第281話 プロポーズリング
四人で適当な雑談をしていると、車がどこかの駐車場に入った。
窓から外を確認すると、目に飛び込んできたのは落ち着いた雰囲気のシックな建物。
ここが目的のお店なんだろうけど、俺の想像とはちょっと感じが違うな。
もっと派手で大きなお店を想像していたんだが…いや、案外こういう独特な雰囲気のお店の方が、隠れた名店って感じでセレブ御用達なのかもしれない。
まぁ…入り難そうって意味では変わらないけど。
「うわ…これはまた随分と凄そうな」
「何か…俺達が入っていい店なのか、これは?」
車から降りた二人が、俺と似たような感想を漏らす。
確かに俺達のような高校生が…と言うより、もう一般人が気軽に入れそうな店には見えないよな、これ。
「大丈夫ですよ。見た目どうあれ、普通にお店ですから」
「いや、それはまぁそうなんですけど…」
「後学の為とは言ったものの、正直に言って縁は無さそうだ…」
「でも、プレゼントの参考にはなるんじゃないかな…一応」
後学か…
確かに、俺は婚約しているという意味では、少なからず勉強になるんじゃないかと思う。将来的にはもっとしっかりとした婚約指輪を沙羅さんに贈りたいと思っているし、その先には結婚指輪もあるから…って、いくらなんでも気が早すぎるか。
「さぁ、ここで雑談をしていると、お店の方が待ちくたびれてしまうので、早く入りましょうか?」
西川さんの言葉で店内へ目を向けると、窓ガラス越しに数人の店員らしき人影がこちらを向いていることに気付く。加えて入り口の自動ドアの向こうでは、既に俺達の入店待ちをしているらしき店員までいて 、しかも全員ピッシリと直立…これは、ますます緊張してきたぞ
……………
「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」
「「「いらっしゃいませ」」」
西川さんを先頭に店内へ入ると、先ずは入り口付近で待機していた店内さんが挨拶と共に深くお辞儀をしてくれた。それに合わせて、他の店員さんも綺麗に揃ったお辞儀をしてくれる。
ざっと店内を見回してみると、指輪に限らずネックレスや髪飾り…ティアラって言うのか?
見るからに豪華そうな物が、壁の棚にまでズラリと並べられていて、今まで見たことも無いような物まで…って、おいおい…凄すぎだろこの店。
しかも店先には「貸切り」と書かれた看板が出ていたし、いくら西川さんが居るとはいえ、俺の買い物内容を考えたら不安しかない。
雄二と速人も俺と同じようなことを考えているようで、緊張しているからかずっと顔が強張ったままだ。
「西川様、本日はご来店誠にありがとうございます」
店の奥から、年配の店員さんが笑顔と共にやってくる。ダンディを絵に描いたような見た目で、物腰の落ち着いた如何にも紳士と言った感じの店員さんだ。
明らかに店長とかそういったクラスの人だろう。
「あら、鈴原さんは出張中だと聞いていましたのに?」
「いえいえ、西川様がいらっしゃるのに、責任者の私が不在など有り得ません。それに、本日のお客様は、是非とも私自らご挨拶をさせて頂きたいと思いまして」
「ふふ、確かに、そういう意味では重要なことかもしれませんね?」
「それはもう。ですから、本日は総出でお出迎えさせて頂きました」
「ですが、分かっていますね?」
「はい。ご安心下さい。決して、余計なことは申しませんので」
うーん…何と言うか、会話が凄い。
こんな雰囲気の中でも、西川さんの対応には余裕すら感じられて実に頼もしい。ホントにこれがあのポンコ…じゃない、流石は超巨大企業の社長令嬢といったところだ。文字通りレベルが違いすぎる。
俺達なんか、身の振り方が判らなくてオロオロしてるってのに。
実はこっそり近くのショーケースに目を向けて見たんだけど…ゼロがいくつ並んでるんだよ、あの指輪。
本当にこんな凄い店で俺の目的が達成できるのか?
予算を言ったら鼻で笑われそう…
「高梨様?」
「は、はいっ!?」
いきなり呼び掛けられて、思わず声が上擦ってしまう。
だって仕方ないだろ?
