第292話 凛花祭、開催

 校門近くに設置されている本部テントに着くと、先生や新聞部の人達など、既にそれなりの人数が集まっていた。


 でも、それよりも…


 それより…もっ!?


「ふぇぇぇ、な、何ですか、あの列!?」


「…聞いていたより、多い」


「…うぉぉ、これ去年より明らかに多いだろ…」

「…嘘でしょぉ…いきなり想定外じゃん」


 俺も正直驚いているし、皆が驚きの声をあげるのも無理はない。

 あの列が何なのか…何て、先頭がゲート前にいるんだから、考えるまでもない。

 当然あれは学祭の入場待機列だ。

 でも…人数が多い!!


 ある程度の列が出来るとは聞いていたけど、これはある程度ってレベルじゃないだろ!?


「上坂さん、これは…」


「うーん、私もこれで三年目だけど、今年は明らかに多いねぇ。でも年々増えていたのは確かだし、去年も一昨年よりは確実に増えていたから。でもこれは…」


 俺は去年の入場列を見たことがないから比較できないけど、少なくとも想定していた以上に多いことだけは確かだ。

 しかも今日は土曜日で、来客の本番は勿論日曜日を予定している…つまり明日は、これよりも更に多い…と。


「た、高梨くん、これって…」

「ちょっと…」


 俺もそうだし、皆も若干戸惑ってる様子だけど…それでも、迷っている時間はあまりない。沙羅さんが居ないんだから、ここは俺が!


「確かに人は多いですけど、俺達の仕事は変わらないです。だから落ち着いていきましょう。あと、この人数が一気に入ると、玄関の辺りでトラブルが起きる可能性が高くなるかもしれません。だから…そうだ、少し入場を調整しましょうか」


 校門のゲートもそうだけど、玄関前には美術部の作ったオブジェがいくつも飾ってある。だから、もしこれだけの人数に雪崩れ込まれたら、玄関前が混雑して危ない場面が出るかもしれない。もともとあそこは、巡回ポイントの注意箇所として設定されていたから、気を付けることに越したことはないだろう。


「そ、そうだね」

「カラーコーンとバーの予備を全部並べて、列が広がらないようにしよっか!」

「あの、俺達も手伝います!」

「時間もないし、一気にやっちゃいましょう」


「ありがとうございます、宜しくお願いします」


 近くで話を聞いていた新聞部の人達も加わってくれたので、全員で手分けして通路を作ることになった。ゲートからの通路をカラーコーンで強制的に絞り、その両サイドにテーブルを設置して、新聞部がそこで案内と新聞を配る。これで入場ペースが少しでも落ちる筈。

 あとは玄関前も軽く絞り込んで…待機列が落ち着いたら全部解除すれば大丈夫だろう。そうだ、列整理の人員も配置しないと…


 大袈裟かもしれないけど、トラブルの芽は早目に潰しておくに越したことはない。


「高梨くん案外冷静だったねぇ」


「そうだね。もし悩んだら私もフォローするつもりだったけど」


「いや、このくらいで困ってたら、俺は沙羅さんに会わせる顔がないんで…」


 だから大したことではないんだと、一応謙遜しておく。

 実際、ここに来るまで本部テント付近での注意点の確認をしていたから気付いただけだし、冷静に動けたことも、朝から散々心構えをしていたのが項を奏しただけ。


 後は…やっぱり沙羅さんかな。

 

