第219話 新生活の幕開け
沙羅さんの同棲宣言(?)に揺れる薩川家は、主に政臣さんが必死の抵抗を試みていた。
「な、なぁ、沙羅。それならせめて、高梨くんがこの家に引っ越してきて一緒に暮らすのはどうかな?」
「それでは一成さんにご迷惑がかかります。あと、隙を見せたらお母さんが余計なことを企みそうなので却下です。」
「沙羅ちゃん酷い…私はお義母さんとして、将来の息子を可愛がってあげたいだけなのに…」
そこまで言われて地味にショックを受けたのか、それとも演技なのか、真由美さんが少しだけ俯いた…瞬間に口が笑ってるのが見えたので、やはり演技だ。
しかし、政臣さんが必死の抵抗を見せるのは、当然と言えば当然ではあるのだが、正直このままでは埒が明かない。
「だからいい加減にして下さい! 一成さんを抱っこして差し上げるのも、いい子いい子も、可愛がって差し上げるのも、全て私だけだと言ったはずです! お母さんはお父さんと仲良くしていて下さい」
「さ、さ、沙羅!?」
ああ、ここでまた政臣さんに燃料が追加されてしまった…
ここはやはり、男の俺が腹を割って話をするべきではないだろうか?
それに政臣さんも、俺に話があると言っているのだ。
俺の視線を受けた政臣さんもそのつもりがあるようで、様子を一変させて頷いた。
「沙羅ちゃん、私が手伝うから今の内に荷造りしましょうか。持っていく物が多いでしょ?」
そして真由美さんもまた、俺と政臣さんの視線によるやり取りを目敏く見抜いたようで、沙羅さんが断らないであろう話題で上手く誘導をしてくれた。
「沙羅さん、俺は待ってますから、準備してきて下さい。その…一緒に暮らすんですよね?」
「はい!! それでは準備して参りますので、暫くお待ち下さいね!」
俺もそれに合わせてフォローを入れると、沙羅さんは嬉しそうに笑顔を浮かべ意気揚々と部屋へ戻っていく。そんな様子が面白かったのか、真由美さんもクスッと笑い声を洩らしながら、後を追いかけていった。
…これで、政臣さんと二人で話をする準備が出来た。だが、沙羅さんが戻ってくるまでに話を終わらせる必要があり、時間的な余裕はあまり無いだろう。
だから俺は、政臣さんの言葉を待たずに、とにかく伝えなければいけないことを優先して話すことにしたのだ。
「政臣さん、俺は絶対に信頼を裏切りません。今までもそれは守ってきたし、これからも守ると誓います。だから信じて下さい。俺が頑張りますから、沙羅さんのやりたいようにやらせてあげて下さい…お願いします!!」
目を逸らさず、俺の決意を真っ直ぐに伝えてから思いきり頭を下げる。とはいえ、言葉だけではやはり信じきれないだろうし、そうであれば証明していくしかないのだ。だからこそ、そのチャンスを貰うために、お試しでもいいから許可が欲しい。
「ねぇ政臣さん、一成くんは今までずっと、沙羅ちゃんを大切にしてくれてたんですよ。私との約束をちゃんと守ってくれていたし、沙羅ちゃんが家出しちゃったこの数日間も、ずっと見てくれていたんです。」
沙羅さんを追い掛けたはずの真由美さんが、いつの間にか戻ってきていた。一瞬焦ったが、どうやら沙羅さんは居ないようだ。
真由美さんも政臣さんの説得に協力してくれるようで、いつになく真剣な様子を見せている。かくいう政臣さんも、俺達の話をしっかりと聞いてくれているようで、頭ごなしに否定するようなことはしなかった。
「…そうか。本来であれば、私がお礼を言うべきなんだろうね。それに、ここで私が拒否をしても結局沙羅は君の元へ行くのだろう。あの様子を見れば、それは火を見るより明らかだ。であれば、もう高梨くんに沙羅を任せる他は……そうだね、私も君を信じよう。今までもそうであったというのなら、この先もそうであって欲しい。まだ二人は学生なんだ。だから結婚ま…」
「政臣さん話が長いです。一成くん、大丈夫ですよね?」
「はい、大丈夫です!!」