只でさえ場違い感全開で緊張してるのに、このタイミングで俺に声が掛かるとは思ってもいなかったんだから。
「お初にお目にかかります。私、当ジュエリーショップのオーナーを勤めております、鈴原と申します。本日はようこそお越し下さいました。お会いできて、誠に光栄でございます」
背筋までキッチリと伸ばし、物凄く丁寧なお辞儀で挨拶をしてくれる鈴原さん。やっぱり責任者の人だったか…イメージ通りだ。
でもこれって俺も同じように挨拶を返した方がいいのか? いや、俺は一応客だから、そこまで返すのは変か?
そんなことを考えていると、鈴原さんが何かを差し出してくる。名刺だよなこれ?
「ご、ご丁寧にありがとうございます。それと、すみません、俺…じゃない、私は、まだ名刺を持っていないので…」
「いえいえ、どうぞお気に為さらず。先ずは私よりご挨拶をさせて頂けただけでも、大変嬉しく存じます。今後とも、どうぞ宜しくお願い致します」
「は、はい。こちらこそ、宜しくお願い致します」
応対としては、取り敢えずこんな感じでどうだろか?
取り敢えず無難な応対は出来たと思うんだけど…もし沙羅さんがこの場にいてくれたら、いい子いい子して褒めてくれるんじゃないかと思ったり。
「西川様より伺っておりますが、本日はご婚約者様への贈り物をお探しとのことで?」
「あ、はい。それで…その、すみません。実は今回は、まだそれ程の物を購入する予定じゃ無くてですね…上手く言えないんですけど、本番前の約束というか、しっかりした物は将来働いてから正式に贈りたいって考えてまして…」
困ったぞ…上手く説明できない。
今回は予算的なこともあるし、そもそも正式な婚約指輪は、俺が就職してキッチリと稼いだ上でしっかりとした物を贈りたいと思ってる。
だから今回のこれは、正式な婚約指輪じゃなくて、その前段階というか、今の俺として贈れる物というか…
うー、もどかしい。
「成る程。今のお話で、高梨様が求めていらっしゃる指輪の意味はしっかりと把握させて頂きました。ご安心ください」
「えっ、そ、そうですか? それなら良かったです」
「はい。一応ご確認させて頂きますが、指輪をお贈りになるご婚約者様は、薩川様で宜しいでしょうか?」
「は、はい。そうです。薩川沙羅さんです」
「おおお、それはそれは…この度は誠におめでとうございます!!」
沙羅さんの名前を聞いて、鈴原さんが一際朗らかな笑顔を浮かべた。他の店員さん達も少しだけ驚き声を漏らしたような気もするし、これはひょっとして…
「あ、ありがとうございます。ところで、沙羅さんを知っているんですか?」
「勿論でございます。何度かお目にかからせて頂いたこともございますよ。それにしても、薩川様のお嬢様とご婚約とは…本当におめでたいお話でございますな」
成る程、顔見知りなのか。それでさっきの反応と…納得。
まぁ政臣さんは「あの」佐波の専務だし、西川さんと繋がりのある業界の人なら知っていても不思議はないか。
でも、身内じゃない人からこんな風に言われたことは無いし、ここまで祝福して貰えると嬉しいと言うか、少しくすぐったいな。
「ど、どうも。それでですね…」
「はい、大まかなことにつきましては、西川様より伺っております。既に資料は揃えておりますので、店内の商品などもご覧頂きながら、ご納得頂けるまで私が誠心誠意ご対応させて頂きます」
「えっ!? いや、そこまでの物を購入できる訳じゃないので、もし何なら西川さんを」
そう言ってくれるのは勿論ありがたいけど、今回購入する指輪は本当にそこまでの物じゃない。そもそも予算からして正式な物が買える訳じゃないし、それが分かっていてここまで厚遇されてしまうと、逆にこっちが恐縮してしまう。
絶対に西川さんの対応を優先させた方がいいと思うんだけど。
「私のことならお気に為さらず。今回は相談という訳じゃありませんから大丈夫ですよ。鈴原さん、私の大切な親友が初めて選ぶ指輪ですからね。是非、宜しくお願い致します」
「お任せ下さい。これ程の光栄なお役目を頂けました以上、私のプライドに掛けて良い物をご提案させて頂きます」
ちょっと、何なんだこれ?