「指揮をする人間が冷静なら、それを実行する人達も冷静に動くことが出来るんだよ。だから今回の高梨くんは見事だったね。これなら私達が余計な手を出さなくても…」


「んじゃ上坂くんはこのまま引退する? 私は最後まで手伝うけど」

「同感~。というか、高梨くんが生徒会に入ってから一気に楽しくなったし」


 俺達としても、本音を言えばもう少し慣れるまで先輩達に居て貰えるとありがたいし、特に俺は、上坂さんから教えて貰いたいことがまだまだある。

 ただ、それはこっちの我が儘だって分かってるから、俺からおねだりをするようなことはしないけど。

 これはあくまでも希望ってだけだから。


「いや、私も楽しいから、ギリギリまでは手伝っておきたいかな。それに薩川さんを会長に推したときに、最後まで手伝うことを条件にしたからね」


 そういえば忘れていたけど、確かに交換条件でそんなことを言っていたような…

 でもそれならそれで、こちらとしては素直にありがたい。


「高梨くん、カッコ良かったよ。薩川先輩がここにいたら、褒めてくれただろうね!」


「いや、もし沙羅さんがいたら、俺が動く前に沙羅さんが指示を出したと思うよ」


 沙羅さんが居ても居なくても同じ行動は取れたと思うけど、それでもやっぱり沙羅さんの方が早く動いただろう…とは思う。


「例えそうだとしても、今、実際に動いたのは一成だよ。だから謙遜しなくていい。今は嫁の代わりに、お姉ちゃんが褒めてあげる」


 そう言いながら、俺の袖をチョイチョイと引っ張る花子さん。

 いや、今こんなところで頭を撫でられたら、先生もいるし、外で並んでる人から丸見えなんだけど…


「む~」


 俺が頭の位置を下げないので、花子さんは背伸びをしながら強引に頭を撫でようと腕を伸ばしてくる。

 そんな光景を不思議そうに見ている周囲と、意味が分かっていてニヤニヤしている生徒会の面々との対比が何とも。


 キーーン


 そんな微笑ましい(?)やり取りをしていた矢先、突然、校内放送のスピーカーから甲高い音が鳴り響き


「あーあー…てすてす…まいくてーす!!」


 それに続いて聞こえて来るのは、相変わらずの、ほのぼの系ハイテション(?)ボイス。

 昼休みの校内放送は外のスピーカーに流さないので、まして敷地内の外れっぽにいる俺達は殆ど聞く機会がない。

 だから久々と言えば久々の…


「はーい、みんなお待たせ~。今日は張り切って行くよーん!! 放送部プレゼンツ!! 校内放送、凛花祭開催直前特別バージョンだぁぁぁぁぁ!! そして司会は勿論この私ぃ、放送部のアイドルゥゥゥゥゥ、皆の"みなみん"だよ~ん!!!」


「「「「み~なみ~ん!!!」」」」


「「「………」」」


 う~ん、この空気感の違いというか、テンションの違いというか…見よ、俺の周囲の盛り下がりを。

 校内から聞こえてくる野郎共のテンションアゲアゲな「濃い」叫び声が、逆にこのエリアを嫌な意味で侵食していく。

 何故って、お堅い先生達の嫌そうな顔が、この場に微妙な空気感を及ぼしているからで。


「あー、深澤さんは相変わらずだなぁ」

「でも学祭のときくらい、いいんじゃない?」

「まぁ深澤さんも、普段はワリと真面目にやるときもあ…」


「コラァァァァ、私のことを深澤って呼ぶなぁぁぁぁぁ!!」


「「「っ!?」」」


 何でわかった!?


 あまりにもタイミングのいい深澤さんの叫び声に、この場の全員がピクリと反応して…そして先輩達が一斉に、イスの裏側やテーブルの裏側のチェックを始める。


 いやいや、それは流石にないでしょ…多分。


「深澤さん、真面目にやらないなら、私は勝手に進めさせて頂きますが?」


「ちょっ!? だから深澤じゃないって…てか、まだ声出すの早いよ!!」

 

 そして若干グダクダ気味になってきているのがよく分かる会話が、スピーカーから漏れて来る。勿論その声は、俺が聞き間違えることなど絶対にない、今はこの場に居ない最愛の人。


「ならどんどん進めて下さい。私は早く、かず…」

「だぁぁぁぁぁ!!! ここでそれを言っちゃダメぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 うーん…グダクダすぎるだろ、これ。

 と言うか、今、沙羅さんは明らかに俺の名前を出そうとしたよね。


「深澤さん、女性がそのように大声を出すのは」

「み・な・み・ん!!!」

「みなみんさん、ですから」

「みなみんだってばぁ」


 ブツン!!


