第384話 買い出し

 冬休みが始まって、最初の日曜日。

 今日は二日後に迫ったクリスマスパーティーに向け、皆で諸々の買い出しをすることになっていた。

 元々は俺と沙羅さん、花子さん、速人と藤堂さんの五人で予定を合わせていたんだが、先日のグループチャットで全員の参加が決まったこともあり、結局は買い出しも全員で行こうという流れになったからだ。

 なので今朝は、早めに遠方組の三人と駅前で待ち合わせをして(西川さんが車で雄二達を迎えに行ってくれた)、午前中からいつものショッピングモールへ乗り込もうということになり…


「おぉ~結構大きいですねぇ…って、あぁ!? マシェティアがある!!」


「へぇ…私が引っ越してから、ブランド系のショップがいくつか増えたみたいね」


 駐車場の連絡通路から館内へ入り、エスカレーター前に設置された案内図を見ながら、いきなり興奮したような声をあげる立川さん…と、ここへ来るのが久々とのことで、同じく興味深そうに案内図を眺めている西川さん。

 ちなみにマシェティアとは、最近女子に人気のある、カジュアル系ブランド…だったはず、多分。


「立川さんはマシェティアが好きなんだ?」


「最近ハマってるんですよ!! ほら、このコートも…」


 そう言って、立川さんが襟元のタグを見えやすいようにひっくり返すと、それを夏海先輩がヒョイと覗き込み…


「へぇ、通りでデザインチックなコートだと思ったわ」


「えへへ、最近クラスの女子…と言うか、学校でも流行ってるんです!」


「そういやウチのクラスでもかぶれてるの何人か居たかな? ねぇ沙羅…は興味ないか」


「そうですね。私はブランドに興味がないので」


 夏海先輩から向けられた水を、沙羅さんはアッサリと振り払い…でも一応は気になるのか、立川さんのコートをじっと眺めているような?


「でも薩川先輩っていっつもお洒落ですよね? 清楚で大人びたファッションって言うか、しかも可愛いまであるし」


「もともと沙羅は、ブランドどころかファッションそのものに無頓着なタイプだったんだけどね。こういうところに連れて来ても、ボディラインが出ないようなゆっりした服なら何でもいいって感じだったし、夏でも超ロングスカート一択だし」


「あ…そう言われてみれば、今まで薩川先輩のミニスカートやパンツルックって見たことないかも」


 これは二人の言う通りで、確かに沙羅さんはそういった服装…例え暑い真夏であっても、無闇に腕や脚を出すような服は絶対に着ないし、ましてミニスカートやショートパンツなどは論外。だから夏海先輩と並んで歩くと、ファッションが両極端すぎて差が際立ってしまうんだが…


「だろうね。だから最近の服装も、前に私がアドバイスした対高梨くん用コーディネートがバッチリ当たっちゃって、そこから沙羅の好みになったってワケ」


「えーと…それってつまり、薩川先輩のファッションも高梨くん基準だと?」


「私のコーディネートが、一成さんのお好みを意識したものであるという点は否定しませんよ。どうせ着るのであれば、一成さんに喜んで頂ける方がいいに決まっていますし」


 さも当たり前だと言わんばかりにアッサリと言い切り、でも少しだけ照れ臭そうに微笑む沙羅さん。そして俺の表情を伺うような視線をチラリと向けてくるので…それは俺も重々承知していますし、ぶっちゃけ嬉しいですよ、はい。


「一成、私の服は?」


「え?」


 まだ少し照れ臭そうな沙羅さんに見惚れていると、いつものように俺の左腕をチョイチョイと引っ張り、突然そんなことを聞いてくるのは勿論…


 えーと…


「とっても可愛くていいと思うぞ? 花子さんによく似合ってるってのもそうだけど、今日は大人っぽさもあるって言うか」


 今日の花子さんは、いつもの華やかな所謂ゴスロリチックな服装では無く、可愛い系であることに変わりはないにしても全体的に大人しめで、どこかホンワリとした可愛らしさを纏っているというか…そこにチェックのロングスカートが大人っぽさを演出しているというか…


 うーん、相変わらず上手く表現出来ないんだけど。


「ありがと…今日はいつもよりお姉ちゃん感を出してみた。分かって貰えて嬉しい」


 でも当の花子さんは、そんな漠然とした拙い俺の感想でも、嬉しそうにフワリと優しい笑みを浮かべ…ぎゅっと、掴んでいた俺の袖を少しだけ強めに引き寄せる。

 この笑顔と仕草は、ちょっとだけ反則じゃないですかね?


