第290話 向き合うということ

 結局騒ぎになってしまった楽しいお食事も終わり、いつものようにまったりと食後のティータイム。


 学校の話題も一段落して、時間的にもそろそろ…となったところで、不意に思い出したように、政臣さんが話題を変えてきた。


「あぁ、そうそう。一成くんのご両親との顔合わせの件なんだけどね。再来週の日曜日に決まりそうなんだけど、予定はどうかな?」


「えーと、俺は大丈夫ですね。沙羅さんは…」


 そっか、顔合わせの予定が正式に決まったのか…

 いよいよと言えばいよいよだけど、もうお互いの話は決まっているようなものだし。

 だから本当に顔合わせとか挨拶とか…まぁ緊張しなくても大丈夫そうか?


「私も大丈夫ですよ。ふふ…お義父様にご挨拶が出来ますし、お義母様にもお会いできますので、今から楽しみです」


「私も電話口だけだからね。緊張もあるけど、それよりもどんなご両親なのか、会えるのが実に楽しみだ」


「いや、どこにでもいる普通の親父とオカンですよ?」


 政臣さんみたいに立場がある訳じゃないし、真由美さんのように誰もが振り返る美人って訳でもない。本当にごく普通の両親なんだけど。


「はは、そういう意味なら私達もそうだよ。でも一成くんを見ているとね…是非ともお会いしたいと思えるんだよ」


「は、はぁ」


「んふふ、一成くんがとってもいい子だから、ご両親も素敵な…って意味ですよ」


「い、いや、いい子って…」


 いつも沙羅さん(花子さんも)から言われる「いい子」とは意味が違うってことくらいわかってるけど、あんまりそういうことを言われたことがないから、ちょっと。

 それと、妙に親父達のことが美化されているような気がするのも。


「私は父母参観のときに冬美さんとお話をしましたけど、とても素敵なお母さんでしたよ。沙羅ちゃんのことも可愛がって下さって」


「あぁ、オカンは沙羅さんのこと大好きですからね」


「ふふ…私もお義母様のことは大好きですよ。また一成さんのお話もお聞きしたいですし、お料理のことも教えて頂きたいです」


 沙羅さんはオカンを特別視してるみたいだし、オカンも沙羅さんを本当に気に入ってる。勿論それはとてもいいことなんだけど、オカンにあんな一面があるのがいまだに驚きだ。


「あなた、一成くんのときみたいに、余計なことを考えないで下さいね。今回は本当に大切なお話なんですから」


「わ、わかってるよ。あれは申し訳なかったと私も思ってるんだから」


「一成さんにご迷惑をかけるような事態になったら、絶対に許しませんからね」


「さ、沙羅、そのくらいは信用してくれても…」


 沙羅さんの表情には全く冗談が見えない。

 だからこれは、100%本気の警告ってこと。

 でも正直なところ、そこまで言わなくても政臣さんはもう大丈夫…と思う訳で。


「沙羅さん、大丈夫ですよ。政臣さんは俺達のことを、本当に認めてくれてますから」


「…一成さん?」


「だから心配しなくても、ちゃんと後押ししてくれます。それにウチの親も、細かいことを気にする質じゃありませんから」


 さっきのことがあったせいか、何となく今まで以上に、政臣さんをフォローしたい気持ちが涌いてきて。

 だからなのか、気付いたら自然とそんなことを口走ってしまった。


「一成くん…」


 そして政臣さんが、とても嬉しそうに…でもそれ以上に、真由美さんが、真由美さんが!?


「一成くん!! もうっ、どうしてそんなに可愛いことを!?」


 真由美さんが、まるで襲い掛かってくるように(?)、俺の方へ向かって!?


…けど、やっぱりそれよりも早く、沙羅さんが前へ割り込んで、俺のことを抱きしめながら真由美さんから遠ざけてくれる。


「全く…油断も隙もない」


「んもう、沙羅ちゃんは…」


「ははは、真由美の気持ちは分からないでもないけど、一成くんは沙羅の婚約者だからね。そのくらいにしておきなさい」


「…あなた?」


「…お父さん?」


 これは…

 やっぱり、政臣さんも俺と同じように、さっきのことで?