俺はもう一度力強く宣言すると、やっと政臣さんも納得してくれたのか、笑顔で頷いてくれたのだ。良かった、これで…
「お待たせ致しました。一通りの荷物は用意できましたので、あとは足りないときに都度戻ることに致します。」
ちょうどいいタイミングで、大きいバッグを抱えた沙羅さんが戻ってきた。
大変そうなので、遠慮する沙羅さんから半ば強引に荷物を受け取ってしまう。
「…ありがとうございます。それでは一成さん、そろそろお家に戻りますか?」
「そうですね、時間的にもボチボチ帰りましょうか。」
スマホで時間を見ると、もう20時近くなっていた。いくら沙羅さんの実家とはいえ、遅くなりすぎだろう。
俺達が帰る様子を見せたことで、政臣さんが沙羅さんに声をかけた。
「沙羅、私はもう反対しないから、二人を見守ることに決めたよ。だからせめて、週に一度でもいいから戻ってきて欲しい。沙羅の元気な姿を私達に見せてくれ。」
政臣さんがここまで譲歩してくれたのだ、これを断るなど俺には出来ない。もし沙羅さんが嫌がるようであれば、代わりに俺が説得をするつもりでいた。
「…一成さん、如何致しましょうか?」
これは流石に、沙羅さんも即決で断るようなことはしなかった。俺に聞いてきたということは、最終判断を俺に委ねたということだろう。
「政臣さん、曜日を決めて必ず週に一度戻ります。そのときは俺も一緒でいいでしょうか?」
「勿論だとも。君は将来私達の息子になるんだ。となれば、この家も実家になるんだよ。だから遠慮なんかしないで、いつでも来て欲しい。」
俺の返答を聞いた政臣さんは、嬉しそうに提案を受け入れてくれた。
あとは、信じてくれた政臣さんの為にも、沙羅さんともう少し距離が縮まるように協力してあげたいと思う。
それに俺自身も、この家族と一緒にいることが楽しいと感じているのだ。
「そうですよ。遠慮なんかしたらお義母さんは許しませんからね?」
「あはは…善処します、お義母さん。」
何だかんだで一日お世話になったので、少しくらいのお礼の意味も込めてご期待に答えてみたのだが、想像以上に効果があったらしい。
真由美さんが感動したように身体を震わすと、勢いよく俺に突撃してきた……が、沙羅さんが間に割って入ったので、母の熱い包容を受けたのも沙羅さんだった。
「絶対にさせませんよ?」
「もう~沙羅ちゃんったら。せっかくお義母さんが可愛い息子を抱っこしてあげようと思ったのにぃ。」
「はははは、残念だったね真由美。」
「笑わないで下さい、政臣さん…一成くん、また今度してあげますからね?」
薩川家は本当に素敵な家族だと思う。
そして俺もいつかこの一家の一員になれるのだと思うと、その日が楽しみだと素直に思えたのだ。
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「ありがとうございました。それじゃお休みなさい。」
「お休みなさい」
沙羅さんの荷物のこともあり、政臣さんは俺達を車で送ってくれた。アパートの前で車を降りると、開いている助手席の窓から挨拶の声をかける。
「高梨くん、沙羅のことを宜しく頼むよ。それと、繰り返すようで悪いがくれぐれも…」
「大丈夫です。信じてください」
「?」
政臣さんが、どうしても心配になってしまうのは当然だと思う。そう思われること自体は仕方がないと思っているので、いつか本当に信じて貰えるように俺が行動で示すだけだ。
そしてそんな俺達のやり取りを、少し不思議そうに首を傾げて見ている沙羅さんだった…
…………
沙羅さんが荷物の整理をしている間に、俺は折り畳み式であるベッドを畳むことにした。
本当は沙羅さんに使って欲しいのだが、俺を差し置いて使うなど自分が許せないという答えは変わらず、頑として譲らない。
それに結局は、いつも下に布団を敷いて二人並んで寝てしまうのだから、今後は邪魔になると判断しただけだったりする。
そんな俺の行動を見ていた沙羅さんは、ベッドを片付けたことの意味を把握したらしい。
