第303話 勝利の女神様

「うーん、思ったより難しいなぁ」


「上手く当たらないよ~」


「くっ…何故、何故当たらない?」


 やはり俺の予想通り、三人は初っ端から苦戦を強いられる展開になっていた。

 まぁ沙羅さん達と同じ理由だから、当然と言えば当然なんだが。

 それと、花子さんの某アニメっぽい台詞回しは取り敢えず保留で。


「残りは二発だよ~。頑張ってね!」


 花子さん達は既に三発を消費していて、三人揃っていまだに成果はゼロ。

 手伝っている俺としても、せめて本命の雪だるまくらいは取れて欲しいところなんだけど…

 でも狙いは完全に花子さん任せであり、しかもこんなイレギュラーな射的が、果たしてどの程度正確にやれているのか?

 全くの未知数だから、正直なところよくわからん。


「一成、次こそ当てるから」


「花子さん、落ち着いていこう」


 一つ気になるのは、俺が手伝っていることが、逆に花子さんへのプレッシャーになっているように見えるってこと。完全に気負い過ぎているように思える。

 いつもの冷静さを欠いていて、これは少しでも落ち着かせた方が良さそうだ。


「でも、一成に手伝って貰ってるのに…」


「それはいいから。落ち着いて、お、お姉ちゃん」


 うう…こんな場面で言うのは、かなり恥ずかしいんだけど…


 でも他に、花子さんを落ち着かせる有効な手段が思い付かず。

 どうせ周囲からは、本当の姉弟だと思われているようだし(納得できないが)、もうこの際気にしないことにする。


「………」


「は、花子さん?」


 花子さんは、今、何を言われたのか分からないといった感じで、呆然と俺の顔を見つめていて…正直、ノーリアクションだけは勘弁して欲しい。


「一成…」


 …と思ったものの、花子さんは俺の名前を呟くと…


「お姉ちゃん、頑張る!」


 それはもう、物凄く嬉しそうに。

 俺も思わず見蕩れてしまいそうな、眩しい笑顔を見せてくれた。


「………」

「…惚れた」

「…俺も…」

「…幼天使…最高…」


「よしっ、次行くよ、次!」


「う、うん!」


「一成!」


「よっしゃ、頑張ろう」


 俺を呼ぶ花子さんの表情には、先程までのような焦りも、気負った様子も感じられない。純粋に気合とやる気に満ちているような、そんな風に見えた。


 これなら大丈夫そうだ。


「よいしょ…」


 花子さんは銃をセットすると、これまでと同じようにカウンターへ身を乗り出して、俺がそれを横から支える。


 そして狙いを定め始めた。


「もう少し…あとちょっと…そこ」


 花子さんの指示通りに銃の位置を細かく調整、角度を固定。

 自分で持つのとは訳が違うから、この作業が地味に大変だったり。


「いくよ~」


「「「せーの!!」」」


 バン!! バン!!


 そして放たれた四発目のコルク弾は…コルク弾は!?


「っ!? 擦った?」


 花子さんの驚いたような声に目を向けると…確かに、棚にある景品の位置が少しだけズレている。ということは、擦ったというより、ズレるくらいの位置に命中していたってことだ。