 そうだったら…いや、きっとそうだ。

 だから嬉しい。


「済まないね、一成くん。とにかく、顔合わせに関しては安心して欲しい。君に恥をかかせないように、私もしっかりとご挨拶させて貰うから」


「はい、大丈夫です。両親への説明は、お義父さんにお任せします」


「一成さん…」


「一成くん…?」


 こんなことを言ったら不謹慎なのかもしれないけど、今日のことは沙羅さんのお兄さんかお姉さんが、俺と政臣さんの距離を近付ける切っ掛けをプレゼントしてくれたんじゃないかって…何となく、そんな風に思えたんだ。


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 夜。

 色々あった今日という一日も終わり、後はもう寝るだけという時間になった。

 いつものように沙羅さんが先に布団へ入り、それに続いて俺も入る。

 直ぐに沙羅さんは俺のことを抱っこして、優しく頭を撫で始めた。


「一成さん、今日も一日お疲れ様でした」


「沙羅さんもお疲れ様でした。今日はホントに色々ありましたね」


「はい。なかなかに濃い一日でした。でも朝のあれは、色々あったという感想で済ますつもりはありませんけど」


「そうですね、もう二度と来ないことを願いますよ」


 実際、あいつらの顛末については、担任から大丈夫だという報告しか受けていない。処分とか、何かしらのペナルティがあったかどうかも分からないけど、もうその辺りは担任に任せるしかない。

 それに…前に担任が、何故か俺達をフォローをしてくれるようなことを言っていたような気もするし。


「一応、先生が何かしらの対処をして下さったようなので、暫くは様子を見ましょう。もし、もう一度、一成さんの前に立つようであれば、そのときは私が容赦しません」


「沙羅さん、もしそうなったら俺が対応しますよ。だから、矢面に立つなんて危険なことはしないで下さい。そういうことは…男の役目です」


 今までずっと、沙羅さんに守られていた俺が言っても説得力がないかもしれないけど…

 でも今回のようなことは、万が一拗れた場合にどうなるかわからない。

 だから、矢面に立つのは俺だけでいいんだ。


 それに…きっともう直ぐカタがつく筈。


「一成さん、お気持ちは嬉しいのですが、私も…」


「ならせめて、沙羅さんは俺の後ろに居て下さい。俺のことを、後ろから支えて下さい。それだけで俺は」


 ちょっとクサいことを言ってる自覚はあるけど、それで沙羅さんが納得してくれるならそれでもいい。実際、もし反対の立場だった場合、俺だって素直に任せますなんて言えないだろうし。


「畏まりました。それでは私の本懐として、一成さんを後ろから支えさせて頂きますね。でも今は…」


 ぎゅ…っと、沙羅さんが俺を抱きしめる力を強くする。

後ろから支えるのが「本懐として」ってのが、どういう意味なのかわからないけど、でも沙羅さんがそれで納得してくれたなら別にいい。

 沙羅さんが後ろから支えてくれるなら、俺は絶対に負けないから。


「ところで一成さん、今日…父と何かありましたか?」


「えっ!?」


「成る程、やはり何かあったのですね。二人の様子が明らかにいつもと違いましたから」


 し、しまった…

 いきなり図星を突かれて、思わず過剰反応してしまった。

 こうなってくると、絶対に内容を聞かれちゃうよなぁ…

 でも、プレゼントから波及したってことで納得して貰えるかも?

