなの?」


「うん。嫁の所へ行くようにけしかけたのも私だから」


「何か…そう言われると、そもそも何があったか気になる」


「大したことじゃない。聞きたいならまた今度。ここで余計なことを言ってまた暴走されても困る」


 いくらなんでも、それはもう大丈夫だと言いたい。でも今の俺がそれを言ったところで、説得力がまるでないこともわかってる。

 だからここは、大人しく黙っていた方が無難か…


「すみませんでした、あまりの嬉しさについ…」


「はぁ…どうせ家なら二人きりなんだし、そういうことは家でやればいい。家なら誰も文句を言わないし、さっきの続きも出来た」


 花子さんの意見は最も過ぎるくらい最もな話だけど、さっきのことを思い出すと、俺としては別の意味で怖さを感じてしまう。

 家でしょっちゅうあんな気分になっていたら、オリハ◯コンすら越える(と思ってる)俺の堅い意思に亀裂が入りかねない。


 だから続きとか言わないで欲しいぞ…


「それもそうですね。一成さん、今晩も眠くなるまでいっぱい仲良くしましょうね?」


「は、はい…」


 などと思っていた矢先に、早くも沙羅さんからイチャつきたい宣告をされてしまった。


 今日もまた負けられない戦いが始まるのか…男としての、孤独な戦いが…


「…うう、聞いてる方が恥ずかしいよぉ」


 あ…しまった。

 藤堂さんには別口で謝っておいた方が良さそうだ。ごめんなさい、藤堂さん…


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「一成さん、寒くはありませんか?」


「大丈夫ですよ。本当に暖かいですから」


 いつものように同じ布団にくるまりながら、沙羅さんの胸に抱かれる。

 今日は一日中こうして沙羅さんに抱かれていたような気が…いや、実際に今日は、いつも以上にこうしていたか。

 幸せな気持ちもひとしおだったけど、ちょっと甘えすぎたと自己反省。


「沙羅さん、明日の料理教室なんですけど」


 甘えて色々すっ飛んでしまう前に、重要なことだけでも話をしておかないとな。

 明日の料理教室について、俺からお願いしておきたいことがあるから。


「はい」


「俺もしっかり教わりますから、クラスの連中と同じように扱って下さい」


 これを伝えても、沙羅さんが俺をそんな風に扱えるなどとは思っていない。でも多少のことは折り込み済みとして、せめて料理だけはしっかりと教わっておきたい。

 俺はクラスの出し物にほぼ参加できないけど、だからこそサボる訳にはいかないんだ。せめてこれだけでも同じようにやらなければ、クラスの皆に申し訳ない。


「…畏まりました。自信はありませんが、一成さんの決意を無にすることは絶対に致しません。ですから、頑張りますね」


 理由を尋ねられることもなく、沙羅さんは素直に応じてくれる。つまりそれは、毎度のことながら俺の考えもお見通しということなんだろう。

 本当に鋭いな。もう俺の頭の中が見えていると言われても、何ら不思議に思えないくらいだ。


「お願いします」


「はい。ですが、例えお料理が出来るようになったとしても…」


「わかってます。家の食事は全て沙羅さんにお任せしますから」


「でしたら私は問題ございません」


 これは沙羅さんの譲れない拘りだから、俺も余計なことは絶対にしない。それでもいつか機会があれば…と思わないでもないけど、沙羅さんが悲しむのであれば無理にやる必要はないと思う。

 本当に、何かの機会があれば…くらいで考えておこう。


……………


 なでなで…


「一成さん…本日はありがとうございました。とても嬉しかったです」


 あれから他愛ない話を続け、微睡みを感じるくらいにゆったりとした空気になった頃、沙羅さんが話題を転換させる。

 昼間の話についてなら、お礼を言うなら寧ろ俺の方だ。謝るのも俺の方だけど…


「俺の方こそ、沙羅さんにずっとこうして貰って嬉しかったです。でも騒いでしまったことは、すみま…」


「一成さん、めっ」


 ぎゅ…


「むぐっ」


 しまった、もう謝らないって話をしていたのに、思わず口にしてしまった。

 もちろん沙羅さんは本気で怒っている訳ではないので心配はしてないが、取り敢えず必殺技(?)で口を塞がれてしまう。


「ふ、ふみまへ…」


「ひゃん、く、くすぐったいです…」


 あ、少し離してから声を出せばいいのに、思いきり押し付けられた状態で声を出してしまった…


「こ、こほん…一成さん、お昼の件についてはもう謝らないと約束をしましたよね?」


 コクコク…


 この状態で声を出すのは危険なので、頷くだけにしておこう。


「では、もう謝らないと約束して下さいますね? 次はお仕置きですよ?」


 コクコク…


 お仕置きがどんな内容を指すのか非常に気になるけど、沙羅さんが悲しむような真似をする訳にはいかない。

 本当に、今回の件で謝ることはもう止めよう。


「はい、いい子ですね。申し訳ございません、苦しかったですか?」


 俺が離れられるように頭を抑える力を緩めてくれたけど…離れたくない。


「一成さん?」


 俺が離れようとしないことに気付いたようで、不思議そうに呼び掛けてきたが…


「ふふ…一成さんが、甘えたさんになってしまいました♪」


 ぎゅ…

 

 全く困ってない声音で、困ったように囁く沙羅さん。

 そのままもう一度、軽く押し付けるようにしっかりと俺の頭を抱え込んでくれる。


「それでは、本日はこのままお休みしましょうか?」


「沙羅さん…」


「苦しくなったら仰って下さいね」


「大丈夫です」


 苦しくならない程度の絶妙加減で、俺の頭を抱きしめてくれている。だからこのまま寝ることだって出来てしまう。


 なでなで…

 ぽん…ぽん…ぽん…


 沙羅さんは俺の頭を丁寧に撫でながら、一定のリズムで優しく背中を叩き始めた。

 俺はこれをされると、心地好さや安心感のようなものが高まって一気に眠くなってしまう。沙羅さんも俺がそうなることを分かっているので、眠る直前には必ずこうしてくれるんだ。


「一成さん、明日は頑張りましょうね」


「…はい。頑張ります…」


 なでなで…

 ぽん…ぽん…ぽん…


「…さら…さん…」


 もともと感じていた眠気が一気に強くなっていく。沙羅さんの温もりに包まれて、もう…


「お休みなさい、一成さん。いい夢を…」


 ちゅ…


 額に柔らかい感触がしたような気がしたが…それが何だったのか…俺はもう確認することもできなかった…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


毎度毎度、お待たせしております。

一難去ってまた一難、前回とは似てるようで少し違う別の理由で絶賛スランプ中です。スランプながら頑張って書きました・・・でもスランプなのが一目瞭然・・・

申し訳ないです・・・


次回は料理教室です。

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