第220話 愛しているという言葉

………

今何時だろうか…?

まだ目覚ましの音は聞こえないが、感覚的にそろそろ朝ではないかと思うのだ。とはいえ、まだ身体を動かす気になれないのだが。


昨日は精神的に疲れていたこともあり、布団に入ると約束通りに実行された「沙羅さん抱っこ」であっさりと陥落して(理性が陥落した訳では無い)、数分と保たずに寝てしまったのだ。


…勿体なかったような、いや、これから毎晩なんだよな、大丈夫かな俺…


そして現在、既に意識はそれなりに覚醒した状態にある。顔に当たる柔らかく温かい極上の何かと、後頭部を優しく撫でるお馴染みのコンボで、油断すると俺の意識は二度寝の態勢に入ろうとす…


ピピピ…ピピピ…


無情ともいえる無機質なアラーム音が微かに聞こえ、頭を撫でてくれていた手が離れてしまった。やがてアラームは止まったのだが、沙羅さんが起きようと身動きを始めたことがわかる。


あと五分…


声には出さないが、それをアピールするつもりで目の前にある柔らかさに甘えてみると、再び頭を撫でる手が戻ってきてくれた。

…はぁ…幸せ…


「ふふ…寝起きの一成さんは、本当に甘えたさんです…まだ時間はありますから、もう少しお休みしていて下さいね…」


耳元で甘く甘く囁かれ、心地好さと合わせて再び意識が微睡んでいく。


「……抱っこでしたら、学校でもして差し上げますよ? いつでも仰って下さいね。」


嬉しいが、そんなことをしたら俺は本当にダメ人間になってしまいそうで怖い。

今までも散々やらかしてきた自覚はあるが、慣れてしまうのは良くないよな…うん。


--------------------------------------------------------------------------------


ちゅ………


目を覚ますと、至近距離に沙羅さんの顔があり少しだけ驚いてしまった。

頬にキスをされたことは直ぐにわかったが、綺麗な髪を手で押さえるその仕草に、思わずドキッとしてしまう。


「おはようございます…あなた」


あなた

その呼び方に、昨日のことが夢ではなく現実であったという実感が込み上げてくる。

仮とはいえ、俺達は婚約者になったんだよな…


「どうかなさいましたか?」


俺がボーっとしていることを不思議に思ったのか、首を傾げて問いかけてくる。


「いや、昨日のことは夢じゃないよなって…」


「…はい。私は一成さんより、結婚を前提としたお付き合いを申し込んで頂きました。ですので私も、将来、一成さんの妻になるとお約束致しました。両親も公認ですよ。」


まるで花が咲いたかのような満面の笑みを浮かべる沙羅さんに、昨日のことが全て現実であったと改めて認識する。


婚約…結婚…妻…


それがどういうことなのか厳密には理解できていないとしても、こうして沙羅さんとの幸せな生活が続いていくことが大切であり、今はそれだけを考えておこう。


「沙羅さんとずっと一緒に居られるなら、俺はどんな形でも嬉しいですよ。」


「はい、私もそれは同じ気持ちです。ですが、私はやはり…その、正式に、あなたの妻に…」


そこまで言うと、沙羅さんが真っ赤になって俯いてしまった。

最後の方は小声で聞こえにくかったが、言いたかった言葉はわかるような気がする。


そして、それを想像すると…


朝っぱらから二人で真っ赤になって、俺達は何をやっているのだろうか…


--------------------------------------------------------------------------------


「おっはよーー!!!」


コンビニで合流した夏海先輩は、今まで見たことのないくらいのハイテンションで、沙羅さんも若干引き気味になっていた。


「お、おはようございます、夏海。今日は随分と機嫌がいいみたいですね。」


「夏海先輩、おはようございます。」


