第117話 誰がいようと

「まゆちゃん、今日は本当にありがとね〜」


「よっちゃんに会えたし、花火も見れたし、問題ないわよ」


テントの片付けをしながら、お母さん同士で和気あいあいと話が続いている。

俺達も手伝っているのだが、どうにも自分の情けなさに腹が立ち、上手く笑えているのか自信がなかった。


いつの間にか片付けが終わっており別れの挨拶を済ます


「みんなありがとね。沙羅ちゃん、よかったらまた来てね。」


「はい、ありがとうございます。」


「それじゃよっちゃん、またね」


こうして花火大会は全て終了となった。


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「さて、帰る前にちょっと寄りたいところがあるのよ。」


車に乗って走り出したところで、真由美さんが突然そんなことを言いだした。


「そんなに時間はかからないから、許してね」


そう言って車は山道を登り始め、少し走ると高台のような場所に出た。

手前にある駐車場に車を停めると


「はい、みんな降りてね。」


どうやら真由美さんの目的地に着いたようだ。

少し広めの高台で、こんな時間でもそれなりに人がいて、妙にカップルが多い。


「なんか、それっぽい人達が多いねぇ」

「そうですね、俺もそれが気になりました」


夏海先輩や速人も、カップルが多いと直接は言わないが、場違いな感じを受けているようだ。


「綺麗です…」


沙羅先輩の感動したような声が響く。

沙羅先輩の横に並ぶと、高台から見渡せる夜景が広がっていた。


「………凄いですね」


「はい、こんな夜景は見たことがないです…」


俺も沙羅先輩も、眼前に広がる街の明かりでキラキラした夜景に暫く目を奪われていた。

何時の間にか、夏海先輩と速人も横にきていて、同じように感動しているようだ。


真由美さんは俺達にこれを見せたかったのだろうか?

そもそもここは?


「ふふ…何でここに来たかったかわかる?」


真由美さんは、イタズラっぼい表情を浮かべて聞いてきた。


「いえ…」


「お母さん、いきなりでわかる訳がないでしょう。綺麗な夜景が見れたのは嬉しいですけど、ここはいったい」


俺がからかわれたと感じたのか、沙羅先輩が真由美さんに強く出た

真由美さんは相変わらずイタズラな表情をしたままだが。


「ここはねぇ…あの人に告白された思い出の場所なのよ」


真由美さんの爆弾発言に、俺達は全員黙ってしまった。


「二人で花火大会を見に来て、寄りたいところがあるって言われてここにきてね」


真由美さんはそう語りながら、夜景を見つつ移動を始めた。

俺達も何となくそれについて歩くと、真由美さんの先に、大きなベルの付いたゲートのような物が見えた。


「ここはね、恋人の聖地みたいに言われてる場所で、あのベルを二人で鳴らすと幸せになるっていわれてるの。私はそれを知らなかったんだけど、あの人は花火大会に来る前から調べていたみたいで…」


そう言いながら、どこか愛しそうにベルのついたゲートを撫でていた。


「いきなりだったから驚いちゃった。只でさえ夜景で驚いていたところに、いきなり告白されるなんて予想してなかったし」


そうしてまた夜景を見ながら歩き始めた。

俺達は声を出せなかった。

真由美さんの雰囲気がそうさせるのか、場の空気なのか、何となく声をかけてはいけないと感じてしまっていた。


「だからね、ここはそんな思い出の場所なの。せっかく久しぶりに来たんだから、どうしても寄ってみたくて」


「素敵な話ですね、真由美さん」

「はい、そんな素敵な場所を見せて頂いて、こちらこそお礼を言わせて下さい」


夏海先輩が感想を漏らした。

それに続いて速人もお礼を言い出した。


俺も本当に素敵な話だったと思う。

沙羅先輩は…


沙羅先輩を見ると、あのベルを眺めていた。

表情からは何を考えているのかはわからないが、じっとベルを眺めている。

両親のことだから何か思うことがあったのだろうか…


だがそんな沙羅先輩を見つめていると、俺の心は騒いでいた。

周りには人もいる、夏海先輩もいるし、速人もいる、真由美さんだっている。


でも花火大会で散々情けない姿を見せてしまった。沙羅先輩に待っているとまで言わせてしまった。

真由美さんの話を聞いていて、自分の情けなさがますます露呈しているような気がした。


俺は別に恥ずかしいことをしようとしているのではない。誰に聞かれようと、俺は胸を張って言えるはずだ。

沙羅先輩への気持ちを伝えるのに、周りなど関係ない。

そうだよ、沙羅先輩が待っているとわかっているのに、それでも待たせるのか!


「沙羅先輩!……いえ、沙羅さん!!」


静かな高台に、場違いなくらいの俺の大声が響くのだった

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