第263話 沙羅さんの教室へ

「高梨、色々とありがとな。マジで世話になったわ。今日も付き合わせちまったし」


 一応の決着がついたところで、山川からお礼を言われてしまう。

 でも世話になったと言われても、そもそも俺は何もしてない。

 相談に乗ったと言えなくもないけど、結局は花子さんが嫌がっていることを伝えただけだ。しかも本音を言えば、寧ろ花子さんの為だったいう面の方が強い。

 

「…いや、別にいいよ。それで、もう心残りはないか?」


 取りあえず聞いてみたものの、正直に言って山川のことを気にしている余裕が無かったりする。

 こうして話をしていても、頭の中では沙羅さんことばかり考えているからだ。


「あぁ、フラれちまったけど、覚悟はしてたからな。わりぃ、先に行くわ。花崎さんも、ありがとな。」


「…うん。私からも、ありがとう」


 山川はもう一度笑顔を浮かべると、少しだけ焦ったように小走りで立ち去っていく。

 そしてすれ違い様に見た山川の表情は…

 

 そうだよな。

 いくら覚悟をしていたとしても、好きな人にフラれてショックを受けないやつなんかいないよな。

 だからあんな顔を見せられてしまうと、沙羅さんと出会えた俺がどれだけ幸せな人間なのか、改めて痛感してしまう。

 

 ダメだな…本格的に沙羅さんに会いたくなってきた。


「一成。お姉ちゃんに話して?」


「花子さん?」


 声をかけられて、いつの間にか花子さんがこっちを見ていたことに気付く。

 いつから見られていたんだろうか?


「私に話せないことなら仕方ない、その場合は嫁に任せる。でもそうじゃないなら、お姉ちゃんにも相談して?」


 こんな言い方をするってことは、もう気付かれているってことなんだろう。

 今更なので驚きはしないけど、それでも凄いとは思ってしまう。流石はお姉ちゃんと言ったところだ。


「私は絶対に笑ったりしないし、バカにしたりもしない。だから、言えることなら何でも相談して欲しい」


 こんな風に言われて、何でもないと簡単に突っぱねるなんて俺にはできない。

 ここまで心配してくれているのだから、少しくらいは話してもいいよな。


「いや、山川のことを見てたらさ、ちょっと思うところがあったって言うか」


「なるほど」


 まだ触りすら話をしていないのに、花子さんは全て分かったと言わんばかりに頷いた。

 微笑みはそのままに、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。


「悔しいけど、それは私が大丈夫だと言っても多分ダメ。今の一成を安心させてあげられるのは、嫁しかいない」


 花子さんから、意味深なまでのアドバイスを受けてしまう。

 もうこれは触りだけじゃなくて、核心的な部分まで把握されているとみて間違なさそうだ。

 これもお姉ちゃんの直感力とでもいうのか?


「嫁の所へ行ってみたら?」


「う…そのつもりだった」


「うん。嫁も喜ぶと思う」


「そうかな?」


「間違いない。私だったら甘えさせてあげる。嫁ならもっと甘やかす」


 何故だろう、花子さんの言葉は妙に説得力があるような気がする。


「でも甘え過ぎない方がいい」


「そうだよな、流石にそれは情けない…」


「そうじゃなくて、嫁が暴走する」


「………」


 えーと…

 こんな風に言われてしまうと、何と答えればいいのか悩む。


……………

………


 三時限目終了、休み時間


 結局、どうしても沙羅さんに会いたいという気持ちが抑えきれなくなり、俺は二年生の教室がある階まで来てしまった。

 当然すれ違うのも皆二年生なんだけど、ほぼ間違いなく俺をジロジロと見てくる。

 何でここに一年生がいるのかと思われているかもしれないし、俺も一応は副会長だから、そっちの意味で注目されているだけなのかもしれない。

 ただ一つだけ確かなのは、きっと場違いなんだろうな。


 そして沙羅さんの居る教室が近付いてきたところで、肝心なことに気付いてしまった。

 そうだよ、ここからどうすればいいのか考えてなかったぞ…


 もちろん突撃などすれば、沙羅さんに迷惑がかかるだけだって分かってる。

 だからせめて、一目見るだけでもとは思うけど、一体どうやって?


 ガラガラガラ…


 そんなことを考えていた矢先、突然教室の扉が開く。

 咄嗟に視線を逸らして、視界の端で出てくる人物を確認してみた。

 教室から出てきたのは女生徒三人組のようだ。とりあえず沙羅さんや夏海先輩の姿は確認出来ない。


「いててて…」

「悠里ダイジョブ?」

「大丈夫じゃない…ねぇ、腫れてない?」

「腫れては無いけど真っ赤だねぇ。夏海ちゃん容赦ないなぁ」

「自業自得だけどね」

「いやいや、ほっぺ抓られたまま市中引き回しの刑とか、どんな羞恥プレイよ」

「市中というか教室だけどね」

 

 会話を聞く限りだが、取りあえず夏海先輩と仲が良さそう(?)ということだけは直ぐに分かった。

 さてどうしよう。やり過ごすべきか、思いきって話しかけるべきか。


「ありゃ!? 高梨くんじゃん!?」


 !?