俺の気持ちに反して、どんどん話が大きくなってないか?
そこまで言われてしまうと、こっちが困ってしまうんだけど…何十万、何百万もするような物を買う訳じゃないんだぞ?
「ご友人の皆様も、担当者をお付け致しますので、どうぞご自由に店内をご覧になって下さい。もし何かありましたら、お気軽にご相談下さいね」
「えええっ!?」
「い、いや、俺達は単なる付き添いだから!?」
「いえいえ、ご覧頂けるだけで十分でございますよ。決して購入を促すような真似は致しませんので、どうぞご安心下さい」
「は、はぁ…」
「そ、それなら、まぁ…」
二人も、まさかここまで大袈裟になるなんて思ってなかっただろうな。単に俺の付き添いで来てくれただけなのに、二人には悪いことをしてしまった。
担当者まで付けられて、落ち着いて見ることなんか出来ないだろう…って、俺はもっと大袈裟なことになってるから、人のことを言ってる場合じゃないか。
「高梨さん、私は自分の所用を済ませて来ますから、じっくりと検討して下さいね。鈴原さんはプロ中のプロですから、どんどん相談してあげて下さい」
「りょ、了解です」
「はい、どんな些細なことでも、何なりとご相談下さい。全力でサポートさせて頂きます」
鈴原さんの気合いの入り様が、これまた俺のプレッシャーを増幅させていく。
本当に…本当に大丈夫なんだよな、これ?
……………
………
…
「えっと、先にお話をしておきたいんですけど…」
相談するに当たり、まず最初に今日の予算をぶっちゃけてみた。
表だって笑われることはないとしても、ここまで大袈裟な話しになった以上、かなりガッカリされるんじゃないかとは思ったんだけど…
でも鈴原さん曰く
「お金を出せば良い物が買えると言うのではなく、お客様のご要望に寄り添った上で、最善の物をご用意することが私の使命でございます」
とのことだった。
本音かどうかは分からないけど、そう言って貰えたのは素直に助かる。
「高梨様のご要望から判断しますと、今回は婚約指輪ではなく、プロポーズリングをお勧めさせて頂きます」
「プロポーズリング?」
「はい。プロミスリングとも申します。簡単にご説明致しますと、婚約指輪の一つ前とお考え下さい」
「そんなのがあるんですね?」
これは流石に初耳だ。でもその説明だけでも、俺が求めている条件には合っているような気がする。正式な婚約指輪を後にする意味で、一つ手前という話もピッタリだ。
「お客様次第ではございますが、この指輪を仮の婚約指輪として、後日改めてオーダーメイドで作り直すお客様もいらっしゃいます。今回の高梨様のご要望と条件から考えますと、これを一番お勧めさせて頂きます」
そう言いながら、鈴原さんが用意されていた資料を俺に見せてくれた。値段的な話も聞いてみたが、全て予算内に収まるから安心して欲しいとのことだ。
「成る程…わかりました。確かにこれがいいと俺も思います」
「ありがとうございます。それでは、プロポーズリングを軸として、お選び頂く形にさせて頂きますね」
良かった、これで取り敢えずは何とかなる算段が付きそうだ。最も、ここから絞り込むのがまた大変そうだけど…
……………
資料とショーケース内の実物を見比べながら、鈴原さんの説明を聞いて候補を絞り込んでいく。と言っても、実は沙羅さんのことを思い浮かべながら指輪を見ていたら、案外絞り込むのは早かったりして。
「ここまでしっかりと選定されるとは…これも、高梨様のお気持ちの強さ故でしょうな」
「はい、俺もそう思います」
本来なら謙遜するシーンなんだろうけど、俺は沙羅さんへの気持ちだけは胸を張って言いたい。身内なら照れ臭くて冗談っぽくなってしまうかもしれないけど、第三者が相手なら尚更だ。
「成る程…まだお若いのに、そこまでの想いを持たれていらっしゃるのですね。流石は薩川様のお嬢様が見初められたお方でいらっしゃいます…私も、年甲斐もなく感動させて頂きました」
