第264話 いつでも二人の世界

 何でこうなるんだよ…

 俺は沙羅さん迷惑だけはかけたくないと思っていた。だから、教室に入ることだけは絶対にするつもりがなかったのに…


 それなのに…今の状況は本当の意味で最悪だ。

 

「…お、おい…あれって!?」

「…うわぁ…噂をすれば何とやら」

「…ひょっとして、死んでる男子達に追い討ちをかけに来たとか?」

「…何々? どうなってるのこれ!?」


 どうなっているかなんて俺が聞きたいぞ!?

 とにかく、これは最悪の展開だ!!


 でも…

 

「悠里、ホントにヤバいって!!」

「い、今すぐ腕を離しな!!」


 先輩二人は、先程から焦ったように悠里先輩を注意してくれている。でも今の俺はそれどころじゃない。

 このままでは沙羅さんに迷惑をかけてしまう、それが一番大きい焦りだ。


 でも…やっぱりそれだけじゃないんだ…


 「これで沙羅さんに会える」

 

 何だかんだ建前を考えていても、結局本音は隠せそうにない。

 そうだよ、俺はやっぱり沙羅さんに会いたいんだ。

 迷惑をかけたくないとか、一目見れればそれだけでいいなんて綺麗事を考えていても、不可抗力とはいえこの状況になってみれば、これで沙羅さんに会えるかもしれないと思ってしまった。


 だから…沙羅さんはどこに?


「大丈夫だって、寧ろ喜んでくれ…」


 ガシィ!!


 !?


 俺を掴んでいた悠里先輩の腕に、突然伸びてきた別の手が重ねられた。

 そのまま悠里先輩の腕を捻るように、勢いよく腕が持ち上げられる。


「あだだだだだだだだだだ!!!!!!!!」


「悠里さん…寝言の前に、先ずはその手を離しなさい」


「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」」


 突然真横から声が聞こえた。

 それに合わせて、今まで悠里先輩を注意してくれていた先輩二人が、悲鳴とも言えるような大声をあげる。


 凛として透き通る声音。

 でもいつも俺に向けてくれるような優しさを感じない、どこか不機嫌さや怒りのような感情の混じった鋭く厳しい口調。

 この声の持ち主が誰かなんて、俺が分からない訳がない。


「あ、あああ…」


 悠里先輩が、絶望感すら感じていそうな声を漏らす。

 真横に立っていた沙羅さんは無表情…いや、正確には少し違うか。悠里さんに対して冷静に怒っているような、無表情で睨んでいるような…上手く言い表せない。

 でも一つだけ言えることは、とてつもなく冷たい、背筋の凍るようなプレッシャーを放っている。そして見るからに剣呑な雰囲気を漂わせているということだ。


「…こ、こ、こわっ…」

「…あ、あんな薩川さん初めて見た」

「…うわぁ、あれマジギレだよね!?」


「悠里さん、これが最後です。一成さんの腕を離しなさい。私の言っている言葉の意味が分かりますね?」


 ブンブンブンブン!!!


 沙羅さんに片腕を捻られたまま、ヘッドバンギングでもしているのかと思えるくらいに悠里先輩が上へ下へと大きく頷く。必死な様相で「わかっています」をアピールしまくっていた。

 そして俺の腕に回されていたもう片方の腕が、やっと離れてくれる。

 ふう…何とかデンジャラスゾーン(男的に)から離脱できた。


「ふーん…まだ懲りないんだねぇ…悠里ぃぃぃぃぃ!」


 うおっ、いつの間に!?


 咄嗟に振り向くと、いつの間にか後ろに回り込んでいた夏海先輩が勢いよく悠里先輩に手を伸ばしてくる。そして、そのままの勢いで頬を思い切り抓り始めた。

 

 うわぁ、あれは痛いぞ。


「うぎゃぁぁぁぁ!! いはい、いはい、いはいぃぃぃぃ!!」

「あぁぁぁ」

「言わんこっちゃない…」


「ほら、沙羅に殺される前にこっちへ来なさい!」


 頬を抓りながら、夏海先輩が悠里先輩を勢いよく引っ張る。

 その動きに合わせるように、沙羅さんが腕を離した。

 そして悠里先輩は…もはや何も言うまい…

 

