第206話 家出、そして新たな…

バシャッ……


はぁ…色々あってなんか疲れたな。

少し早めの風呂に浸かりながら、俺は今日のことを思い出していた。


まさか花子さんが転校してくるとは夢にも思わなかった。確かに学校がつまらないと言っていたが、あまりの突然な出来事に頭が追い付かなかった。しかも同じクラスで隣の席…どういう偶然なのだろう。


そして「お姉ちゃん」と「弟」。

かつては冗談で言っているだけだと思っていたので、深くは突っ込まずにスルーしたのだが…

ここまで繰り返されれば、さすがに洒落でも冗談でも無いということは俺でもわかる。俺達は同級生だが、一応誕生日の上では花子さんの方が早いのは確かだ。だがそんな単純な理由で言っているのではないだろう。


俺が気になるという理由もあるが、寧ろ花子さんに何か深い事情があってのことであれば、しっかり相談に乗りたいと思う。


俺にとって花子さんは只の友達ではない。

かけがえの無い、大切な親友だと思っているのだから…



そして、遂に沙羅さんが生徒会長を引き受けた。仕方のない部分があったとはいえ、沙羅さんの本心であれば、どちらに転んでも支持して従うつもりでいたのだ。


俺が副会長の職を引き継ぐ話になったのは想定外だったが、それも沙羅さんの助けとなれるのであれば望むところだ。二人で頑張ろうと改めて誓った。



…沙羅さんは今頃どうしているだろうか。


今日こそは沙羅さんと話し合いの時間を取ろうと考えていたのだが、沙羅さんが家からの呼び出しを受けてしまい、残念ながら持ち越しとなってしまった。

何よりも一番重要な話は、薩川家でのアルバイトの説明。そして政臣さんに俺達のことを報告したいという相談。これを何よりも優先したい。


あとこれは相談ではないが、学校での沙羅さんのことだ。

俺の独占欲だとわかっているが、やはり沙羅さんに近付こうとするやつが多いという事実は見過ごせない。

どうすればいいのだろうか…全校生徒を集めて公表なんてあり得ないし、そんなことを考えること自体、お前は何様だと。


今日、生徒会室で何となく思ったことだが、一層のこと開き直ってしまえば、逆に話が広がって沙羅さんに近付く男が減ったりするのだろうか…



いかん、そろそろ風呂から上がらないと、のぼせそうだな。


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それは風呂上がりで寛いでいるときだった。


TVは適当に選んだチャンネルが映し出されており、現在はお笑い番組が放送されている。見てはいないが部屋の賑やかしみたいなものだ。


頭から被ったバスタオルもそのままに、雄二とRAINで連絡をしていたのだ。


「同じクラスで隣の席とか、偶然にしては出来すぎだな。」


「あぁ俺もそう思った。でも正直なところ嬉しいんだけどな。」


やっぱり仲の良い友達がクラスにいるというだけで、日常の楽しさはガラッと変わる。

花子さんが同じクラスにいるというだけで、普段の授業も違うように見えた。


「なぁ…花子さんと何かあったのか? 今回の話もそうだが、明らかにお前を特別に見ているような気がするぞ。」


「それな…今度時間を作ってしっかり話をしようと思うんだが、姉…」


コンコン…


あっ…

突然ドアをノックする音が聞こえ、思わず途中で送信してしまった。

こんな時間に来客?


「すまん、客が来た。」


「了解。」


雄二に取り急ぎ短くそう告げると…


ガチャン!


えっ!?

