第204話 新生徒会長と…

今日のHRでの主な議題は、もちろん学園祭の話だ。

このクラスで何をやるのか、まずはそれを決めなくてはならない。

他のクラスや部活との出店(出展)内容が著しく被った場合、生徒会で判断、もしくは抽選することになる。

そして安易に決めてしまうと、中間調査で申請内容が実際には実行出来ないと判断された場合、強制的に簡単な内容に変更されオマケに来年はペナルティ付きになってしまうのだ。

以上の説明を受けた上で、話し合いが始まった。


「とりあえず意見のある人はどうぞ~」


という委員長の言葉で、既にやりたいことを考えていた面々が矢継ぎ早に意見を出し、その賛同者も名乗りを上げた。


「はいはいはい、メイド喫茶がいいです!」

「えぇ〜それって男子が楽しいだけじゃん。せめてコスプレにしようよ」

「賛成〜」

「演劇とかやってみたい!」

「役に不公平出るからヤダ!」

「お化け屋敷しかねーだろ!!」


まぁ、その辺りはよくあるというか定番だよな。それ故に被りが多くなる可能性があって、抽選になる確率が高くなるのだが…


「花子さんは何かやりたいことある?」


「転校初日でいきなりそれは無理。」


それもそうか。

花子さんが横の席に居ることに馴染んでしまったが、まだ初日だった…


結局……あれからいくつか意見は出たものの、全体としては喫茶店が良いという意見が多く、だからといってメイド喫茶では女子の負担が大きいという意見から、執事&メイド喫茶という結論になった。


…まぁそれはそれで面白そうだと思うけどな。


ちなみに俺は、生徒会の仕事もあり半分参加くらいしかできないので敢えて意見は出さなかった。


やることが決まり、特に一部の連中が盛り上がりを見せている。誰が衣装を着るのか、メニューで出したい料理のことなど、意見がどんどん膨れ上がり、収拾がつかなくなってきていた。やりたい気持ちはわかるけど、これは…


「なぁ…」


「…ねぇ、一旦落ち着けば? いきなりそんな色々と決めて、料理を作れる人はいるの? 男女の衣装は全部作るの? そんな技術あるの?」


俺の出鼻を挫くタイミングだったが、ここまで黙っていた花子さんが突然声を上げた。確かに、その点の見通しが全くなければ後で困るのは自分達だ。安易にやりたいことばかりで話を進めていた連中は、花子さんの指摘で静まり返ってしまった。


「料理はせめてその半分にした方がいい。確実に作れそうなメニューに絞らないと、経験者もいないとなれば当日絶対に困る。それに材料がどれだけ必要になるか……何?」


花子さんは短文で喋ることが多いとクラスメイトも感じていただろうが、いきなりここまで積極的に話をする姿に驚いたのだろう。花子さんも注目を集めていることに気付いたようで、言葉をピタリと止めてしまった。


「いや、花崎さん凄いなって。冷静に色々考えてるし…」


「うん、正直、私も気になったけど、それを言ったら何か言われそうで怖くて…」


「思っていても言わなければ意味がない。これを確認しないで今出てる意見を安易に申請したら、後で大変なことになる可能性があった。」


ちょっと厳しいけどそれは正論だった。

この一言で騒がしかった連中もペナルティーを思い出したのか、黙って素直に花子さんの意見に耳を傾けているようだ。

言いたいことを先に言われてしまった感があるが、ここは俺も…


「まだこの申請が通るか確定してないけど、もし通った場合は衣装以外にも必要な物は多いし、考えなければならないことも多いだろ? 楽しみに思う気持ちはわかるけど、今は現実的な範囲にしておいた方がいいぞ。生徒会でも相談を受けて必要なことはフォローできるようになってるから、申請は最低限にして、様子を見て増やせばいいと思う」


