第205話 青天の霹靂

次の生徒会長は沙羅さんが引き受けることで一応の決着がついた。


以上!


………


いや、わかっている。

冷静になって辺りを見回すと、表情に差こそあれ全員が驚愕の表情でこちらを眺めていた。気持ちが盛り上がり過ぎて、またしてもやらかしたことに今頃気付いたが、当然後の祭りである。

どう取り繕おうかと一瞬考えたが、そもそも沙羅さんはまだ俺に抱きついたままであり、今までも生徒会では色々やらかしているし、いい加減開き直ってしまおうかと考えるのは流石に大胆過ぎるだろうか…


「沙羅さん…」


俺が背中をポンポンと優しく叩くと、沙羅さんも落ち着いたようで、ゆっくりと顔をあげてこちらを向いてくれた。


「あ…そうですね、申し訳ございません」


状況を理解してくれたようで、名残惜しそうにしつつもゆっくりと身体を離していく。

でも、俺の袖を摘まんでいるのはせめてもの抵抗であろうか。

ヤバい…可愛くて我慢できないかも…


「あ…と、うん、新しい会長と副会長が無事に決まって何よりだ。その…話を進めていいだろうか?」


気を取り直した会長が、仕切り直すように進行を再開する。


「はい、これからは一成さんと二人で精一杯頑張ります。」


一気にやる気が出たのか、沙羅さんから迷いが消えたようだ。真面目な表情でしっかりと返事をする沙羅さんはとても凛々しくて、かつて壇上で見た孤高の女神様を彷彿とさせるものだった。


「…二人って言ったよね? 私達忘れられてない?」

「…本当にあの二人で大丈夫? 壇上でやらかしたりしない?」

「…違う意味で不安になってきた…」

「…同感」

「…それより、家で一緒の話は…」


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そして話題は、今後の生徒会運営に関わる内容の確認に移っていく。


まず会長選挙についてだが、やはり対抗馬が居ないので予想通りこのまま決定ということになるとのことだった。その場合は決定したという告知だけに留まり、実際の挨拶は生徒総会になるとのことだ。

そしてその生徒総会で役員の承認があり、それが通れば俺は正式に副会長ということになる。正直何をすればいいのか分かっていないが、沙羅さんは会長と仕事を分担して受け持っていたので、俺も漠然とそんな感じで考えていた。

要は沙羅さんのフォローや負担を減らすという点だけわかっていればいいのかな…


「約束通り、私は卒業まで可能な限り手伝うよ。推薦もあるし、受験勉強で慌てるつもりはないからね。」


この余裕を感じさせる発言は、ある意味一般受験生を敵に回しかねないだろう。

とはいえ、会長がこの先も手伝ってくれるというのは正直心強い。特に慣れるまでは本当に助かるな。


「ただ、残る問題は新しい役員の募集だ。勧誘でも公募でもいいから、最低二人…できれば三人は欲しいところだ。」


「「「「「…………」」」」」


「?」


謎の視線を向けられて、不思議そうに首を傾げる沙羅さん。

だがこの話題は、どうしても沙羅さん個人に関わってしまうのだ。

みんなが何を考えているのか俺にもわかるし、それは重要なポイントだろう。

つまり、沙羅さん最大の弱点、人当たりだ。


以前こっそり聞いたことがあるのだが、沙羅さんは基本的に自他共に厳しい人なので、特に指摘するときや注意するときの口調がどうしてもキツくなる。間違ってはいないので素直に聞き入れられる人ならいいが、それに耐えられず役員が交代した過去があるらしい。今は俺が入ったことで、かなり楽になったそうだが…


「(高梨くんが入ってくれたお陰でかなりマシになったとはいえ、せめて薩川さんに理解がある人を勧誘できないか相談してみるか。夏海はテニスが忙しくて以前断られたが…)」


「会長、どうかしましたか?」


「いや、上手く補充要員が見つかってくれればいいなと思っただけだよ。」


「そうですね、早めに公募をかけてみましょうか。」


会長がこちらを見ながら考え込んでいたので、恐らく同じ事を考えていたのではないだろうか?

