第103話 沙羅先輩とお買い物

トントントン…


🎵〜


「ん…」


今日も起床のBGMは、沙羅先輩の鼻歌と包丁の音だった。


沙羅先輩は特に用事がない限り、俺が起きる前に家にきてこうして朝食を作ることから始めてくれる。


「おはようございます一成さん。今日もいい天気ですよ。」


カーテンを開けて窓から外を見る。

快晴といえる天気だ。そして暑くなりそうだな。


「さぁお着替えしてお顔を洗いましょうね。」


既に用意されていた俺の着替えから上着を取り出して、上の着替えを手伝って貰う。


そして洗面所で顔を洗い、ズボンを履き替えて戻ると、テーブルには朝食の準備ができていた。


実は、もう右手首は着替えや食事くらいなら大丈夫なくらいになっていると思う。

でも昨日それを言ったら


「…あの、私がやらせて頂きたいと言いますか…一成さんはご迷惑でしょうか?」


少し俯いて上目使いでそんなことを言われて…こんな可愛い人にそんな言い方されて断れる男がいるだろうか。


とは言っても、今までのように「全て」ではなく「ある程度」にして貰うことになった。

正直俺もやって貰えるのは嬉しいけど、甘えすぎて自分がダメなやつになりそうだったからだ。


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「本日はこの後買い出しに行って参ります」


俺の洗濯物を全て洗濯機に入れて回したところで、沙羅先輩がそう言い出した。


沙羅先輩は食材の使い方が上手いらしく、毎日作っているにも関わらずそれほど食材費がかかっていないようだった。

であれば多少余裕がありそうなので、普段お世話になってる沙羅先輩にケーキでもと思ったのだが…


「無駄遣いはダメですよ。ケーキで宜しければ私がお作りしますから」


いや、沙羅先輩のケーキなら喜んで食べるけど、俺が欲しい訳じゃないんだよなぁ

でも財布は沙羅先輩が握っているので、強引に買うこともできない…


それはともかく買い出しなら手伝おう。左手だけでも荷物持ちをすればいい。


「沙羅先輩、俺も行きますよ」


「一成さんはお家で…」

「左手だけなら大丈夫ですよ。荷物持ちだけじゃなくて、沙羅先輩と一緒に出掛けたいんです。」


そう言って、沙羅先輩の目をしっかり見つめる


「…は、はい。それでしたら…その、畏まりました。」


沙羅先輩が恥ずかしそうに小さく頷いてくれた。


最近わかってきたんだが、先輩は自分からだと余裕ある世話焼きお姉さんって感じなんだけど、逆に俺から直球で言われると弱いらしい。

照れたり恥ずかしがったりする仕草が多くなるのだ。

もっともそれを見たさにわざと攻めると「いじわる…」が返ってくるので、結局やられるのは俺なんだが。


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てっきりスーパーで全て済ませると思っていたのだが、まさかの専門店(?)に寄るとのことだった。


という訳で、今は魚屋にきている。

凄い…馴染みが無さすぎて凄い。

沙羅先輩はよく平気だなぁ


でもこんな風にこだわって買い物をする辺り、家庭的な沙羅先輩らしいというか。


「あら沙羅ちゃんいらっしゃい」

「こんにちは。」


どうやら顔見知り(?)らしい。

もしくは常連だったり…


「今日は何にするの?」

「そうですねぇ…」


カレイは恐らく俺の好きなムニエル用だろうか。あと鯖も買ったようだ。


「いつもありがとね。ところで沙羅ちゃん、そのお兄さんはひょっとして…」


魚屋のおばちゃんが、俺を見ながら沙羅先輩に話しかけている。


「あ、こちらはその…」


何となく雰囲気で察したらしいおばちゃんが、ちょっと残念そうな顔をした


「そうだよねぇ、沙羅ちゃんみたいな子がいい人いない訳ないよねぇ。もしまだ一人だったらウチの息子を紹介したかったのに。」


おいおい、俺の前でそれを言うのか。

気分よくないぞ

沙羅先輩が少し困った表情で俺をチラリと見ると、俺の顔を見て何故か嬉しそうな顔をした。


「ふふ…申し訳ございません。私には既に大切な方がおりますので…」


そう言いながら俺に近付くと、俺の腕にそっと手を当てて寄り添うように並んだ。

嬉しさでニヤケそう…


「沙羅ちゃんを射止めるなんて、きっといい男なんだろうね。お兄さん、こんないい子他にいないからね?」


おばちゃんに言われるまでもなく、そんなことはわかっている。

きっと俺は沙羅先輩と出会えたことで人生の運を使い果たしたと思う…本望だけど。


「わかってます。俺には沙羅先輩しかいませんから…」


俺を少し見上げるようにしている沙羅先輩と視線を合わせると、やっぱり嬉しそうに微笑んでくれた。


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「福引きですか」


商店街のイベントでたまにやっているのだが、先程の魚屋とかスーパーで貰った補助券があるので福引きができる。

俺は以前やったことがある…当たる訳がないけど。


「手持ちの補助券ですと…3回できるようですね。」


俺がやっても当たるとは思わないが、沙羅先輩なら何かしら当たりそうな気がする。

女神様だし。


「沙羅先輩、俺はこういうの当たったことないんでお任せしていいですか?」


「畏まりました。でも最初は引いて下さいね。二人で挑戦したいのです。」


こんな小さいことでもそう言ってくれる沙羅先輩が可愛い…。


という訳で、まずは俺だ

特賞は黄色で温泉旅行か。

沙羅先輩と二人で旅行とか楽しそうだな。

まぁ俺が当たる訳ないけど。


ガラガラガラガラ…


ポトン…

白か、予定通りだ。


「はいティッシュで〜す」


わかりきっていたポケットティッシュを受けとる。

次は沙羅先輩だ。


「頑張りますね」


ちょっと楽しそうにしている沙羅先輩が、福引きのバンドルに手をかける


ガラガラガラガラ…


ポトン…

赤!?


カランカランカラン

当たりが出たときに振るハンドベルが鳴り響く


「おめでとうございます! マリンガーデンプールのペア招待券で〜す!」


リゾートプール…しかもペア招待券。

凄い…さすが女神様だ…いきなり当てるなんて。


「やりました! 一成さん、プールの招待券だそうです。」


沙羅先輩も嬉しそうにはしゃいでいる。

これで沙羅先輩とプールデートが決まったじゃないか。


「一成さん…このチケットで、私と…」

「沙羅先輩、俺とプールに行ってくれませんか? デートしましょう」


俺が当てたチケットじゃないからカッコ悪い気もするけど、こういうときは男から誘うべきだと思う。


「はい! 嬉しいです…」


そう言いながら俺の横にきて、少し俯き加減で寄り添うように身体を近付けてくる沙羅先輩が可愛くて、思わす手が…


「お二人さん、いい雰囲気のところ悪いけど、あと一回引いてね」


引き攣ったような笑顔で係員のおじさんに言われた。そういやそうだった


「沙羅先輩、あと一回です」


「畏まりました。頑張ります」


水着が要るよな…水着…沙羅先輩の水着…

などと健全な男子の思考回路を起動していると


カランカランカラン

またハンドベルの音がした


うそ!?


「お、おめでとうございます。マリンガーデンプールがまた出ました!」


…えっ?

ペアチケット2枚目!?


「一成さん、どう致しましょうか…」


どうしようか…

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