第189話 次のイベント

「おはよう、二人とも!」


「おはようございます夏海先輩!」


「おはようございます」


今日から二年生も授業再開ということで、これまで通りにコンビニで待ち合わせている夏海先輩と合流する。

修学旅行を含めて一週間以上会っていなかったのだが、特に変わりはない様で何よりだ。


「ん〜? 私がどうかした?」


「いえ、久し振りな気がしたんで…お元気そうで何よりです。」


「ぷっ…何それ? でも久し振りになるのかな? 私はそんな感じがしないんだけどね。」


「まぁ一週間ちょっとですから、大袈裟でしたかね?」


「そういう意味じゃないんだけどね〜。ま、高梨くんは頑張って!」


「は、はぁ?」


頑張るって、まぁバイトはあともう少しだけどな。

妙にニヤニヤと俺を見てくるので、何かあるのかと勘ぐってしまいそうだ。


「では、学校へ向かいましょうか。」


「そだね。あ〜あ、今日からまた学校かぁ。楽しみにしてた修学旅行も気が付けば終わっちゃったし…」


「次のイベントって何でしたっけ?」


「そうですね、近いところですと、学園祭でしょうか。」


そうか、高校には学園祭があるのか!

中学時代にはなかったイベントであり、高校ならではの楽しみが待っているのだ。

今のクラスであればきっと楽しむこともできるだろうし、沙羅さんと一緒に楽しめたら言うことはない!


「そうなのよ、私にはまだ学祭がある! そろそろ出し物とか決める時期だよね?」


「はい、なので生徒会が忙しくなります。一成さんも、ご協力お願い致しますね。」


「勿論です。沙羅さんのサポートが俺の仕事ですから!」


「ふふ…大変なお仕事でも、一成さんがお側にいて下されば私は頑張れます」


沙羅さんは嬉しそうに笑っている。

俺としてもそう言って貰えると、生徒会に入った意味があるというものだ。


「はいはい、ご馳走さま。そういや今年こそミスコンに出るのかしら?」


「ミスコンですか?」


大学でミスコンはよく聞くが、高校ではあまり聞いたことがないな。


「伝統って言うと大袈裟だけど、ウチの学祭にはかなり昔からミスコンがあるのよ。もう一つ言うと、生徒会から最低一人はエントリーされて出場するのが通例なんだけどね」


「へぇ、そうなんですか。」


「去年、沙羅は優勝候補だって騒がれてエントリーまでされてたんだけどね。あっさりと無視して当日も普通に生徒会の仕事してたのよ。勝手にやってろと言わんばかりに…」


「当たり前です。エントリーも勝手にされただけですし、そんなものに出る暇があれば一人で巡回でもしていた方がマシです。」


まぁ…沙羅さんならそう言うだろうな。

でもミスコンかぁ…沙羅さんなら絶対に優勝だろうけど、見せ物にされているみたいで俺としても面白くない。そうなると出場して欲しくないような…でも晴れ姿をみたいような。


「とまぁこんな感じでね。出る出ないは沙羅の自由だと私も思うけど、今回は立場があるし、副会長が二回目も無視するとなると流石に何かしら言われるかもね…」


「はぁ…それを言われると何とも。ですが、エントリーされると決まった訳では…」


「されないと思うの?」


どういうシステムになっているのかは知らないが、勝手にエントリーされてしまうのは生徒会メンバーだからなのだろうか?

イマイチよくわからないやり方だな。


「勝手にエントリーって、そんなのいいんですか?」


「あ、言い方が悪かったかな。実行委員会の招待枠なのよ。事前審査なしで本選出場ってね。沙羅の場合はそれプラス通例の生徒会枠ってことで、二重の意味で要請がかかるのよね。」


「なるほど…まぁ沙羅さんが出たら絶対に盛り上がるだろうしなぁ。それで優勝ってなるのは間違いないだろうし。」


招待枠か。

沙羅さんならそれが来ても不思議でも何でもないとは思うけど…


「あら、ウチの学校は他にも結構いるでしょ?」


「え、そうなんですか?」


沙羅さんに匹敵するような人がそんなにいるか?

…よく考えたら、俺はそういう男子的なトークをした覚えが殆ど無い。先輩の誰が美人とか、同級生の誰が可愛いとか、一般的な男子がやるような話題は、最近になって初めて少ししたくらいだ。