 とにかく、あのことだけは、まだ絶対に話す訳にはいかないから。


「そんなに、いつもと違いましたか?」


「はい。父にプレゼントをして下さったことを考慮しても、一気に仲が良くなったと言いますか、距離が縮んだと言いますか。勿論、父と打ち解けて頂けたなら、それは嬉しいことなので、特に問題がある訳では無いのですが」


 どうやら沙羅さんの目から見ても、明らかに政臣さんと俺が仲良くなったように見えていたようだ。傍から見てもそう思えてたって意味では嬉しいけど、あのプレゼント一つでそこまで変わったと納得するのは流石に無理か…


「そうですか…でも、俺も正直、そんな実感はあります。だから、嬉しいんですけどね」


「差し支えなければ、何があったのかお聞きしても宜しいですか?」


 まぁ…当然そうなるか。

 ここで俺が秘密だと言えば、きっと沙羅さんも無理には聞かないでいてくれるだろうけど。

 でもせっかくだから、肝心な部分は話さないにしても、せめて政臣さんが沙羅さんのことを大切に思ってくれているってことだけは話してもいいんじゃないか?

 政臣さんから直接だと沙羅さんも構えてしまうだろうけど、それならせめて、俺の方から…


「政臣さんにプレゼントを渡したら、本当に喜んでくれたんです。だからアルバイトの打ち合わせをしたときに、かなり色々と話をしました。その、沙羅さんが生まれたときのこととか、俺のことをどう思ってくれていたのか…とか」


「わ、私が生まれたとき? そのようなお話までされたのですか?」


 流石にそこまで深い話だとは予想できなかったみたいで、沙羅さんも素直に驚き声をあげた。俺は色々と分かり易いみたいだから、変に狙うと却って沙羅さんに気付かれてしまうかもしれない。だから、話したいところだけをストレートに伝えれば…


「はい。沙羅さんが生まれてきてくれて、二人がどれだけ喜んだのか…とか、政臣さんが女の子を欲しがってた…とか、そんな話をしました」


「父が? そ、そうなんですね。それは少々恥ずかしいと言いますか、私も何と言えば良いのか…」


 自分が生まれてきたときのことを話してたなんて、やっぱり恥ずかしいよな。

 俺だって、もし沙羅さんが両親と同じようなことを話してたら、やっぱり恥ずかしいって思うだろうし。

 でもこの辺りの話は掘り下げるとボロを出しそうだから、早く次へ…


「それでですね…そんな大切な沙羅さんが決めた相手だから、政臣さんはどんな形になっても、俺のことをちゃんと認めてくれるつもりだったって教えてくれました。口では何と言っても、最初から答えは決まってたんだって、そう言ってくれました」


「…そう…だったんですね…」


「はい。大切な沙羅さんの決めた相手だから、俺のことは絶対に間違いないって。信用できるって。だから俺達のことは必ず認めるつもりだったって、そう言ってました」


「………」


 沙羅さんがこれを聞いてどう思ったのかわからないけど…でもきっと、政臣さんが沙羅さんのことを本当に大切に思ってることくらいは伝わってくれる。

 俺はそう思う。


「今日のことで、政臣さんは俺のことを、本当の息子だと思っていたことを改めて実感したって言ってくれました。息子のように…じゃなくて、本当の息子だって。だから俺も嬉しくて、政臣さんと…本当の意味で、薩川家の一員になれたんだって、そう思ったんです」


「一成さん…」


「だから、沙羅さんが感じたことは、俺と政臣さんの気持ちが近付いたからだと思います。政臣さんは俺のことを本当の息子だって言ってくれて、俺も政臣さんのことを…勿論、真由美さんも、もう一人のお父さんとお母さんだって。俺も薩川家の一員として家族になれたって、そう思ったんです」


 別に蟠りがあった訳じゃないし、俺は政臣さんのことも、真由美さんのことも大好きだから、今まで通りの感じでも大丈夫だと思ってた。実際大丈夫だったとは思うけど、でも今日のことがあって、俺も政臣さんも、お互いを「本当のような」じゃなくて「本当の」と言えるようになったんだと思う。

