第302話 射的

 パン!! パン!!


 室内にコルク銃の発射音が鳴り響く。

 そして放たれたコルク弾は…残念ながら、棚に倒れた景品がない。

 擦ったようには見えたものの、倒すまでは至らなかったらしい。


「あれっ? おっかしーなぁ…」


「あら、当たったと思ったのに…」


「くっ、擦っただけですか…」


 既に三発目を使い終わり、現在のスコアは西川さん一個、沙羅さんと夏海先輩がゼロという、俺としては予想外の展開になっていた。

 特に沙羅さんの場合は天才肌と言うか、教えれば直ぐに出来てしまう印象があったので…


「うあー、ちょっとヤバいなぁ…」


「軽い物を狙うのはいいけど、的が小さすぎて逆に狙い難いわね…」


「こうなったら、思いきってもう少し大きい物を…でも」


 まだ一つも取れてない沙羅さんと夏海先輩が、明らかに焦りを滲ませている。

 でも三人がこれを勝負だと位置付けているのなら(聞いてないけど)、俺が余計な口を挟むことは良くないので…水を差すことになってしまうから。


 ただ一つだけ言えることは、そもそもこの射的が、一般的なそれより少し距離が遠いということだ。その分、難易度が高い。

 しかも男と違って、沙羅さん達は思いきってカウンターに身を乗り出すことも出来ないし、真っ直ぐ飛ばないコルク銃で小さい景品を狙うのは普通に難しい。

 そして距離があるということは、当然、威力もガタ落ちになる。


「よ、よし。次、行くよ!」


「そうね」


「つ、次こそは…」


 などと思っていても、サービスでやらせて貰っているのにクレームを付ける訳にもいかず。

 ヤキモキするけど、ここは黙って見守ることしか出来ないか…


 頑張れ、沙羅さん!


………………


「え、えりりんに…負けた…」


「はぁ、楽しかったわね!」


「ふ、不覚です…一つも取れないなんて…これでは、一成さんに会わせる顔が…」


 結局…

 沙羅さん達が不利な点は改善されず、半ば運頼みのままゲームは進み…


 西川さんが二個、夏海先輩が一個、そして沙羅さんが…ゼロ。


 つまり結果は、何と西川さんの勝利。


 でも、沙羅さんの名誉の為にこれだけは言わせて貰いたい。そもそも西川さんは私服姿のパンツスタイル、しかも三人の中で一番身長が高いという時点で、最初から有利だった点は否めない。

 事実、一番大きく身を乗り出していたのも西川さんだ。


 ただ、夏海先輩とは…運…かなぁ。


「…ぐぉぉ、ここで俺が飛び出して、代わりに景品を取ってあげたい」

「…そんな抜け駆けが許されるとでも思っていると?」

「…チッ、動き難いぜ」

「…離せ、俺が行く!!」

「…行かせねーよ!!」


「…さぁ、次は私達の番」


「むふふ…腕がなるぅ」


「私、あんまりやったことないんだけど…」


 二番手の花子さん達が意気揚々と(藤堂さん除く)前へ出て、沙羅さん達がそれと入れ替わるようにこちらへ戻ってくる。


 そして沙羅さんは…


 完全に意気消沈したその表情が、俺にとっても辛すぎて…もう今すぐ抱き締めて慰めてあげたいくらいに。


 何でこういうときに、神様はビギナーズラックをあげないのか?

