第343話 一番大切なこと

 俺の告白で、特に一部の客席が騒然となり…その反応はやがて、満里奈さん個人に対する興味や驚きに変わってしまう。

 そんな周囲の声に、居心地の悪そうな様子の満里奈さんを見ていると…俺としても申し訳なさが込み上げてきて…

 もともと目立つことに対して免疫のない満里奈さんが、突然これ程の注目を浴びてしまえば、そうなってしまうことも当然と言えば当然なんだけど…でも。


「は、速人くん、あのね…そ、それって、本当に、私のこと…なの?」


「うん。全部本当の気持ちだよ。嘘じゃない」


「で、でも、私は……私なんかじゃ…」


「…満里奈さん?」


 どうしたんだろう、やっぱり満里奈さんの様子がおかしい。

 手放しで喜んでくれるとまでは思っていなかったし、戸惑わせてしまうことは十分に予想していたが…

 でも、こんなに悲しそうな表情をさせてしまう展開は、全くもって想定していなかった。何で満里奈さんは、そんなに悲しそうな…


「あのね、速人くん…速人くんの気持ちは、とっても…とっても嬉しいよ。私だって、速人くんと一緒に居るのは楽しいし…素直な気持ちで居られて、いつも笑顔で…自然な自分で居られることが、とっても心地好くて…」


「う、うん、それは俺も全く同じ気持ちだよ。だから…」


「…ありがとう。そう言って貰えて、本当に嬉しい。でも…でもね? 私なんかが、本当に速人くんの…」


「……満里奈さん」


 満里奈さんの言っている言葉の意味が、俺の頭の中でぐるぐると駆け巡り始める。

 「私なんかが…」

 その言葉から連想されることの意味…それは…


「んとね…速人くんと薩川先輩の噂って…あったでしょ? でも薩川先輩には高梨くんがいるから、それはあくまでも噂だって私は分かってたけど…でもね…噂をしていた人たちは、みんな口を揃えて同じことを言うんだよ? 薩川先輩なら仕方ない、美男美女でお似合い、薩川先輩みたいに凄い人なら、速人くんにピッタリって…他にも色々言ってた。でも、薩川先輩のような凄い人なら当然だよね? だってあんなに綺麗で、おしとやかで、成績は常にトップで…運動もお料理もお裁縫も、思い付くことは全部完璧で…それに比べて私なんか…そう思ったら…」


「ま、満里奈さん、それは違うよ!! 薩川先輩は…」


「あ、勘違いしないで。私は別に、薩川先輩を羨んでいるとか、そういうことじゃないんだよ? だって、私は薩川先輩を本当に尊敬してて、いつかあんな風になりたいなって、憧れてるくらいなんだから。そういう意味じゃなくてね、私が本当に言いたいことは…速人くんも、それだけ凄い人なんだよ…ってことで…その…」


「…満里奈さん」


 ここまで来れば、満里奈さんが何を言いたいのか、何を気にしているのか…それがハッキリと分かってくる。

 つまり薩川先輩のことは、あくまでも周囲がそう言っていたという事実なだけで、深い意味がある訳じゃない。

 それよりも寧ろ、「釣り合いが取れるかどうか」を周囲が散々口にしていたことが問題であり…


「速人くんは、これだけ沢山の人から応援して貰えるくらい、とっても凄い人なんだよ? さっきの試合を見ていて、私もつくづく思ったんだ。本当に凄くて、格好良かった。こんな素敵な男の子が、私の大切なお友達なんだよって、自慢したくなるくらい…本当に素敵だった。でもね…私は…」


「満里奈さん、そんなことは関係ない!!!! 大切なのは、お互いの気持ちであって…」


 どうしよう…俺はどうすればいい!?


 満里奈さんの考えていることは、もう間違いなく予想通りだと確信してる。

 なぜ満里奈さんが、悲しそうな表情を見せているのか…その理由もハッキリ分かってる。

 でもこれは、俺が「関係ない」と単純に言ったところで、本当の意味で満里奈さんには届かない。満里奈さんからすれば、「凄い人」である俺がいくら呼び掛けても「速人くんには分からないよ」という一言で片付いてしまうから。


 だから、何かが…


 俺の声を、満里奈さんの心に届かせる、そんな何かが…


「藤堂さん。俺には、君の気持ちが良く分かるよ?」


 そんな重苦しい空気を物ともせず…実に自然な感じで、藤堂さんに話しかけたのは…


「…高梨くん?」


 ここまでずっと様子を見守ってくれていた、俺にとって、藤堂さんとは違う意味で大切な人。


 大親友の…一成だった。


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 本当は最後まで見守るつもりだったが…正直に言って、この状況は速人に分が悪すぎる。