 それなら、花子さんが感覚を覚えていれば…後一発でも望みはある筈。


「やったぁぁ、大当たりぃぃ!」


「おめでとう、洋子!」


 立川さんの喜ぶ声に視線を向けると、棚にはしっかりと倒れている人形が一つ。


 つまり…遂に均衡が破られた。


「花子さん」


「大丈夫、焦ってない。次は必ず倒す」


 その言葉通り、花子さんは極めて冷静に、落ち着いた様子を見せている。

 これは俺の余計な心配だったか。


「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」


 しかも、反対にそう言われちゃって…

 どうやら、こんな状況でも俺は「読まれた」みたいだ。

 流石はお姉ちゃん。


「さて、それじゃ最後の一発だよ。頑張ってね~」


「はい。満里奈、花子さん、行くよー」


 受け付けのお姉さんからエールを送られ、立川さんが最後の準備を始める。

 それに習い、藤堂さんも弾を詰め始め…花子さんも、カウンターに置いた自分の銃のセットを開始。


 いよいよ、これでラストだ。


「よーし、もう一個取っちゃうもんね!」


「私だって、今度こそっ!」


「目標を狙いう…」


「花子さん、それもダメ」


 自分でも分からないけど、またしても花子さんの言葉を止めなきゃいけない使命感が湧いたような気がして、思わず急ぎで突っ込んでしまった。


 世の中、不思議なことがあるもんだ…うん。


「冗談。今度こそ決める」


 冗談を言えるくらいに余裕があるなら、今度も落ち着いて撃てるだろう。

 俺もサポートに集中する。


「一成、もうちょっと」


「これでどうだ?」


「ん…と、そこで止めて」


 これでいよいよ、最後の準備が整った。

 花子さんの表情は真剣そのもので、とても射的という遊びをやっているようには見えない。でも…僅かながらに笑みが溢れているような気もして。

 

 花子さんはこんな風に、友人同士で遊ぶ機会が少なかった筈だから…この状況を楽しんでくれているなら、俺も嬉しい。


「いくよ~」


「「「せーの!!」」」


 バン!! バン!!