 三人組の中の一人が突然こちらを向いたと思えば、俺の顔を見ていきなり名前を叫んだ。


「え…っと」


 いきなりのことだったので、思わず返答に困ってしまう。

 どうしようか、俺のことを知っているのは間違いなさそうだけど。


「ああ、ごめんごめん、初めましてだから大丈夫だよ。私的には全然そんな感じじゃないけど」


 やっぱり初対面だよな。

 実はどこかで会っていて、単に俺が忘れているだけというオチではなさそうだ。

 まぁ元孤独の俺に、先輩の知り合いなんて本当に数える程しかいないから、忘れる訳がないけどさ。


「んで、こんなところでどうしたの?」

「悠里、わかってて聞くのは…」

「ごめん高梨くん。こいつ馴れ馴れしいから」

 

「いや、ちょっと用事が」


 まさか見ず知らずの先輩に「婚約者に会いに来ました~」なんて言える訳がない。

 俺は頭をフル回転させながら、この状況を乗り切る手段を必死になって考えてみる。


「あ、そうなんだ。ねぇねぇ高梨くん、今度二人で遊びに行かない? 私、高梨くんに興味が」


「すみません、お断りさせて下さい」


「あ…」

「お…」

「おお…即答」


 何を言ってるんだ、この人?

 冗談だろうけど、見ず知らずの人にそんなことを言われて、ほいほい付いて行く訳がないだろ。

 第一、俺には沙羅さんがいるんだから。


「ぷくく、フラれた」

「やったね悠里!」

「ぐぐぐ、これっぽっちも悩まないとか…せめて申し訳なさそうに断るとか、そんなのもないんかい…これじゃ乙女のプライドが」


 ぶつぶつと悔しそうに…恨めしそうか? 唸る悠里先輩(?)を、他の二人が肩を叩きながら慰めている。

 思わず直球で返事をしてしまったけど、ひょっとしてもう少し断り方を考えるべきだったのか?


 いや、それよりも…だ。


 ハッキリ言って、俺はこの人達のことを相手をしている時間がない。

 そして残念なことに、沙羅さんの姿を見る手段も思い付かない。

 残念だけど、あと一限我慢すれば沙羅さんに会えることは分かっているからな。

 だからここは、もう一旦諦めて教室へ戻るしかないか。


「すみません、俺はこれで」


「ちょ、ちょっと待ったぁ!! ちなみにさ、何で私のこと断ったのか聞いてもいい?」


 何でと言われても…寧ろどうして断られないと思ったのか、逆に聞いてみたいぞ。


「はぁ? 何聞いてるの悠里?」

「そりゃあ、あんたじゃ比べ物にならないからじゃないの?」

「うっさい! やっぱ顔か!? それとも胸か!?」


 ちょ…何なんだよこの人!?

 こんな公衆の面前でそんなことを大声で叫ぶとか、本当に何を考えているんだ!?


「私に恥をかかせた罰だよ。さぁ答えなさい!!」


 どうしよう…迷っている時間はないだろうし、とにかくここを早く切り抜けないと休み時間が終わってしまう。


「いや、俺には好きな人がいるので…」


「そんなの知ってるよ!!」


「えぇぇぇ…」


 うわぁ

 これはめんど…もとい、この人は間違いなく今まで俺の周りに居なかったタイプの人だ。

 勢いで場を目茶苦茶にしてしまうような、完全にノリ重視の人。

 苦手とまでは言わないけど、正直扱いに困る感じの人だ。


 …って、ちょっとまてよ。この人、今、俺が好きな人を「知ってる」とか言わなかったか?


「あ、いいこと考えちゃった。この責任は、もう身体で払って貰うしかないね」


 悠里先輩は、何を思い付いたのか知らないが突然ニヤニヤと意味深に笑い始めた。

 激しく嫌な予感もするし、もう本当に諦めて、早くこの場を…


「さぁ、一名様ご案内しようかぁ」


「ちょっ!?」


 何を考えているのか、悠里先輩は俺の腕を掴むと強引に引っ張り始めた。

 しかもこれは狙ってやっているのかどうか分からないが、腕の位置が悪すぎる。

 このまま俺が下手に腕を動かしたら、その瞬間に何を言われるか分かったもんじゃない。


「あ、ちょっとでも腕を動かしたら…分かってるよね?」


 うお、やっぱり意図的なのか!?

 これじゃ、ますます腕を動かすことが出来ない。

 しかも明らかに沙羅さんの教室へ向かっているコースなので、これはどう考えても引っ張り込まれるぞ。


「ね、ねぇ悠里、そのくらいにしときなって!」

「ちょ、ちょ、ヤバいから! 高梨くんに絡むのは洒落になってないから!?」


 他の二人が状況を見兼ねたように、悠里先輩を止めに入ってくれる。

 どうやら何かを怖がっているようにも見えるし、さっきまでと違って本気で焦っているようだ。


ガラガラガラガラ!!


「一名様、ごあんな~い!」


 結局、男して為す術のない戦術を使われてしまい、無抵抗のまま教室へ引っ張り込まれてしまった。

 室内に入れば、当然だけど先輩達の視線が一斉にこちらへ集まってくる。


 うぅ…こっそりのつもりだったのに、これは考えうる限りで一番最悪のパターンだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


お待たせしております。そして短くてすみません。

読んで気付かれた方もいらっしゃると思いますが、今回は意図的に最近の描写を止めてみました。

癖になってしまったこともあり、以前のように「書こうとしている」のでぎこちなさや違和感が多いですが、スランプで立ち止まってしまったついでに、ある意味初心に戻ろうと頑張ってみました。

なので今回は試験的なこともあり、少し短くなってます。


是非ご意見を聞かせて頂きたいです。ノートの方には色々今回の経緯を書きましたが、とにかく最近ずっと悩んでいます。あちらではなくてこの話へのコメでもいいので、このくらいの描写でも読んでいて大丈夫だったかどうかなど、教えて頂きたいです。

宜しくお願いします。


すみません、前回のコメント返しは後日改めてさせて頂きます。


※4/5 本文修正しました

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