「悠里さん、私は一成さんに迷惑をかける輩は絶対に許しません……後で覚悟しておきなさい」


「ごごごご、ごめんなはいぃぃぃぃぃぃ」


 もはや殺気すら籠っていそうな沙羅さんの一言に、悠里先輩は震えながら謝罪の言葉を口にした。そして夏海先輩に頬を引っ張られながら、まるでどこぞの犯罪者のように、ゆっくりと連行されていく。

 

 …この面子の関係性が、何となく見えてきたような気がするな。


「高梨くん、何か用事があるから来たんじゃないの? 時間があんまりないから急いだ方がいいよ。このバカは私がシメておくから」


「あ…と…ハイ」


 確かに夏海先輩の言う通りなんだけど、この状況で「顔を見たかっただけです」なんて恥ずかしいことを言える訳がないよな。


「ふふ…一成さんがここへいらっしゃるのは初めてですね。どうかなさいましたか?」


 沙羅さんはここまでの様子から一転して、いつものように優しく微笑んで俺を迎え入れてれた。その様子にホッとしてしまうけど、それと同時に忘れていた申し訳なさも込み上げてくる。


「いや、その、すみません」


「謝らないで下さいね。私は嬉しいですよ?」


「…………」


「一成さん?」


「沙羅さん…」


 あぁ、やっぱりダメだ…

 目の前に沙羅さんがいるというだけで、抑えていた気持ちが勝手に溢れてくる。

 沙羅さんがこうして笑いかけてくれる、俺に話しかけてくれる。側に居てくれる。

 俺の大好きな、心から愛しい沙羅さん。

 夢でも幻でもない、俺の恋人として、婚約者として、可能性の世界じゃなくて、確かに沙羅さんは俺の隣にいるんだ。


 ふわり…


 俺は言葉が上手く出てこなくて、ずっと沙羅さんを見つめていた。

 でも沙羅さんは俺の顔を見ると、直ぐに近づいてきて包み込むように抱き締めてくれる。

 身体だけでなく、心まで、文字通りに俺の全てを包み込んでくれる、癒してくれる。沙羅さんの優しさに満ちた温かい包容。


「「「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


「大丈夫…大丈夫ですよ。私はこうして、一成さんのお側におります。いつでもこうして差し上げます。ですから、怖がらないで下さい…」


 沙羅さんはそのまま俺の後頭部に腕を回し、ぎゅっと自身の胸に俺の顔を押し付けるように力を加えてくる。

 そこは温かく柔らかい、俺だけが許された居場所。


「すみません、沙羅さん…俺は…」


「無理に仰らないで下さい。気持ちが落ち着きましたら、そのときにお聞かせ下さい。今はこうして…いい子にしていて下さいね?」


 なでなで…


 どこまでも優しい沙羅さんの抱擁に、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。

 頭を撫でられて、抱き締められて、心地好さに蕩けてしまいそう…


「…うぉぉぉぉ…強引に連れてきた甲斐があったぁ」

「…す、すご…目の前で見ると、これヤバすぎ…」

「…さ、薩川さんの顔が…甘…甘…甘…」


「「「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」


「…うわ、これ男子達オーバーキルだわ」

「…薩川さんも、あんな表情するんだね…」

「…い、いや、他の男子への態度と違いすぎでしょあれ?」


「はぁ…ちょっと沙羅、私はそこまでしろとは言ってないわよ?」


「今の一成さんには、お話よりもこうして差し上げた方がよいと判断したまでです。ですよね、一成さん?」


「そ、その……はぃ」


 花子さんに言われたからと言う訳じゃないけど、心のどこかで安心したいと思う気持ちはあった。それが結果的に、沙羅さんに甘えたいという気持ちに繋がってしまったことは否定できない。