 そして短い破裂音が、緊張感に包まれた室内に鳴り響き、最後の一発が…


 花子さんが直ぐに起き上がったので、俺も支える体勢を止めて棚を見る。

 そこには…雪だるまの姿が見えなかった。


「やった…取れた…取れた」


 もう喜びを全身で表すように、ガッツポーズをしながらぴょんぴょんと跳び跳ねる花子さん。こんなにはしゃいでる姿を見るのは俺も初めてだ。


 でも、それだけ嬉しかったってことなんだろうから…


「おめでとう、花子さん!」


「うん、嬉しい、一成のお蔭!」


「いや、花子さんが頑張ったからだよ」


 俺はあくまで姿勢の補助をしただけだ。

 確実に取れる景品を選定したのは花子さんであり、狙いをつけたのも花子さん。俺は姿勢の補助をしただけで、他は一切の手助けをしていないから。


「はい、おめでとう!」


 案内のお姉さんが、二人がゲットした景品を持ってくる。

 花子さんの手には、先程見事に撃ち倒した雪だるまのマスコットが手渡された。


 でも…結局、藤堂さんは取れなかったのか。


「うー…残念、私だけ取れなかったよ」


「私も一個だけだから、もう運だね、これは」


 でも藤堂さんは、口ほどに悔しくは感じていないみたいようで、寧ろ純粋に楽しんでいたことが分かるような笑みを見せているから…あれなら大丈夫そうか。


 寧ろ、これで速人が頑張る理由が出来ただろうし。


「一成、雪だるま!」


 そして花子さんが、もう子供のようにはしゃぎながら、自分の成果を俺の目の前に差し出してくる。

 何というか、ちょっと子供っぽい仕草がとにかく可愛い。


「…うわぁ、あの子、可愛すぎ」

「…だね。あんな妹が欲しかったかも」

「…でも、あそこまで仲がいい姉弟も珍しいよね」

「…と言うか、ホントに姉弟なの、アレ?」


「…俺、もうロリでもいいや」

「…いいのか? それは修羅の道だぞ」

「…将を射んと欲すれば先ず馬を…」


「良かったな、花子さん」


「うん。これはブローチと一緒に、私の宝物」


 小さな雪だるまのマスコットを、両手で大切そうに胸に抱え…本当に嬉しそうに、花子さんが笑顔を見せる。

 俺としても手伝った手前、成果が全く無しでは流石に立つ瀬が無かったから…


 何にせよ、良かった良かった。


「一成、後でお礼をする」


「へ? いや、その気持ちだけ受け取っておくよ」


「ダメ。受け取って欲しい」


「い…わかったよ」


 花子さんがここまで言っているのに、それを無下に辞退する理由もない。

 お弁当のお礼とか、俺の方も理由付けが出来ない訳じゃないが…それで花子さんが納得するのなら、ここは素直に受け取っておくべきか。


 それに、人の好意を無にする奴は…ってことで。


「一成…ありがと」


 そう言いながら、大切そうに…胸に抱えたマスコットをもう一度見て。

 花子さんは飛びきりの…そう、まるで向日葵のような、可愛らしい笑顔を見せてくれた。


………………………


「さぁて、最後は男性陣だね~」


 減った景品の補充が終わり、俺達の方へ笑いかけるお姉さん。

 いよいよこの時が来た。


「さて…と」


 雄二と速人に視線を向ければ、二人もかなりの気合いが入ってる模様。

 その表情からは、もはや射的を「ゲーム」として「楽しもう」という様子は微塵も感じない。

 ぶっちゃけた話…ガチってやつだ。


「一成、気合いが入ってるな」


「だね。そんな表情久し振りに見るよ?」


 かく言う俺も、ゲームにここまで気合いを入れたことはない。

 と言うか、射的にここまでマジになるなんて、端から見ればイタい奴だと思われても仕方ないって自分でも思う。


 でも…


「一成、今回は俺が勝つぞ」


「悪いな雄二、今回は絶対に俺が勝つ。全弾取りに行くからな」


 俺と雄二の視線の間で、目に見えない火花が飛び散り…よくマンガとかアニメで見る、バトル前の「アレ」だ。


「あの…一成、雄二、何でそんなに…」


 一方、このノリについて来れていない速人が、俺達の様子に若干引いているような反応を示す。勿論、そういうリアクションをされるのは想定内だが、今回ばかりは例えどう思われようと、そんなのは一切気にしない。


