第328話 集合
side 楠原 豊(タカピー女の従兄)
「すまない、待たせたね」
「いえ、私が勝手に待っていただけですから、どうぞお気になさらず」
薩川専務が校長室に入ってから、約一時間…
途中でお茶を持った職員が入るなどしていたので、ある程度の長期戦は覚悟していた。
最悪、玲奈の晴れ姿を見れないことも覚悟したが、立場ある人間としては、どちらを優先するべきかなど考えるまでもない。
だから、そうなった場合の穴埋めをどうするか…と考えていた矢先に終わってくれたので助かった。
薩川専務はこの後ミスコン会場に向かうとのことなので、今からであれば最終審査には何とか間に合うだろう。
「薩川専務、会場に向かわれますか?」
「そうだね。余計な話のせいで遅くなってしまったが、今から向かえば少しくらいは見れるだろう」
「はい。それでは…」
あの薩川専務が、わざわざこの学校に足を運んでどんな話をしていたのか…正直に言えば、かなり気になる。
恐らくお嬢様に関する話だとして、それを校長になど、普通であれば大袈裟なことだ。
もしくは、大っぴらに出来ない何らかの話であった可能性も考えられるが、それをわざわざ学祭の目立つタイミングでする理由もない。
果たして…
「話の内容が気になるかい?」
「はっ!? い、いえ、決してそのような!!」
「個人的な話だから、大したことじゃないよ。娘たちのことで、ちょっとね…」
「そ、そうでしたか…」
…しまった、私としたことが。
専務は特に気にされた様子はないが、勝手に同伴しておいて好奇心を出しすぎるなどイメージが悪すぎる。
ましてミスの出来ない重要な相手に対してそれはマズい。
気を付けなけ……ん?
いま…娘"たち"と言ったか?
確か薩川専務のお嬢様は一人っ子だった筈…いったい何のことだ?
……………
「楠原さん、こちらです!!」
会場前に到着すると、待ち合わせをしていた部下の一人が駆け寄ってくる。
彼等は朝からここに来ていて、先に場所取りをしておくと意気込んでくれていたのだが…これ程の観客が集まっているのであれば、場所取りが無ければ満足に見ることも出来なかったかもしれない。
「これは凄いね…私がこの学校に居た頃は、ここまで一般のお客さんは入っていなかったよ」
「そうですね、私は去年も見に来ましたが、この半分も居たかどうか…」
正確には途中からしか見ていないが、ここまでの一般客…他校の生徒達や中高年、親子連れに、あまりこういう言い方はしたくないが、オタクと呼ばれるような風貌の連中…ここまで観客は多くなかった。
去年とは明らかに違う客層と規模…これは一体どういう?
「さ、さ、薩川専務、ご挨拶が遅くなり誠に申し訳ございません! 私は…」
「あぁ、さっき彼にも言ったけど、別に会社でもないし仕事で会ってる訳でもないから、そこまで堅苦しくしなくてもいいよ?」
「は、はい、ありがとうございます!!」
まぁ…あの薩川専務を前にして、緊張するなと言う方が無理な話だ。
まさかこんな場所で、本社の上層部…しかも、佐波グループ次期会長と言われる薩川専務と対面するなど、予想外という言葉で済むレベルではない。
念の為に連絡しておいたが、例え心構えをしていたとしても、こうなるのは仕方ないだろう…
「部下の紹介は、私の方から改めて致します。それよりも専務、この後はどうなさいますか?」
「うーん…さっき真由美…妻に連絡をしたら、繋がらなかったんだよ。RAINも既読にならないし…先に来ている筈だから、合流するつもりだったんだけどね…」
「なるほど。ですがこの状況では、奥様を探すことは難しいのではないかと」
「うん、そうだね。さて、どうしようかな…」
「もし宜しければ、私共とご一緒に如何ですか? 幸い、スペースも確保しておりますので」
一応、この事態を想定した上で部下達に連絡をしておいたからな。
それにこれは折角の機会だ。部下達を次期グループ会長に紹介する…これは私に付き合ってくれた恩恵、褒美のようなものだと考えれば悪くないだろう。
「は、はい!! 十分にスペースは確保して御座いますので、薩川専務が宜しいようでしたら是非に!!」
「そうかい? それじゃお言葉に甘えようかな……本当は一成くんに連絡をする手もあるけど、それをしたら沙羅に怒られそうだし」
「はい? 今、何か?」
「いやいや、何でもないよ。それじゃ、済まないけど宜しくね」
よし…
これで後は、部下達を専務に紹介して…奥様と合流の際には私がご挨拶。そしてミスコンが終われば、お嬢様にも。
そうだ、専務のお嬢様が出場されているのだから、応援の方も考えなくては。
玲奈の応援は程々にして、お嬢様の応援を少し多めに…これ見よがしになり過ぎなりすぎないよう、部下達に注意する必要もあるか。
後は玲奈が上手くやれば、それで全てが丸く収まる筈。
ふふ…順調すぎるな。