ノックの音に続き、ドアの鍵を開ける音が響く。

勿論それが出来るのは沙羅さんだけであり、つまり来たのは…


玄関のドアが開くと、そこにはやはり沙羅さんの姿。

だが驚きなのは沙羅さんが来たことだけではない、その様相もだ。


両手に一つずつトランクケースを携え、背中には大きめのバッグを背負っている。


「さ、沙羅さん! どうしたんですか!?」


俺が驚きで立ち竦んでいると、そのまま玄関にトランクを残し、焦ったように背中のバッグを降ろした沙羅さんは、まるで迷子の子供が親を見つけたかのように勢いよく飛び込んできた。


「一成さん!!!!!」


突然のことに驚きはしたものの、しっかりと沙羅さんを受け止めて抱きしめてあげると、離れたくないと言わんばかりに力強く抱きついてくる。


「一成さん! 私…私は!!」


明らかに沙羅さんの様子がおかしいことは直ぐにわかったのだが…

まるで何かを怖がっているような、不安で潰れてしまいそうな…そんな危うさを感じる。

こんなことは初めてであり、心配という言葉ではもはや生易しい


「沙羅さん、落ち着いて下さい!! 俺はここにいます、大丈夫ですから、俺は何があっても沙羅さんと一緒にいますから!」


少しでも沙羅さんが落ち着いてくれるように呼び掛けながら、苦しくならないように加減しつつも力強く沙羅さんを抱きしめる。


どのくらいそうして居ただろうか…

少しだけ落ち着いてくれたような雰囲気はあるが、やはり沙羅さんは俺から離れることを怖がっているようだ


「……一成さん…ご迷惑をおかけすることになってしまうことは重々承知しております。ですが…私は…」


ここまででわかったことがある。

俺から離れることを本気で怖れている様子、そしてあの荷物…恐らくは実家で何かあり、沙羅さんは家を出てきてしまったのであろう。

言い出し難そうにしているのは、やはり俺に迷惑がかかると思っているようなので、ならば言うべきことは一つだ。


「俺は沙羅さんのことを迷惑だなんて思ったことは一度もないですよ。いつも一緒に居たいと思ってます。」


少しでも落ち着いて貰えるように頭を撫でながら、ゆっくりと優しく声をかける。


「一成さん…」


少し甘えるような声音で俺の名前を呼ぶ沙羅さんを、もう一度しっかりと抱きしめて、話の続きを伝えてみる。


「何があったのか俺はわかりません。でも沙羅さんが笑ってくれるなら…沙羅さんが安心してくれるなら…」


そこまで言うと、いつも間にか沙羅さんが顔を上げて、どこか期待した様子で俺の言葉の続きをじっと待っていた。


「この家に居て下さい。俺はずっと沙羅さんの側に居ます。それに、この家はずっと前から沙羅さんの家でもあるんですからね? 遠慮なんか要らないですよ?」


沙羅さんが変に気負わないように、努めて明るく話を伝えてみた。

今度は中々顔を上げようとしない沙羅さんの様子を伺っていると…


「うぅ…かずなりさぁん…」


沙羅さんが泣くなんて、余程嫌なことがあったのだろう。

政臣さんと真由美さんに限って、沙羅さんを悲しませるようなことをするとはとても思えない…だが、もしそうであれば俺は許せないだろう。だからどうか誤解であって欲しい、沙羅さんを抱きしめながら、そう願わずにはいられなかった。


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現在、沙羅さんはお風呂に入っている。

気持ちを落ち着かせて欲しかったことと、ちょうど俺も風呂上がりで直ぐに使える状態だったので、沙羅さんにはお風呂でゆっくりして貰おうと思ったのだ。


そして理由はもう一つ


呼び出し音が鳴り始めたスマホを耳に当てると、直ぐに通話状態に切り替わった。その早さに少し驚いたが、繋がらなくてヤキモキするということにならずに少しホッとした。


「もしもし高梨さん! ちょうど今電話をかけようと思っていたの! 今そこに沙羅は…」


珍しく焦った様子の真由美さんは、いつもの「沙羅ちゃん」ではなく「沙羅」と呼び捨てにした。それだけ焦っていることが伺えて、やはり実家で何があったということを確信してしまう。