挨拶を返すものの、夏海先輩は全力でニヤニヤしながらこちらを眺めており、その視線は俺と沙羅さんを行ったり来たりしている。


「お二人さん、幸せそうで何よりですな~。んふふふ、まさか婚約までするなんてねぇ。高校生で婚約とかどこのラブコメ漫画だっての! あんたら関係が進みすぎでしょ。」


「いえ、その…」


こういうノリでからかわれることに慣れてない沙羅さんは、少し困惑気味で反応に困っていた。


「本当はもっと色々聞きたいんだけど、私だけ先に聞いちゃうと皆に悪いから、今は我慢しておくわ」


意外にもあっさりと引き下がってくれた夏海先輩だが、逆に言えば報告会では色々聞かれるのだろう。というか、一体何を話せと?


「でもこれだけ…沙羅、良かったわね。幸せ?」


「……はい、私は本当に幸せです。夏海、ありがとうございました。」


「うん、それならいいのよ。それじゃ学校に行こうか」


沙羅さんを立ち直らせてくれたのは、夏海先輩と西川さんだ。そしてあの場に沙羅さんが来てくれたお陰で、色々な話がスムーズに進んだと思えば、俺も夏海先輩には改めてお礼を伝えるべきだろうな。


--------------------------------------------------------------------------------


ガラガラガラ…


「おはよー」


「おはよう高梨くん!」

「おーっす、高梨」

「はよー」


最近はこういうことにも馴染んできたのか、教室に入るときに大声で挨拶しても気にならないくらいにはなっていた。

それに、男女問わず挨拶を返してくれるのもありがたい。


そのまま自分の席に向かうと数人の人だかりが出来ており、恐らくは花子さんが囲まれているのだろう。


「あ、おはよう高梨くん!」

「花崎さん、高梨くんが来たよ~」

「お邪魔したら悪いかな…」


「おはよう…」


「おはよう花子さん。昨日は本当にありがとね。」


知らない人が聞いたら不機嫌だと勘違いするような、相変わらずのぶっきらぼうな挨拶だった。

俺は席に座りながら、お礼の一言を加えて挨拶を返すと、意外にも少しだけ微笑みを浮かべてくれた。


「別に大したことはしてない。」


「そんなことはないよ。俺は本当に助かったから。」


「そう。それなら良かった。頑張ったね。」


!?

花子さんが笑ってくれた…

この前もこんな風に笑ってくれたのだが、本当に可愛らしい笑顔だと思う。以前は俺達に対しても殆ど笑顔を見せてくれなかった花子さんだが、少しずつ、いい意味で変わり始めているのかもしれない。


周りの連中も、花子さんの可愛らしい笑顔に目を奪われてしまったようで、頬を朱くしながら絶句しているようだ。よく見れば、こちらを気にしていた男子連中まで、その笑顔に見蕩れるようにポーっとしている。


一方、周りの様子を気にしていない花子さんは、スッと席から立ち上がると俺に少し近付いて…


なでなで…


頭をゆっくりと撫でてくれた。

沙羅さんも俺の頭をよく撫でてくれるのだが、そんなに俺は子供っぽいのだろうか…嬉しいけど。


「…花崎さん、笑うと可愛すぎ…」

「…これ、男子だったらイチコロでしょ」

「…ギャップ萌えだよねぇ」

「…この二人、絶対にラブラブだよ…」


「花子さん?」


なでなで…


「後で、報告を楽しみにしてる」


そう言って笑う花子さんは、まるで本当にお姉ちゃんのように見えたのだった。


--------------------------------------------------------------------------------


キーンコーン…


4時限目が終わり、お昼休みの開始を告げるチャイムが校内に鳴り響く。

今日は途中の休み時間に速人と藤堂さんが来なかったので、以前のような混乱は起こらなかった。もっとも、休み時間の度に花子さんの近くに人だかりが出来る光景は、まだ続いているのだが。