 だから沙羅さんが気付いた違和感は、その違いが表れたってことだろう。


「そう…だったのですね。父が…そんなことを…あの父が…」


 ショック…とは違うんだろうけど、少なからず衝撃を受けたというか、かなり驚いたというか、沙羅さんはそんな様子。

 でもそれは、俺の言ったことをしっかりと理解してくれたってこと。

 それを聞いて、ちゃんと政臣さんのことを考えてくれているってことだ。


「はい。だから俺は、今日のことがあって、ますます政臣さんと仲良くなれたって思いました。今なら素直に、政臣さんのことをお義父さんって呼べます」


「そう…ですか」


「はい。だから沙羅さんも、政臣さんのことをもう少しだけ信用してあげて下さい。お見合いの件も、まだ俺の存在を知らなかっただけですし。それに、沙羅さんが決めた相手だから間違いはないって、俺のことを無条件で認めてくれるつもりだったんですよ。沙羅さんのことを本当に大切に思ってるから、信用してるから、だから俺のことも直ぐに信じてくれたんです」


「…………」


 ぎゅ…


 沙羅さんは俺を抱きしめる力をもっと強めて、まるで何かの思いを吐き出すように、しっかりと俺を抱きしめてくれる。

 きっと俺の言葉は伝わった。政臣さんの気持ちも分かってくれた…そう感じる。


 きっと…


「ありがとうございます、一成さん。父が、そこまで考えてくれていたなんて…今まで気付きませんでした。いえ、向かい合おうとしなかっただけだと思います。私は…」


「沙羅さん…」


「もう少し、父と向かい合ってみようと思います。何より、私の大切な一成さんがそこまで言って下さるのですから…但し、私は無条件と言う訳にもいきませんけどね…ふふ」


「はは、それでいいと思いますよ。やっぱり、家族の仲が良いのが一番ですから」


 良かった…

 少しでも前向きになってくれたなら、それだけでも今は十分だ。

 でも沙羅さんは、俺の期待以上に政臣さんと向かい合おうと決めてくれたみたいだし、そこはちょっとだけ意外だったけど。でも良いことだから、そこは気にする必要は無い。

 後は少しでも二人の仲が改善されれば…


「はい。ありがとうございます…本当に。ですが…」


 沙羅さんは俺の頭を抱きしめると、天国の如き心地良さを持つ、柔らかいその場所へ…俺の顔をしっかりと埋めてしまう。深く深く俺を抱きしめるように、そして両手で丁寧に、俺の頭を撫でてくれる。


「もう…一成さんは本当に…どこまで私を惚れ直させるのですか? 私は、何度あなたに恋をして、何度あなたと結ばれたいと思えばいいのですか?」


「さ、沙羅さん?」


「愛しております。心から、あなたを愛しております。私は、あなたと結ばれる為に生まれてきたと…そう思っています。いえ、絶対にそうです。そしてそう思えば、私をこの世に送り出してくれた両親に…父にも感謝の気持ちが芽生えるというものです」


 沙羅さんは本当にブレないな…

 政臣さんと向き合う感謝の気持ちを、俺との点に見出だすなんて。

 でも、例えそれがどんな理由でも、政臣さんと…お父さんと向き合う切っ掛けになるのであれば、それでもいいと思う。

 寧ろ、俺のことが切っ掛けになるのであれば、それはそれで光栄なことなのかもしれない。


「確かにそうですね。でもそうなると、沙羅さんをこの世に送り出してくれたと言う意味で、俺からも政臣さんと真由美さんに最大級の感謝をしたいです」


「ふふ…でも、それは一成さんも同じですよ?」


「え?」


 俺も同じ?

 今の会話の流れで、そういう話になるような要素は無かったように思えるんだけど?


