第256話 一目惚れは…
この家に引っ越してきてから、一度も使う機会のなかったちゃぶ台を引っ張り出すことにした。元は実家にあった不用品で、この家でも押し入れに眠っていたこいつが、遂に日の目を見るときが来たようだ。
そんな俺の作業を眺めながら、いまだに謎の正座を続けていた三人は遂に限界を迎えたようだ。
姿勢を崩しながら、それぞれが呻き声をあげ始めていた。
「何で正座なんかしてたんだ?」
「いや…何となく…」
「行儀が悪いと怒られそうな…」
「そんな感じ…」
どうやら、沙羅さんから怒られることを怖がって正座をしていたらしい。それだけ厳しい人物だという先入観を持っているのだろう。
最も、俺以外に対してはそれが基本姿勢だと思うので、強ち間違っているとも言いきれないかもしれないが。
「お待たせ致しました。」
噂をすれば…という訳ではないが、絶妙なタイミングで沙羅さんが戻ってきた。手にしているお盆には、ティーカップやお菓子など、色々な物が乗っているみたいだ。
三人は沙羅さんに対して相変わらず緊張してしまうようで、目の前に紅茶やお菓子を出されている間も身動きできずに固まっていた。
「一成さん、私は台所の片付けをしておりますので、何かあればお呼び下さい。」
「すみません、後で俺も手伝いますから。」
「ふふ…家事は私のお仕事ですよ。どうぞお気になさらず、ご友人とお話をなさって下さいね。」
「「「…………」」」
沙羅さんは軽く会釈をしてから、「ごゆっくり…」と一言残して台所へ戻っていった。三人は呆然としながら、そんな沙羅さんの後ろ姿を見送っていた。
「…何だ…今のやりとり…」
「…薩川先輩に、あんな一面が…」
「………」
どうやら「信じられない」を通り越してくれたようだが、今度は沙羅さんの変わり様に驚きを隠せないといった様子だ。
ただ、それについては無理もないかもしれない。敢えて自惚れを承知で言わせて貰えば、沙羅さんが本当の姿を見せてくれるのは俺と一緒に居るときだけだ。だから殆どの連中は、学校での「バカ男拒絶モード」か「自他共に厳しい孤高の女神様」しか見ていないのだ。
「それよりも、何か話があるんだろ?」
それはさて置き、今は山川の話を聞く方が先だろう。
ほぼ間違いなく花子さんに関する話だと予想しているが、そうであれば俺としても話が無い訳ではない。山川には悪いが、こうして話を持ち込んで来た以上、俺の思っていることも伝えさせて貰おうと考えている。
「あ、あぁ、その、花崎さんなんだけどさ。」
「うん。花子さんがどうした?」
「……俺ってさ、どう思われてると思う?」
「…………は?」
花子さんに関する話だろうとは思っていたが、正直に言ってこの質問は想像の斜め上だった。なので咄嗟に答えが思い浮かばず、何と言えばいいのか言葉に詰まってしまったのだ。本人も何かしら思うところがあって、こんなことを聞いてきたのだとは思う。
「なぁ、山川。そういう聞き方をしたってことは、俺から厳しいことを言われる覚悟があるってことでいいのか?」
「お、おう。でもそういう言い方をするってことは…」
「ならまず聞きたいけど、花子さんのどこを好きになったんだ?」
少し無視する形になってしまったが、まずは根本的なことを確認してみる。
こいつが初めて花子さんに興味を持ったのは、俺のスマホに送られてきた自撮り写真を見たあのときなのは間違いない。
つまり、切っ掛けが一目惚れだということは既にわかっているのだ。
一目惚れから始まる恋愛を否定するつもりは全くないが、「俺達は」という限定された条件に絞って言えば、それはNG案件扱いになってしまう。あの一件の当事者だった俺と花子さんと立川さんは(沙羅さんは元々)、容姿や見た目先行で恋愛を語ることに嫌悪感があるからだ。
だからこそ、他に理由があるのか先に確認したい。
「一目惚れだ。」
「…まぁ、それは知ってたけどさ。それで?」
「というか、花崎さんとあんまり話をしたことないし、個人的なことは殆ど知らないんだよ。でも話しかけようとするとさ…」
「取り付く島が無いってやつだよな。あれだけ迷惑そうにされてるのに、まだ諦めきれないこいつも大概だと思うわ。高梨、ハッキリ言ってやってくれ。」
「今日はちょうどいい機会だと思う。花崎さんと一番仲がいい高梨なら、俺達が言うよりこいつも納得するかと思ったんだよ。」
……状況を整理しよう。
山川は花子さんに一目惚れしているのは確定だが、花子さんについては何一つ知らない上に話も殆どしたことがない。つまり、最悪なまでの見た目重視であり、その時点で既にアウトの状況だ。そして川村と田中は、花子さんの様子から無理だと判断しているらしく、山川を諦めさせようとしている…と。
「うるせーよ! 俺は高梨と話をして…」
「この前迷惑だってハッキリ言われただろうが。」
「別に告った訳じゃな…」
「と言うか、花崎さんが高梨以外の男を相手にしてないのはクラス全員が知ってる話だろ? だから二人が付き合ってるって納得したんだろうが!」
「高梨が違ったから自分に流れてくるなんて、そんな都合のいい話はないからな?」
山川は二人から反論をすることを許されず、まるで水面に顔を出す金魚のようにパクパクと口を開けていた。声は全く出ていないが、あれは気持ちの上で反論しているつもりなんだろう。
だが山川だって、薄々気付いているから「自分がどう思われているのか」という質問をしてきたのではないのだろうか?