ガラガラガラ…


「「 失礼しま~す 」」


そんなことを考えていたら、噂をすれば何とやら、当人達が揃ってやって来たようだ。


「高梨くん、花子さん、お昼ご飯だよ!」


「二人とも、迎えにきたよ。」


藤堂さんはいつも明るいのだが、今日は輪をかけて明るい様子だった。恐らくはかなり機嫌がいいのだろう。


花子さんに挨拶代わりの軽いハグをするこの光景も、二人がかなり仲良くなっている現れだろう。もっとも藤堂さんは天使なので、誰とでも仲良くなれそうな気はするのだが。


「…おお、今日も天使と幼天使のコラボが」

「…ダチから聞いたんだけど、あの藤堂さんって子、クラスで隠れ人気No.1だってさ」

「…だろうな。どう見ても天使だし。」

「…くっ、横川との関係が気になる!」


……そうか、やはり藤堂さんも人気があるんだな。これは速人も、うかうかしていられないのではないだろうか。


「さぁ、そろそろ行こうか。」


「そうだな。花子さん、藤堂さん、行こうか?」


「うん」


「わかった」


多分周りからは,異色の四人組だと思われているのだろう。相変わらずの好奇な目線で、俺達は注目を集めているようだった。


--------------------------------------------------------------------------------


花壇に着くと、既に準備が出来ているようで、沙羅さんと夏海先輩はベンチに座って俺達を待っているようだった。


夏「お疲れ~」


藤「すみません、お待たせしました~」


速「お疲れ様です。」


花「こんにちは」


皆が口々に挨拶をする中、沙羅さんはスっと立ち上がると、笑顔を浮かべて俺に近付いてくる。


沙「一成さん、お疲れ様です。」


俺「すみません、遅くなりました。」


沙「大丈夫ですよ。さぁ、お昼ご飯に致しましょうね?」


俺の手を引き、シートに誘導する沙羅さん。

いつも俺が座る場所は既にお弁当が並んでおり、バッチリ準備が整っているようだ。


夏「もう~、沙羅ったらますます張り切っちゃって、お弁当箱を置く角度まで気にしてたんだからね?」


沙「ちょ、夏海、それは言わないで下さいと…」


少し焦った様子で夏海先輩を止めに入る沙羅さん。恥ずかしかったのか、少しだけ顔を朱くしていた。


藤「さぁさぁ、お昼ご飯を食べましょう!! 私、早くお二人の話を聞きたいんです!!」


藤堂さんの妙な機嫌の良さは、どうやらそれが理由だったらしい。そんな様子に苦笑を浮かべながら、それぞれが持ってきたお弁当を広げて昼食タイムとなるのだった。


………


藤「それで、その、お二人は婚約したんですよね!?」


全員の食事が落ち着いてきたころ、もう待ちきれないとばかりに話の口火を切った藤堂さん。わくわくしているのが一目でわかるくらいだ。


沙「…はい。まだ一成さんのご両親から正式な許可は頂いていませんが…」


俺「あ、両親と話した限りだと、大丈夫そうな感じでしたよ。」


オカンは元々大丈夫そうだったし、親父も話した限りではほぼオッケーくらいの様子だった。なので、恐らくウチの親は大丈夫だろうと思うのだが。


沙「ふふ…早くお義父様とお義母様にお会いしたいです。特にお義父様とはまだお話をしたこともございませんので…」


俺「親父も沙羅さんに会うのを楽しみにしてるみたいですよ。なるべく情報を与えないでおいて、顔見せ当日に沙羅さんの綺麗さに腰を抜かす姿を想像すると、俺も楽しみです。」