「…沙羅さんなら今お風呂に入っています。かなり取り乱していたので、一旦落ち着いて貰おうと。」


取りあえずは本当のことを伝えて、まずは真由美さんにも安心して貰おう。話はそれからだ。


「はぁ…良かったわ。なかなか帰ってこないから部屋を覗いたら、すごい散らかしてあって驚いたのよ。絶対に高梨さんのところだと思って電話をかけようとしたところで、逆にかかってきたの。」


それで電話に出るのが早かったのか。

それはともかく、先ずは何があったか聞き出さないとならない。場合によっては俺も怒ることを辞さないつもりだ。


「それで、何があったか教えて貰えますか?」


「そうね。でも先ずは落ち着いて下さいね。沙羅ちゃんを大切に思ってくれているのは私も本当に嬉しいけど、一旦冷静にお話を聞いて。」


…自分では冷静に話しかけたつもりだったのだが、どうやら気付かない内に言葉が強くなっていたらしい。


「その前に、沙羅ちゃんは何か言ってた?」


「いえ、まだ何も。ただ…様子を見る限り、こんな言い方をしていいのかわかりませんが、俺から離れることを怖がっていたように見えました。ここへ来てから、暫く離れようとしませんでしたから。」


「そう…やっぱり聞いていたのかしら…」


真由美さんがポツリと溢したその言葉で、今回の話は親子間で直接やりとりがあった訳では無さそうだということが予想できた。

であれば、沙羅さんが何かされた可能性は低くなり、俺としてもひとまず落ち着いて話ができそうではある。


「今日は政臣さんから大切な話があるって沙羅さんが言ってましたが、それが理由なんですよね?」


「そうね。私も最初にその話を聞いて怒鳴ってしまったのだけど、あの人も悪気があった訳ではないのよ。沙羅ちゃんは、どうやらその話を聞いていたみたいね。それで怒って出ていってしまったみたい。」


「…それは俺が聞いてもいい話ですか?」


かなりのプライベートな話になる可能性が伺えたので、一応先に確認しておこうと思った。それに、もし男でダメな話であれば、夏海先輩に相談する必要も考えたからである。


「勿論よ。寧ろ相談に乗って欲しいわ。先ずは単刀直入に言うけど落ち着いて聞いてね。」


「はい…」


普段の陽気な真由美さんの雰囲気が抜け、真面目な様子に思わず身構えてしまう。そんなに重大な話なのか?


「政臣さんがね、沙羅ちゃんにお見合いの話を持ってきたの。相手は、佐波の役員の息子さんでね。社長経由で話が来たみたいなんだけど、一応社長も親戚だからね、沙羅ちゃんの様子は知っているのよ。」


お見合い……沙羅さんがお見合い…


この言葉の衝撃が強すぎて、他のことが頭に入ってこなかった。お見合いということは、勿論その男と会って、二人で話をして…場合によっては…


「高梨さん! 落ち着いて! まだ大丈夫だから!」


「はっ!?」


真由美さんの大声で戻ってこれたが、衝撃が抜けた訳ではない。

だから沙羅さんは、あれほど俺から離れようとしなかったのか…


「あのね、おじさ…社長は沙羅ちゃんを自分の孫みたいに可愛がってくれていてね。男嫌いを治す為に、取りあえずは同年代の男の子を接触させて、少しずつ慣れさせようと思っているみたいなの。そこに先方の役員から、将来を視野に入れた申し入れが重なって、この話が降りて来たみたいなんだけど…」


俺からすれば激しく余計なお世話だが、知らない社長さんや政臣さんからすれば、一応は沙羅さんのことを考えた上での話になるのか…


「政臣さんは今どうしてます?」


「あの人なら社長の家に行ってるわ。この話を一旦保留にして貰うことを説明に行ってる。沙羅が居なくなったって煩いから、夏海ちゃんの家に居るって誤魔化して出かけさせたの。全く…」