 藤堂さんが感じているもの、心の中に巣食っているもの、それは自分に対する自信の無さと、劣等感に似た何かであり…特別な「何か」を持っている、もしくは持っていると思われている相手からの声では、恐らく本当の意味で届かない。

 だからここで、いくら速人が説得しようにも…例えそれが沙羅さんであっても、藤堂さんが心から素直に納得出来るようにはならないと思う。

 仮に周囲の声を黙らせることが出来たとしても、結局、藤堂さんが本心で納得しなければ…


 そうであれば…


 例えお節介だとしても、この場でそれを言えるのは…


「…高梨くん?」


「藤堂さんが今感じている気持ちは、俺も良く分かるんだ。何と言っても、俺の恋人は…婚約者は、沙羅さんだからね」


「…で、でも、高梨くんだって、凄いところが一杯あって…」


「ありがと。でもさ…本当は、こんなこと言いたくないけど…俺って、お世辞にも見た目が良くないじゃん? でも沙羅さんは、誰がどう見たって…」


「一成さんっ!!!! それ以上は!!!!」


「沙羅さん、ごめんなさい。でも…今だけは言わせて下さい」


「…っ…一成さん」


「大丈夫。俺はもう、そんなこと全く気にしてませんから。それでも、もしお説教があるなら、後で甘んじて受けますよ」


「…畏まりました。後で…めっ、ですよ?」


「…はい」


 悲しそうな表情を見せる沙羅さんに、とても申し訳ない気持ちが込み上げて来るが…今は速人と藤堂さんの為にも、俺がこれを言わなきゃならない。

 例え自分を貶すことになろうと、これは二人の為に…


「た、高梨くん、そんなこと言わなくていいよ!! 私だって、高梨くんの…」


「いいから今は聞いてくれ。話を戻すけど…俺はそれこそ、沙羅さんと恋人になる前から、何なら今でも、"何であんな男が"って、言われることがあるんだよ? 釣り合いが取れてない、鏡を見たことがあるのか、生意気だ…そんなことを言われる。でもさ、容姿のことなんかどうにもならないだろ? この顔は生まれながらのものだし。ただ、実際のところは容姿の話だけじゃないんだよ。さっき藤堂さんが言った通り、沙羅さんは本当に凄い人だから。勉強も運動も…色々…」


 ぎゅっと…今まで感じたことのない程の力強さで、俺の手をきつく握りしめてくる沙羅さん。

 本当に辛そうで、俺も心が凄く痛くて…でもこの話は、ここからが本題でもあるから…


「も、もう止めてよ、高梨くん!! 私はそんなこと、一度だって思ったことない!! 皆だって絶対…」


「うん。それは俺も良く分かってる。少なくとも皆は…俺の周りにいる人達は、そんなこと考えてないって分かってるよ。でも俺達を知らない人は、やっぱりそう思っていることも事実なんだ。でもな…そんなことを言われたからって…じゃあ沙羅さんを諦めようだなんて、そんなこと考えられると思うか?」


「…え?」


「俺は絶対に無理だよ? だって、俺は沙羅さんが好きだから…誰よりも愛しているから。他人の声なんか気にして、沙羅さんと一緒にいられない道を選ぶなんて、俺には絶対出来ない。俺の気持ちはそんなにヤワじゃない。軽くない。沙羅さんの為なら、俺は自分の全てを擲ってもいい、心の底から本気でそう思ってる。その気持ちがあれば、周囲の蔑みなんて全く気にならない。でも…それとは別に、まだ自分が納得しきれないから…だから俺は努力するんだ。それは劣等感でも、他人の声を気にしている訳でもない。俺は俺の求める自分の姿になれるように…自分は沙羅さんに相応しい男だって、胸を張れる、自身が納得出来る姿になれるように…」


 この話で、果たしてどれ程のことが藤堂さんに伝わったのか…それは全く分からない。でも、速人の凄さに対して自分が釣り合わないと感じている藤堂さんの気持ち…周囲の声をどうしても気にしてしまう弱さも、それらは全て、俺も等しく通ってきた道だから…


 だから、藤堂さんもきっと共感出来る筈だと、俺は信じてる。


「一成さん…」


 沙羅さんは目端に小さく涙を浮かべ、今にも俺に飛び付いてきそうな気配を漂わせているものの…状況を考えてか、それをギリギリのところで堪えているような気がしないでもない。でもそのお陰で、まだ俺は話が出来る。ここから、俺の伝えるべきことは…


