第291話 学祭の日

 残暑も、気が付けばどこかへと去り…

 快適に感じていた気温も、朝は段々と涼しさを増していく。


 まだ少し早いと思っていた冬服も、朝晩は段々と馴染むくらいの気温を感じさせて、いつも手入れをしている花壇は、秋の花でいっぱいになった。

 そんな秋をしっかりと感じさせるようになってきた、そんな中で迎える今日という一日。

 秋晴れに恵まれて、実にお祭り日和な今日のスタート。


 そう、今日からいよいよ、秋のメインイベント。

 学祭が始まる!!


 でも秋の定番イベントと言えば、俺的に文化祭と体育祭ってイメージなんだけど、いつから体育祭は早い時期にやるようになったんだろう?

 いや、別に今日という日に関係のない話なんだけど。


 まぁそれはさておき、そんな訳で、いよいよこの日がやってきた訳だ。


 今日、明日と二日間に渡って行われる、学校上げての一大イベント。

 中学のときには無かった行事だから、そういう意味でもワクワクすると言うか、お祭りだから楽しみというべきか。

 特にここ2~3日は、校内でも飾り付けやら校門前のオブジェやら、見ているだけで楽しくなりそうな光景が目について、思っていた以上に楽しみを感じている自分がいたりする。


 そして現在、沙羅さんはお昼のお弁当を作っている真っ最中だ。

 量が多いので、今日はいつもより時間がかかっているみたい。

 それは勿論、今日のお昼は「皆でお弁当を持ち寄る」ということになってるからであり、何だかんだ言って沙羅さんも楽しみにしているんだと思う…何故って、ご機嫌な鼻歌が聞こえてくるから。


「沙羅さん、お弁当はどうで…」


「一成さん、あーん♪」


 俺が声をかけると、皿に乗っていた唐揚げを指でそっと摘まんで口元に差し出してくる沙羅さん。

 それでは遠慮なく…


 ぱくっ

 もぐもぐ…


 はぁ…美味い、美味すぎる!!


「ふふ、ありがとうごさいます」


「あれ、声に出てました?」


「いえ、お顔を見ればわかりますから」


「そ、そうですか…」


 あー…我ながら単純というか何と言うか。

 でも沙羅さんは、俺のそんなところも好きだって言ってくれるから。だから俺も、そんな自分が嫌じゃない。


「あと少しで終わりますので、申し訳ございませんが、もう少々お待ち下さい」


「焦らなくても大丈夫ですよ。まだ時間はありますから」


「ふふ…ありがとうごさいます。はい、あーん♪」


 そして笑顔の沙羅さんは、もう一度…今度は俺の大好物、卵焼きを指でそっと摘まんで口元に。


 ぱくっ

 もぐもぐ…


 あぁぁ、美味い。

 うん、今日のお昼も楽しみだ!!


…………………


「おはよう、二人とも!!」


「おはよう」


 いつものコンビニに到着すると、夏海先輩と花子さんが笑顔で出迎えてくれた。

 二人もいつもより楽しそう…ワクワクしているような感じで、普段より笑顔が二割増しくらいかも。

 それに荷物がいつもより大きくて、特に花子さんはちょっとだけ大変そうだ。


「花子さん、荷物大きいけど大丈夫か? 何なら俺が持つぞ?」


「いい。これはどうしても私が持ちたいから、気持ちだけ受け取っておく。ありがと、一成」


「そっか」


 自分のバッグにチラリと視線を向けて、嬉しそうに微笑みを浮かべた花子さん。

 本人がそう言うのであれば、俺も無理にとは言わないけど。

 でも、どうしても自分で持ちたいってのが、ちょっと気になったり。


「これは今日のお弁当が入ってる。今までずっと料理の練習はしてたけど、初めてちゃんとしたお弁当を作れた。だからこれは、どうしても私が持ちたい」


「そっか。そういうことなら…」


 成る程、それだけ思い入れがあるってことなのか、納得。それなら俺も、野暮なことは言わないでおこう。


「お姉ちゃんが初めて作ったお弁当。一成に食べて欲しい」


「うん、ありがと」


 この件については、もう既に沙羅さんと話はしてある。持ち寄りである以上、少しずつでも全体を食べるのは当然のことだし、そのくらい沙羅さんも分かってくれている。

 その上で沙羅さんは、俺が相談してくれて嬉しいって、笑ってくれたから。


 だから、大丈夫。


「あと、あーんって…してみたい」


「えっ!?」


 少しはにかみながら、上目遣いでそんなことを言われると…ど、どうする?