これでも一応は生徒会役員だから、こういうときくらいは動かないとな。

俺の話も、皆は素直に聞いてくれたようだ。


「へぇ…高梨くんやるねぇ」


「だな。キャラ変わったか?」


「よっ、生徒会役員!」


「うるせー」


教室でこんな軽口を叩いたのはどれくらいぶりだろうか…


「了解! みんな、高梨くんが言ってくれたように、今は現実的な範囲で決めておこう。」


委員長がそう仕切り直して、俺が言ったことに対する意見を出し合ってまとめてくれた。

何だかんだ言って、このクラスでもしっかり団結できそうだという雰囲気が見れたことが、俺的には何よりも救いだった…


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次の話題は父母参観だが、これは説明だけだった。

まだ一ヶ月近くあるので、今晩辺り実家に連絡だけはしておこう。


親父はどうせ仕事だろうから、来るならオカンだけだろうな。

面倒臭いことにならなければいいけど…

オカンは沙羅さんをとにかく気に入っているから、乗り込ませないように気を付けないと…

って、沙羅さんの方も、政臣さんは忙しいだろうから真由美さんが来るのかな?


そんなことを考えながら何となく周りを眺めていると、相変わらずの仏頂面でプリントを眺めているお隣さんが視線に入る。

花子さんは転校してきたばかりだけど…


「そういえば、花子さんは独り暮らし?」


「違う。全員で引っ越してきた。もともと親の転勤が一番の理由だったから。」


なるほど、流石に自分が転校したいという理由だけで来た訳ではなかったのか。でもピンポイントでここに引っ越してくるなんて…


「ちなみに、お父さんの勤め先は佐波だから…まぁ平社員だけど、本社に異動になったらしい。」


適当に予想しただけだったのに、まさか当たってしまうとは。

でも本社に異動って、栄転ってやつじゃないのか?


「(……よく考えたら、一成は嫁と結婚したら跡継ぎコース? つまり、お父さんの上司になる?)」


「花子さん、どうかした?」


「何でもない。転校早々忙しいと思っただけ。」


口ではそんなことを言いながら、表情はどこか綻んでいるのがわかる。最近は、花子さんの表情もかなり分かるようになってきたかもしれない。


「花子さん、楽しい?」


以前、学校がつまらないと言っていた花子さん。転校したことでそれが払拭されたなら…


「そうね、手のかかる弟がいて大変。」


姉、弟、何か思うことがあるのか、理由があるのか…

どこか楽しそうな花子さんを見ていると、その内自分から話してくれるのではないかとも思うけど…気になるから聞いた方が早いよな、やっぱり。


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放課後、俺は約一週間ぶりに生徒会室へ向かっていた。沙羅さんも忙しくなると言っていたし、であれば俺もフォローのし甲斐があるというものだ。

扉を開けると、目の前にはどこか久し振りに思えてしまう面々が揃っていた。


「お疲れさまです。」


「お疲れ〜」

「何か、久し振りな感じだね!」

「高梨くんお疲れ!」

「お疲れさま、今日はクラスが騒がしかったね?」

「ん、何かあったのか?」


現在生徒会メンバーは八人、その内三年生は会長を入れて三人だ。

引き継ぎに人数を合わせるなら、新しく三人増やさなければならないということになる。もっとも俺はイレギュラー加入だったので、補佐という本来は存在しない役職になっていた。そこを考えたら二人でもいいのかもしれないが…


「いえ、転校生が来たんですよ」


「へぇ、珍しいね。女子?」

「はいはい、男子は直ぐにそっちへ行くね」

「いや、転校生は可愛い女子ってのが定番だよな」


そんなお約束が本当にあるのかどうかは知らないが、あるとすれば確かにお約束通りかもしれない。


ガラガラガラ


「みんなお疲れさま」


「お疲れさまです」


そんな雑談をしていると、最後に会長と沙羅さんがやって来たので、これで全員が揃ったことになる。

さて、今日の議題は…

全員が席に着くと、会長がぐるりと全員を見回してから話を始めた。


「会長選の話をする前に、まずは挨拶をさせてくれ。今まで本当にお世話になった。みんなが支えてくれたお陰で、私は会長などという分不相応な役職をやり遂げることができたと本気で思うよ。」