「…なんか、バトル漫画見てるみたい」

「…一成は嫁の仇を取ろうとしてる。だから、あれはガチ」

「…まぁ高梨さんらしくて微笑ましいですが。でも、あれはそれだけじゃなさそうですけど…」


「一成さん…」


「沙羅さん…見てて下さい。俺は絶対に勝ちます。勝って、必ず沙羅さんに、あの猫ちゃんのぬいぐるみを…」


「…はい。一成さん…手を」


 沙羅さんが俺の右手を優しく手に取る。

 そのまま両手で包み込むように持つと、自分の顔の高さまで持ち上げた。


「…ちょ、ちょっと待てよ、何だよあの二人…」

「…嘘だよな、勘違いだよな?」

「…俺はまだ信じない、絶対に違う!」


「…ねぇねぇ、あの二人ってさ」

「…や、やっぱそうなのかな!?」

「…いや、だって、あの薩川さんだよ!? 男子の手を握ってるんだよ!?」


「沙羅さん?」


「ふふ…これは、私からのおまじないです」


 そう言いながら、俺の右手に顔を寄せると、沙羅さんは目を閉じて…そのまま…


「一成さん…頑張って…」


 ちゅ…


 俺の右手の甲に、そっと優しいキスをして…ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。


「「「なぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!???」」」


「さ、沙羅さん…」


「無理だけは、なさらないで下さいね?」


「…はい」


 沙羅さんには悪いけど、それこそ無理ってもんだ。

 今の俺はやる気Maxだから、とにかく全力で行く。

 最悪、裏技(反則ではない)を使ってでも…


「…うっひゃぁ! 薩川さん、やるぅ!」

「…び、びっくり、あの薩川さんが…」

「…や、やっぱ、あの噂はマジだったんだ!?」

「…だね。と言うか、男子が絶句してんだけど(笑)」


「…はぁ…あの二人、またしてもやりおったわ」

「…………」

「…西川さん?」

「…へんじがない、ただの…」


 沙羅さんは俺の目を見つめながら、ゆっくりと手を離す。

 最愛の人からここまで応援して貰った以上、俺は絶対に勝つ。

 もう負けるなんて有り得ない。


「雄二、わかってるわね?」


「最善を尽くします…」


「気合いが足りない。負けたらホントにお仕置きだから」


「…はい」


 成る程、雄二のやる気はそれが理由か。

 でも言葉こそ大人しいが、雄二の俺を見る目は本気を隠せていない。これは正真正銘、マジで来るぞ。


「えーと…一成、雄二、ひょっとして、二人は射的は得意だったり?」


「まぁ…少しくらいは自信があるぞ?」


「俺も、そんな感じだな」


 少しってのは、勿論謙遜して言ったつもり。

 そもそも、俺と雄二は「とある」理由で、射的にはワリと自信があったりするからだ。


 と言うのも、これは小~中学校の頃の話になるが…


 当時、俺達とよく遊んでいた友人の一人に、親が所謂「的屋さん」をやっている奴がいて、そのお父さんから色々と教えて貰う機会があった。

 そいつの自宅にはガレージがあって、その中には古くなった射的道具やら景品やらが眠っていた。それを俺達が遊べるようにと、お父さんが組み立てて遊ばせてくれたのが切っ掛けだった。

 使わない景品を並べて本番さながらに遊んだり、お父さんが家に居るときはコツを教えて貰ったり…正直、聞いてはいけないような裏話も聞いてしまったが、同時に俺は裏技も教えて貰った。

 つまりそれらの経験が、今回「勝算がある」と考えた、俺の自信の裏打ちになっている訳だ。


 とは言え、いくら練習をしようと裏技を覚えようと、実際の祭りで射的をやっても取れる景品など決まっているので…って、それを考えるのは諸般の事情で止めておこう。


 とにかく、今回に関して言えば、その知識と技術が十分に通用する範囲だということは既に確認済み。

 ここまでの間、伊達に景品棚を確認していた訳じゃない。


「うーん…その顔は絶対に自信があるよね。俺は勝負にならなそうだから、最初から棄権でもいいかな? ぶっちゃけ、一つだけ取れれば十分なんだ」


「了解。じゃあ雄二と一騎討ちだな」


 俺達と同じ土俵でやらせるのは、それこそレギュレーション違反みたいなものだから。それに、速人は藤堂さんへのプレゼントが確保できればそれだけでいいんだろうし…


 …あれ、そう言われると、俺もそうじゃないのか?


「今回こそは勝つぞ、一成」


「無理。俺は今回、絶対に負けられない」


 まぁ…いいか。

 こういうのはノリも大事ということで。


 雄二が「今回こそ」と言ったように、ここまでの戦績は7対3くらいで俺が勝っている。でもそれはそれ、これはこれ。


 今回の勝負に全力を尽くす、ただ、それだけだ。


………………


「弾は三発だよ、頑張りな~」


「えっ!?」


「ちょっ!?」


「あの、五発じゃないんですか?」


 お姉さんの宣言に自分の耳を疑ったものの、実際に運ばれてきた小皿に乗ってる弾は本当に三つしかない。


 何故に!?