 気が利かないな、ホントに。


「うう…一成さん、申し訳ございません。せっかく丁寧に教えて頂いたのに…」


「いや、今回は色々と条件が悪かったです。カウンターから景品までの距離が遠かったと思うし、それに沙羅さんは初心者ですから、いきなりは難しいですよ…」


「はい…それはそうなのですが…でも…」


「大丈夫、俺に任せて下さい」


 ショックで沈んでしまった沙羅さんが、少しでも安心できるように。


 俺は最大限の笑顔を見せてから、両手で包み込むように、沙羅さんの右手をそっと優しく握りしめる。俺の気持ちが少しでも伝わるように、じっと目を見つめて。

 そして沙羅さんは、一瞬だけ驚いたような素振りを見せたものの…すぐに表情を和らげてくれた。


「「「なぁっ!!!???」」」


「沙羅さんの分まで俺が取ります。だから…その、俺に任せて下さい」


「一成さん…」


 自分で似合わないと分かっていても、敢えて自信を覗かせながら、沙羅さんに笑いかける。

 これは別に、カッコつけたいだけとか、そんな軽い気持ちのものじゃない。

 ここで沙羅さんを笑顔に出来なければ、俺は自分を許せそうにない、そう思っただけだから。

 そしてその甲斐があったのか、沙羅さんは凄く嬉しそうな笑顔を浮かべて…俺の言葉に何度も何度も頷いてくれた。


「はい…はい! 一成さんに全てお任せ致します♪」


「ええ、任せといて下さい!」


 正直、自分でハードルを上げてしまったような気もするけど…でもここで期待に答えられなければ男じゃない。

 それに、俺だってそれなりに勝算があるから言ってるんだ。


 よし、気合いを入れろよ、俺!


「…ちょ、ちょっと待て! な、なぁ、あの二人、マジで怪しくねーか!?」

「…い、いやいや、そんな筈は…そんな筈が!?」

「…で、でもよ、薩川さんの手を握って…」

「…しかも、薩川さんスゲー嬉しそうだし!?」

「…つか…名前で呼び合ってないか!?」


「一成、お姉ちゃん頑張るから見てて」


 名前を呼ばれて目を向けると、そこには銃を右手に抱えながら、可愛らしくポーズ決めている花子さん。どこか誇らしげに胸を張る姿が、これまた微笑ましい。


「頑張れ、花子さん!」


「うん、頑張る」


 沙羅さんが大変だったことを考えれば、花子さんはそれ以上にハンデがキツそうではあるが…せめて心からのエールを送っておく。


 俺の応援に、花子さんは笑顔でサムズアップを見せると、勢いよく棚に目を向けてターゲットの確認(物色?)を始めた。


 かなりの気合いが入ってる模様。


「…あの幼天使ちゃん、何て言った?」

「…お姉ちゃんとか言わなかったか?」

「…えええ!? 副会長と姉弟!?」

「…マジで!? 俺、あんなお姉ちゃんいたら、彼女なんか要らんぞ…」


「藤堂さん、頑張って!」


「うん! 頑張るね!」


 一方、唯一自信無さげだった藤堂さんは、速人の応援を受けて可愛いらしく両手を「ぐっ」と握ってポーズを作った。


 またそういう仕草が男心を…ね。あぁ、速人が幸せそう。


「ねぇ雄二…そういや、私のこと応援しなかったよね?」


「いや、空気を読んだつもりだったんですが」


「ふーん…空気、ねぇ?」


「す、すみません…」


「んじゃ、バツとして勝ちなさいよ」


「えぇっ!? いや、射的は一成が強…」


「負けたらお仕置きだから」


「…はい」


 妙に楽しそうな夏海先輩と、ガックリ項垂れる雄二。

 何故かさっきまでと立場が逆転してるようで、ホントに見ていて面白いカップルだ。


「しくしく…私だけ応援が…」


「立川さん、頑張ってね」


「頑張って下さい、立川さん」


「はい! 頑張ります!!」


 一人泣き真似をしていた立川さんには、西川さんと沙羅さんからの応援が飛ぶ。

 特に立川さんは、沙羅さんに憧れているような節もあるから普通に嬉しそう。


「弾は五発だよ、頑張りな~」


 受付のお姉さんが、またしてもどこかで聞いたような台詞を言うと、それに合わせて先程と同じように小皿が配られる。


 さて、花子さん達はどうなるかな?