「…あいつ、本当に照れも何も無くストレートで褒めるな」

「…一成はいつも直球だから、相手も本音で褒めてくれてるのが直ぐに分かるんだと思うよ」

「…ふふ、それが高梨さんの素敵なところですからね」


 …いや、聞こえてるから。

 なんか褒められているのか、からかわれているのか微妙な言われ様だけど、俺は上手く褒められるような器用さを持ち合わせていないから、その分思ったことをそのまま伝えてるだけなんだよ。


「ふふ…一成さん♪」


「一成」


 だけどそんな俺の不器用さにも、沙羅さんは…そして花子さんも、こうして嬉しそうに笑ってくれるから…

 だから…これでいいんだよな、きっと。


「さて、あのバカップルとブラコンはほっといて、どっから攻めるか決ようか?」


「賛成で~す! あ、でもマシェティアも」


「もぅ、洋子。今日はそういう目的じゃないんだよ?」


「ふふ…でも折角ですから後で覗いてみましょうか。私も興味がありますし」


「おっ? でもえりりんは、推しブランドの系統が違うんじゃ…」


「それはそれ、これはこれよ。私も年頃の女子として、流行りのチェックは忘れずにしておかないとね」


 女子…か。

 これはあくまでイメージとしてだが、特に沙羅さんと西川さんは同年代の女子より大人っぽさが頭一つ二つ飛び抜けているので、何となく世間一般的な「女子高生」が好む服装よりも…いや、勿論ダメって訳じゃなく、あくまでもイメージとしてだけど。


「ふむ…そうですか。でしたら私も」


「おっ!? やっぱ薩川先輩も、流行りのファッションに興味が…」


「いえ、私はメンズの方へ」


「って、高梨くんの服ですかい!!」


「勿論ですけど、それが何か?」


 立川さんの突っ込みを真顔で容赦なく切り捨て、本当に何でもないかのように言い切る沙羅さん。そして花子さんの方も、何故か沙羅さんの発言にコクコクと無言の同意を見せていて…まさか二人して俺の服を選ぼうと?


「あら、それは面白そうですね? 今まで男性の服をコーディネートする機会なんて無かったですし、私も参加させて頂きたいです」


「ちょ、えりりんまで!?」


 ここでまさかの西川さんまで名乗りを上げ、早くも何かをイメージしているのか、俺の頭から足先までじっと…いやいや、皆さん今日の目的を忘れてませんか!?


「先に言っておきますが、最終的な決定権は私にあることをお忘れなく。絵里と花子さんは、あくまでもオブザーバーとしての参加ですよ」


「まぁその辺は仕方ないわね。高梨さんは沙羅のフィアンセだし…」


「私は姉だから、せめてもう少しくらい口を挟む権利があっても…」


「却下です。それを言うのであれば、婚約者であり将来の妻である私にこそ、唯一絶対的な権利があるというものですよ?」


「あの…俺は…」


「ふふ、一成さんにピッタリの一着をお探しして差し上げますからね?」


 えーと…どうやら張本人である俺には決定権が無いようですね。分かってたから別にいいんですけど、ええ。


 でも繰り返しますが…


 今日の目的はそれじゃないんですよ、沙羅さん?


……………

……


「はぁ、食った食ったぁ」


「もう夏海ったら。はしたないからそういう言い方は止めなさいといつも言ってるでしょう?」


 買い出しは順調に進み、少し遅めのランチを済ませた俺達は、まだ混雑が残るフードコートで食後の一休み。

 まだ全ての買い物が終わっていないので、まさか昼食だけを理由に場所を移動する訳にも行かず、結局はフードコートで手軽に済まそうということになったんだが…いや、そもそも高校生が、昼食にホテルのレストランを考えること自体おかしいんだけどな。


「おっとっと、レディとしたことがつい」


「…ぷっ」


「あ? 何よ雄二、何か文句あんの?」


「いえ別に」


 夏海先輩からジト目で睨まれた雄二が、大袈裟に姿勢を正してゆっくりと首を横に振る。この状態の夏海先輩に逆らうのは例え理不尽であろうと自殺行為なので、雄二も触らぬ神に祟りなしってところだろうが。


「にしても、西川さんがマグバーガーって…」


「う、うん、ちょっとイメージが湧かなかったよね。それに薩川先輩も…」


 一方、立川さんと藤堂さんはデジャヴと言うか、以前どこかで聞いたような理由で驚きを引きずっている様子。まぁ西川さんにファーストフードのイメージが結び付かないのは、恐らく友人知人であれば誰しもが通る道だろうから。


「あら、私だって皆さんと同じで普通の女子高生なんですよ?」


「いや、それはそうなんですけど」


 確かに世間一般的な女子高生であれば、ファーストフードへ行っても何ら不思議はない筈なんだけど…それが西川さん(沙羅さんも)だと違和感を覚えてしまうのは仕方ないと言いますか。


