第203話 大切な?

四時限目が終わり昼休み。

学校で最も楽しい時間が今日もやってきた。

さっさと花壇へ向かおうと席を立ったものの、そうだ、花子さんはどうするのだろうか?


「花崎さん! わたし…」

「花崎さん、一緒にお昼ご飯食べようよ!」

「あっ! 私たちが先に声をかけたのに!」

「こっちは人数多くて楽しいよ?」


当然の如く、あちこちのグループから声をかけられているようだ。こうなることはわかっていたので、花子さんがどうするつもりなのかと思ったのだが…


「…た、高梨、今日は俺達と食べないか?」

「おい! 高梨くんは俺達と食べるんだよ!」

「高梨くん、花崎さんと一緒にどう?」


いやー、俺って意外と人気あるのなぁ…って冗談はさておき、ちょっと露骨すぎじゃないかこいつら。

このクラスでは俺と一番付き合いがある山川達がそういう行動に出ない分、遥かにあいつらの方が友達甲斐があるぞ。

あとは、夏海先輩ファンクラブの二人とか、一部良心的な連中はあまりの茶番に白けてるな。


くいくいっ


袖を引っ張るこの動きは、もちろん花子さんで、俺に何かを伝えたいときによくやる行動だ。


「私も一緒に行く。」


昼はいつものメンバーで食べていることを花子さんも知っているので、連れていけという意思表示だった。


「わりぃ、俺はいつものところで食べるから!」


「ごめん、私も約束してる」


俺の発言に続いて花子さんもそれに合わせたことを口にすると、さっさと荷物を持って俺の後に続き移動を開始する。教室を出る瞬間に


「…やっぱあの二人付き合ってるんじゃないかな?」

「…う、羨ましぃ!」


といった声が聞こえた。

今は休み時間になる度にバタバタしてしまい話をする時間がとれないが、誤解はしっかり解いておいた方がいいな…


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「お、きたきた!」


「一成さん、お疲れさまです。花子さんも、いらっしゃい。」


教室で出発に手間取った分遅くなってしまい、花壇に着くと既にみんな準備が終わっていて俺達待ちだったようだ。


「すみません、遅くなりました。」


「ごめん、待たせた?」


俺はいつも通りに沙羅さんの真横に腰を下ろすと、花子さんはもう片側の真横に腰を下ろした。


「ふふ…花子さんがここにいるということが、少し不思議な感じがしますね。」


「ホントだね、制服よく似合ってるよ!」


「ありがと」


仏頂面なのは相変わらずだけど、やはり教室にいるときより柔らかいというか、落ち着いている表情に見える。朝の話じゃないけど、花子さんもこのグループを気に入ってくれているのだと思うと嬉しいな。


「二人とも、さっきはごめん。」


「私もごめんね、あの後は大丈夫だった?」


どうやらあの騒動を気にしているようで、速人と藤堂さんが謝罪の言葉を口にする。

あの後は…別に変化はなかったな。


「大丈夫だったから気にしないでくれ。なぁ? 花子さん。」


「うん、特に何もなかった。」


俺達の返事を聞いて、二人とも安堵の表情を浮かべた。


「それなら良かった。」


「うん。でもあれだね、四人も集まっちゃうと、教室だってことを忘れて、ついいつものノリでお話しちゃうよね!」


「確かになぁ。あのとき教室だってことすっかり忘れてたし。」


「だよね!」


藤堂さんが楽しそうにクスクス笑っていた。


「何か楽しそうね。沙羅、私たちも…いや、やっぱ止めておこうか。」


「? 夏海、どうかしましたか?」


「いや…(高梨くんのクラスで沙羅が暴走する姿しか想像できない)」


「(薩川先輩が高梨くんとイチャイチャして、教室が大騒ぎになりそう)」


「(いや、むしろそれを切っ掛けに、学校中に騒ぎが広がりそう)」


三人が突然黙ったかと思うと、お互い顔を見合わせて同時にコクリと頷いた。

なんだそれ?