「なぁ、藤堂さん。藤堂さんは、速人に人気があることをどう思う?」


「…えっ?」


「藤堂さんも見ただろ? 速人にはファンクラブがあって、いつもあんな感じで和気藹々としているんだけど…あれを見て、何も思わなかったか?」


「…それは」


「即答出来ないってことは、つまり思うことがあったってことだよな? 藤堂さんは、あれを見てどう感じた? どう思った?」


「………」


「藤堂さんが感じたものは、多分、俺がずっと抱えていた気持ちと同じようなものだよ。だって、俺達は状況が似ているんだからさ」


「あ…」


 やっぱり、似たような立場であると思えば…

 俺の言葉にも、思うことがあるようで…


「もし藤堂さんが納得できないと思うのであれば、自分の出来る努力をすればいい。例え今は無理でも、この先、自分で納得できる"何か"を手に入れることは、不可能なんかじゃないよ。でも一番肝心なことは、自分の気持ちに自信を持つこと…"好き"という自分の気持ちに、素直になることだと俺は思う。それがあれば、一番大事なことを見失わずに済むから」


「…自分の気持ちに…素直に…」


「うん。だから…お互い、頑張ろう」


 速人に目配せをして、俺の話が全て終わったことを伝える。

 ここから先は二人の問題…藤堂さんが、自分の壁を乗り越えられるかどうかは、二人の想いにかかってる。

 でも…自分の気持ちと素直に向き合えば、そんな難しい話じゃないんだ。


 そうだろ?


 藤堂さん…


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 side 満里奈


 高梨くんの言葉が、私の心に大きく響いている。それは、同じ悩みを持つ人同士の共感…私が感じているものを、確かに理解してくれていると分かるから…


 薩川先輩に、あんな悲しそうな顔をさせて…高梨くんも、そんな薩川先輩に気付いていて、辛い気持ちを全然隠せていないのに…それでも私の…私達の為に、自分の体験談を聞かせてくれた。しかもそれは、私の気持ちをピンポイントで表しているもので…


 本当は、自分でもわかってるんだ。

 この気持ちが恋だってことも、速人くんの側に居たいって本音も…

 でも自分に自信が持てなくて、周りから…特にファンクラブの人達から、おめでとうって言って貰えなかったら…速人くんに、申し訳ないなって…

 だって…私には、本当に何もないから。


 薩川先輩も、夕月先輩も、西川さんも、花子さんだって…私の周りにいる人達は、本当に凄い人ばかり。みんな綺麗で可愛くて、頭も良くて、誰にも負けない何かをしっかり持ってて…それに洋子だって、凄く強い心を持ってる。辛い気持ちにしっかりと立ち向かって、それを乗り越える勇気がある。自分に自信がないからって、うじうじしている私とは大違い…


 でも…でもね、高梨くんの言う通り、そんなことで速人くんから離れてもいいの?

 私が感じているこの気持ちは、そんなに軽いものなの?

 さっき薩川先輩が見せた、深く、大きな悲しみは…私が自分を蔑むことで、速人くんにも同じ気持ちを味わわせているのだとすれば…


 私は…


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 side 速人


 くそ…本当に自分が情けない…

 一成に、あそこまでのことを言わせてしまうなんて…自分の不甲斐なさに、どうしようもない怒りが込み上げてくる。


 かつて一成が、周囲の心無い声にコンプレックスを抱き、密かに悩んでいたことはもちろん知っていた。そしてそれを、想いの強さで克服したことも。こんなチープな言い方はしたくないけど、それは正に「愛の力」と呼べるもので、薩川先輩への揺るぎない想いが、一成の強さを無限に湧き立たせているのだと、俺も確かに感じることが出来た。

 でもそんな忌まわしい傷痕とも言える話を、一成は俺達の為にしてくれた。一成が薩川先輩と一緒にいることで、感じてきた苦悩や悩み…恐らくそれは、今の満里奈さんが感じているものに近しいもので…であれば、一成の言葉は満里奈さんに届いたはず。

 そんな親友の思いを無駄にしない為にも、ここからは俺が、もう一度、満里奈さんに気持ちを伝えるんだ。

 大切なのは気持ちなんだって…周囲の声なんか関係ないんだって、それを…満里奈さんに!!


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 はい…という訳で、意外に難しかった三者の心理描写を乗り越え、いよいよ次回はミスコンのフィナーレ、そして、速人&満里奈の決着(?)となります。


 …また伸びなければ(ぉ


 ではまた次回~

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