 そして沙羅さんにそんな気持ちを見抜かれてしまい、こういう状況になってしまったということなんだろう。


「…ですが、残念なことに、もうあまり時間がありませんね」


 そうだ…時間のことを考えていなかった。

 時計は見えないけど、体感的にはそろそろチャイムが鳴ってもおかしくないように思う。残念だけど、そろそろ切り上げた方がいいか。


「沙羅さん、ありがとうございます。もう大丈夫です」


 この状態で大丈夫なんて言ったところで、説得力の欠片も無いことくらいは自分でも分かっている。でも、いつまでもこのまま甘えている訳にはいかないからな。


「本当にもう大丈夫ですか? 嘘をついたら、めっ、ですよ?」


「…カハァァ!!」

「…悠里ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「…言った!? 薩川さんが、めって言った!?」


「どこかで見たような光景ね…これ」


「「「…きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「…さ、薩川さん可愛すぎぃぃぃぃぃ!!」

「…めって何!? めって何!? キャラ変わり過ぎ!!!!」


「「「…ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」


「はい、もう大丈夫です。沙羅さんにこうして貰えたから、俺はもう大丈夫なんです」


 正直、自分でも笑ってしまうくらいに単純だと思う。

 でもこうして貰っただけで、先程まで感じていた焦りや不安も、何にもかも消し飛んでしまった。

 意味のない「たられば」など、所詮は「あったかもしれない過去の可能性」であり、この現実で不安になる理由なんか何処にもない。

 俺達は事実として、こうしているんだから。


「ふふ、それは良かったです。この続きは、お昼ご飯を食べ終わってから…して差し上げますね?」


「…お願いします」


 別に軽口で言った訳ではないが、思わず本音が溢れてしまう。

 また違う意味で無意識の内に引き摺っているのかもしれないが、今はどうにも、沙羅さんへの想いが抑えきれない。


「…………」


「沙羅さん?」


 何だろう?

 沙羅さんの反応が…


 ぎゅううううう


「さ、沙羅さん!?」


 ここまでとは打って変わって、沙羅さんが突然思いきり俺を抱き締めてくる。

 柔らかく幸せな二つの間に顔が完全に埋まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。


「…ずるいです。こんな可愛らしい一成さんを見せられてしまったら、離せなくなってしまうではありませんか…」


 こ、これは困ったぞ…

 離れなきゃいけないと頭では分かってるのに、でも俺も離れたくな…


「「「カハァァ!!!」」」


「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 !!??

 し、しまった!?

 ここは沙羅さんの教室だってことを忘れてた!!!


「…あ…あ…あ…ああああああ」

「…嘘だろぉ…こんなの絶対に嘘だぁ」

「…もう無理…無理、こんなの無理」

「「「…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」


「あーあ、もう私は知らない…沙羅、時間なくなるよ!」


 またしても、またしてもやらかしてしまった。

 しかも今回は沙羅さんの教室で…これは絶対に沙羅さんに迷惑をかけてしまったよな!?

 名残惜しいけど、これはもう本当に教室へ戻らなきゃマズい!!


「沙羅さん、ありがとうございました。教室に戻ります」


「はい。また後で、ゆっくり抱っこして差し上げますからね?」


 沙羅さんも名残惜しそうに、ゆっくりと俺の身体を離してくれる。

 俺も密かに踏ん切りがついていなかったが、気合いを入れて自分からも身体を離した。

 そしてお互いに離れると、そのまま沙羅さんと少しだけ見つめ合う。

 

 うん、俺はもう大丈夫だ。

 そうだ、夏海先輩にも一言…


「夏海先輩、お騒がせしました」


「私はいいから、早く自分の教室へ戻った方がいいよ!」


「いやー、高梨くん、良かっ…ひぎゃあああああああああああああああ!!」


「お前は黙ってろ!!」


 夏海先輩が思いきり悠里先輩を抓る。

 あれはかなり痛そうだ…自業自得だとは思うけど。

 でも結果的に沙羅さんに会うことが出来たから、心の中で一応悠里先輩にも感謝だ。


「沙羅さん、また後で」


「はい」


 沙羅さんは満面の笑みを浮かべて、俺に手を振って送り出してくれる。

 俺もそれに手を振り返してから、教室を出て扉を閉めると…


「「「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」


「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」


「悠里さん、ちょっと来なさい!!!!!!」


 ……とりあえず、教室に戻ろうか。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


最早テンプレになってきている「嘘だぁぁ」でした(ぉ

この後悠里に何があったのかは・・・不明ですw


如何でしょうか?

前回は初心に戻り過ぎてしまったので、今回は動きの描写と一成の心理描写をある程度両立させてみたつもりです。このくらいでもいいのかなと思いました。

まだ狙って書いているのでぎこちなさは自分でも感じますが・・・

でも方向が見えてきた気もするので、ペースを上げられそうな気がします。


こんな風に試験的な書き方をしてしまい、皆様には本当に申し訳ないです。

頑張ります


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