寧ろ、順調すぎて怖いくらいだ。
我ながら感心してしまう。
………………
…………
……
現在、ステージ上では料理審査…最終審査が行われており、客席の盛り上がりは凄まじいものになっている。
それぞれが支援してる出場者の名前を叫び合い、その中にはもちろん玲奈の名前も。
だが一番多く叫ばれているのは、どう聞いても薩川沙羅さん…もはや圧倒的と言える程に明確な差がある。
この時点で玲奈が劣勢になっているは間違いないが、残念なことに、それを仕方ないと思ってしまうことも事実。
何故なら、それ程までに…お嬢様の容姿が優れているのだから…
以前のパーティーで少しだけお目にかかったことはあるが、ここまでハッキリと姿を見たのは今回が初めて。
身内びいきと言われようと、玲奈もお世辞抜きの美少女であることに違いはないが…専務のお嬢様は、文字通り次元が違う。
立ち姿を見ているだけでも、息を飲む程の美貌の持ち主。もはや芸術と呼べる程に整った顔立ち、同性ですら羨むであろう美しく長い黒髪。清楚な佇まいに、どこか芯の強さを感じさせる雰囲気…「凛とした」という言葉がこれ程当てはまる女性を、私も今まで見たことがない。
巷で言う、いわゆる「アイドル」と呼ばれる存在ですら、彼女の前では霞んでしまうだろう…
これ程の美少女が相手では、いくら玲奈でも容姿で勝つことは不可能だ。それは客席の歓声でもハッキリ分かることであり、あいつには申し訳ないが、私も認めざるを得ない。
もちろん素直に喜ぶことは出来ないが…これで玲奈が気を使うまでもなく、お嬢様の優勝は間違い無いと言える。
普通であれば……な。
「な、何がどうなって…真由美は何をしているんだ?」
唖然と、呆然と…目の前の状況がまるで理解できないと言った様子で、ステージ上の光景を眺めている薩川専務。
たがそれは、私も全く同じだ…
「こ、これは驚きましたぁぁぁぁ!!!!! まさかの親子対決は、まさかまさかの同一料理対決です!!!! やはり娘さんへの試練の為に、同じ料理を選んだということでしょうか!!!!!」
親子対決…やはりあれは、どう見ても薩川真由美さん。
いや、そもそも見間違えることなど有り得ない。薩川専務の奥様と言えば、佐波グループ内でも絶世の美女と呼ばれているくらいに有名で…そういう意味では、お嬢様の美貌も奥様の血を引いていると言えるのか。
っと、今はそんな話ではない!!
「奥様のことを何故報告しなかった!?」
「いえ、私達も何が何やら…」
「つい先ほどまでは、名前も違って変装されていたんですよ!! 突然のことで、私達も半信半疑だったというか…」
名前が違って…変装だと?
つまり、正体を隠して参加していたということか?
「さ、薩川専務…」
「…いや、すまないね、私もこの状況が飲み込めないと言うか…何をやっているんだ真由美は…」
自分の奥様が、正体を隠してミスコンに出場…こんな事態を簡単に受け入れられる者がいるなら私も見てみたい。
とは言え、こんな状況で何と言えばいいのか…まさかミスコンを中止にしろと怒鳴り込む訳にも。
「薩川専務、奥様にも何か理由が…」
「勿論そうだとは思うけどね。でもこれは…どうすればいいんだろうか…」
戸惑いの表情を浮かべて、ステージ上の奥様をじっと見つめる薩川専務。
でも残念ながら、これについて私の方から言えることもなく…
ただ一つだけ分かっているのは、これで合流後の挨拶が難しくなってしまったかもしれないということ。
もしくは、私がそれを上手く取り成すことが出来れば、或いは奥様にも覚えが良くなるかもしれないが…どちらにしろ、今は成り行きを見守るしかないな…
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「はい!!! 残り三分でぇぇぇす!!!!」
スクリーンに表示されているタイマーが三分を切り、ステージ上では出場者達の動きが一層慌ただしくなっていく。
そんな中、盛り付けを行っている沙羅さんと真由美さんは、特に焦った様子もなく極めて順調のようで。
まぁ…沙羅さんが料理に間することで困るなんて、全く想像できないからな。
「あ、薩川先輩終わったみたいだね」
「真由美さんも終わったみたいだよ」
「ほぼ同時かぁ」
「さて、結果はどうなるか…」
真由美さんと同じレシピで作ったとなれば、後は技術の部分が大きな要素を占めてくる。もちろん細かい味付けや、微妙な匙加減もあるだろうが、果たして本気の真由美さんに対してどこまで…
「もぐもぐ…」
ちなみに未央ちゃんは、大人しく俺に抱っこされたままでおやつタイム。
和美さんから渡されたマドレーヌを、美味しそうにもぐもぐとしている。
ぷっくりと膨れた頬っぺたと、マドレーヌを掴む小さなお手々が、ハムスターやリスといった小動物を連想させて…
こんなの可愛いに決まってるだろ!!!
