第190話 心配な沙羅さん

「ありがとうございます。もし入れる写真が決まっておりましたら、当日にお持ち下さい。写真をセットしてからラッピングすることもできますので。」


「はい、じゃあ宜しくお願いします。」


デザインの指定も支払いも終わり、店員さんと冷静に挨拶をしながらも内心はドキドキしていた。

なぜって、今まで使ったことのない金額だったからだ。予定通りの値段であり予算も足りているのだから問題はなかったが、改めて言われてしまうとその数字に少しビビってしまった。

でも政臣さんから頂いた給料で賄えたのは本当にありがたい。

残ったお金と酒屋でのバイト代を足せば、当日のデート費用も大丈夫だし、クリスマスにも少し回せると思う。


店を出ようとしたところで速人を探すと、店内のテーブルに置かれた既製品のロケットペンダントを眺めているようだ。

俺が終わったことに気付いたようでこちらに近付いてきた。


「お待たせ。何か見たいなら見ててもいいぞ?」


「いや、適当に見てただけだから大丈夫だよ。薩川先輩が一成の帰りを待っているだろうし、早く帰ろうか。」


「悪ぃ…今度埋め合わせするわ」


「このくらい何でもないよ。でもそうだな、俺がプレゼントを探すときは先達にアドバイスを貰おうかな。」


「いや、そもそも今回だって速人のアドバイスだろうが…」


実際、俺一人だったら思い付かなかったプレゼントだ。それだけでも速人に感謝なのに…


「かなり色々な条件があったのに、それを全てクリアして本当にやり遂げるなんて素直に尊敬するよ。俺だったら絶対に無理だったと思う。」


「まさお…沙羅さんのお父さんが助けてくれなかったら俺も無理だったよ。」


「でもそれは、一成が過去に良いことをして、それが巡った結果だろう? ならやっぱり一成の実力なんだよ。」


速人はお世辞でも何でもなく、心からそう思ってくれているようだ。

面と向かって言われると照れ臭いが、速人はそういう男だからな。


「あ、帰りにコンビニ寄らせてくれ。」


「いいよ。あぁそうか、デートのあれかな?」


あれ、とは…まぁチケットのことなんだけど。

最近話題になっている水族館を、今度のデート先にするつもりだった。

決して近くはないが電車で一時間くらいの距離だし、夕方まで帰れないことを考えたら丁度いいくらいだ。


ちなみに当日のスケジュールはこうだ。


朝から出かけて沙羅さんと水族館デート、その間に皆が俺の家でパーティーの準備をしてくれる。デート帰りに誕生日プレゼントを渡す。最後は家に入った瞬間に…


という計画だ。

ベタ? 王道だと言ってくれ。


「大盤振る舞いだね」


「その為にバイトしたからな。出し惜しみはしないさ。」


「本当に尊敬するよ…」


速人の苦笑を受けながらも、俺は早くも沙羅さんの喜ぶ姿を想像して、ニヤけが止まらなかった。


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学校の帰り道とは反対側の通りに、新しく出来たカフェがある。

