第109話 二人なら

「一成さん、無理はなさらないで下さいね。」


現在、俺と沙羅先輩は流れるプールにいる。

ちなみに雄二は夏海先輩に拉致…もとい強制連行されてしまった。


本当はもっと色々アトラクション的な場所があって、かなり楽しそうなものも多いのだが、俺の右手を気にした沙羅先輩が頑なに拒んだのだ。


なので今は、二人でのんびりと流れるプールでふわふわ流されている。


「沙羅先輩…申し訳ないです。俺のせいで…」


「一成さん…めっ」


沙羅先輩が突然俺の額を突っついた


「私は自分で望んでこうしているのです。ですから、一成さんのせいなどという要素は存在しません。」


沙羅先輩は微笑みながら、俺に言い聞かせるように丁寧に話し始めた。


「それに…私は最近思うのです。一成さんと一緒にいることが嬉しい楽しいと感じていたのは以前からですが、今はそれ以外にも…」


どうやら何か思うところがあるようで、沙羅先輩はそう言い始めた。

表情を見る限り「それ以外」という部分が少なくとも悪いことではないようだが。


「上手く言えないのですが、きっとこの気持ちは大切で、私に必要なことなんです。そしてそのことがわかるようになった自分が嬉しいんです。」


そう言った沙羅先輩の手が俺の左手に当たったと思うと、そのまま優しく繋がれる。

俺も少し握り返すようにすることで、よりしっかりと繋がれる。


「私はこうして二人でいるだけで…」


これは、沙羅先輩の心に変化があり、何か自身で気付くことがあったのかもしれない。

自惚れかもしれないが、沙羅先輩は俺にしっかりと愛情を向けてくれていると思う。

もし沙羅先輩がそれを親友に向ける親愛ではなく、男女のものだとしっかり意識して向けてくれているのであれば嬉しいな…


などと沙羅先輩と流れるプールで暫くゆったりとしていたら、突然近くで衝撃と水飛沫が飛ぶ


「うわっ!?」

「きゃっ」


いきなりのことだったので、咄嗟に沙羅先輩を庇うような体勢をとる。

どうやら誰かが飛び込んだようだが、それは直ぐにわかった。


「ぷぁ! 邪魔してごめんね〜お二人さん」


飛び込んだのは夏海先輩だったようで、水の中から勢いよく飛び上がった。

ごめんねなどと、謝る気など微塵もない表情で楽しそうに笑う夏海先輩。

今日はテンション高いな…まぁせっかくこんな場所に来ているのに、楽しまない方が損か。


「あ…あ、一成さん! 右手、右手が!」


沙羅先輩の焦った声を聞いて自分の右手を見ると…沙羅先輩の肩を思いっきり掴んでいた。


…沙羅先輩の素肌を触ってしまった…柔らかいというかすべすべというか…


って、そうじゃない!


「沙羅先輩すみません! つい触ってしまって…」

「そうではありません! 右手は大丈夫ですか!?」


あ、そう言えばそうだった。

痛くはないかな…でも少し違和感みたいな感じはするかも

沙羅先輩は焦ったように俺の右手を両手で抱えて、手首を擦り始めた。


「大丈夫です、少し違和感があるくらいで」


「違和感があるんですね、この辺りですか?」


心配と不安が混じったような表情を浮かべて、沙羅先輩が丁寧に撫でてくれる。

そんな俺達のやり取りを見ていた夏海先輩が、少し焦ったように声をかけてくる


「あ、いや、ごめ…」


「夏海!! 一成さんは怪我が治っていないと言ったでしょう!! 冗談では済みませんよ!?」


「ご、ごめんなさい!!」


沙羅先輩が夏海先輩にここまで怒ったのは初めて見た。

というか止めないと


「沙羅先輩、大丈夫ですから! このくらいの違和感は普段でもたまにあるくらいですから、本当に大丈夫です!」


俺が説得に入ったことで、少し落ち着きを取り戻してくれたのか、沙羅先輩の勢いが収まった。

相変わらず心配そうに俺の手首を擦ってくれているのだが…


「何かおかしいと感じたらすぐに仰って下さいね……夏海、後でお話があります。」


「はい………」


どうやら後でお説教タイムになるようだ。

これはもう自業自得だな。


「えーと、何があった?」


飲み物を抱えた雄二が戻ってきた。

パシりにされたか…夏海先輩ははしゃぎすぎだろう


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「すう…すう…」


俺の肩に寄りかかるようにして寝ているのは沙羅先輩だ。


帰りの電車は空いていて、座席にも余裕があったのでありがたい。

みんな疲れていたので座れなかったら厳しかったかも。


沙羅先輩の可愛い寝顔を見れるチャンスだと思うのだが、角度的に厳しい…残念だ


ちなみに目の前では、夏海先輩と雄二がお互い寄りかかるように器用な体勢で寝ている。


この二人何気に仲が良さそうなんだよな…

まぁ雄二が振り回されているだけにも見えるけど。


しかしこうしてみんなで遊びに行くのも久し振りなんだけど、やっぱり楽しいな。

今度は速人を必ず誘って遊びに行こうと思う


「う…ん…一成さん?」


どうやら沙羅先輩が起きてしまったようだ。

まだ余裕はあるから、もう少し寝ていても良かったのだが


「沙羅先輩、まだ着くまで時間がありますから、もう少し寝ていても大丈夫ですよ?」


そうは言ったものの、完全に目を覚ましてしまったようだ。

名残惜しいけど、先輩が寄りかかってくれた至福の時間も終わりか…

と思っていたのだが、先輩は俺の肩に頭を乗せたまま離れなかった。


「沙羅先輩?」


「あの…もう暫くこうさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


少し甘えるような口調で沙羅先輩がそう言いながら、身体をもう少し俺に寄せてきた。


「もちろんです。着くまでそのままでもいいですよ」


「はい」


嬉しそうに呟く沙羅先輩が可愛くて、どうしても頭を撫でたかった俺は、少し大変だったが反対側から腕を伸ばして撫でてみた


「ふふ…」


猫が甘えるようにスリスリと頭を動かす先輩が可愛すぎて、俺も夢中で頭を撫でるのだった



「おいバカップル、いい加減にしろや」

「一成がそういうキャラになるとはなぁ」


いつの間にか起きていた夏海先輩と雄二が、白い目でこちらを見ているのに気づいたのは暫く後だった。

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