 と、マイクの電源が切れたようなノイズ音と共に、いきなり放送が途切れた。

 そして今までの喧騒が何だったのかと思うくらい、校内には静けさが漂う。


 ちなみに、あれは沙羅さんに悪気があった訳でもないし、ましてワザとやっている訳でもない。あくまで自然な沙羅さん…つまり、沙羅さんの可愛い天然な部分が顔を出しただけだ。 


 だから、やっぱり沙羅さんは可愛い…


 キーン…


 再び、マイクの電源が入ったような音が聞こえてきて


「し、失礼しました。改めて、放送再開します。はぁ…もう聞いてる皆もわかっちゃったよね。勿体つける意味もなくなったし、諸般の事情で私が怒られそうなのでスパッと行きます。という訳で、今回は凛花祭直前特別放送ということで、相応しいスペシャルゲストにお越し頂いておりま~す!! デデデデデ~、ジャン!! 最近は少し丸くなって親しみやすさが増したと評判、でも相変わらずの男子撃墜数を更新し続けるスーパーヒロイン。生徒会長になってますますあざといぞ!! そう、皆さんご存じ、我が校の誇る孤高の女神様、薩川沙羅さんで~~~す」


「あの…深澤さん、その呼ばれ方はちょっと…」


「…ねぇ薩川さん…せっかく私がテンション上げてるのに、素で反応するとか殺生なんですけど…あと、みなみん!」


 スピーカーから流れてくる、まるでコントのようなやり取りに、校内の至るところから笑い声が溢れ出す。あと校門前にいる来場客からも笑いが…


「ぷっくくく…薩川さんらしすぎる」

「いやー、まさか薩川さんの漫才が聞ける日が来るなんて」

「普段隠れてて見えないけど、こういうところワリと天然だよね」


 そう見えるだろうけど、俺から言わせて貰えばちょっと違う。

 あれは沙羅さんが真面目であるが故に、相手の冗談に対して素で対応してしまうから、結果的にそう見えるというだけ。

 まぁそれが天然だと言われてしまえばそれまでなんだけど。


「すみません、それは失礼しました。ですがもう時間がありませんので、このまま続けさせて頂きます。ということで…皆さん、こんにちは。生徒会長の薩川沙羅です」


「「「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


 さっき、深澤さんが自己紹介をしたときの反応を遥かに上回る、どす黒くキモい何かが込められたような「叫び」が…

 まるで地鳴りのように、学校全体から聞こえてくるようで。


 うん…キモいな。


「あと5分足らずで、いよいよ凛花祭初日の開催時間を迎えます。今日この日の為に、皆さんも…」


「薩川さんも、本当に変わったよねぇ」

「そうだね、去年の生徒総会の挨拶と比べたら雲泥の差だよ、これ」

「明らかに声が違うよね。感情が乗ってるって言うか、温かみを感じるというか」

「いやー、やっぱ女は変わるんだよ。ねぇ…高梨くん?」


「いや…その」


 女性陣のニヤニヤした、俺をからかうような反応を楽しむような、そんな視線が一斉に集まってくる。

 ちなみに男子陣からの、何とも言えない視線については…


「何? 一成に言いたいことがあるなら私が聞く」


「「何でもございません」」


 あっと言う前に明後日の方向へ飛んだ。


 普段ぶっきらぼうに聞こえるお姉ちゃんの声も、これはある意味、感情が乗ってると言えるのかも。

 但し…極寒の冷気を纏っているけど。


「この学校祭が成功となるか失敗となるか、それは全校生徒の皆さん一人一人の行いと心構えにかかっています。空気や雰囲気に飲まれてハメを外す…といったことは無いように…」


 そうこうしている間も挨拶は続いていて、俺も、そして周囲の皆も、気が付けばスピーカーから流れてくる沙羅さんの声に聞き入っていた。

 話自体は特別珍しいことを言っている訳でもないし、本来であれば当然の心構えを確認しているだけに過ぎない。それなのに目が離せない…この場合は耳だけど…のは、沙羅さんが単に話をしているというだけでなく、聞く側が素直に「話を聞こう」と思ってしまうような何かを感じているからだと思う。


 だからこれは…言うなれば、沙羅さんの持っているカリスマ性の成せる技…ってところか。


「以上、私からの…そして生徒会からのお話とお願いでした。ご静聴ありがとうございます。さて、堅苦しいお話はここまでにしましょうか。それでは皆さん、今日明日と二日間、目一杯楽しみましょう。私も、皆さんの催しを見せて頂けることを楽しみにしております」


 パチ…

 パチパチパチ…

 パチパチパチパチパチパチ!!!!!!