カフェ巡りが趣味の私としては早めに調査したいと考えていたけど、修学旅行を挟んだこともあって、やっと来る機会に恵まれたのだ。

ショッピングモールに向かう高梨くん達とは真反対側だから、場所的にもちょうどいい。


「んー、美味しいぃ」


私はケーキセットを注文したが、沙羅はドリンクだけだった。


「少し食べる?」


「いえ、私は大丈夫ですよ。」


そう言ってまた一口、紅茶のティーカップに口をつける沙羅の視線は、何かを見ているようで何も見ていない。焦点が合っていないような…そんな感じがするものだった。

それは何かを考えている…悩んでいる? ようにも見えたのだ。


「どうしたの沙羅? 何か気になることでもあるの?」


気になって取りあえず聞いてみたが、仮に沙羅が悩んでいたり考えていたとしても、それは十中八九、高梨くんのことだと思うけどね。


「いえ…そうですね、少しだけ話を聞いて欲しいですね。」


「相談なら乗るよ。高梨くんのことでしょ?」


私の言葉を聞いた沙羅が、きょとんと少し驚いた表情を見せた。


「…よく分かりましたね?」


「何で分らないと思ったのか。」


「?」


こういうところは天然よねぇ。

まぁ、お話を聞いてあげましょうか。

タイミング的に、少しだけ嫌な予感がするけど。


「ご推察の通り、お話は一成さんのことです。修学旅行中に、お疲れの様子があると話したことは覚えていますか?」


「あぁ、私達はわからなかったけど〜って話したときのことよね?」


「はい。もともと修学旅行前から、一成さんは寝不足のご様子でした。修学旅行中の際には疲れが見えて、今朝も普段の時間に起きることができないご様子でした。」


「なるほどねぇ。」


理由に心当たりが有りすぎて返事に困るわね。

そして起きる時間まで把握してるとか、沙羅ってば高梨くんの家に何時から行ってるのかしら…


「洗濯物の中に明らかに汚れの違うシャツがあったり、一成さんの肩まわりや腕が急に引き締まっていたり…他にも少し気になることが…」


それは多分、藤堂さんのお祖父さんがやってる酒屋さんのアルバイトかもしれないわね。

力仕事っぽいし。

さて、どうしたものか…


「最初は、何かスポーツを始めたのではないかと思ったのです。ですが、それならすぐに教えて頂けると思うので…他に思い当たることもありませんし…」


沙羅が視線を落とすと、少しだけ悲しそうな表情を見せた。なるほど、確かにその線で勘違いすることもできるかな。

でも教える訳にはいかないし…


「高梨くんなら、必ず教えてくれると思うけどね」


「わかっています。その点については心配していません。ただ…」


「心配なんだよね?」


「……はい。無理をされているように見えますので」


私は沙羅の少し悲しそうな表情に、本当のことを伝えたい気持ちをぐっと我慢した。

喜んで欲しいだけなのに、その秘密が悲しい思いを与えてしまう。

悩ましいわね…本当に。


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木曜日


修学旅行の余韻も抜けて、来週からはいよいよ生徒会での活動も再開となります。学園祭が近付いて来ているので、忙しくなりますね。


朝の支度を済ませて、いつもの時間に家を出ます。

朝の空気は涼しくなり始め、夏の面影を感じなくなってきました。このまま冬に向かって寒くなっていくのでしょう。


そろそろ一成さんのマフラーや手袋の準備を始めた方がいいかもしれませんね。


せっかくなのでペアで編んでも宜しいでしょうか?

一成さんとお揃いで…それとも、以前何かで見ましたが長いマフラーを編んで二人で一緒に?

どちらが宜しいでしようか…悩ましいです。でもそれは、とても幸せな悩みであると自分でも思いますけど。


そんなことを考えながら歩いていたせいか、あっという間に一成さんのお家に着いてしまいました。

合鍵をバッグから取り出してドアを開けると、まずは心の中で挨拶をします。


おはようございます、一成さん。


まだ眠っている一成さんの寝顔を見ながら、起こしてしまわないように少しだけ頭を撫でて…ふふ、本当に可愛いらしいです。

この愛らしい一成さんの寝顔を見ることが出来るのは私だけなんです…そう考えると誇らしい気持ちと共に、自分が一成さんの特別な存在であるということの幸せを実感するのです。


はい、これで今日一日の元気を充電しましたので、張り切って朝食とお弁当の準備をしましょう。

一成さんは最近お疲れのご様子なので、栄養のつく献立にしましょうか。

今の私に出来ることはそのくらいなので…

無理だけはなさらないで下さいね、一成さん。


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……さん、一成さん


柔らかく、優しい声音。それに惹かれるように、沈んでいた意識が浮かび上がる。


「……おはようございます」


「はい、おはようございます。一成さん、そろそろ起きて下さいね」


スマホの時計を確認すると、まだ焦る時間ではないがいつもの時間はとうに過ぎていた。起き抜けの鈍い頭を少し回転させてみると、昨夜のことを少し思い出してくる。


そうだった、昨日はバイト先から連絡があって急遽仕事に入ったんだ。

実際のところ、政臣さんのお陰でプレゼントの目標金額はクリアできたので、そういう意味では無理をする必要はない。だけど、誕生日当日はデートを計画している上に、この先に備えて少しでも蓄えはあった方がいい思う。

それならば、せっかくの機会だし可能な限りは働いておきたいのだ。


「……一成さん?」


「あ、すみません、起きます」


考え事をしていたせいで、まだ寝ぼけてボーっとしていたようにも見えたのだろう。

沙羅さんに再び声をかけられて意識がハッキリした。

ベッドから立ち上がろうと、無意識に右手をついたところで痛みが走る


「っ……」


やっちまった!

昨日の夜にかなりの痛みが出ていたことを忘れて、思わず普通に手をついてしまった。

焦って沙羅さんを見ると…良かった、タンスから俺のシャツを出している最中で、こちらを見ていない。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


早く起きないと沙羅さんに迷惑をかけてしまう。

平静を装いシャツを左手で受け取りベッドから起き上がると、顔を洗い着替えを済ます。

食事の時も、なるべく痛みを感じないように気を付けながら箸を使わないとな…


沙羅さんの誕生日まで今日を入れてあと四日、そろそろ当日の話を少ししておこうか。朝食を食べ終わり少しまったりしている時間で、曖昧にしてあった日曜日の話をすることにした。


「沙羅さん、前に言った日曜日の件ですが…」


「はい、もちろんスケジュールは空けておりますが」


沙羅さんには予定を開けておいて欲しいとだけ告げてあった。週末も基本的に一緒にいることが多いが、必ずという訳ではないからだ。

カバンから封筒を取り出すと、中に入っているチケットをテーブルに並べて沙羅さんに見せる。


「あの、これは…」


沙羅さんが手に取って、チケットに書かれた文字を読んでからおずおずと俺に問いかけてくる。口許がむずむずしているあたり、喜びたい気持ちを押し込めているのがよくわかる表情だった。

沙羅さんだって自分の誕生日はわかっているだろうから、その日を俺が押さえてチケットが二枚となれば当然予想はつくだろう。

それでも俺が言うのを待っているのだ。


「沙羅さん、日曜日に俺とデートして下さい。少し遠いので朝からになりますが」


「は、はい!! 嬉しいです!!」


我慢していたこともあり、一気に花が咲いたような満面の笑顔になる沙羅さん。

こんなに喜んで貰えると、頑張ってアルバイトをした甲斐があるというものだ。

これでプレゼントを渡したら、どれだけ喜んで貰えるかと思うと今から本当に楽しみだな。


「うふふふ、当日はいっぱいお弁当をお作りしますね。あ、一成さんから頂いた帽子のお手入れもしませんと…他には何か必要なものが…」


まだ数日はあるというのに、まるで明日行くのかと言わんばかりのはしゃぎ様に、俺も自然と頬が緩んでしまう。


「一成さんの服も、私に選ばせて下さいね!」


この日の沙羅さんはずっと嬉しそうにしていて、それを見ている俺まで幸せな気分だった。

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