「だって、さっきから話を聞いてると、君らプロみたいだし。景品いっぱい取られちゃうと、こっちも困っちゃうから」


「あー…」


「そっか…」


 言われてみて思わず納得。

 確かに向こうからすれば、ただの客寄せサービスでそこまで景品を持っていかれる訳にはいかないだろうし。


 ちょっと調子に乗って、色々と喋りすぎたか…


「それなら、どれだけ倒しても、貰うのは一つだけってことでどうです?」


 ここで速人から救いのアイデアが出る。

 そのルールなら、こっちとしても心置きなくやれるってものだ。

 俺も結局のところ、沙羅さんへのプレゼントが手に入れば問題ないから、一つだけ貰えればそれで十分。


「俺はそれでいいぞ」


「こっちもだ」


 雄二も夏海先輩にプレゼントする分があれば十分だろうから、特に問題はなさそう。


「それならこっちとしても助かるかな。でも弾は三発ね」


「う…了解です」


「分かりました」


「はい」


 まぁ…そう言われてしまえばもう仕方ない。

 これで、俺達は三発勝負で決定…と。

 それでもやることに変わりは無いし、勝負のルールも今まで通りにするだけだ。


 極めて単純に数で上回るか、同数なら大きさで勝負。


「じゃあ、頑張ってね」


 お姉さんの言葉に全員で頷くと、俺達は早速準備を始める。でもその前に、俺は銃のコンディションチェックを先に。


 先ずは銃を空打ちして、感触と音を確かめておく。流石にまだ新しいからヘタリは無さそう。

 そして次にコルク弾のチェック。


 ちなみに…


 一番簡単にチェックができて、尚且つ重要な項目は、この「コルク弾」を確認することだ。

 素材がコルクである以上、使われる内に欠けたり割れたりして、それが混じって渡される場合がある。実はこれが要注意。

 射的は弾を空気圧で飛ばすから、弾に「欠け」や「割れ」があったりすれば、当然そこから圧力が漏れてしまう。


 つまり…弾の勢いが弱くなるってこと。


 それを気にしながら一つずつ確認…これもOKだ。


 そして一通りのチェックを済ませたら、銃のレバーをしっかりと引き、弾をキッチリ詰める。

 流石に学祭の射的で裏技まで使うつもりはないから、このまま勝負!


「よし…」


 カウンターに限界まで身を乗り出して、右手だけで銃を構える。片足は地面に着けたまま、可能な限り限界まで景品に銃口を寄せていく。


「横川くん、頑張って~!!」

「きゃぁぁ、横川くんカッコいい!!」

「ファイト、横川くん!」


 突然、先程までは無かった黄色い声が、教室の中と外から上がり始めた。

 でも速人の人気を考えれば、それがあっても不思議はないし…寧ろ無い方が不自然か。


「横川、絶対に勝てよ!」

「そっちのやつも、手加減すんじゃねーぞ!」

「副会長に負けんな!!」


 そして男からも、ちょっと微妙な声援(?)が始まって…


 と言うか、俺って随分と嫌われているような?

 特別悪いことをした覚えはないんだが…はて?


「横川、お前なら絶対にやれるぞ!」

「そうだ! ぜってーに副会長を…」


「黙りなさい!!! これ以上その汚い口を開くなら、全員ここから叩き出しますよ!!!」


「「「っ!?」」」


 俺には絶対に向けない、向けたことのない沙羅さんの強烈で激しい怒りが、半ばヤジのようになっていた男共の口を完全に塞いでしまう。

 しかもそれだけに留まらず、速人に向かっていた黄色い声援まで巻き込んでしまい…シーン…と。


 またしても、あの騒がしかった空間に不自然なまでの静寂が訪れてしまった。


 俺は一旦体勢を戻して沙羅さんを見ると、そこには激しい怒りの表情で野郎共を見据えている沙羅さんと…花子さん?


「私の目を見て、その続きを言ってみろ」


 剣呑な雰囲気を漂わせて、一人の男子に詰め寄って行く花子さん。相手を射抜くような冷たい眼差しと共に、物騒なことを言い出して…

 反対にそれをぶつけられた男子は、もう明らかに焦りを滲ませて、慌てたように視線を逸らした。


「このまま黙って見ていることが出来ないのなら、今すぐ消えなさい」


 聞いているこちらまで寒気を感じてしまいそうな、冷淡すぎる沙羅さんの声音。そして最終通告にも等しいその言葉を、気まずそうに聞いているのは…恐らくさっきから騒いでる奴等だ。