「一成さん…私は、一成さんのご実家に…少々大袈裟な言い方ではありますが、一成さんの故郷に行ってみたいのです」


「…俺の?」


「はい。ですから…お義父様と、そしてお義母様と…しっかりお話をなさって下さい。一成さんが今までご実家に関するお話を殆どされないことも、ご両親に連絡をされないことも、一度もご実家に帰らないことも…」


「っ!?」


 そういう意味か…

 沙羅さんが政臣さんと向き合えるように、感謝を覚えたように…

 俺にも同じようにしろって、沙羅さんはそういう意味で同じだって言ったのか。


 やっぱり、沙羅さんには気付かれてたんだな…


「顔合わせは、そういう意味でもちょうど良い機会だと思います。今日のお話は全くもって想定外でしたが、でもそれがあったからこそ、私も一成さんにこのことをお伝えする決心がついたのです。私は一成さんの為にも、父と向き合うと決めました。ですから一成さんも…もし理由が必要であるなら、私の為にご両親と向き合って頂きたいです」


 これは正直、目から鱗と言うか…でも。


 そうだ、沙羅さんの言う通りだ。


 どちらにしても、俺はプレゼントを渡すことで、少しでも親と向き合うつもりはあった。あの当時のことで話をするのは勇気がいるけど、それでも良い機会だとは思った。


 でも沙羅さんが…

 俺は沙羅さんの為にも、親と向き合うんだと考えたら…


 俺は…何も怖くない。


 それに、さっきの言葉。


 沙羅さんをこの世に送り出してくれたことを、政臣さん達に感謝すると言うのなら。

 つまり、俺も沙羅さんと出会う為に生まれてきたと言うのなら。


 俺をこの世に送り出してくれた親に、それだけでも感謝したい気持ちがある。


 そして政臣さんの沙羅さんへの気持ち。


 沙羅さんが生まれてきてくれたことに対する両親の喜び、それは俺の親も同じだったんじゃないかって。

 そう考えたら、今までとは違う気持ちで親に接することが出来るんじゃないかって、初めてそう思えた。


「ありがとうございます、沙羅さん!」


「一成さん?」


「俺はもともと、今回の顔合わせで、親と話をしようとは思ってました。どこまで言えるかわからなかったけど、それでも話をしようとは思ってました。でも、自分の為だけじゃなくて、沙羅さんの為でもあるんだと思えば、俺は親と、しっかり向き合える自信があります。だから…」


 俺は自分でも気付かない内に、沙羅さんの胸から顔を離していた。

 でもちょうどいい。

 自分の気持ちを、決意を伝えるように、俺は沙羅さんの綺麗な瞳をじっと見つめる。

 沙羅さんも同じように、俺から微塵も視線を逸らさずに、柔らかい、優しさに溢れた瞳で、俺を見つめてくれる。


「近い内に、俺は必ず、沙羅さんを実家に連れて行くって約束します。俺が生まれた家を、俺が育った街を、思い出の場所を、沙羅さんに知って欲しいから。だから俺は…むぐっ」


