第360話 思い出せば

 ペットショップでの楽しいひと時も終わり、休憩がてらの昼食も済ませ、何だかんだで満喫していたショッピングデートも、残念ながら最大の目的を果たせずにいた。午後も一通り、目ぼしいショップを覗いてみたものの、特別これといった発見はなく…

 そんなこんなで、入る必要があるのか無いのか悩んでいた、有名家電量販店もついでに覗いてみることに。


「すみません、沙羅さん…」


「一成さんは、何も悪いことなどしておりません。ですから、謝るのは、めっ…ですよ?」


「う…す、すみませ…むぐっ」


「ふふ…めっ♪」


 俺の口元を指で軽く塞ぎ、楽しそうに「めっ」のポーズを見せる沙羅さん。

 もはやご褒美以外の何物でもない、その優しすぎる注意と笑顔に、俺はこれでもかと目を奪われてしまう。


「…一成さんは、少し難しく考えすぎているのではないでしょうか?」


「難しく?」


「はい。使命感と申しますか、どうしても"納得できる何か"を見つけなければならない…と」


「……」


 沙羅さんの一言は、全くもって図星と言うか…


 確かに俺は「とにかく納得できる何かを見つけなければならない」という気持ちだけが先行して、それを何となく闇雲に探しているだけだ。

 もし自分のやりたいことや、欲しい物が見つからないのであれば、先ずはそれを見つめ直すことから始めなければならないのに…


「…申し訳ございません。恐らく一成さんのそれは、私と母が仰々しく騒ぎ立てたせいで…」


「ち、違いますよ!! これは俺が…俺のせいで…」


「いえ、そもそもこういったものは、無理矢理に見つけるべきではございません。それなのに、私達が強引に一成さんへ押し付けてしまったせいで…結果、余計に悩ませてしまい…」


「………」


 どうしよう…それは絶対に違うと否定したいのに、上手い言葉が思い浮かばない。


 確かに今回の件は、真由美さんが言い出したことを発端とした話ではあるが…でもそれは、真由美さんも沙羅さんも、俺の為を思って言ってくれたことであり、無理矢理や強引だなんてことは決して…


「一成さん、参考までにお伺いしますが、以前…去年は考えないものとして、それよりも以前は、普段、何をなさっておりましたか?」


「去年よりも前…ですか?」


「はい。趣味でも遊びでも構いません。普段の生活で、何か夢中になっていたことや、遊んでいたものはございませんか? 必ずあったと思うのですが…」


「遊び…」


 あの頃の遊びと言われて、直ぐに思いつくのは…


 クラスの連中とよく遊びに行ったゲームセンターや、雄二達と家でやったコンシューマーゲーム。あとは射的の延長でチャレンジしたダーツや、付き合いで参加したことのあるサバゲーとか…ん?


 何だ、よくよく考えてみれば、全部ゲームばっかりだな…これ。


「ははっ…」


「ふふ…何か思い浮かびましたか?」


「そうですね…改めて思い出してみたら、俺はゲームばっかりだなって」


「ゲームですか?」


「はい。まぁゲームと一口に言っても色々ありますけど…敢えて言うなら、やっぱり雄二達と家でやってたゲームが一番多いですかね?」


「なるほど。それはつまり、家庭用のゲーム機ということで宜しいですか?」


「そうですね。所謂、コンシューマーってやつです!」


 そう言えば、あの頃使っていたゲーム機は、まだ実家の押し入れに残してあったな。あの一件以降、ゲームなんか全くやる気が起きなくなって、押入れに突っ込んだまま忘れてた。

 まぁ…使っていた当時ですら旧型だったから、今となってはもうやることなんか無いだろうけど。


「一成さんは、ゲームがお得意なんですか?」


「どうですかねぇ…今でもそれなりにやれる自信はありますけど…あ、でも、確実に自信があるジャンルもありますよ!」


 ゲームは全般的に色々とやってきたが、その中でも特に自信があるのは、レースゲームとアクションゲーム。逆に格闘ゲームだけは、雄二に殆ど勝てた試しがないんだが…あいつは格ゲーに特化しすぎなんだよな。


「ふふ…」


「沙羅さん?」


 ずっとこちらを見ていた沙羅さんが、不意に笑いを溢し…何故か楽しそうに俺の頬をツンツンとつつく。

 いきなりどうしたんだろう?