 でも花子さんが楽しみにしていると思えば、無下に断ることも出来ず…それに、俺も嫌じゃないし。


「…珍しいね?」

「…何がですか?」

「…いや、一成さんは私の~って、割り込まないから」

「…そんな束縛をするような女になるつもりはありませんよ。それに、もう私達はそんな浅い関係ではありません」

「…余裕だねぇ」

「…ふふ、私達は婚約者ですから♪」

「…はいはい、ご馳走様」


「…ダメ?」


 花子さんは俺の目をじっと見つめながら、可愛らしくおねだりするように…と言うか、これズルい。

 俺が沙羅さんに視線を向けると、ちょうどこちらを見ながら笑っていて、何となく「私なら大丈夫ですよ」って言ってくれているようにも見えた。


 そうだな、沙羅さんには別のことで埋め合わせをしようか。


「わ、わかった」


「嬉しい…嫁には私の方から言っておくから心配しなくていい」


「…あ」


 そうか、やっぱりそこは気付かれてたか。

 まぁ花子さんなら不思議なことじゃないし、今更驚くようなことでもないけど。


「私なら大丈夫ですよ。ご心配なく」


「そう?」


「ええ。一成さんは、私に埋め合わせをして下さるみたいですし♪」


「ええっ…」


 そして沙羅さんも当然、気付いている…と。

 本当に、この二人はどうなってるんだ?


「まぁ、そういう機会だから別にいいんじゃない? 私もちゃんと作ってきたし、あれからも練習はしてきたからね。沙羅には勝てなくても、それなりに自信はあるよ」


「別に比べる必要はないでしょう? それこそ人それぞれですし、食べる人の好みもありますから。ですよね? 一成さん」


「ええ。俺の場合は沙羅さんのご飯が絶対ですから、そもそも比べる意味はないですし」


「ふふ…一成さんったら♪」


 これは比べるとかそういうことじゃなくて、そもそもの話として、俺は沙羅さんのご飯が一番上にあるというだけ。

 レストランや飲食店じゃあるまいし、花子さんや夏海先輩のお弁当とそれを比べてどうこうなんて、そんなことをするつもりはない。


「…ダメだこいつら」

「…私は一成に食べて貰えるだけで嬉しいから、別にいい」

「…あ、そうですか」


 皆のお弁当も楽しみだし、ホントに今日明日と楽しくなりそうで…

 まだ学校に着いてすらいないのに、早くもワクワクが止まらない!


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 デカデカと学祭のことが書かれたゲートを潜り、本部のテントを尻目に教室へ向かう。

 まだHRも始まっていないのに、早くも出店の準備をしているクラスや部活があちこちに見られて、皆がそれだけ学祭を楽しみにしているってことだ。


 そしてそれはウチのクラスも同じで、もう教室の入り口にはメニュー看板やら待機椅子やらが準備されて…まだちょっと早いだろ。

 気持ちはよくわかるけどさ。


 ガラガラガラ…


「おはよう」

「おはよ~!」

「おーす!」


 俺達が教室に入ると、もう既に数人が衣装に…着替え終わってる!?

 よくテレビとかネットで見るような、メイドカフェ店員姿の女子と、蝶ネクタイに黒のスーツ? の執事服的な男子が、スマホで写真を撮りまくっていて。


 おいおい、これからHRなのに、担任に怒られても知らないぞ?


「おはよー、高梨くん! どうどう? これ似合うかな!?」


「えっ!? あ、あぁ、似合うと思うけど」


 その内の一人が、何故かポーズをとりながら俺に謎のアピール。

 まぁ…普通に可愛いんじゃないかとは思うけど、それしか言えん。


「うーん、こういうときはもう一声、気の利いた台詞を…」

「高梨くんには薩川先輩がいるから、ウチら程度じゃ無理っしょ?」

「だよねー。もし薩川先輩がメイド服着たら、高梨くん大絶賛しただろうし」

「いやいや、それ大絶賛どころか、男子が大挙して押し寄せてきて大惨事だから」


 俺のことなのに、勝手に話が進んで…

 それよりも沙羅さんのメイド服姿…いや、俺は別にメイドカフェに興味があるとかそういうタイプじゃないから。

 だからメイドフェチ的なことも無いけど。


 でも…いい、かも…すっごく。


 ぎゅぅぅぅ…


「いででででで!?」


 横にいた花子さんが、突然、俺の手の甲を抓って!?