「?」


沙羅さんも不思議そうに首を傾げた。

可愛い…


そのまま気を取り直して全員が弁当を食べ始め、やがて雑談が始まった頃、思い出したように夏海先輩が話題を持ち出した。


「しっかし、本当に転校してくるなんてね〜。転入試験大変じゃなかった?」


「今くらいなら、まだ引きこ…自身を見つめ直して高みを目指したときのストックで何とかなった。」


引きこもってた時期って言おうとしたな…

まぁでもそれは山崎のせいもあるだろうし。


「はい、あーん…。一応、花子さんが転校の申請を出した時点で、父が学校の方に一言入れてくれましたが…意味があったのかわかりませんけど。」


「あー、そういえば佐波って、この学校の一番大きい出資企業だったね。」


あ、俺も佐波エレクトロニクスがこの学校に出資してるって話を聞いたことがあるな。あれは誰から聞いたんだっけ…


「え、佐波って、あの佐波ですよね? 薩川先輩のお父さんって、どんな立場の方なんですか?」


「次はこれですよ、あーん…。父は専務ですね。」


「実質的にナンバー2ってやつよ。」


「「 ええええ!? 」」


もぐもぐ…


質問した藤堂さんと一緒に速人も驚きの声をあげた。まぁそうだろうな、俺もそれを知ったときにかなり驚いたから。

政臣さんが口を出したなら、何かしらは影響ありそうだけど。


だが、それよりも…


「本当に助かった。改めて、ありがとうございました。」


花子さんが丁寧にお礼を言うと、沙羅さんは慈愛の笑顔でそれを受け止める。


「どういたしまして。ですが実際に役に立ったのかわかりませんし。」


「それでも、ありがと。ところでそろそろ突っ込んでもいい? いつもお弁当まで食べさせてあげてるの?」


「はい、あーん…あ、これは」


「高梨くんの右手がね…比較的見馴れてる私から見ても、ちょっと酷いかなとは思うレベルだったけど、沙羅は高梨くんに超絶過保護だから」


もぐもぐ…


実際、アルバイトも終わって安静に出来ているので、少しずつ痛みは和らいできている。

流石に箸くらい持てるのだが、それを許さないのは沙羅さん故に。


「そんなことありません。それに、一成さんのこのお怪我は私の為ですから、治るまで私が責任を持ってお世話をするのです。」


「(治るまでって、怪我は関係なしで今後も継続でしょうに)」


「(薩川先輩、高梨くんのお世話をしているときは本当に幸せそうで、ちょっと羨ましいかも…)」


「(まぁ、一成は頑張ったご褒美と言うことで)」


何だろう、生暖かい空気が漂っているような気がする…。それはともかく、俺も一つ聞いておきたいことがあるんだ。


「ところでさ、ひょっとして、花子さんが引っ越してくるの皆知ってた?」


俺の発言に、全員がお互いの目を見合わせる。やっぱそうなのか…


「申し訳ございません一成さん、花子さんから伺っておりまして…」


代表して沙羅さんが答えをくれた。

薄々わかっていたが、俺だけ知らなかったという事実を改めて知ってしまうと、少しだけ寂しいと感じている自分がいる。

でもそれを言ったら、沙羅さんにも誕生日で同じ事をしたのだと咄嗟に思い直して、何とか踏み止まった。


「あ…あぁ…か、一成さん、そんなお顔をなさらないで下さい…私は…」


何だろう、沙羅さんがびっくりするくらい愕然とした表情を浮かべて、お弁当箱を置いてよろよろと腕を伸ばしながら俺に近付いてく…


カバッ!!


と思っている内に、凄い勢いで胸に抱き寄せられた。え……何?


「さ、沙羅さん!?」


「嫌です! 嫌いにならないで下さい、私はあなたに嫌われたら生きていけません!!」


「…何があった?」

「…さ、さぁ? 高梨くん何も変わらなかったよね?」

「…そ、そうだね。俺も特に感じなかったけど…」

「…うーん、これは野生、いや、母性(高梨くん限定)の勘かな…」


うおおお…か、顔が凄い勢いで沙羅さんの胸に…幸せだけど。

これはひょっとして、一瞬だけ考えたことに気付かれた?


「よくわからないけど、秘密にしていたのは謝る。高梨くんを驚かせたかっただけ。皆にも私が頼んだから、悪いのは私。」


とりあえず花子さんがフォローに入ってくれたようだ。


「あ、あぁ、俺も昨日まで沙羅さんに同じ事をしてたから気持ちはわかるよ。さ、沙羅さん、そんな訳で、俺も同じ事をしましたから、改めてごめんなさい。」


「そんな、謝らないで下さい、私は本当に幸せでしたから。」


まだ俺を離そうとしないが、落ち着いてはくれたらしい。いきなりだったから、流石に俺も驚いた。


「俺が沙羅さんを嫌いになる訳ないじゃないですか。むしろ、俺の方が愛想を尽かされないかと…」

「嫌です、冗談でもそんなことを仰らないで下さい…私があなたに愛想を尽かすなんて、そんなことは絶対にあり得ませんから…」


沙羅さんの悲しそうな声音に、自分の発言を後悔する。間違ってもそんなつもりで言った訳ではないのだが、結果的に誤解を与えてしまった。


「…そろそろ来るかな」

「…はぁ…仕方ない、終わるまで待つ」

「…えへへ、二人とも本当に仲良しだよね」

「…え? ま、まぁそうかな」


「俺は沙羅さんとずっと一緒にいたいです。いつまでもこうしていたいです。」


「はい、私もずっとこうして二人で幸せに過ごして行きたいです。」


「沙羅さん…」


「一成さん…」


ちゅ…


俺が沙羅さんの胸から顔を離すと、直ぐに頬にキスをしてくれた。

唇を離した沙羅さんと目が合うと、思わずお互い笑顔を…


「気は済んだ?」


視線を横に向けると、得意のジト目でこちらを見ている花子さん。

笑顔なのは藤堂さんだけか…


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流石に五人になってしまうと、花壇の手入れはあっという間に終わってしまう。