「気付いておられますか? 今、一成さんは、とても楽しそうにお話をされておりましたよ?」


「え? 俺が…ですか?」


「はい。ゲームのことをお話されている最中、それはもう楽しそうに」


「えっと…そんなに?」


 特別意識していた訳じゃないが、沙羅さんがそう言うのであれば、きっとそうなんだろう。でも俺から言わせて貰えば、今の沙羅さんの方が、よっぽど楽しそうだとは思うけどね?


「一成さん…私に、ゲームを教えて下さいませんか?」


「え?」


「実は以前、夏海のお家でゲーム大会を開催したことがございまして…ですが私は、そういったものの経験が全くありませんので、それはもう散々な結果で終わってしまいました。しかもその度に、夏海から何度も何度も笑われてしまい…私はもう、悔しくて悔しくて」


「な、なるほど。確かにそれは、悔しいですね」


 只でさえ自分の苦手とする分野で、為す術もなく負け続けるだけでも拷問なのに、それを直球で笑われたら、もう悔しいなんてものじゃない。


「はい。ですから、いつか夏海にリベンジが出来るよう、私にゲームを教えて下さいませんか?」


「それは…でも、ゲームは時間が…」


 ゲームを始めてしまうと、夢中になり過ぎて、他のことをやる時間まで潰してしまいそうで怖い。それに俺は、ゲームをやる時間があれば、とにかく勉強をするべきなんじゃないかと思う訳で。

 少なくとも、目標である大学が安全圏に入るまでは、絶対に油断するべきじゃ…


「ふふ…そこまで将来のことを真面目に考えて下さって、とても嬉しいです。確かに一成さんのお気持ちはよく分かりますし、実際、そうすべきではないかと思う部分はございます」


「ですよね? それに俺は、もともとの成績が高くないから…」


「ですがっ! その点については、メリハリの範囲であると私は考えております。勿論ゲームのやりすぎはいけませんが、普段の私生活はしっかりとキープできるよう、一成さんは授業中の勉強も工夫されておりますよね?」


「それはまぁ、そうですけど」


 確かに俺は、沙羅さんのアドバイスに従って、主に授業中のノート取りを中心とした工夫を行っている。それは自宅での復習を効率化させ、結果的に、しっかりとした私生活…自由時間の確保に繋がっているんだが。


「でしたら、やはりこれはメリハリの一環…更なる効率化を図る為のリフレッシュでもあり、決して悪いことではありません。それに何より、一成さんはゲームがお好きなんですよね?」


「う…」


 柔らかい笑顔で問い掛けつつも、沙羅さんの瞳は、俺の目を真っ直ぐに捉えて離さない。それはまるで、誤魔化しや嘘を許さない、本音を答えて欲しいと真摯に訴えているようで…

 だから、こんな目で見つめられてしまったら、俺はもう…


「…多分、俺はゲームが好きなんじゃないかと…いえ、好きです、ハイ」


「ふふ…よく言えました♪ 良い子ですね?」


 すっと背伸びをして、沙羅さんは俺の頭を優しく撫で撫で。

 もう完全に子供扱いされているような気がしないでもないが、沙羅さんに限って言えば、そんなつもりは更々ないことくらい、俺は十分に理解してる。


「では、本日のお買い物はこれで決まりましたね。ちょうど家電屋さんですし、このままゲームを…」


「えっ!? まさか、本体ごと買うんですか!?」


「勿論ですよ。これは一成さんの本心で購入する物ですから、母も必ず納得してくれます。寧ろ、私が納得させます。どうぞご安心下さい」


「いや、そっちもそうですけど、お金は…」


 主流であるゲーム機の内、どちらを買うつもりなのか定かではないが…普通こういうものは、その場の思い付きで買うような代物じゃなくて。


「あぁ、そうでした。ゲーム機のお値段を考えておりませんでしたね」


「ですです。俺もハッキリとした値段は分からないですけど、多分、両方とも四〜五万くらいは…」


「ゲーム機は二種類あるのですか? でしたら、両方購入してしまいましょう」


「えぇぇぇぇ!?」


 実にあっけらかんと、まるで何事でもないように、とんでもないこと言い出す沙羅さん。

 両方買うって、ソフトのことまで考えたら、全部で幾らくらいになると!?