「満里奈は分かってるけど、花子さんは射的どうなの?」


「ふ…かつて、y○utub○で学習をした私に死角は無い」


「いや、そうじゃなくて…あ、ううん、やっぱ何でもないや」


 何かを察したようにハッとした表情を浮かべ、立川さんが大人しく引き下がる。

 花子さんが"若干"引き籠もり気味だったことは俺も知っているので…多分、そういうことなんだろう。


 そして三人は銃を手に取ると、早速準備を始めるが…


 うーん、思った通り、花子さんにはちょっとだけ銃が大きいかも?


「む…意外とやり難い」


 案の定、花子さんもやり難さを感じたようで、銃をカウンターに置いてから準備を始めた。


「…やべ…幼天使がスゲー可愛いんだけど」

「…こ、これが萌えってやつか…」

「…ち、違うぞ、俺は正常だ、決してロ…」


「よし、これで完璧」


「こっちもいいよ」


「私も準備できた」


 沙羅さん達と同じように、準備の出来た三人はお互いを確認してから、一斉に銃を構える…が、懸念した通り、身長が低い分、花子さんが圧倒的に厳しい。

 一応はカウンターへ身を乗り出しているものの、それでも距離が遠すぎて、明らかに花子さんは不利だ。


「むぐぐ…も、もう少し…」


 しかも花子さんは、それを少しでも補おうとして、必要以上にカウンターへ乗り出そうとしているので…つまり、後ろから見ていると「ある部分」が凄く心配になってくる。

 と言うか、既にもうダメだ。

 まだ視界的には大丈夫だとしても、これ以上は俺が許せない。

 後ろにはバカ共が集まっているから尚更。


「先輩、何か踏み台とか足場になりそうな物はないですか?」


 案内のお姉さん(先輩)に声をかけながら、俺は然り気無く花子さんの真後ろへ。

 花子さんもカウンターに乗り出すのを一旦止めて、俺の方を見た。


 どうしようかな…こういうことを直球で注意するのは憚れるかも…


「あー、そっか、それを考えてなかった! ねぇ! 何かない!?」

「うーん…」

「直ぐには用意できないかも~」

「仕方ないから、子供用の距離で…」


「むっ…私は子供じゃない」


「あ、ごめん、そういう意味じゃないんだけど…と、ところで、副会長くんとは姉弟なの?」


「へ?」


 特にその辺りの話をした覚えはないのに、何でいきなりそんなことを…

 あ、そう言えばさっき、花子さんは自分のことを「お姉ちゃん」と呼んだか?


「一成は弟」


「へぇ…やっぱそうなの? ちょっと変わった…いや、何でもないや。でもそれなら、弟くんに手伝って貰えば?」


「手伝う…ですか?」


 何だろう、話の流れが、良くない方向へ向かい始めたような気が…


「うん。お姉さんを後ろから支えてあげればいいんじゃないかな?」


「えええっ!?」


 後ろから花子さんを支える…?


 その姿を何となく想像してしまい、決して宜しくない展開まで頭の中を過ってしまう。別に疚しい気持ちは無いが、それでもそれはどうなんだろう?


 それに、そもそも花子さんが…


「一成が支えてくれるなら、私は心置きなく集中できる」


 とっても乗り気でした!


 寧ろ望むところと言わんばかりで、その表情には「是非やって欲しい」という気持ちがありありと浮かんでいるように見える。


「えーと…」


 俺はそれに即答せず、真っ先に沙羅さんへ視線を向けると…苦笑を浮かべながら、コクリと頷いてくれた。


 まぁ、沙羅さんがいいと言うなら…

 それによくよく考えてみれば、あくまでも支えるだけであり、そこまで気にする必要はないかも?


「わ、わかりました」


「んじゃ、宜しくね~。さぁ、張り切ってどうぞ~」


 問題解決と判断したようで、お姉さんが離れて行き…残された俺を、期待の眼差しで見つめている花子さん。


「一成、おいで?」


 そして俺に向かって何故か両手を拡げ、謎のアピールを…いやいや、それ抱っこでしょ? 