現状の問題点を確実にクリアするなら、要するに沙羅さんを理解している、拒否反応を示さないメンバーで固めてしまえばいいのだから。


この場合、候補に上がるのは、夏海先輩、花子さん、藤堂さん、速人の四人。

この中で二人、できれば三人手伝って貰えれば…


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「では、提出された申請書をチェックしましょう。明確な違反がある場合は弾いて下さい。問題なければジャンル分けして、最後に被りをピックアップします。あとは早めに抽選の連絡ですね。」


沙羅さんの指示の下、全員で手分けして申請書の内容違反をチェックしながら、大まかに振り分けていく。この作業自体はそれほど時間はかからないが、自分が見ている分だけでも抽選になりそうな申請書を発見してしまった。


そして振り分けが終わり、被りのピックアップが集められたところで、やはりウチのクラスの執事&メイド喫茶が、他のクラスのコスプレ喫茶、妖怪喫茶(?)とぶつかり審議対象になってしまったのだ。


「うーん、まぁ系統が違うからなぁ…執事とメイド限定の店と、妖怪限定と、広い意味でコスプレならいいんじゃないかなぁ」


仕訳けを担当した本人の意見に対し、特に反論の意見が出なかったので全てOKということになったらしい。ただし、喫茶が三つもあるので早期であれば変更受け付け可能という連絡をすることになった。


だがこれで、取りあえずウチのクラスの方も準備を進められるようだ。俺は生徒会の方が忙しくなりそうで、あまり手伝えないかもしれないのが申し訳ないけれど。


「一成さんのクラスは喫茶店なんですね?」


「ええ。正確には執事&メイド喫茶ですけど。」


「一成さんも、執事さんの衣装でお店に出るのでしょうか?」


どうだろうか…全員出るのか一部の面子なのかというところもまだ未定だからな…

そもそも、参加する時間が少ないからそこまでは難しいと思うのだ。


「まだわからないです。無きにしも非ずってところかと」


「もし決まりましたら、必ず教えて下さいね。もっとも、どちらにしても絶対にお伺いしますけど。」


沙羅さんがウチのお店に…大変なことになりそうな予感…


「…別の意味で騒ぎになりそう」

「…高梨くんが執事の格好したら、薩川さん壊れるんじゃない?」


「そういえば、沙羅さんのクラスは街の歴史展示なんですね…」


 二年生は、お化け屋敷や輪投げスペシャル(?)といった遊び心のある申請が多いのだが、沙羅さんのクラスだけはガチガチのお堅い出展だった。そのせいで印象にも強く残っているんだけど…


「はい。ですが私はこちらの仕事が多いので、お手伝いはできないことを伝えてあります。」


「そうですよね…」


これは役員全員がそうだけど、こちらの仕事をメインにせざるを得ない為、残念ながらクラスの出展には少ししか参加できない。

だからせっかくの学園祭でも、クラスメイト達との思い出はそこまで作れないかもしれない。それは少し残念な気もするのだ。


「去年の学祭は、単につまらないだけでした。クラスの出し物には参加できず、かと言ってこちらのお仕事はしっかりありますからね。」


「…わかってたけど、やっぱつまらないと思ってたんだね」

「…薩川さんは独りで見回りしてたからね」

「…俺は見回りに付き合うつもりだったのに、しっかり断られたけどな」

「…下心見えてたんじゃないですか?」


そういえば、去年はミスコンを無視して独りで見回りしてたって言ってたな…


「ですが、今年は一成さんと一緒ですから。あの…もし宜しければ、私と二人で…」


沙羅さんがもじもじしながら言おうとしている言葉は勿論わかっている。寧ろ俺から誘いたかったくらいだ。公私混同と言われそうで悩んだけど、二人一組なんだから別に問題はないよな? 大丈夫だよな?