「ふふ…一成さん、動かないで下さいね」


「ふぁい」


 そして話題のもう一方…沙羅さんの方は、いつも通りに周囲の反応など気にも止めず、楽しそうに(嬉しそうに?)俺の口元を少し濡らした紙ナプキンでふきふきとお掃除。いつもながら手の掛かる男ですみません、ホントに。


「…う、嘘だろおい…」

「…何だよあの子、可愛すぎんだろ」

「…まさか、アレと付き合ってんのか?」


 まぁ…こんな人の多い場所でそんなことをすれば、当然だけど目立つよな。

 もう今更だから気にする必要もないけど。


「さて…バカップルの方はどうでもいいとして、この後どうしよっか?」


「そうね、準備に必要な物は殆ど買い終わったことだし…」


「んじゃ、そろそろアレを買いに?」


「えへへ、何にしようかな?」


「むー…悩む」


 女性陣がちょっとワクワクした様子で話し始めた件の「アレ」とは…ある意味、クリスマスパーティーの定番と言うか何と言うか、とにかく「アレ」のこと。


「それじゃ、ここで一旦別れましょうか」


「私は一成さんと一緒でも構いませんが?」


「あーもー、たまは空気を読みなさいよ!」


「ずるい。嫁が一成と一緒に行くなら私も…」


「は、花子さんまで…」


「ったく」


 俺と別行動をすることに案の定難色を示した沙羅さん(と花子さん)に対し、夏海先輩の「何とかしろや」的な視線が俺の顔面へ突き刺さる。でも正直に言わせて貰えば、俺も別行動はしたくないというのが本音なんだけど…でもこれは皆で決めたことだから仕方ないよな。


「沙羅さん、俺も離れたくないですけど、ここは…」


「はい…」


 俺が本音を押し殺して説得を始めると、沙羅さんも状況は分かっているのか、切なそうな瞳でこちらを見つめながら直ぐに頷き…うう、その表情はズルいです。場所が場所でなければ、今すぐ抱き締めたい!!


「…はぁ、ホンットにこいつらは」

「…とか言う夕月先輩も、実は橘くんと離れたく…」

「…私をこいつらと一緒にすんな!!」

「…どうなんだい、雄二?」

「…そこで俺に振るなよ。と言うか、お前らの方こそどうなんだ?」

「…はは、ノーコメントで」

「…ぅぅ」


「…畏まりました。元より一成さんのご意志に背くのは、私の矜持に反することなので…」


「ありがとうございます、沙羅さん」


 渋々という感じではないが、どこか残念そうな雰囲気を残しつつも、皆と行動を共にする意思を示してくれる沙羅さん。

 矜持とは少し大袈裟すぎるような気がしないでもないが、それが沙羅さんの意思であるのなら…尊重するのも俺の役目だからな。


「その代わり…お家に帰ったら、いっぱい抱っこさせて下さいね?」


「わ、分かりました…」


 ふぅ…どうやら俺は今晩も…って、それは毎日だろという無粋な突っ込みは無しだ。

 だって、毎日嬉しいし。


 「「はぁ…………」」


 そんな俺と沙羅さんの微笑ましい(?)やり取りに、皆からとても温かい…いや、どちらかと言えば生温かすぎる視線が向けられ…あれ、おかしいな?


「…さて、んじゃ行こうか」


「「は〜い」」


 俺達を尻目に夏海先輩がさっさと歩き始め、それを追い掛けるように女性陣が少し速足で歩き出す。そして沙羅さんがその後に続き、一度だけこちらを振り返ってから手を振ってくれたので…俺もふりふりと笑顔で振り返し…さてと。


「よし、そんじゃ俺達も行くとしようか?」


「そうだな。問題はどの店にするかってことだが…その辺は速人の方が詳しいのか?」


「雄二、それはどういう意味だい?」


「はは…取り敢えず適当にそれっぽい店へ行ってみればいいだろ? 沙羅さん達が向かった店は分かってんだし」


「そうだな」


「了解」


 それじゃ俺達男性陣も動くとしようか。


 次の目的は勿論「アレ」…プレゼント交換用のプレゼント探しだ。


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 この一か月現在本当に忙しくて、家でもやることは山積みなのに連日仕事だけで完全に手一杯の状況です。しかも疲れなのか、微妙に風邪っぼいし…合間合間で辛うじて執筆しているので、なかなか更新出来ず申し訳ないです。


 そして今回の話ですが、実は前回のスランプで気分転換に書いていたもので、途中まで書いてあったのでお蔵入りさせず、そのまま完成させることにしました。別に無くても話の流れとしては問題ないエピソードかもしれませんが、一応、次回にちょっとしたことが起きる予定なので・・・

 次回もある程度書けているので、なるべく早めに書き上げてからさっさとクリスマス会を始めたいです。もう世間は4月ですかそうですか…早いですね、本当に。


 それではまた次回。

 次はそんなに間を開けず更新できる…はずです。

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