 と言うか立場が逆でしょ?


「ゴホン!!」


 勿論、そんな暴挙を沙羅さんが見過ごす筈もなく。

 強烈な咳払いをぶつけられ、花子さんは渋々と(何でだよ…)カウンター側へ向かい

直る。そして、先程と同じように身を乗り出し始めた。


 さて、問題はここからどうやってサポートするか…だ。

 花子さんも沙羅さんと同じでスカートが長いから、足を地面から離さなければ取り敢えずは大丈夫な筈。そうなると、支えるべきなのは寧ろ腕の方か?


「むぐぐ、ここからもう少し…」


「花子さん、ストップ。そこまででいいから」


「でも…この姿勢だと力が入らなくて、腕が上がらない」


「そこは俺が支えるから、姿勢だけキープしてて」


「わかった」


 銃を持ったまま、身体ごと投げ出しているような体勢の花子さんの背中側に回る。

 肩を押さえて姿勢を安定させてから、腕を持ち上げて狙いを景品へ。


「花子さん、狙いは?」


「雪だるま」


 …雪だるま?

 そんなのあったか…って、あれか?


 棚の二段目、端の方にある白く小さなマスコット。あれは確かに雪だるまだ。


「好きなのか?」


「…うん。いつか、一緒に…夢」


「…そっか。わかった」


 俺だって、そんなに野暮でも鈍感でも無い…つもり。

 だから、花子さんが何を言いたいかなんて、今の一言で十分理解できた。


「…いいの?」


「ちょっと考えてたことがあるから、皆にも相談…かな?」


 正確に言うと、これは花子さん限定の話じゃなくて、皆で計画をする冬旅行の候補として考えていたことなんだが…


 つまり、冬と言えば雪と温泉。

 そしてスキーも楽しそう(未経験)という俺の安直なアイデアを、沙羅さんも賛同してくれたので、後は折を見て皆に打診するだけの段階だった。

 だからこれが決定すれば、花子さんの希望も叶えることが出来る筈。


「わかった…約束」


「ああ、期待しててくれ」


 俺の答えを聞いて、花子さんの顔が綻ぶ。

 これで旅行を計画する理由がまた一つ増えたな…頑張らないと。


 ちなみに一番の理由は、勿論、沙羅さんと…だ。


「準備できた~?」


「大丈夫だよ」


「一成、お願い」


「あいよ!」


 射的の鉄則は、とにかく景品に銃口を近付けること。狙いも必要ないくらいまで行けば完璧だが、今回はそれが無理だから仕方ない。


「もう少し右、ちょっと上…そこでストップ」


 花子さんの指示に合わせて位置を調整。

 狙いをつけるのは、あくまでも花子さんだ。俺はそこに口を挟まない。


「いくよ~」


「「「せーのっ!!」」」


 バン!! バン!!


 そして…軽快な破裂音と共に、初弾が放たれる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 射的シーンが当初の予定を大幅に・・・学祭がまた延びちゃうかも(^^;

 実際に書いてみないと分からないことが多いですねぇ・・・ということで(ぉ

 次回はこの結果と、男子三人がトリを務めて射的は終わりです。


 ところで話は変わりますが、読者様の中には周囲(モブ)の反応がしつこいと思われている方も一定数いらっしゃるかと思います。特に学祭は展開上それが増える(目的の一つでもあるから)ので。

 ただ、モブの反応については私のこだわりで、自分が創作するなら周囲の声は絶対に入れると昔から決めていたことなんです。

 もちろん二人の関係が周知されれば必然的に落ち着くでしょうが、それでも無反応ということは有り得ないと思っているので、今後もそれなりに描写はさせて頂きたいと思っています。

 「嘘だぁぁぁ」は、流石に周知されたら無くなるでしょうけど(笑)


 それではまた次回に。

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