どちらにしても、俺は沙羅さん以外にそういう興味を持ったことがないからな…


「……それ本気で聞いてる…よね? 興味ない?」


「今思い返してみたんですけど、俺は最初から沙羅さんしか…」


ぽふっ


俺の右腕に寄り添うように身体を預けてくるのは、もちろん沙羅さんだ。

視線をそちらに向けると、少し朱くなった頬に笑顔を浮かべ、俺を真っ直ぐ見つめていた。


「一成さん…嬉しい…」


一言、短いたった一言の言葉に全ての思いが込められている。そう感じさせる程の、感情が籠った一言だった。


「私には一成さんだけです、あなたがいて下されば私は…」


「俺もです。沙羅さんがいてくれれば俺は他に何も…」


「……また始まったか。修学旅行を挟んだお陰で久し振りに見えるわね。ほら、いつまでもイチャついてないで、さっさと行くわよ!」


夏海先輩の声で現実に戻された…


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現在花壇には五人の人影がある。

沙羅さんと夏海先輩と俺はいつも通り。そこに速人と藤堂さんが加わっているのだ。


二人は沙羅さんがいない間、毎日俺を気にかけてくれていた。花壇で過ごす時間もその一貫だったが、藤堂さんはそれが楽しくなってしまったらしい。

昼休みになって俺の元を訪れた二人に少し驚いたが


「あのね、たまにでいいから、私達もお昼ご飯を一緒に…」


別に断る理由もないし、この二人なら沙羅さんも大丈夫だろうと判断して連れてきた。

一応、沙羅さんには教室を出る前にRAINで連絡してあったから、驚かれることはなかったけど。


余談だが、沙羅さんも夏海先輩も歓迎してくれたことで、俺も少しほっとした…


「お二人にはお礼を…私が不在の間、一成さんを気にかけて下さってありがとうございました。」


沙羅さんが丁寧におじきをすると、二人はかなり戸惑った様子を見せる。

まぁそうだろうな…


「さ、薩川先輩、止めて下さい! お礼を言われるようなことじゃないです!」


「横川くんの言う通りです! 高梨くんはお友達なんですから。でも、薩川先輩からそう言って貰えることは嬉しいです。」


沙羅さんから畏まったお礼を言われてしまい、恐縮した返事を返した二人だったが、さすがの藤堂さんはオマケの一言を追加してきた。


「高梨くんのことで薩川先輩からお礼を言われると不思議な感じですね。なんだか二人は夫婦みたいです。いいなぁ…」


「え!?」


「あ、その…私は…」


このとき、多分俺も沙羅さんも同じくらい朱くなっていたと思う。少し沙羅さんを見ると、同じようにこちらを見ていた様で目が合ってしまった。

すると沙羅さんは恥ずかしそうに目を逸らすと、少しモジモジしたように身体を揺らし始める。そんな仕草を見てしまうと俺まで照れ臭くなってしまう訳で。


「藤堂さん、バカップルに餌を与えない」


「ご、ごめんなさい、夕月先輩」


「ま、まぁまぁ、この二人は今更だと思うんで。」


速人…それはフォローになってないぞ。


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「はい、あーん」


ぱくっ…

もぐもぐ


「如何ですか、一成さん?」


「最高です!」


こうして沙羅さんのお弁当を食べていると、日常の学校生活が戻ってきたことを、ますます自覚できて嬉しいな。


「…っていう訳なのよ。」


「へぇ〜。ミスコンの話しは聞いたことありましたけど、そんな裏話もあるんですねぇ。」


「俺もそこまでは知りませんでした。そうなると、実行委員会としては薩川先輩に絶対に出て欲しいでしょうね。」


三人は俺達をスルーして、俺も今朝聞いた話しをしていた。沙羅さんは聞いているのかいないのか分からないが、お弁当を食べる俺を幸せそうに見ている。


「ねぇ沙羅、取りあえず出場して、適当に終わらせればいいんじゃない?」


「あーん…。まぁ…その時が来たら考えますよ。気乗りしませんが…」


「もぐもぐ…ゴクン。あの、嫌なら無理に出なくてもいいんじゃないですか? 強引にくるようなら、俺が…」


もし沙羅さんが嫌なのに強制で出なければならないようなら、そんなものは俺が潰してもいい。それで周りから恨まれても、沙羅さんさえ側にいてくれるなら俺はそれだけでいいからな


そんなことを考えていた俺の頬に、優しさを感じる手のひらが添えられる。


「一成さん、ありがとうございます。私の為に怒って下さって本当に嬉しいです。大丈夫ですから、落ち着いて下さいね…」


俺と目線を合わせて微笑む沙羅さんの顔を見ていると、憤りを感じていた自分の高ぶる感情が、引き波の如く急速に落ち着いていくのがわかる。


「興味がないのは事実です。ただ、私も副会長として学園祭をより楽しくしたいと思う気持ちも確かにあるのです。それに学園祭が楽しくなれば、それは一成さんとの思い出に花を添えてくれますから。」


「沙羅さん…」



「…結局そこにたどり着くのよね」

「…薩川先輩の行動って、関係なさそうな話でもやっぱり最終的には高梨くんなんですね」

「…まぁ、あの二人はどうしても考えがそうなるだろうね。相手の幸せが自分の幸せって感じだから。」


さすがに友人達は理解してくれているな。

褒められている訳ではなさそうだけど。


「そうそう、沙羅、今日の放課後は忘れずに付き合ってね。」


夏海先輩が俺を見て、思い出したように沙羅さんに確認をとる。

もちろん、これは俺が依頼したことだからだ。


「はい、わかっていますよ。申し訳ございません一成さん、本日は少し遅くなってしまうかもしれません。」


「いや、俺も速人と出かける予定が出来たんで大丈夫ですよ。」


「すみません薩川先輩、一成をお借ります。」


速人も俺と口裏を合わせてくれる。

今日の放課後は、遂にロケットペンダントを注文しに行くのだ。

俺のこれまでの人生で間違いなく最大のプレゼント、恋人に送る初めてのプレゼント。予算は十分ある、時間も大丈夫だ。

皆との打ち合わせもしてあるし、ここまでくれば計画に失敗はないはず。


「お友達との時間も大切ですから、楽しんできて下さいね。」


チクリ…


沙羅さんの笑顔に少し痛みを感じる。

喜んで欲しいと思って始めた計画だが、必要だとはいえ嘘を重ねていることは事実なのだ。

沙羅さんに嘘はつかないと約束したことはもちろん忘れていないし、これは後ろめたい嘘ではないからと自分に言い聞かせている。


「はい、沙羅さんも楽しんできて下さいね」


沙羅さんの誕生日まであと少し。

終わったら全て話そう。それまでは…

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