第267話 色々考えている(かもしれない)お姉ちゃん

 料理教室、当日。


 今朝の教室内は、右も左も男子も女子も、放課後の話題で持ちきりになっていた。

 こんな風景を見ていると、クラスメイト達が今日の料理教室を如何に楽しみにしていたのかがよくわかる。

 とは言え、土曜日の一件が尾を引いた様子がないということが、意外と言えば意外な話だ。

 あれだけの騒ぎになったのだから、少なからず参加者が減る(主に男子)だろうと予想はしていた。昨日の段階で大丈夫そうかとは思ったが、今日、こうして蓋を開けてみれば、やっぱりそれは変わらないままだ。

 だから予想外にも全員参加のまま今日を迎えることが出来てしまった。

 勿論それ自体は良いことであり、多少なりとも企画に関わった俺としても嬉しい話だ。


 そう…嬉しい話の筈なんだけどな…


「あぁ、今日はマジで楽しみだわ」

「薩川先輩と一緒の空間に居れるってだけでも幸せすぎる…」

「試食とか言って、薩川先輩の作った料理を食べれねーかなぁ」

「俺は最初から期待してるけどな。薩川先輩の手料理なんて…想像しただけで楽しみすぎる!!」


「高梨は毎日食べてるみたいだけどな」


「「「それを言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」


「何かさ…デシャヴってんだけど…」

「いや、同じでしょ…」

「馬鹿しかいないってところも同じだね」

「まぁ気持ちは分かるけどさ」


 女子の台詞じゃないけど、俺も目の前のやり取りにはデシャヴを感じる。

 そしてこういうシーンを見せられてしまうと、俺としてはやはり複雑な気持ちだ。

 一応話を聞いてる限り、俺と沙羅さんの関係そのものは理解しているんだろう。それでもあのノリを続けられるってことは、やっぱり「アイドルのファンクラブ」になっている可能性が高そうだ。


「高梨、気になるなら思いきって見せつけてみたらどうだ?」


 そんな男子達の様子を眺めていると、苦笑を浮かべた川村が話しかけてくる。

 見せつけるとか言われてもな…俺に何をしろと?


「見せつけるって…」


「意図的に狙わなくても、どうせ直ぐに見せつけられることになる」


 俺の隣で白けた視線を男子達にぶつけていた花子さんが、突然とんでもないことを言い出した。

 見せつけるって何を…と思わないでもないが、自分でも散々やらかしてきた自覚はある。だからそれをキッパリと否定できないのが辛いところだ。

 更にもう一つ言えば、昨日も盛大にやらかして実績を増やしたばかりだ。だからそのことを言われてしまえば、最早ぐぅの音もでない。

 

「そ、そうなのか?」


「周りが知らないだけ。一成と嫁の普段を知れば、あそこのバカ共には絶望しかない」


「そんなに…」


 何を想像したのか、妙に驚いた様子で俺の顔をマジマジと見る川村。

 そこまで驚かれると、頭の中で何を想像したのか流石に気になる。


「いや、そこまで凄いことは…」


「そう? それなら今度、お姉ちゃんも一成を抱っこしていい?」


「「「抱っこ!!??」」」


 ちょっ!?

 花子さんの際どい爆弾発言は今に始まったことじゃないが、これは流石にスレスレだ!


 俺は急いで周囲の状況を確認して…男子達は相変わらず騒いでいるだけ、女子も…取り敢えず大丈夫そうだ。


 ふぅ…全く。


 当の本人がどこまで気付いているのか知らないけど、花子さんに好意を持っている男子は山川だけじゃない。だからこんな際どいことを言っていると、またこの前みたいに無用なトラブルを背負い込む可能性がある。

 それをもう少し気にして欲しいぞ。


 …って、そう言えば、山川と田中はいつの間に来たんだ?