あと花子さん、気持ちは分かるけど撮影が必死すぎます。まるで某会場のカメコみたいですよ…って、実物を見たことは無いけどさ。
「はい、おにぃちゃん、あーん」
その可愛らしいお手々で、小さくちぎったマドレーヌを、俺の口許へそっと運んでくれる未央ちゃん。
それじゃ遠慮無く…
ぱくっ…もぐもぐ…
お、これは美味い。
「おいし?」
「うん、美味しいね」
「ね~!!」
「かはぁっ!!??」
俺の感想に、あどけない笑みを返してくれる未央ちゃん…と、いきなり「何か」を吐き出して崩れていく花子さん。
まぁ…これは仕方ないよな。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「っ!?」
突然聞こえてきたのは、このミスコン始まって以来の黄色い歓声。
俺達の周囲には野郎共の姿しかないし、かなり後ろの方から聞こえてきたような…いや、そもそも可愛いって、一体何があった?
「おにぃちゃん、あれぇ!!」
未央ちゃんがバタバタと指をさす方向を確認すると、そこには何故か、俺と未央ちゃんの姿が……スクリーンに映ってるし!?
あのカメラかっ!?
「いやぁぁぁ副会長さん、ナイスな映像ありがとうございますぅぅ!!! すみませんねぇぇ、某所でリクエストが出てまして…あ、カメラに向かって手を振ってあげて下さい!!!」
未央ちゃんが楽しそうに手をふりふりと。
それに釣られて、俺も手をふりふり…何やってんの、俺?
「高梨くぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」
「副会長さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
「…は?」
そして何故か聞こえてくるのは、俺の名を呼ぶ…黄色い声援??
えーと、ホントに何なのこれ?
「一応、説明をしますね!!! さっきの映像を見た会場の女性陣から、もう一度副会長さんを映して欲しいってリクエストが来てたんですよぉ!!!! 私が言うのもなんですが、やっぱりあの光景は女子的にポイントが高……いえ……その……な、何でもありませんゴメンナサイ許して下さいもうしません」
俺を茶化すようなニヤけ顔が一転、見てはいけないものを見てしまったように…恐怖に歪んだ顔で、呪文のような謝罪を口にするみなみん。
いきなりどうし…あ…
「あ~あ…みなみん、やっちゃったねぇ」
「あの司会者、嫁の地雷を踏み抜いた。いい度胸」
「うわ…さ、薩川先輩が」
「さ、薩川先輩の前で…一成に他の女子の話をするなんて…」
「あれは…自殺行為だぞ…」
いやいや皆さん、それは大袈裟ですから。
…なんて言える筈もなく。
この位置から見ても、沙羅さんの目が完全に座っているのが分かってしまう。
その冷たい眼差しは、みなみんを強烈に射抜き、蛇…いや、女神の天罰を恐れる者の如く、震えて謝罪の言葉を口にする他道は無い…なんて。
でも、沙羅さんが怖いことだけは事実なのですよ…
「深澤さん…?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!! すみませんごめんなさい調子に乗りましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!! さっさと進めますぅぅぅぅぅぅ!!!」
ビシッと軍隊ばりの敬礼を披露して、そそくさと避難を始めるみなみん。
沙羅さんの強烈なプレッシャーは、周囲にまで影響を及ぼしているようで、他の出場者も一様に固まっていて…真由美さんだけ苦笑してるが。
でも俺から言わせて貰えば、さっきのアレは俺と言うより、「未央ちゃん主役+俺」って感じだろうから…別に大した話じゃないだろ?