「まだ夢を見ているような気持ちです…私達は本当に、今日から一緒に暮らすのですよね…?」
「そうですね」
「……私は将来、あなたの妻になるのですよね?」
「…そ、そうですね」
面と向かって聞かれると恥ずかしいな…
でも沙羅さんは、俺からそれを直接聞くことで、夢ではなく現実であると実感しているらしい。
そのままゆっくり俺に近付くと、いつものように頭へ腕を回し、自身の胸に俺を抱き寄せてくれる。
「これからはずっと一緒です…幸せすぎて、どうにかなってしまいそう…」
染み染みとそう呟きながら、愛しそうに、胸に抱いた俺の頭をゆっくりと撫でてくれる。俺も力を抜いて、大人しく甘えることにした。
「一成さん、これからは絶対に遠慮などなさらないで下さいね? 何か至らないことがあれば、直ぐに仰って下さい。それは全て、将来の為ですから。」
遠慮無しというのはいくらなんでも無理だと思うが、常識的な範囲でお願いをするくらいはいいのかもしれない。
あとは…甘えさせて貰うとか…いや、これは沙羅さんも喜んでくれるからであって、決して俺が甘ったれということではない。
「なら、沙羅さんも遠慮しないで下さいね? 二人で生活するんだから、俺だけってのは無しです。」
「……宜しいのですか?」
「もちろんです。といっても俺ができることなんて、精々お手伝いをするくらいでしょうけどね。でも俺に遠慮するなと言うからには、沙羅さんも遠慮しないで下さいよ?」
聞き返してきたということは、やはり沙羅さん自身は甘えるつもりが無かったということだろう。先にハッキリと伝えておいて正解だったな…
「家事は私が行いますので、寧ろお手伝いをして頂くつもりはございません。これは私が望んでいることですので、全てお任せ下さいね。」
沙羅さんが、家事について強い思い入れを持っていることは分かっているので、これを断られることは想定済みだった。むしろそれ以外にあるといいのだが。
「ですが…その、お言葉に甘えさせて頂いても宜しいですか?」
「もちろんです!」
沙羅さんからのお願いなど滅多にないので、気が変わらない内に聞いておこう。今それを聞いておけば、後で仮に遠慮されても、強引にやってしまうという手段が取れるからだ。
「お食事のお買い物を…その、二人で一緒に…」
少し躊躇いがちに沙羅さんが口にしたお願いごとは、本当にささやかで可愛らしいものだった。
「わかりました、これからは二人で買い物にいきましょう。他にはないですか?」
このくらいはお願いされなくても、寧ろ俺から進んで手伝いたいことだ。他には何かないだろうか?
「…毎日、私に甘えて下さい。こうして抱っこさせて下さい。夜も、一緒のお布団で…」
「え……と、わ、わかりました。」
さ、沙羅さんのお願いであればそのくらい…毎日が試練になりそうだけど、頑張れよ俺。
「ときどきは…私も甘えて宜しいですか?」
「!? ど、どうぞ!!」
お願いを言い慣れていない沙羅さんは、終始恥ずかしそうにしながらも、ぽつりぽつりと希望を伝えてくれる。
そのどれもが可愛らしいお願いで、聞いている俺まで照れ臭くなってしまった。
ちゅ……
少し身体を離したと思った矢先に、突然頬に感じる柔らかくて温かい感触。
「私、頑張りますね。」
「俺も頑張ります!」
「ありがとうございます! 大好きです…あなた…」
幸せそうに微笑む沙羅さんを、いつまでも見ていたい。その為なら、俺はどんなことでも頑張れる。
こうして…俺達の新しい生活が幕を開けるのだった。
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今後の書き方について、近況ノートに簡単なアンケートがあります。
もしご意見いただけるようでしたらご協力ください。
本当に大したことではないので・・・
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