ここまでの間もそうだったけど、鈴原さんはこうして、事あるごとに俺を持ち上げようとしてくる。勿論これがリップサービスなのは分かっているけど、わざとらしさは無いし、あくまでも自然な感じで褒めてくれるから素直に嬉しかったり。
「ふふ、それはそうですよ。男嫌いだったあの沙羅が、心底ベタ惚れになってしまった殿方ですからね。それに彼は、私の父からも認められていますし」
「西川さん?」
鈴原さんの話を肯定するように、西川さんが会話に入り込んできた。
というか、西川さんまで話を大袈裟に盛って俺を持ち上げないで欲しいぞ。
「おお、西川社長までお認めになっていらっしゃるのですか? それはそれは…これ程のお方とご縁を頂けて、私も感無量でございます」
あー、やっぱりこうなるのか。
鈴原さんの持ち上げが、ますます大袈裟になったような気がする。
西川さんもこうなると分かってた筈なのに、何でわざわざ煽るようなことを言うかな。
「高梨さん、指輪の方は如何ですか?」
「大体決まりましたよ。鈴原さんのお陰で絞り込みが楽でした。でも、本当にこんな値段で大丈夫なんですか?」
一応、見積もり的なものも出して貰ったけど、確かに俺の希望通り…正確には、予算より若干余裕があるくらいの金額で納まっていた。それはそれで助かるんだけど、これって本当にそんな値段で売っているものなんだろうか?
「勿論でございます。何より、この度のお話で生半可な物をご提案するなど、私の沽券に関わりますので。それに西川様から直々のご紹介も頂いておりますから、私としましても、精一杯の努力をさせて頂く所存です」
それってつまり、西川さんの紹介と鈴原さんのプライドで、限界までサービスをしてくれているって意味だよな?
やっぱりそうか、こんなのどう見ても俺の予算内で収まりそうにないとは思ったんだよ。
納得だ…
「ふふ…相変わらず上手いですねぇ」
「いえいえ、全て私の本心でございます」
「では、そのお言葉に甘えさせて頂きましょう。高梨さん、せっかく鈴原さんがこう言っているので、遠慮しないでいいですよ?」
「りょ、了解です」
何だろうか…大人の会話といった感じなんだけど、意味深すぎて言葉の裏に色々な思惑が込められていそう。ちょっと怖い。
ありがたいのは事実だけど…このまま素直に頷いていいのか悩んでしまう。
「さて、それでは私も、新しいブローチを購入させて頂きましょうか」
「ありがとうございます。後程、ご案内させて頂きますので」
ん、ちょっと待てよ?
さっき西川さんは、今回買い物は無いようなことを言っていた筈だ。それなのにいきなりブローチって…まさかそれって、さっきの話からそういう流れになってしまったってことじゃないのか?
「ちょっと待って下さい、西川さん。それは…」
「高梨さん、これは私がもともと購入する予定だった物です。先程の件は関係ありませんよ。寧ろこのタイミングで買っておくことで、結果的に意味が生まれて一石二鳥ですから」
そうは言っても、やっぱりこれは俺へのサービスに対するお返しなんだろう。
でもここでそれを指摘するのは却って失礼か…折角の厚意を無にすることになってしまうし。それにここで俺が口を挟めば、西川さんの面子を潰してしまうことにもなりかねない。ここは黙って素直に甘えておく方がいいのかな…
「わかりました…ありがとうございます」
「ふふ…お礼を言われるような理由がどこにもありませんね。ですが一応、お気持ちは頂いておきますよ」
今日の西川さんは本当に凄い。
いつもこんな姿を見せられていたら、素直に尊敬対象の人として認識できそうだ。
ポンコツな一面ばかり見ていたけど、本来の西川さんはこっちなのかもしれない…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ということで、今回は完全に買い物回でした。
沙羅さんが不在なの砂糖は無しです(糖尿病対策?w)
次回はこの続きで、お店でのシーンはもうひとネタ(?)あります~
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