 ちゅ…


 デジャヴだけど、俺は最後までそれを言うことが出来ずに…沙羅さんに唇を奪われてしまう。

 沙羅さんが感極まったような表情を見せたと思ったときには、もうキスをされていた。

 でも、もう言うべきことは殆ど言い終わっていたから…


「…一成さんはズルいです。そんな嬉しいことを言われてしまったら、私は…私は…一成さん、もう一度…んっ」


 ちゅ…


 沙羅さんの感極まった表情は収まる気配がなくて、俺は再び唇を奪われてしまう。しかも頭を抱えられているので、もう完全に、されるがままになってしまって。


「一成さん…私、楽しみにしております。ですが焦らないで下さいね」


「はい、約束します。絶対に」


「嬉しい。愛しております…心から、お慕いしております…あなた」


「俺もだよ…沙羅」


「んっ…」


 ちゅ…


 沙羅さんからの三度目のキス…

 それは俺達の気持ちが、想いが、また一歩進んだような。

 そう感じさせるような、どこまでも優しい気持ちになれる、そんな幸せなキスだった。


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            ~お姉ちゃんへのプレゼント~


 放課後、生徒会室へ向かう途中。


 今日は花子さんにプレゼントを渡す為に、ブローチ持参で学校に来た。だからいつでも渡せるんだけど、いつでも渡せるだけにタイミングが難しいと言うか。


 でもここで渡さないと、もう今日は花子さんに渡すタイミングが無くなってしまう。

 沙羅さんの目の前で渡すのはデリカシーが無さすぎるので、それだけは絶対にするつもりはない。

 つまり、もうチャンスは今しか。


「一成…さっきからどうした?」


「えっ!?」


「何かソワソワしてる。気になることがあるなら、お姉ちゃんに相談して?」


 可愛らしくコテンと首を傾げながら、花子さんは不思議そうに俺へ問いかけてくる。

 我ながら挙動不審になっていた自覚もあるので、ソワソワという表現は多分マイルドというか、花子さんの優しさを感じてしまう。

 と言うか、別に告白をするとかそんな重大案件じゃないし、何で緊張してるんだろうな、俺は?


 よし…


「花子さん、直ぐに終わるから、ちょっとだけ付き合ってくれないか?」


「今から?」


「ああ。ホントに時間はかからないから」


「わかった。一成のお願いなら、お姉ちゃんは喜んで聞く。抱っこでもキスでも大丈夫」


「いや…それは流石に」


 冗談だよな…?

 と言うには、花子さんはアッサリと言うか、さも当然と言わんばかりの様子で。

 もし冗談でキスをして欲しいって言ったら、本当にやりそう。

 いや、これは本当にやるな…間違いない。


「ふふ…一成がしてってお願いしてくれたら、お姉ちゃんは直ぐにやる」


「………」


 ダメだ、これは冗談でも言ってはいけない。

 余計なことを言わずに、早く目的を達成しよう。


………………


 生徒会室に向かう前に、少しだけ寄り道をしていつもの踊り場へ向かう。

 何だかんだ言って、あそこは色々と都合がいいので、すっかり秘密の場所みたいな扱いになってしまった。


「一成、こんな人気のない場所で、一体お姉ちゃんに何をして欲しい?」


「言い方!」


「ごめん。でも急にどうした?」


 変に誤解されても(冗談なのは分かってる)困るから、俺はさっさと、バッグの中から不格好に包装されたブローチを取り出す。


「一成?」


「花子さん、これを」


 俺がそれを差し出すと、キョトンとした表情でそれを見つめる花子さん。

 イマイチ状況を掴めていないのか、でも俺が差し出したことの意味は何となく理解しているようで、困惑と喜びが混在したような…そんな感じ。


「…その、私に?」


「ああ。その…いつもありがとう、お姉ちゃんってことで」


 俺がそこまで言って、やっと自分へのプレゼントだと確信が持てたみたいだ。

 花子さんはそれを手に取ると、わくわくしたような、嬉しそうな笑顔を見せてくれる。


「あ、ありがとう。その、嬉しい…凄く、凄く嬉しい」


 俺の差し出したそれを、両手で大切そうに持つ花子さん。もう感動しきりと言った様子で、中身を見る前から早くもお礼を言ってくれる。

 でも開けたそうにしているのは一目瞭然なので、やっぱり俺の方から打診してあげた方が良さそうだ。


「花子さん、時間も無いから、開けるなら早い方がいいぞ?」


「えっ…う、うん、開ける…開ける!」


 ちょっと焦っているのか、花子さんは少し覚束ない様子で包装紙を丁寧に剥がし始める。そして直ぐに姿を現すブローチを見て、花子さんの動きが…固まってしまう。


 ちなみに花子さんのブローチは、沙羅さん専用みたいに特別な物が付いている訳じゃない。あれは沙羅さん専用だからこそであり、差別とか区別みたいな言い方じゃなくて、沙羅さん以外にもプレゼントを渡すことに対する、俺なりのケジメみたいなものだ。