「一成…鼻の下が伸びてる」


「花子さん、痛い、痛いから!?」


 俺が痛いことを二度アピールすると、花子さんは、やっと抓る力を緩めてくれた。

 大袈裟に言った訳じゃなくて、本当に痛かったんだが…


「ごめん…やり過ぎた…」


 ちょっとしょんぼりしたような表情で、花子さんは俺の手を持ち上げる。抓った部分を労るように優しく指で撫で始めて…

 今度は少しくすぐったいかも。


「痛いの、痛いの、とんでけ…」


 何故か「ふーふー」と、抓ったところを冷ますように息を吹き掛けて、何度も指で優しく擦ってくれる。

 それがまた、くすぐったさとは違う妙な感じで、上手く言えない何かが…焦りを覚えるような何かが…


「…ふぉぉぉ…」

「…ごくり」

「…は、花崎さんも、薩川先輩に負けず劣らず…」

「…ぐおお、何で高梨ばっかりぃぃ!?」

「…あいつ、薩川先輩が居るだろぉぉ!? 花崎さんまで、いつもいつもいつもぉぉ…」


「一成はメイド服が好き?」


「い、いや、そこは別に…」


「一成が好きなら、お姉ちゃんが着てあげようか?」


「ええええ!?」


 花子さんがメイド服…悪くない。

 花子さんはゴスロリとかいけそうだから、そういう意味でも似合いそう。

 でも勘違いされたら困るけど、俺は決してそういうフェチ的な部分は無いんだ。

 そう、全く無いんだよ。

 大事なことだから、二回言った。


「は、花崎さん!! もし良かったら、是非メイド服を!!」

「花崎さんがやってくれたら、一気にお客が増えるの間違いなし!!」

「…ツルペタツインテツンデレロリメイド…ご、業が深すぎるぅぅぅ」


 何を勘違いしたのか、男子が一斉に花子さんに群がって


「私は一成にしか見せるつもりはない。寝言は寝て言え、バカ共」


「「「ちくしょおおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 そして地団駄を踏みながら項垂れる…って、こいつら子供か。

 しかし何と言うか、最近同じことばっかり考えているような気がするけど…ホントに…


「は、は、花崎さんのメイド姿…」


「山川…嫌われたくなかったら黙っておけよ」


 ホントに…今日も平和だな。


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 朝のHRも終わり、クラスメイト達は待ってましたとお店の準備を本格的に開始した。

 暗幕で厨房とフロアの仕切りを作り、机を並べ替えてテーブルのセッティング。

 カセットコンロをセットして、洗い物用の簡易シンクの準備…って、俺も眺めている場合じゃない。


「一成、そろそろ生徒会室へ行く」


「そうだな、そろそろ行くか」


 花子さんから声をかけられて、俺も自分の荷物を纏めてから教室を出る準備を行う。

 もう今日は、一日が終わるまでここへ戻ってくることは無いので、荷物は全部、生徒会室行きだ。


「それじゃ、俺達は行くよ。お店の方は頑張ってくれ!」


「おう、バッチリ売上作って、打ち上げパーティーは豪華にしようぜ!」

「いいねぇ、ヤル気出てきたぁ!!」

「高梨と花崎さんは、打ち上げ参加できるんだろ?」


「多分…大丈夫だと思う」


「私も」


 正直、終わりがどうなるのか分かってないけど、それでも少しくらいは参加したいと思う。お店の方は全然手伝えないから、クラスメイト達との学祭の思い出が全く無いってのも寂しいし…


「二人とも、生徒会の方、頑張ってね!」

「宜しく頼むぜ、副会長!」


「あぁ!」


「行ってくる」


 クラスメイト達からの激励に頷いて席を立つと、花子さんがいつもように俺の手をそっと握り、そのまま先導するように先を歩き始める。


 さぁ、いよいよ開場時間が近くなってきた。

 俺もワクワクしてるし、楽しみって気持ちも強いけど…それでも、生徒会として気を引き締めないと!!