「問題ございませんよ。余った予算は、こちらの判断で使うよう言われておりますから…実際のところ、まだかなり残りそうですし」


「あ、そうなんですね? …じゃなくて!!」


 ゲーム機二種とソフトまで買って、それでもかなり余る予算ですと!?

 いったい真由美さんは、どれだけの金額を沙羅さんに渡したんだよ!?


「一成さん…私もお気持ちは大変良く分かりますが、それが必要なものであれば、ときには思い切った購入をすることも重要なんですよ? その為に、普段から節約をしている訳ですから」


「う…そ、そう言われちゃうと…」


 そもそも俺は、日常生活のやり繰り全てを、沙羅さんに丸投げしているので…

 そんな俺が、我が家の財政方針に口を出すのは、実に憚れること…なのかも。


「ご安心下さい。こうした無茶なお買い物が、決して褒められたものではないことくらい、私も重々承知しております。あくまで今回は特別であり、普段の生活に於いては、しっかりと管理を行って参りますので」


 実に堂々と、そう言い放つ沙羅さんの、自信に満ち満ちた笑顔は…

 俺がこれ以上の何かを言う余地も無いくらいで…


 正直に言えば、金額が金額なだけに、ここで素直に頷くのは気が引けるんだけど。


「…分かりました。絶対、夏海先輩に勝てるように、俺がバッチリと仕込んであげますから」


「はい、宜しくお願い致しますね。それでは、早速…」


「おっと、流石に両方は要りませんよ? 片方で充分です」


 これだけは絶対に譲れないので、沙羅さんにキッチリと釘を差しておく。

 恐らくファミリー向けのゲームがメインだろうから、選ぶ本体はこっちだけで充分だ。


「本当に宜しいのですか?」


「本当に宜しいのです! これは、ゲームジャンルの棲み分けってやつですから」


「ふふ…畏まりました。私は素人ですから、判断は一成さんにお任せ致します」


「そうして下さい。後はソフトを…」


「あ、でしたら、車のレースをするゲームもお願い致します。えっと…お髭の兄弟や、お姫様などが出てくる…」


「あ、ひょっとして、それが夏海先輩に笑われた?」


 あの世界的に有名な、髭の兄弟が主人公のレースゲーと言えば、思いつくものは一つしかない。そして旧型機だったとはいえ、そのゲームは俺にとって、最も得意としていたゲームの一つである以上…これはますます…


「はい。そのゲームを一成さんに特訓して頂いて、いつか必ず、夏海をぎゃふんと言わせてみせます!」


 びっくりするくらい可愛らしい、沙羅さんの「ぎゃふん」も然ることながら…

 いつかの体育祭でも見せてくれた、両手を胸の前でぐっと握る、「頑張り」のポーズが堪りません。沙羅さんの取る行動は、イチイチ可愛いからズルいです。

 まぁそれはともかく、もうこうなったからには。

 

「了解です。俺に任せて下さい!」


「はい。宜しくお願い致しますね…先生♪」


 こうして俺は、沙羅さんの話に上手く乗せられた気がしないでもないものの、今回の目的を無事に達成という形になった。

 でもひょっとしたら、ゲームを教えて欲しいという理由ですら、俺に決断を促す為の方便で、沙羅さんが全面的に気を使ってくれただけなのかもしれないけど…


 でも、それならせめて、沙羅さんに少しでも楽しんで貰えるように…


 そして、俺自身も楽しめるように…


「ふふ…今晩から早速、特訓開始です! 今度は絶対に負けませんからね、夏海…」


 …あれ?

 思いの外、沙羅さんが前向きでいらっしゃるような?


 まぁ…それならそれで、俺は別にいいんだけどね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 という訳で、結局はゲームを買うという結果になってしまいました。

 このオチは最初から決めていたのですが、思いの他、読者様が色々と深く考えて下さっていたので、果たしてこのままでいいのかどうか真剣に悩みました(ぉ

 もしオチがつまらないと思われた読者様は…許してくださいにゃ(^^;


 次回は、まぁ定番イベントのアレです。

 そして全員集合ですw


 それが終わったら…お待ちかねの、両家顔合わせ編と里帰り編になります。


 それではまた~


 P.S. 応援コメントが5000を越えました。いつも応援して頂き、誠にありがとうございます!! あとメモリアルを踏んだ方、おめでとうございます(?)

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