まだ少し時間に余裕があったが、沙羅さんが日直で次の授業の準備があるとのことで、夏海先輩がそれに付き合う形で先に戻っていった。俺が手伝えることなら引き受けたかったんだけどな…


ガラガラガラ…


花子さんと二人で教室に戻ると、一斉に視線が飛んでくる。暫くは注目の的かもしれないな…


席に着いたところで、いつもの三人組がやってきた。そろそろ来るだろうとは思っていたが、山川が暴走気味だったから花子さんに紹介することもできなかったしな。


「ちょうどいいから紹介しておくよ。この三人はクラスで俺と一番付き合いのある三人だから。今朝から煩かったこいつが山川で、こっちが田中、あと眼鏡が川村。」


一人ずつ名前を呼ぶと、花子さんは一応覚えてくれるつもりはあるようで、顔を確認していた。


「高梨、さんきゅーだ!! 改めて、山川です」

「田中です。」

「川村だ。バカが煩くて悪いな」


「別に。私は花崎、宜しく。」


今の花子さんは普通だな。やっぱり囲まれなければ大丈夫のようだ。


「いやー、花崎さんが転校してきてくれるなんて本当に嬉しいぜ。俺の願いが通じたのかな!?」


「? 私のことを知ってた?」


「はい! 高梨のスマホに花崎さんの写真があったので、それを見て俺は……」


山川がまた語り出したが、花子さんは全く聞いちゃいない。

心なしニヤニヤしながら俺の顔を見ており、少し嬉しそう。


「そう。学校でもお姉ちゃんの写真を見てたなんて、仕方のない子ね?」


「え!? あ、あれは花子さんがRAINで自撮りを…」


というか、また花子さんは自分のことを「お姉ちゃん」と呼んだ。やはりこれは意図的に…


「まぁ山川のことは置いておくとして、二人はかなり仲が良さそうだな。馴れ初めとか聞いてもいいか?」


自分の世界に入ってしまった山川を放置して、川村が直球で攻めてきた。でもそのくらいは別に…って馴れ初め? 出会いってことか? どうしようか、それを説明するにはかなり複雑な…


「悪いけど、複雑だしプライベートがあるから説明できない。」


俺の代わりに答えてくれた花子さんも、やはり説明は避けたようだ。山崎のことなんて説明もしたくないしな…


「そうかい、変なことを聞いてすまないな。ならこれだけ…花崎さんは高梨が大切だと言ったよな?」


「言った」


「「「「 きゃああああ!! 」」」」

「「「「 ぐぉぉぉぉぉ!! 」」」」


花子さんは間髪入れずに答えてくれて、それに何故か女子の歓声と一部男子の悲鳴が上がる。


友達が自分のことを大切な友達だと思ってくれている…これは本当に嬉しい。

もちろん俺だって、花子さんは大切な友達だと思っているぞ。


「ありがとう、花子さん。」


「べ、別にお礼を言われることじゃない」


「「「「 きゃああああ!! 」」」」


少し恥ずかしそうに返事を返してくれる花子さんに、またしても女子から歓声が上がり、一部の男子からガッカリしたような様子が伺えた。


「わかった。という訳だみんな、もう冷やかすなよ。山川もな?」


「という訳」がどういう訳なのか分からないが、どうやら川村は混乱していたクラスをまとめてくれたらしい。これは本当にありがたい。

これで一応はクラスが落ち着いついてくれたようで、この先は女子に囲まれることはあっても男子が押し掛けてくることは無くなった。ついでに山川の元気も無くなったようだが…?


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今日の最後の授業は、全クラスでHRになっていた。

恐らくは各クラスでの学園祭の出し物が議題だろうと思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。


「各一枚取ったら後ろに回してくれ」


担任が各列の先頭に二種類のプリントを配り、それが順番に回ってくる。俺の手元でも一枚ずつ取って後ろに回してからプリントを読むと…


「生徒会長選挙と総会について」


実はこれについては、もう選挙をしない方向で話が動いているのだ。今日の放課後に生徒会でこの話をすることになっているのだが、現状、適任は沙羅さんしかおらず、対抗馬の立候補もないとなれば、後は沙羅さんを説得するしか道はないのである。

まぁこれについては現会長の頑張りだろう。もちろん俺は、沙羅さんが会長になれば全力で支えるのみだ。


そしてもう一枚は…


「父母参観のお知らせ」


…………え?

そんなのあるの?



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貯まっていた学校ネタが、やっと色々書けるようになってきて最近書いてて自分で楽しいです(笑)

その分牛歩になってますが、端折りたくないので…

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