「お、お前、いつも薩川先輩と何してるんだよ…」

「う、羨ましすぎる…」


 二人の疑問には勿論ノーコメントだ。

 俺と沙羅さんの日常なんて、親友達にすら話せないことも多い。

 いわばトップシークレットだ。


 何となく隣の花子さんに視線を向けると、一瞬だけニヤリとしたような…

 いやいや、やめてくれよお姉ちゃん…


「と、ところでさ、花崎さんは料理とかどうなんだ?」


 実に分かりやすい話題転換に、俺は思わず笑いそうになった。

 そっちの話が本命なんだろうけど、これはいくらなんでもあからさま過ぎる。

 しかも今まで以上に緊張しているみたいで、モロに意識をしていることがありありと伺えてしまう。

 まぁそれについては、フラれたばかりだから仕方ないと思う部分もあるし、時間が解決してくれることを待つしかないとは思うけど。

 でも緊張が抜けて馴れ馴れしくなりすぎれば、それはそれで花子さんに嫌がられることに繋がるからな。その辺りの匙加減も気を付けさせた方が良さそうだ。


「何、女は料理が出来ないとダメなの?」


「えっ!? い、いや、そんなことは思ってないぞ!!」


「冗談だから」


「…へ?」


 おっと、花子さんが俺達以外に冗談を言うなんて珍しいな。

 他の連中が見ればいつも通りの光景に見えているかもしれないけど、実は俺の目から見れば花子さんはイタズラっぽい表情をしている。でも言葉だけ聞くと、地雷を踏んだようにも聞こえるから、山川が焦るのは無理はないけど。


「な、なんだ、冗談か。は、はは、焦ったぜ」


 花子さんから予想外の冗談を言われて、山川が嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 今まで無視かスルーしかされてこなかったことを考えれば、冗談を言って貰えるだけでも大進歩だと俺も思う。しかも他の男子と比べたら、雲泥の差があると言ってもいい。


「は、花崎さんが冗談!? 山川、お、お前まさか…」


 だから当然、そんなシーンを見ればこうして勘違いをする奴がいても不思議じゃない。

 俺以外にそんな対応をする花子さんは珍しいから、田中の驚きも仕方ないだろう。


「いやいや、そんな…」


「一々そういう話に繋げようとするから面倒臭い。私は一成以外の男に興味はない」


「…デスヨネー」


 せっかく花子さんが多少の歩み寄りを見せたのに、田中の余計な一言が全てを台無しにしてしまう。

 そして、そのとばっちりを受けた山川がガックリと肩を落とす。

 いくら失恋を現実として受け入れたとしても、心のどこかに気持ちが残っていても不思議ではないし、それはなかなか捨てきれるものでもない。

 いくら花子さんが俺に固執していることを十分に理解してると言っても、それだって簡単に割り切れるものではないだろうから。

 だからこうしてハッキリ言われてしまえば…わかっていてもキツいものはキツいよな。

 

「料理は家で練習してるけど、まだ全然だと思う。せめて嫁の半分…三分の一くらいは出来るようにならないと、お姉ちゃんとしてのプライドが…」


 てっきりそのままスルーだと思ったのに、花子さんが山川の質問に答えを返した。

 でもこれは答えというよりは、独り言というか何と言うか若干微妙なところだ。

 しかも結局は、俺に関わる話になってるし。


「嫁?」


「あぁ、そう言えば薩川先輩のことを嫁って呼んでたな」


「それって、弟の結婚相手だからか?」


「当然」


 さも当然とばかりに花子さんがコクリと頷く。

 そう言えば、そもそも花子さんが沙羅さんのことを嫁と呼び始めたのはいつだ?

 いつの間にか花子さんがそう呼んでいて、俺達も何となくそれを受け入れていた。

 単に俺に対する沙羅さんの接し方で、そう呼び始めたとばかり思っていたんだが…

 俺を弟だと思い始めたタイミングでそうなったのかもしれないな。今ならそういう考え方も出来る。

 でもそうなると、頑なに「嫁」なのは、最初の頃の惰性ではなく花子さんから見れば…という意味になるのか?