 校内からも、校外からも、俺の周囲も、見えない場所からも…

 まるで、沙羅さんの話を聞いていた全ての人達が、スタンディングオベーションをしているんじゃないかと思えるくらいに。


 一斉に特大の拍手と歓声が上がり、それが学校全体を包んでいく。


 そんな様子に、感動で身体が震えてしまい…俺は。


 …沙羅さん。


「さーーーー、カウントダウン、いっくよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「「「おお~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」」」


 深…みなみんの呼び掛けに応じたのは男子だけじゃない。女子も、先生も、そして校外にいるお客さんも…俺達もだ!


 こんな楽しいこと、参加しない手はないだろ!!


「じゅう・きゅう・はち・なな・ろく・ごー」


「「「よん・さん・にー・いち…」」」


……………


「「「ゼロ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!」」」


「凛花祭、開催で~~~~~~~~~~~~~~~~~す!!!!!」


 学校全体に沸き起こる拍手喝采と激しい歓声の中…


 こうして、俺達の学祭が始まったんだ!!


……………

………


「ふふ…一成さん、頑張りましたね…」


「いや、その、沙羅さん…」


 ナデナデ…


 優しい微笑みを浮かべながら、何度も何度も俺の頭を撫でてくれる沙羅さん。

 嬉しい。勿論嬉しいんだけど…


「…な、な、何…だよ…あれ…」

「…ちょ…マ、マジか…デマだと思ってたのに…」

「…こ、これ、今すぐ記事にしてもいいんじゃねーか…?」

「…うおおおおお、神は死んだぁぁぁぁぁ」


  こ、こんな公衆の面前で…

 一応引っ込んでいるし、皆が人壁(?)を作ってくれているから分かり難いだろうけど、でもしっかり見れば何が起きているのか多分わかってしまう。

 ちなみに、何でいきなりこんなことになっているのかと言うと…それは勿論、さっきのご褒美。


「い、いきなりですかい!?」

「誰だ、こんな場所で薩川さんにさっきの報告をしたのは!?」

「うう…ご、ごめんなさいです~~!!」

「Bシフトが間に合って良かった…」


 Bシフトって、この人壁のこと!?

 て言うか、他にもあるの!?


 でも確かに、沙羅さんが俺を撫でようとする気配を見せた瞬間に椅子に座らされて、直後に人壁がお客さん側へズラリと。


 ただ…これって後ろからは丸見えなんだよね…

 さっきから、新聞部の連中が項垂れて何か呟いてるし。

 あとさっきから藤堂さんが可哀想なくらいに謝ってるんだけど、どうやらさっきの感動(?)を沙羅さんに報告してくれたらしい。


 って、のんびりこんなことしてる場合じゃない。そろそろ本格的に仕事をしないと。


「沙羅さん、ありがとうございます。今はこのくらいで」


「はい。後でまた、いい子いい子して差し上げますからね」


「…まだやるんかい」

「…イチャつく口実でしょ」

「…やっぱ油断できないわ、この二人」

「…高梨くんも何気に人前でイチャつくの平気みたいだしね」


 いや、別に平気って訳じゃないんですけど…。

 ただ、俺が恥ずかしいと思う気持ちと、沙羅さんが嬉しそうに俺を甘やかしてくれることの天秤で、後者が優先になるだけの話。


「嫁、そろそろ…って、何をやってる?」


 入場列の確認に行っていた花子さん達が戻ってくると、こちらを確認して白けた目線を向けてくる。ちょうど止めるところだった沙羅さんは素直に手を離すと、直ぐに校門へ目を向けてから全員に目配せをした。


「入場が落ちついてきたようなので、制限は解除しましょう。ここからは予定通り、担当ごとに別れて下さい。それぞれの持ち場と巡回作業をお願いします」


「「「はーい」」」


 直前まであんな状態だったのに、瞬間的に状況を判断して全員に指示を飛ばすなんて…流石は沙羅さん。

 皆も直ぐに二人一組のグループに別れて、お互いに行動の確認を始めた。


 ちなみに俺は、今から暫くの間、このテントで上坂さんと待機しつつお客さん対応に当たることになっている。


 さぁ…いよいよ本格的に生徒会も始動だ!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 今更の話ではありますが、学校の名前は、私立凛花学園高等学校ということで決定しました。

 宜しくお願い致します!


 ということで、2話かかってしまいましたが、やっと開催を迎えることになりました。


 次回予告…タカピー女と西川さん登場w


 ちなみにミスコンは日曜日です~


 

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