「沙羅さん、見回りは俺と二人で行きましょう。その…学祭デートということで」


「はい! 喜んで! うふふ、一成さんと学園祭でデートなんて夢みたいです…」


俺の言葉を待っていたようで、即座に返事をくれた沙羅さん。その嬉しそうな表情に、俺まで嬉しくなってしまう。


「…遂に薩川さんが清々しいまでの公私混同を…」

「…あーあ、嬉しそうな顔しちゃって…」

「…各地でイチャついて学校中を地獄絵図にしてくるつもりかしら…」

「…行く先々で絶叫が聞こえてきそうだな」


「そうだ薩川さん、言い難いんだけど…ミスコンの依頼が来ているよ」


一歩引いた様子で全体を眺めていた会長だったが、思い出したようにそれを告げる。心なしバツが悪そうな表情は、沙羅さんに嫌がられるのがわかっている話だから当然だろう。


「そうですか…正直気乗りはしませんが」


「沙羅さん、この前も言いましたけど、嫌ならそんなミスコン俺が…」


「一成さん、私の為にそこまで思って下さって、本当にありがとうございます。気乗りはしませんが、肩書きとはいえ私は会長となりますので、やはり義理だけでも果たしておこうと思うのです。去年は正式なキャンセルもせずに無視をしてしまったので、結果的に先輩方に迷惑をかけてしまいましたから…。それに以前も言いましたが、少しでも学園祭が盛り上がるのであれば、それは一成さんとの思い出に花を添えてくれると私は考えているのです。」


…俺との思い出の為だと言われてしまえば、やはり嬉しいという気持ちが出てしまう。

だけど正直に言えば、俺はミスコンなどというステージに沙羅さんを立たせたくないという気持ちがどうしても残っていた。

単なる独占欲かもしれないが、沙羅さんをまるで男共の見せ物にするかのようで俺は…


ふわっ…


いつの間に側に来たのか…

気が付いたときには、俺はもう沙羅さんの胸に抱かれていた


「「「「「 !!!??? 」」」」」


「…ご安心下さい。取りあえず参加をするというだけで、それ以上は何もするつもりはございません。一成さん以外の評価など私は微塵も興味がありませんから…。当日は、笑顔一つ出すつもりはございません。」


まるで俺の独占欲ごと包み込むような抱擁と優しさに、自分が情けなくなる。

沙羅さんが出ると決めたなら、それを笑顔で受け入れてあげるのが俺の役割ではないのか?

まだまだ沙羅さんの優しさに甘えている自分に改めて気付かされてしまった…


「…逆に薩川さんらしくて盛り上がりそうだな。」

「…まぁ大多数は、そっちが本性だと思ってるし問題ないね。」

「…目の前の衝撃光景は触れないの?」

「…この先の生徒会で日常光景になるんだろ? 慣れるしかない…羨ましぃ…」


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side 沙羅


「本当に申し訳ございません…せめてお食事だけでもお作りしたかったのですが…」


駅前に着いた私達は、残念ながら本日はここでお別れとなってしまいました。


一成さんのお食事を作るという役目は、私にとっては最重要とも言えることの一つです。なのにそれが出来ないということは、痛恨の極みでしかありません。


「いえ、大事なお話しなら仕方ないですよ。」


笑顔で私を見送って下さる一成さんのお顔は、どこか無理をされているご様子で、その原因が私なのだと思うと自身に憤りを覚えます。


これでつまらない話だったら、父とは暫く口を利きませんよ…


母から連絡があり、父が私に大切な話があるとのことで、今日は真っ直ぐに帰ってくるように言われてしまったのです。

私からすれば、一成さんより大切なお話など存在しませんのに…


「沙羅さん、明日は大丈夫ですかね?」


「話とだけ聞きましたので、大丈夫だとは思いますが」


「そうですか…」


一成さんから、何かを考えるような様子が伺えました。

どうしたのでしょうか?


「いえ、明日が大丈夫なら俺はいいです。今日はお家を優先して下さい!」


「…はい、ありがとうございます。では申し訳ございませんが、本日はここで失礼致します。」


一成さんのご様子が気になりますので、明日は必ずお話をしましょう。

こんなときに限って…まったく…


…………


ガチャ……


「ただいま帰りました。」


………?


今日は母が出てきませんね。

大切な話があるとのことでしたし、忙しいのでしょうか?

足元を確認すると、父の靴はあるようなので帰宅はしているようです。


スリッパに履き替えてリビングに向かう途中、珍しく母の大声が響きました。

普段おっとりしている母が、あのような声を出すのは珍し…


「沙羅がお見合いなんて、私は反対ですよ!!!」


お見合い? 


…………私が?



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


今週は頑張りましたが、週末は本業で忙しくなるので更新できるかわかりません…

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