「…改めて考えるとスゲーよな。今、普通に結婚って言ったけど、俺らまだ高一だよな?」


「まぁ普通に考えたら有り得ない話だと思うが、相手が薩川先輩だからな。事情があっても不思議じゃない」


 川村は、相変わらず意味深なまでに分析をするな。

 流石に薩川家に関する話は知らないだろうけど、冷静にそういう見方が出来るのは素直に感心する。

 クラスメイト達の分析といい、俺は川村みたいなタイプは結構好きなんだ。

 雰囲気的には雄二みたいな感じもするし。


「いいよなぁ…薩川先輩が彼女ってだけでも超絶羨ましいのに、結婚まで決まってるとかさ。やっかみもスゲーだろうけど。」


「まぁやっかみは前からあったけどな。でも沙羅さんとこうなれたことを考えたら大したことはないよ」


 田中の指摘は今更の話だし、それで周囲から妬まれるのも、俺が不釣り合いだと比較されるのもとっくに馴れた。

 他人にどう思われようが知ったことではないし、俺は胸を張って沙羅さんと二人で歩いていくだけだ。


「前から気になってたんたが、高梨は達観してる部分があるよな。普通に考えて、俺達の年齢で結婚なんてそこまで冷静に考えられるものか?」


「冷静って言うか、このまま沙羅さんと付き合って行けばそうなる話だろ?」


「いや、それはそうだが…。高梨、これはあくまで一般論だけどな、俺達の年齢から結婚を考えるくらいまで長く交際するなんて、滅多にないと思う。でも高梨は婚約したってことは、つまりこの先もずっと…」


「あぁ、俺は絶対に沙羅さんと離れないよ。詳しい理由は言えないけど…俺が俺で居られるのは沙羅さんが居てくれるからなんだよ。だから俺は自分よりも沙羅さんが大切だし、それは今後も変わらない」


 川村が遠回しに「別れ」の可能性を言っているのは俺だって分かってる。

 でも俺にとってこれは絶対であり、この先も一ミリだってそれが変わることなんてない。自信を持ってそう言い切れることなんだ。


「……そこまで、言い切れるのか」


 ただ、事情を知らない奴がそれを聞いて素直に理解できるとも思っていない。

 だから川村の驚きも仕方のないことだ。


「ちなみに、一成のそれは嫁も同じ」


 俺が思っていても言えなかった部分を、花子さんが代弁してくれる。

 これを俺が言ってしまうと、周囲から見れば只の自意識過剰男に思われるのは百も承知だ。だから敢えて言わなかったんだけど。


「…薩川先輩も同じってことか?」


「そう。嫁も同じ理由で一成と一緒に居る。だから嫁は一成しか見ない。二人の間には誰も入れない」


「「「…………」」」


 ともすれば、大袈裟にも聞こえる花子さんの一言。

 でもそれに突っ込みを入れる奴は誰もいない。花子さんの声の重みが、言葉の重みがそれを許さない。


 俺と沙羅さんにとって、花子さんは一番の理解者だと言ってもいい。

 沙羅さんに一番近い夏海先輩や、俺の過去を直接見てきた雄二も理解者ではあるが、花子さんは視点が違う。

 俺と沙羅さんの「気持ち」に関する部分まで理解できているのは、きっと花子さんだけだ。

 そしてそんな花子さんだからこそ、その言葉には重みがあるんだ。


 気がつけば、花子さんの発言前まで普通に騒いでいた周囲の連中まで、みんな大人しくなっていた。女子は興味津々にこちらを注目しているし、男子達は気まずそうな、ガッカリしたような顔をしている。