「一成さんへの悪意は、誰であろうと私が絶対に許さない。次は問題無用で叩き出します、覚えておきなさい!!」


 最後に強烈な一言を残すと、もう用は無いとばかりに沙羅さんはこちらを向く。

 ちょうどその様子を見ていた俺と目が合ってしまい、沙羅さんは表情を少し緩めてからコクリと頷いてくれた。


 …ありがとう、沙羅さん


「私の弟を貶すやつは…誰であろうと絶対に潰す」


 花子さんは花子さんで、かなり物騒な一言を残してからこちらを向いた。そして何故か、俺に向かって真顔のサムズアッブ。


 かなり大袈裟なことになってしまったような気もするけど、もし俺が逆の立場だったら同じようにキレただろうから…ここは素直に感謝だ。


「…うわぁ、これはもう確定だね」

「…うん。薩川さんと副会長くんかぁ…こりゃ大騒ぎだぞぉ」

「…でも男子は困っちゃったね。悔しくて副会長くんに当たれば、反対に薩川さんから敵認定されちゃうし」

「…この学校で薩川さんを敵に回すバカは、そうそういないだろうからね」


「さぁ、続けようか?」


 微妙な感じになってしまった空気を払拭するように、速人が殊更爽やかな声で仕切り直してしてくれた。

 確かに、ここはどんどん始めてしまう方が良さそうだ。


 俺は一度深呼吸して気を取り直してから、一旦銃の状態を解除した。もう一度仕切り直すつもりで弾を詰め直して、先程と同じようにカウンターへ大きく身を乗り出す。右手を目一杯伸ばし、可能な限り景品へ銃口を近付けて…


 そして最初に狙うターゲットはあれ。

 沙羅さんがずっと狙っていた、あの小さい猫のマスコットだ。


「いくぞ」


 本当はこんなこと言う必要はないが、これも場の盛り上がり、演出ということで。


「「「せーの!!」」」


 バン!! バン!!


 聞き慣れた破裂音と共に、右手には軽い反動が伝わってくる。

 これを感じるのは、かなり久々かも。


 そして俺の目の前には、コルク弾の直撃を受けて、アッサリと倒れ込む景品が一つ。

 これは簡単な部類だから、特に「取れた!」という感動もないけど…でも、確実に必要な物だった訳で、先ずはホっとひと安心。


 一応、雄二の方も確認してみると、どうやら向こうも俺と似たような景品を狙ったらしい。

 棚には小さな景品が倒れている。


 そして速人は…残念ながらダメだったみたいだ。でもあれは、狙った景品の難易度が少し高いから仕方ないかも。


「うわ、一発目から倒してるし」

「高梨くんと橘くん、本当に上手なんだね…」

「そのようですね。ちょっとドキドキしてきました」


 何となく沙羅さんの反応が気になったので、チラリとそちらへ視線を向けてみる。

 そこには嬉しそうに笑顔を浮かべ、俺に向かってエア拍手をしてくれている沙羅さんの姿。

 そして隣の花子さんは、俺が見ていることを気付いて相変わらずのサムズアップ。


 二人の応援に笑顔で答えると、沙羅さんは小さく手を振ってくれて…ますます気合いが入ってきた!


 俺は景品棚に目を戻すと、直ぐに次のターゲット選定を始める。

 普通であれば手堅い物を選ぶのが定石だけど、雄二も同じようなパターンにしてくるのは間違いない。だからここは、差を狙う意味で、敢えて多少の冒険を加える必要がある。

 そして当然、雄二も同じように考えるだろうから…


 つまり、ここからが本当の勝負。


 ターゲットの選定が、勝敗を決める上で大きなウェイトを占めてくる。

 景品が棚に接地してる部分をチェックしながら、サイズの割りに倒し易そうなやつをピックアップして…


 おや? あれはひょっとして?


 …いや、仮にそうだとしても、あれを狙うのは最終手段だ。

 速人にも影響が出る可能性があるし、今は保留にしておこう。


 という訳で、次に狙う獲物はアレに決めた。

 二足立ちで、比較的倒れ易そうなペンギンの置物。少し大きいが、しっかり頭を狙えば必ず倒せる筈。


「一成、速人、準備はどうだ?」


「大丈夫だよ」


「いつでもいいぞ」


 銃の準備をしながら雄二に返事をして、カウンターに乗り上げてから体勢を作る。さっきの景品は当てるだけで倒れる形だったけど、今回はしっかりと頭を狙う必要があるから…キッチリと場所を固定。


 狙いは…ここだ。


「「「せーの」」」


 バン!! バン!!