 それでも…


 このブローチは俺なりに、花子さんのイメージを考えて選んだつもりだ。

 小さな可愛らしい花がいくつも寄り添って構成されている、実はなかなかに作るのが大変だった力作のブローチ。


「ブローチ…」


「その、俺なりに花子さんのイメージとか色々考えて、それで選んで作ったつもりなんだ。だから…」


「うれ…しい…」


「っ!?」


 花子さんはブローチをじっと眺めて呆然としていたように見えたけど、でも俺の顔を見て…見て…目端に涙…


「嬉しい…うれ…しい…一成からのプレゼント、ホントに、うれ…しい。私の為に作ってくれた、私のことを考えて選んでくれた…一成の、ブローチ…」


「…花子さん」


 目端に涙を浮かべて、幸せそうにブローチを眺める花子さん。ここまで喜んで貰えるなんて…


「これは私の宝物。弟から…一成から初めて貰った大切な宝物。一生…一生大切にする」


 俺の渡したブローチを大切そうに両手で包み込みながら、花子さんは嬉しそうに、幸せそうに、見ているこちらまで幸せな気持ちが伝わってくるような、そんな笑顔を見せてくれる。指で目端の涙をそっとすくいながら、でもしっかりと笑ってくれた。


「…ありがとう」


「何で一成がお礼を言う? それは私の台詞」


「いや、そこまで喜んでくれて、俺としても嬉しかったから」


 思わず出てしまったお礼の言葉だけど、自分でも言ったことに納得できる一言だ。

 手作りとはいえ、お世辞にも綺麗とは言えない、ちょっと歪なブローチ。

 それでも、沙羅さんも、真由美さんも、政臣さんも、そして花子さんも、こうして喜んでくれた。心から笑ってくれた。

 それがどれだけ幸せなことなのか。

 そう思ったら、俺も自然とお礼の言葉が出てしまった。


「一成」


 くいくいっと、花子さんが俺の袖を小さく引っ張る。俺の頭を撫でたいとき、自分の手が届く位置まで頭を下げて欲しいという暗黙のアピール。

 別に断る理由もないし、だから素直に頭の位置を下げて…花子さんが頭を撫でやすい位置に頭を持っていく。


 ナデナデ…


「一成…ありがとう。本当に嬉しい。このブローチは、一生大切にする」


「そこまで喜んでくれたなら、俺も嬉しいよ。でも、折角だから気軽に使って欲しい」


「うん。でも勿体ないから、使うタイミングはしっかりと考える」


「わかった。じゃあ…改めて、いつもありがとう、お姉ちゃん」


「…もう一度」


「花子さん?」


「もう一度、お姉ちゃんって…呼んで?」


 花子さんの声が、何故か耳元で聞こえたような気がした。

 こんな風におねだりされてしまうと、ちょっと照れ臭いけど。

 でもこんなときくらいは、花子さんの要望に答えてあげてもいいと思う。


 だから…


「いつもありがとう…お姉ちゃん」


「うん。一成…ありがとう。大好き♪」


 ちゅ…


 そして…頬に小さく、花子さんがキスをしてくれた…



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 やっぱり、学祭前に、どうしても入れておきたいシーンだったので、書かせて頂きました。学祭スタートだと思っておられた読者様はごめんなさい。


 一成の様子が変わったことに気付いて、それをスルーなんて沙羅には有り得ないと私は思いました。だから、夜のシーン(真面目な意味でw)も書かせて頂きました。想定していたより、かなり真面目な話になってしまいましたが。


 後は、花子さんにプレゼントを渡すのは、学祭前でなければおかしいと思いまして、やっぱりそれも入れさせて頂きました。花子さん推しの方に喜んで頂ければ幸いですw


これで心置きなく、学祭に専念できます。


余談ですが、やっと自分の書き方が統一されてきたように思えます。書いていてしっくりくるようになりました。他にも色々と気付けたことがあるので、そのお陰か、今回も一万文字くらいありますけど、かなり早く書けました。自分でも驚いてます。

 前回といい今回と言い、今まで本当に感覚だけで書いていたんだと、自分でも改めて気づきました。


 学祭前にこうなれて、正直助かりました。


という訳で、長らくお待たせしました。

次回からは、本当に学祭編スタートします。

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