 …話を聞いてたな、こいつら。


「な、なんかスゲーな。話のスケールが…」

「いや、俺はある意味納得だ。お互いにそこまでの確固たる思い入れがあるからこそ、もう婚約や結婚の話まで出来るってことなんだろうからな」

「そ、そう言われるとそうなの…か?」


 気持ちの部分まではわからなくても、俺達にとってはそこまでの理由が存在する。それさえ理解できれば、後は川村のような感想になるのかもしれない。


「確かに早い話だとは思うけど、でも違和感はないぞ。俺はこれからもずっと沙羅さんと離れないし、だから婚約も将来の結婚も当然だと思ってるからさ」


 花子さんの言葉尻に乗った訳じゃないが、あいつらも聞いているみたいなので、俺も少し強気に言っておく。

 今更あいつらが何かをやるとは思えないけど、予防線はあっても困らない。


「はぁ…なんつーかさ、川村も俺らと感覚が違う部分があるけど、高梨も違うよな」


「だな。何か年上と話してるみたいに思えるときがあるし」


「俺はそこまで意識したことはないけどな」


 別に周囲と比べて自分がどうのなんて思ったことはない。まぁ強いて言うなら、あそこで騒いでる奴らは年下…本音で言えばガキだと思っていることは事実だ。

 ついでに言えば、中三時代もクラスの連中は軒並みガキだと思っていた。今のこれがその名残なのか、別に理由があるのかは自分でもわからない。

 ただ一つだけ言えることは、山崎の一件が俺に何らかの影響を与えた。それだけは間違いないということ。


「まぁ何にせよ、手っ取り早くあいつらを黙らせたいなら、高梨が薩川先輩と仲がいい姿を見せつけるのが近道だと俺は思うぞ」


「そんなこと言われてもな…」


 確かに人前で色々とやらかしてきた俺達だけど、それは別に狙ってやった訳じゃない。単に周囲が見えなくなってしまうだけ…って、それじゃ花子さん発言そのままじゃないか?


 墓穴を掘った気分だ…


「嫁は一成がお願いすれば、人前だろうとハグやキスくらい余裕」


「「「……は?」」」


 そして花子さんの爆弾発言で、またしても俺に視線が集まってくる。

 それも今度は、周囲の連中まで軒並み…って、それより花子さん、今度は何を言うつもりだ!?


「さっきも言ったけど、嫁は一成のことしか見てない、考えてない。一成の為なら人前でも気にしない。やると言ったら本当にやる」


「「「…………」」」


 これは嘘でも冗談でもないと、花子さんは堂々と言い切ってしまう。

 そして当然のように、様々な感情の視線が俺に集まる。

 花子さんは冗談を言うようなキャラじゃないと認識されているし、クラスメイト達は俺と沙羅さんのことも知っている。

 となれば、これを冗談だと笑って切り捨てるのは難しいだろう。


 …ひょっとして、花子さんは花子さんなりに、俺の援護をしてくれるつもりでこういうことを言い出したのではないか?

 俺の気持ちを読み取ることが得意なお姉ちゃんだ。だから男子達の茶番に複雑な気持ちの俺を…


「ちなみに、一成がお願いしてくれるなら私も出来る」


「…なっ!?」

「…ぐぅぅ、何で高梨ばっかり…」

「…世の中不公平だ」


 …ちょっと待て、何でそこに自分のアピールを加える?

 ますます火に油を注いでいるこの状況はいったい…


「な、なぁ、花崎さん、それも冗談だよな、な? ははは…」


「冗談を言う理由がない」


「「「……………」」」


 そして三度、俺に視線が集まってくる。

 花子さんの真意がイマイチわからないけど、とりあえず好意的に考えてみよう。


 俺へのフォロー。

 男子達への攻撃。

 花子さんのお姉ちゃんアピール。

 …そして、花子さんに好意を持っている奴らへの牽制?


 あくまで俺の想像だけどな…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


波が激しくて苦労してます。

書けるときは一気に書けるんですけどね。

すみません、今回は料理教室に到達しませんでしたが、この続きは9割方書き終わってるので明日の夜(今日の夜?)に更新できると思います。


次回は職員室でのお話と、料理教室スタートです。


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