 先程と同じように、破裂音と軽い反動が腕に伝わってきて…コルク弾を頭に受けたペンギンの置物は、少しぐらつくような挙動を見せながらパタリと倒れた。


「よっしゃ」


 ふぅ…ちょっとだけ焦ったぞ。

 でもこれで二つ目をゲット出来たから…雄二と速人はどうなったかな?


「よし!!」


「やったね!」


 二人の喜ぶ声を聞きながら、先に景品棚の方を確認してみると…倒れている景品は全部で三つ。つまり、今回は雄二だけじゃなくて、速人も無事に成功させたということ。


 当の速人は、早くも藤堂さんに手を振りながら成果をアピールをしていて、藤堂さんも楽しそうに手を振り返している。


「…えっ、何、何なのあの子!?」

「…生徒会の子だよね!?」

「…ちょ、速人くんと、どういう関係!?」


 そして、速人に黄色い声援を上げていた女性陣からは、大きなどよめきが起きているようで。


「沙羅には悪いけど、雄二が勝つから」


「それは無理ですね。今の一成さんは、相手が誰であろうと絶対に負けません」


「この勝負は一成が勝つ」


「…なんか、こっちまで白熱してきましたよ」

「…女の友情なんて、所詮は男…」

「…西川さん、その目は怖いから止めて下さい」


「はい、次で最後だからね~」


 現時点での成績は、数も大きさも、恐らくだけど互角。

 これは予想していた展開でもあるが、やっぱり三発勝負では決着がつかないかもしれない。

 それに俺も雄二も、お互い必要な物はゲットしている訳で…これ以上ムキなる必要があるのか? という疑問がそもそもある。


 でも…

 それでも…


 俺は負けられないんだ。


 これはもう、厳密に言えば沙羅さんの為とは言えないのかもしれない。

 でも、例えそうだとしても、俺は沙羅さんに応援して貰ったんだ。沙羅さんが後ろで見ているんだ。俺が頑張る理由なんて、それだけで十分だから。


 だからこそ、俺は勝つ。

 絶対に負けられない。


「一成、雄二、俺はここで抜けるよ。余計な水は差さないから、決着をつけて」

 

 自分の目的を達成した速人が気を使ってくれたようで、図らずも俺と雄二の一騎討ちになってしまった。ちょっと申し訳ない気持ちもあるが、これについては後で改めてお礼を伝えることにしよう。


 でもそれはそれとして…


 これで、俺が遠慮をする唯一の理由が無くなった訳だ。


「決着をつけるぞ、一成」


「そうだな」


 何時に無く真剣な様子の雄二に返事をすると、俺達は最後の準備を始める。


 レバーを引き、弾を詰めて…

 そして俺は、最後に振り返る。


 そこには、目を閉じて両手を合わせ、祈るようなポーズを見せている夏海先輩と花子さんが居て。


 でも、沙羅さんだけは、真っ直ぐに俺を見つめていた。


 俺の勝利を確信している。

 だから祈る必要なんか無い。


 沙羅さんの目が、そう言っているような気がして。


 そして、俺にとっての勝利の女神が優しく微笑んでくれたから…


 この勝負は、俺が勝つんだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 9000文字も書いて、まさか終わらないとは…

 しかも書いててちょっと恥ずかしい(ぉ

 遊びで真剣になり過ぎだという突っ込みは無しにして下さいw


 次回はこの決着と…伝統芸?w


 あと、次に向かうお店(?)では、少し趣向を変えて、第三者視点(モブ視点)やってみようかなと思ってます。

 あくまでも予定ですがw


 ではまた次回~


 P.S. 前回、モブの声に関するコメントありがとうございました~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る