いつもより真面目な感じで、こちらに語りかけるようにゆっくりと話をする会長。俺は謙遜だと思うけど、本人は本気でそう思っているのがよくわかる。


「特に薩川さんには特別の感謝を。就任当初から色々と足りない私を補佐してくれて、本当に助かった。」


「いえ、それが私の役割ですから。会長こそお疲れさまでした。」


会長とはいつも事務的に話す沙羅さんも、今回はしっかり思いの籠った言葉を口にしている。俺が入学する前から協力してきたのだろうから、きっと俺にはわからない繋がりのようなものがあるのだろう。


「以前から話をしていたが、やはり私の後を引き継いでくれることができるのは薩川さんしかいないと思う。そしてこれは、みんながそう思っている筈だ」


会長の言葉を受けて、同意とばかりにみんなが頷いている。もちろん俺も頭ではそう思っているのだ。ただ、皆と一つだけ違うところがあるとすれば、それは沙羅さんが少しでも嫌がるのであれば反対に回ることを考えていることだろう。俺は沙羅さんの気持ちが最優先だからだ。


「薩川さん、以前は断られたが、やはり生徒会長は薩川さんに引き受けて…」


「会長、私ではなくても、後を引き継げる人はちゃんと」


やはり沙羅さんは引き受けるつもりがないのか、断りの言葉を口にし始めた。


「ちょっと待ってくれ薩川さん、最後まで聞いて欲しい。我々としても薩川さん一人に大変なことを押し付けるつもりはないんだよ。もちろん役員全員で積極的にバックアップしていくし、私も卒業するまでは可能な限り協力するつもりだ。それに…幸い、薩川さんにはフォローを専門にしてくれた彼がいるじゃないか。」


あれ、なんかすっごい不安な流れ…


先程までの真面目な会長の雰囲気がいつの間にか無くなって、俺に嫌がらせ(イタズラ)を仕掛けるときの会長の顔になっている。


「やはり、薩川さんの完璧なフォローができるのは高梨くんだけだと思わないか、皆?」


話の流れが変わったことに全員気付いているはずだが、取りあえず会長に合わせるつもりなのか普通に頷いて聞いている。違うのは、不安な俺とイマイチ状況が分かっていない沙羅さんだけだ。


「どうだろう高梨くん、次の副会長を担当して貰えないだろうか? 最終的には総会での決議になるが、生徒会一同で推薦させて欲しい。やはり薩川さんを一番側で支えられるのは君しかいない。どうだろう皆?」


「「「「「 異議なし!! 」」」」」


うお、今までにない団結力が見える!

しかも全く迷いがない同意だった。様子からして事前の打ち合わせはなかっただろうに、完全に一致団結してやがる…


「待ってください」


ここで沙羅さんが割って入った。今まで様子を見ていたようだが、流石に言いたいことがあるようだ。


「黙って聞いていれば勝手なことを。私のことよりも、一成さんにご迷惑をおかけすることだけは絶対に許しませんよ?」


あ、これは沙羅さんがキレる可能性が…


「高梨くんどうだろう。会長を引き継ぐに相応しい人物は、薩川さんしかいないということは君もわかっていると思う。そして高梨くんが副会長になって薩川さんと二人で協力してくれれば、私など比べ物にならない素晴らしい二人になると思うのだが…」


俺にターゲットを移して先に説得しつつも、ちゃっかり沙羅さんを揺さぶっている辺りが流石に慣れているな。沙羅さんが俺とのことでおだてられて、言葉に詰まってしまった。


しかし…実際どうするべきだろう。

状況的に、沙羅さんに生徒会長をやって貰うしかないというのは俺にもわかる。

そして沙羅さんは、自分のことより俺に迷惑をかけたくないと言った。つまり、沙羅さん自身も会長を引き受けなければならない状況を理解しているということだ。それでも俺を優先したいと考えているのだと思う。それなら…