そこまで自惚れるほど、俺は自分に酔ってないですよ。
ビピーーーーーー!!!
「しゅ~~~~りょ~~~~で~~~~~す!!!!」
試合終了を告げるホイッスル…もとい、制限時間終了のホイッスルが鳴り響き、みなみんからも終了宣言。
これで出場者のやるべきことは全て終了。後は審査結果を待つであり…解放されたように安堵の表情を見せる人や、不安そうに周囲と自分の料理を見比べる人。
沙羅さんと真由美さんは、真剣な表情でお互いを見合っている。
そんな中、一人だけ妙に自信満々のドヤ顔を浮かべてるのは…あいつは何でそんなに自信があるのか、本当に謎すぎる。
「それでは、折角の料理が冷めない内に、さっさと審査の方に入らせて頂きます!!! 審査員の皆さん、どうぞ!!!!」
みなみんの合図を受けて、ソテージ袖からゾロゾロと現れる一団…審査員の面々。
比率としては女性陣の方がかなり多いようで、男も数人混じっているが…あれは多分準備会の連中。
だがそれよりも、俺が気になっているのは最後に入ってきた異色の存在。
場違いな和服に、白髪のかつら? 口の周囲を覆うような長い髭の老人(?) …っ、あれはまさか!?
「最後に入ってきたの、何?」
「さぁ…多分、何かのコスプレでしょう?」
「あれは味…」
「ストップ花子さん、それ以上はいけない」
その名前はド直球すぎるので、神様から緊急停止命令が出ました。
確かに料理審査と聞いて思い浮かぶのは、口から色々飛び出しちゃうトンデモ爺ちゃんか、某美味しい物を食べよう倶楽部の…いや、何でもないっす。
「う~ま~…」
「花子さん、らめぇぇぇぇぇ!!!」
「むぐっ…」
非常に危険な台詞を察知して、神様から二度目の緊急停止命令!!!
右手は未央ちゃんを抱っこして塞がっているので、空いている左手で何とか花子さんの口を塞ぐ…はっ!? しまっ…
「ん…」
ちゅ…
手のひらに伝わってくる、柔らかくて温かい感触。瞬間的に前回の失敗を思い出して、咄嗟に手を引こうとしたものの…時既に遅し。
またしても花子さんのキスを受けてしまいました。
ちょっとくすぐったいです…
「ふぁぁぁぁぁ!! は、は、花子さん!!??」
「ちょ!? こんなところで…」
「あ、しまった。思わず」
そんなことを言いつつも、花子さんに「しまった」なんて様子は微塵も無く。
そしてモロにアレを直視したらしい藤堂さんは、顔が真っ赤になっていて…今度は未央ちゃんが、そんな藤堂さんを見て不思議そうに首を傾げる…あと、和美さんも。
見られなくて良かった…
「まりなおねぇちゃん、どうしたの?」
「ふぇぇっ!? な、な、何でもないよ!?」
このリアクションを見て、「何でもない」と納得する人が果たしてどのくらい居るのか?
いや、もともとは、俺が不用意に手を出したのが悪いんだが。
「それでは、審査を開始させて頂きます!!!!」
ステージ上では、目の前に並べられた料理に対して、審査員が手に持ったチェックシート(?)に何やら記入を…あれは見た目の採点をしているのか?
「何かドキドキするね。ミスコンの結果はともかく、薩川先輩があそまで頑張ったんだから…」
「薩川先輩ならきっと大丈夫だよ。ね、高梨くん?」
「あぁ…沙羅さんなら絶対に勝つよ」
と言いつつも、せめて相手が真由美さんじゃなければ…と思わずにはいられない。
しかも俺用の料理まで封印して勝負となれば、絶対に勝てると言い切れないのが本当のところ。
でも…それでも沙羅さんなら。
俺との生活で、日々の努力を重ねてきた沙羅さんなら、きっと…いや、絶対に勝てる。
だから、俺はそれを信じて、結果を待つだけだ…
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
審査結果まで行くつもりでしたが、ここで一旦切らせて頂きました。
個人的な都合で申し訳ありませんが、明日明後日と忙しくて執筆する時間が取れないので・・・
という訳で、政臣さんも会場入りして、これで今回のミスコンに於ける全ての登場人物が揃いました。
後はここから、どうなっていくのか・・・
そではまた次回です。
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