真由美さんも憤りを隠せないようで、その口調からはいつもの余裕が感じられなかった。

かくいう俺も、話の流れに気が気ではないのだが…


「一応、政臣さんも沙羅ちゃんのことは考えていてね。打診はするけど、本人が少しでも嫌がるようなら断るという前提条件は付けてあったみたいなの。」


「なるほど。それなら無理矢理ってことは無かったんですね?」


「ええ。ただね、一応今回はやり過ごしたというだけで、既に次の話も持ち上がっているみたいなの。一人が動き出すと、慌てて行動を起こす人もいるから。それに、今回は話で済ませているけど、相手によっては最低でも場所を設ける必要があるかもしれない」


真由美さんの言いたいことはわかる。

これから先も、こういう話は出る可能性が高いということだろう。

会社のナンバー2の娘と自分の息子がくっつけば…と考えているやつらは他にもいるだろうし、社長も沙羅さんの為になると考えているなら、これからも話は舞い込んでくる可能性が高い。そして、今回のように話の段階で断ることができない相手が出てくる可能性もある。

つまり、これをどうにかするには…


「だからね、高梨さん…」


「わかってます。自分がどうするべきなのかもわかってます。だから、政臣さんと話をさせて下さい。今の沙羅さんは怖がっていて話に触れたくないでしょうから、これは俺が一人で政臣さんと話をつけます。」


沙羅さんには俺という男が既にいるということをわかって貰う。そしてそれを社長さんにも伝えて貰う。もう大丈夫だから、今後は余計なことをするなと。

あとは言い寄ってくる連中がいなくなるように、俺という男がいると広めて貰えば…


「………」


「? 真由美さん、どうかしましたか?」


突然反応がなくなったので、また何があったのか不安になったのだが…


「うふふ…やっぱり沙羅ちゃんは私の娘ね~。男性を見る目がある。高梨さんを捕まえてくれて本当に良かったわ。」


先程までの様子が鳴りを潜め、いつもの真由美さんに戻ったような口調になった。

でもやはり真面目な話だからか、それも直ぐに戻ってしまった。


「あのね高梨さん、多分実際にはまだ体感してないと思うけど、政臣さんは佐波エレクトロニクスという、とてもとても大きい会社の専務という立場なの。だからこんな言い方はしたくないけど、やっぱりこの家は普通の一般家庭とは少し違うのよ。そして付き合っていく相手も、社長は元より会社の重役ばかりなの。だからその人達を納得させるには、単に恋人です~という普通の話では、子供のお遊びと思われて終わり。」


そうなのか…こればかりは俺にはわからないが、真由美さんが言うからにはそうなのだろう。つまり、俺と沙羅さんが恋人だから外野は黙れと騒いでも、それだけでは余りにも軽いということなんだろうか…


「だからね、その人達を納得させるには、高梨さんと沙羅ちゃんがもっと深い間柄なんだと言わなければならないの。それこそ、将来を誓い合った仲…この先を共にすることまでしっかりと考えている関係だと、それは薩川家としても認めていると宣言しなければならないの。それで初めて、だからもう余計な話は必要ありませんと言えるのよ。」


何だろう、話がとてつもなく大きくなって来たような気がする。

単なる恋人ではダメだという理屈はよくわかったが、将来を誓う?

それってつまり…


「もちろん、まずは政臣さんを説得しなければならない。それに正式な話とするには高梨さんのご両親からも許可を頂く必要があるけど…。本当は、あなた達にこんな重い話をするのは早過ぎると私も思っているんです。だから、今は高梨さんの心づもりでいいから…」


いいから?

いいからなんですか…?


「この先も、ずっとずっと沙羅ちゃんと二人で一緒に歩んで行く気持ちはある? 沙羅ちゃんの婚約者として、名乗る勇気はある?」


そして真由美さんから告げられたのは、本当に重い一言だった…


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神様から、週末更新無いのは許さんと言われて睡眠時間削って書きました(ぉ

書いてて楽しいので、執筆ペースが早くなってることが救いです・・・

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