「沙羅さん…俺は正直、生徒会長を引き受けなければ皆が困るという理由では、沙羅さんを犠牲にしようとしている感じがして嫌でした。沙羅さんが少しでも嫌だと思うなら、俺は即座に反対に回るつもりでいました。だから、沙羅さんの本心を聞かせて下さい。俺のことは一旦忘れて、あくまで沙羅さん自身がどう思っているのか教えて下さい。」


「………私は」


俺の言葉を受けて、沙羅さんが何かを考えるように俯いてしまう。周囲もその様子を見守っているのか静まり返り、生徒会室は張り詰めたような空気が漂っていた。


だから俺は、沙羅さんが話をしやすくなるようにもう一言付け加えることにした。もちろんこれは本心だ。席を立ち、沙羅さんの真横に移動してから机の上にある手を握りしめると、俯いていた沙羅さんが俺を見上げて真っ直ぐに目を見つめてくる。


「俺は沙羅さんと一緒に居られないことが何よりも嫌です。家だけじゃなくて、学校でも副会長として今まで以上に沙羅さんの側にいられるなら、俺は喜んで沙羅さんと一緒に頑張ります。だから、思うように動いて下さい。どちらを選んでも、俺は側に居ますから。」


「…一成さん…私…」


沙羅さんがとても嬉しそうに、少し目をうるうるさせながら俺を見ている。俺の話をわかってくれたんだろうと思う。


「…ふむ、流石だな」

「…単にのろけているだけでは…」

「…これはちょっとズルいかも」

「…あの薩川さんが、完全に乙女になってるわね…」

「…いや、それより凄いこと言わなかったか?」


「………家でも一緒とか言わなかった?」


「「「「「………えっ!?」」」」」


せっかくいい雰囲気なんだから、外野は黙っていて欲しい。

俺なりに精一杯伝えてみたけど、どうだろうか…いや、沙羅さんの表情からは先程までの迷いよりも、何かを決心した様子が伺える。これは沙羅さんの中で何かが決まったのではないだろうか?


「…私は、誰よりも何よりも、一成さんが大切です。会長職を引き受けるしかない状況であることは理解していていますが、それに流されるのではなく、自ら引き受けても良いという気持ちは確かにあるのです。ですがそれでも、やはり私の優先はただ一つなんです。」


それは俺も同じことだ。沙羅さんより優先したいことなど何一つない、もし沙羅さんが引き受けることを嫌がるのであれば、直ぐにでも反対に回るつもりだから。


「一成さん…ご迷惑ではありませんか? 会長職につくことで、あなたにご迷惑をおかけすることなどあれば、私は自分が許せません。ですが、今まで以上に一緒に居て下さると言って頂けて、本当に嬉しかったのです。私は一成さんが一緒に居て下さるなら、どこまでも頑張れます。本当に、ご迷惑ではありませんか…?」


……もう会長の駆け引きなど、どうでもいい。沙羅さんの切なそうな表情の前には、他のことなど全てどうでもいい。沙羅さんが側に居て欲しいと言ってくれるなら、俺を求めてくれるなら、俺は喜んで側にいる。それが全てだ。


「絶対に迷惑じゃありません。俺は沙羅さんの側にいます。これまで以上に側に居て、沙羅さんの力になりたい。それが俺の望みです。」


俺の答えを聞いた沙羅さんは、やっと笑顔を浮かべてくれた。良かった、わかってくれたみたいだ…


トン…


いきなり飛び込んできた沙羅さんをしっかりと受け止めて抱きしめる。


「…一成さん、私は会長職を引き受けてみようと思います。でも、私だけでは嫌ですよ…一成さんが一緒でなければ、私は生徒会長など出来ません。ずっと側に居て下さいね…」


「もちろんですよ。一緒に頑張りましょう。」


「はい…ずっと一緒です…一成さん…大好き…」


そう言って、甘えるように俺に身体を預けてくる沙羅さんをもう一度強く抱きしめた…


「…う…嘘でしょ…薩川さんが…甘えて…」

「…うわー、薩川さん可愛すぎ」

「…びっくり、あんな一面があるんだ…」

「……衝撃過ぎて、もう無理」

「……ぐうう、薩川さんが…あんな…」

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