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「おはようございます!」

「おはようございます…」


「「おはようございま~す」」


 俺達が生徒会室に入るとまだ全員揃っておらず、沙羅さんや元会長も来ていなかった。

 でも既に準備は始まっていて、各自担当する分担のタイムスケジュールが書かれたホワイトボードが用意され、チェックシートの分配も終わっていた。


「そろそろ皆、集まると思うけどね~」


 何てことを話している間にも、次々と役員が集まってきて


「おはよう」

「おはようございます、お疲れ様です」


 そして元会長と沙羅さんが着たところで、早速打ち合わせ…というより、決め事はもう全て終わっているから、最終確認を始める。


 俺達生徒会の仕事としては、一番はやっぱり巡回業務。そして本部テントで来客対応や案内、何かあったとき用の待機。それが主な仕事。


 誰がどのタイミングで何に当たるのか、そのタイムスケジュールを確認しながら、注意点の最終確認も行う。


「いやー、今回は人数が多いから助かるね」

「先輩達が全員参加してくれたからありがたいです。これなら自由時間もしっかり取れるし」

「まぁ巡回も実質的には自由時間と似たようなものだけどね。業務と称して内部確認ついでに楽しむだけだし」


「えへへ、仕事なのは分かってるけど、でも楽しみでワクワクしちゃうね」


「そうだな。でも今はいいけど、仕事中は来年に向けて、慣れる意味で要点に気を配った方がいいかもしれない。先輩達が手伝ってくれて、余裕があるなら尚更」


 俺も浮かれたい気持ちはあるけど…

 でも先輩達がいるから楽になるということは、逆に言えば来年そうならなかった場合は大変になるってことだ。

 今の二年生が今年の三年生のように、進学で困っていないから全員手伝ってくれる…なんてことになるとは限らない。

 だからそうなったときに困らないように、せめて意識だけでも来年を見据えて行動するべきだと俺は思う。


「………」


「ん? どうかした?」


「ううん、高梨くんの言う通りだなって。もう来年のことまで考えてるんだね?」


「まぁ、その辺は…」


「えへへ、高梨くんのそういう真面目なところ、尊敬しちゃうな。素敵だと思うよ?」


「うぇ!?」


 藤堂さんは普通に褒めてくれているだけなのは分かってるけど、そんな屈託のない笑顔で素敵とか言われてしまうと…俺はともかく、これ他の男子だったらコロっと勘違いするぞ。


 でも素直にこんな褒め方が出来ちゃうんだから、やっぱり「純真の天使」は伊達じゃないと言うべきか。


「一成がいい子なのは、お姉ちゃんが良く知ってる」


「ふふ…それを一番知っているのは私ですよ。婚約者ですから」


「いや、あの…」


 打ち合わせをしてるだけなのに、何で俺の話になってる?

 褒められるのは嬉しいけど、ちょっと持ち上げすぎだ。


「…くうう、仲のいい正統派美少女と、美幼女甘やかしお姉ちゃんと、パーフェクト超絶美人婚約者って…」

「…言うなぁ…それを言うなぁ…ぅぅ」


「えーっと、楽しそうなところ済まないが、そろそろ」


「はい。それでは皆さん…」


 ちょっと申し訳なさそうな元会長の声を受けて、沙羅さんが場の空気を引き締める。

 自身に注目を集めてから、全員にゆっくりと視線を投げ掛けて…最後に俺を見て、ニコリと笑った。


 うーん…照れるな…


「皆さん…いよいよこの日がやってきました。今日から二日間、私達が新体制となって初めて迎える最初の大舞台です。大変な二日間になると予想されますが、ですが私達も、この日の為にしっかりと前準備をしてきました。想定される事態への対応もしっかりと検討してきました。だから大丈夫です。私達なら必ずやり遂げられます。そして…私達もその中で、しっかりと楽しみましょう。全校生徒で楽しむのであれば、それは私達にも当てはまるのですから。それでは皆さん、宜しくお願い致します」


「「「宜しくお願いします!!!」」」


 沙羅さんが激を飛ばしたこともそうだけど、「楽しむ」という言葉を全員に向けたことがどれ程のことなのか…

 嘗ての沙羅さんを知る先輩達が、一様に驚きの表情を見せたことがその答え。

 でもそれは、それだけ沙羅さんが成長をしたということ。例えこれを自惚れだと言われようが、沙羅さんは俺と出会ったからこそ、良い意味で変わったのだと。

 そう思えば、俺は嬉しい。


 さぁ、いよいよだ。

 沙羅さんのお陰で、俺はますます気合いが入ってきた!

 今日からの二日間、頑張って行こうか!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 予定通り、これから学祭編となります。

 まだ開会宣言まで到達できずに今回は触りくらいですが、色々と焦らした(そんなつもりはありませんがw)分、じっくり書いていこうと思っています。

 色々と書きたいこともあるし、見せ場も迫ってますのでww

 ちなみにですが、学祭は二日間となっています。

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