沙「そう言って下さるのは嬉しいですが、お義父様にいたずらをするのは…めっ、ですよ?」


言葉では注意しているが、少しだけ笑顔を見せておでこを人差し指で突っついてくる。怒るときまで俺を悶えさせる沙羅さんは、本当に可愛すぎるよな…


花「…随分と可愛いお説教ね」

速「…いや、あれは単にイチャついてるだけだと…」


藤「お義父様とかお義母様って、薩川先輩ホントに高梨くんと結婚するんですねぇ…身近な人達がもうそんな話になるなんて、凄すぎて実感が湧かないです。」


沙「そうですね、私もまだ夢を見ているのではないかと思うときがあるのですが。」


夏「私なんか、以前の沙羅を見てきたから今でも信じられない気持ちがあるんだけど…」


夏海先輩と西川さんはそうかも知れないな。

最初から優しかった沙羅さんだけど、他のやつには当たりがキツかったのは俺も知ってるし、ずっとあれを見てきた人なら尚更そう思うのだろう。


夏「目障りとか小学生からやり直せとか、男子をあれだけボロクソに言ってた沙羅が、誰よりも早く恋人作ってもう婚約って有り得ないでしょ…」


沙「夏海、一成さんをその他大勢と比べるのはいい加減止めてくれませんか?」


不快さを隠そうともしない沙羅さんが、夏海先輩に注文をつける。

本当に嫌だと感じてくれているその姿が、不謹慎かもしれないが俺は嬉しかった。


夏「ごめんごめん、でもそれだけ驚いてるってことよ。だって、以前の自分を考えたら、沙羅も不思議に思わない?」


沙「……確かに、一成さんと出会う前の自分を考えたら、こうして結婚まで考える日がくるなんて夢にも思わなかったでしょうね。」


花「私もその気持ちは何となくわかる。だからこそ、高梨くんと出会えて良かったねって話になるんだけど。」


花子さんはどことなく沙羅さんに似ている部分があるから、気持ち的に通じる部分があるのかもしれない。そう言えばこの二人は、和解というか打ち解けている感じがあるのを思い出した。


藤「私は以前の薩川先輩をあまり知らないんですけど、つまりそれだけ高梨くんが大好きってことなんですよね!?」


沙「ふふ…そうですね。私も昔の自分などどうでもいいです。今、一成さんを愛しているという自分が全てですから。」


やはり純粋さに定評のある藤堂さんは、多少重くなっていた話にもストレートでぶつかっていった。その邪気のない一言に沙羅さんも毒気を抜かれたようで、いつもの穏やかな口調に戻ってくれたようだ。


速「…今、もの凄く自然に愛してるって言いましたよね…」

夏「…言ったね。沙羅の中ではもう完全に恋人を越えてるわね…」


藤「愛してるって凄いですよね。好きって言葉ならわかりますけど、凄く特別な感じがします。」


沙「上手く言えないのですが、一成さんを想う気持ちが好きという言葉では足りないのです。ですので、これがしっくりくると言いますか…」


「好き」という言葉では足りないという気持ちは俺にもよく分かる気がする。軽いとは言わないが、もっと深い何かを表現するには足りないと思うんだ。だからこその上位表現とでも言うのか…


藤「愛してるって、結婚する人達や、夫婦が使う表現ですよね!」


沙「そうですね。私も、その、一成さんの妻になるとお約束致しましたので…」


藤「きゃああああ!!」


藤堂さんが本日最大の黄色い悲鳴を上げた。ここが人気のない場所で本当に良かったな…


夏「…つ、妻…沙羅の口からそんな言葉を聞く日が来ようとは…」

花「…いや、私達の歳で普通はないから…」

速「…確かに…」


気恥ずかしさで、沙羅さんと藤堂さんの話に入れない俺だった…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


アンケートにご協力頂きました皆様、ありがとうございました。

モブの台詞については、現状程度を目安にしたいと思います。

初めてハッキリとした形のご意見を募集させて頂きましたが、お答えを頂けて本当に嬉しかったです。


この先についてですが、実は学祭のミスコンで、読者様に観客側として少しだけ参加して頂くような形を取らせて頂けたら楽しいかなと考えております。

執筆時期が近くなりましたら、またアンケート(?)を取らせて頂ければと思います。


それでは今後とも宜しくお願い致します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る