第87話 変わることと変わらない部分

この答えは予想していなかった。

否定される可能性は考えたし、でもひょっとしたら受け入れてもらえるかもと期待もした…


先輩はどこまで純粋なのだろう。

こんな答えが帰ってくるなんて思わなかった。

もちろん飛び上がるくらい嬉しい。

でもこんな形は納得していないし、不完全燃焼だ。

俺だってしっかり告白したかった訳で、正直言ってやり直したい…


「沙羅先輩がそう思ってくれたなんて俺は本当に嬉しいです。でも俺は今日のこれが告白だなんて思っていません。だから…沙羅先輩が恋を自覚してくれたそのときに、俺はもう一度告白…ぶっ!」


沙羅先輩がいきなり走り出したかと思えば、目の前で立ち止まると俺を抱き締めてきた。

だから最後まで言えなかった。


「高梨さん…私は今頭の中がぐるぐる回って上手く考えることができないのです。ですから一晩お時間を下さい。お願い致します。」


俺に言い聞かせるように、ゆっくりと伝えてくれる。

それに合わせるように、俺の背中に回した腕に少しだけ力を込めてくれた。

そうだよな…俺も正直落ち着きたいし。


「わかりました。では俺もこれ以上は言わないことにします。」


「ありがとうございます…あ、これだけは言えるのですよ?」


そう言うと少しだけ身体を離し、俺の顔が見えるように体勢をとった。

そして笑顔を浮かべ


「大好きです…高梨さん。」


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一成と薩川先輩の仲が進んだのは、親友として喜ばしいことだ。

ただ…こうも二人の世界に入られてしまうと声もかけられないというか…


ファンクラブの連中はショックだったようで、魂が抜けたかのように立ち尽くしている


夏海先輩はとても真面目な顔で二人を見守っているようだ。

ただ、右手に持つスマホが細かく動いているのが気になるが、あれは起動しているのだろうか?


そして俺は、図らずも一部始終を録画していたのだが…これはどうするべきなのだろうか…


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先輩の可愛さで腰砕けになりそうだったが、脚に力を入れて耐えた。

そして落ち着いてくると、俺は今どういう状況だったのか思い出してくる。


そうだ、俺はファンクラブの連中と……?


ファンクラブの連中と、夏海先輩と速人がいるじゃん…


「さ、沙羅先輩、ちょっと待って下さい。俺はこいつらと…」


棒立ちになってるファンクラブが視界に入った。

「…うそだうそだうそだ」

「…夢だ、そうに決まってる…そうじゃなきゃ嫌だ…」

「…姫が…我らの姫がぁ」


うわ〜、冷静になると、こいつらの前で沙羅先輩とやり取りをしていたんだよ…


沙羅先輩もこいつらの存在を思い出したようだ。

俺が言葉を発する前に話し始めた。


「あなた方も、ハッキリと言わなければ理解できない手合いなんですよね。関わりたくなくて放置してしまったことを後悔しています。二度と顔を見せないで下さい…」


そこまで言うと一呼吸空けて


「存在が目障りなので。」


そう言い放った。

こういう部分は変わらないんだなぁ…

ただでさえ棒立ちだったのに魂が抜けたようにも見えてくる。


「…高梨さん、行きましょう?」


沙羅先輩は、もう用はないとばかりに俺に話しかけてきた。

正直なところもっと怒るかと思ったのだが、いくら先輩でも今の心理状態でそこまでは無理かな。


「目障りだと言いましたが、まだ消えませんか?」


追い打ちをかけるあたり、やっぱそうでもなさそうですね。


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本当はもっと先輩と一緒に居たかったが、時間が欲しいと言われているのに焦るのはカッコ悪すぎるだろう。

そう思い、今日は大人しく帰ることにした。


速人は気を利かせて先に帰ってくれた。

今日はかなり世話になってしまったので、明日改めてお礼を言わないと…。


礼と言えば、先輩達も心配して来てくれたことを思い出した。

お詫びを伝えておくべきだよな。


「今日はすみませんでした。言い訳かもしれませんが、あの状況は予想外というか予定外でした。」


「いえ、取りあえず何事もなかったようなので安心しました。」


「うんうん、結果オーライだったから問題なし!」


夏海先輩がとてもご機嫌に見える。

俺と沙羅先輩のことを歓迎してくれているのならとても嬉しい。


「高梨さん、お家までお送りさせて下さい…せめてもう少し一緒に」


沙羅先輩がそんなことを言ってきた。

先輩も俺と同じで少しでも一緒に居たいと考えてくれているのだ。

でも、送るというのは俺の役目だからダメだ。


「いえ、俺が送りますよ。」

「いえ、高梨さんのお家の方が近いのですから」

「ダメです。男が送ると決まっているんです」

「嬉しいのですが、私は高梨さんを送ってさしあげ」


「だああああああ! 今日は私がいるんだから大人しく帰れ!!」


「すみません…」

「高梨さん、謝る必要はないのですよ? 夏海、私たちが何かしましたか? 怒られるようなことをした覚えはないのですが…」


凄い。

あの場面なら俺と一緒に謝るのが定番なのに、沙羅先輩にはそんなの通用しないんだな…

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