第108話 雄二と夏海
さて、せっかくリゾートプールにきたので、スライダーやらなんやら楽しそうなものがいっぱいある訳で片っ端から…と思っていたのだが。
「一成さんは右手が治っておりませんので、危ないものはダメです。」
…確かに完治はしていないが、そんなご無体な
「あー、沙羅、せっかくなんだし、簡単なものなら大丈夫じゃないかなぁ」
さすがに可哀想だと思ってくれたのか、夏海先輩がフォローを入れてくれる。
「いいえ。せっかくここまで良くなってきているのですから、今油断してまた悪化してしまったらどうするのですか?」
真面目な沙羅先輩は本当に俺の右手首を心配してくれている。
俺はなんてバカなんだ、その場の勢いでつい調子に乗ってしまった。
沙羅先輩にここまで心配をかけておきながら、俺自身は軽く考えていた。
「ちなみに、もし悪化させてしまった場合、私はもう一切妥協しませんので」
妥協しないという言葉が、いったいどういう意味を指すのか気になった…
「すみません沙羅先輩。ずっとお世話になってしまっているのに、調子に乗ってしまいました。」
本当に申し訳なく思えて素直に謝ることにした。
沙羅先輩も怒っている訳ではないのだ。
「一成さん、お気持ちは私もよくわかりますが、ここで油断してしまっては今までの我慢が無駄になってしまいます。私もご一緒しますので、二人で頑張りましょうね」
女神様のごとき微笑みで俺を励ましてくれる。
そうだよ、沙羅先輩さえ近くに居てくれるなら俺はリゾートプールだろうが市民プールだろうがそこは天国だ。
「沙羅先輩…ありがとうございます」
「一成さん…」
「はいはい、んじゃ私達はスライダーやってくるわ。橘くん行くわよ!」
「りょ、了解です」
夏海先輩はげんなりとした表情で雄二を捕まえるとそのまま引っ張るように連れていってしまった。
「…珍しいですね。夏海が男性にあそこまで砕けた態度をとるなんて。」
沙羅先輩が少し驚いた表情でそう呟いた。
確かに言われてみれば、夏海先輩は最初の自己紹介のときから雄二に対して気軽に接していたような気がする。
以前会ったときの別れ方から考えると、いくら夏海先輩が人当たりがいいとはいえ、いきなりあんな感じで接することができるものだろうか…
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「さぁてどこから攻めようかしらねぇ」
そう言いながら俺の腕を引っ張ってどんどん先に進む夕月さん。
わかってはいたが、この人は本当に自由というかなんというか。
一応初対面に近いことになってるのに、いきなりここまでされると…
「夕月さん! いくらなんでもあの二人に気付かれて…」
「大丈夫、あの二人はイチャつくのに夢中でそこまで気にしてないって」
まぁあの様子なら大丈夫か。
というか…
「あの…夕月さん。今思ったんですけど、そもそもここまで隠す必要ありましたっけ?」
あの日二人で後をつけたことを隠しておけば、適当に理由つけるだけでもいいんじゃないかと思ったんだが。
「あるに決まってるじゃない。あの二人には散々振り回されてるんだから、こっちも陰で結託していつか笑ってやるのよ」
何とも楽しそうに笑う人だ。
だけど、一緒にいて楽しいと思った女性は初めてかもな。
こんな美人とプールで二人とか、役得だと思って素直に楽しませて貰おう。
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昼食の時間で合流すると、雄二は早くも疲れた様子を見せていた。
「雄二、大丈夫か?」
どうやら夏海先輩に振り回されてきたようなのだが、肝心の夏海先輩は平然としている。
部活が体育系なだけはあるのかもしれない。
「あ、あぁ…大丈夫だ」
「え〜、女の私が余裕なのに…まだまだ平気だよね?」
余裕がある夏海先輩はニヤニヤしながら雄二を挑発している。
やっぱり仲が良さそうなんだよなこの二人。
レストランがセルフ式だったので、それぞれが料理を選びトレイに乗せる。
ちなみに俺の分は沙羅先輩が最初に運んでくれた。
これくらい大丈夫だと言ったのだが
「絶対にダメです」
と笑顔で怒られた…
会計を済ませ席に着くと、みんな思い思いに食事を始めた。
そう言えば、外食は久し振りだな…
「一成さん、右手首は如何ですか? 痛みや違和感はありませんか? 少しでも気になるようでしたら、いつも通り私が」
「ちょっと待った。いつも通りって何をする気?」
夏海先輩の突っ込みが入る。
でもダメだ、そんなことを聞いたら沙羅先輩が
「? 特に変なことはありませんよ。こうして…一成さん、はい、あーん」
ぱくっ
もぐもぐ…しまった!? いつもの癖でつい
「……へぇ、いつも通りねぇ」
夏海先輩のジト目が俺に突き刺さる。
雄二からも微妙な視線が飛んで来る
「一成さん、このまま私がお手伝い致しましょうか?」
「い、いや、大丈夫です。手首も特に問題ないですよ。」
さすがにここでいつも通りにしたら夏海先輩や雄二にも迷惑がかかるだろうし、周りの視線も凄いことになりそうだからな
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