そうであれば…
「山川、聞いてきたのはお前だから、ここはハッキリ言わせて貰う。そもそもの話として、花子さんは容姿で一目惚れってのが一番嫌いなパターンなんだよ。まぁ俺もそうなんだけどさ。」
「……え"!?」
本当は人の恋愛ごとに余計な首を突っ込むような真似はしたくないけど…
これは山川が望んだことであり、花子さんの為でもあるから仕方ないことだ。
俺の言葉に驚いた山川が、急にオロオロとしながら「いや、それは」と慌てふためき始めた。容姿以外にも切っ掛けになったような事を必死に思い出そうとしているようだが、結局何も出てこなかったらしい。
そのまま暫く様子を見ていたが、やはりそれ以外に言えることが思いつかなかったようだ。最後に俺の目を見てからガックリと項垂れた。
「…だってさ、本当に初めてだったんだよ」
そして、自分の正直な気持ちを吐き出すように、山川がポツリ…ポツリと想いを語り始めた。
「高梨の持ってた自撮りを見てさ、電気が走ったみたいに震えがきたんだ。んで、実際に会ったらもっと驚いてさ。理想が実体化したみたいって言うのか? しかもそんな人が奇跡的に転校してきたから、だからこれは絶対に運命だって…」
少し辿々しい説明ではあったが、こいつの言いたいことは分からないでもない。
自分の理想そのままの人を見つけて、しかもその人が転校してくるというレアケースで出会ってしまった。だからこそそれを運命だと思い込んでしまった。端から見れば、妄想、こじつけ、都合のいい解釈だと言えてしまうかもしれないが、惚れてしまった本人からすれば至って本気なんだろう。
「でもさ…高梨と付き合ってるって…転校してきたのも高梨がここにいるからだって皆が言っててさ。それなら諦めるしかないって思ったけど、でも違うってわかったら…」
結局、諦めきれていなかったところに、俺との事が誤解だとわかって再燃してしまったようだ。しかも反動で気持ちがより膨らんでしまい、勢いだけが強くなってしまったということだろう。
「実はさ、土曜日の帰りに花崎さんと会ったから思いきって声をかけたんだよ。でも凄い迷惑そうにされて…だからそれ以上何も言えなくて…」
これは初耳だったが、そこまで言うとこちらの視線から逃れるようにまた俯いてしまう。或いは俺の話を聞いて、花子さんから迷惑そうにされてしまった表面上の理由に気付いてしまったのかもしれない。
花子さんは態度で示しているようだが、おそらくこのままでは悪循環だろう。
だったら俺からフォローしても…
「山川、本来ならこういう話しは本人同士ですることだと思うけど、状況が悪いから言わせて貰う。先に結論だけ言うと、花子さんはこの先も態度を変えることはないと思う。これは適当に言ってる訳じゃなくて、確信に近い。」
俺のハッキリとした答えを聞いても、山川はそこまで狼狽えることはなかった。ショックはあったようだが、薄々覚悟はしていたのだろう。
「詳しいことは言えないけど、俺も花子さんも同じ原因のトラブルを抱えてた。今だから言うけど、俺が独り暮らしを始めたのも、クラスで誰とも関わろうとしなかったのも、元々の原因はそれだった。そして、花子さんも色々あって男に対してトラウマを抱えてた。特に軽薄な男が嫌いなんだよ。軽薄そうに見える男も同じだ。」
正確に言えば、山崎を連想させる男が一番嫌いということなんだが…
「…俺って、バカそうだと言われたことはあるけど、軽薄だって言われたことは…」
「成る程、そういうことか。それで一目惚れが嫌いという話に繋がるんだな?」
山川はまだわかっていないようだが、川村は気づいたようだ。こいつは三人の中で一番頭の回転が早い常識人だから、先に気付いても不思議はない。
「なんだよ、わかったのか?」
「あぁ。高梨は軽薄そうな男もダメだって言っただろ? お前は花崎さんに一目惚れしたけど、それって結局は見た目に惚れただけだ。内面は全く見てないし、それならせめて、お互いちゃんと知り合って交流を持ってからにするべきだったのに、お前は最初から軽々しく好意があることを出しすぎた。」
「…………」
「そっか! それだけ聞くと、確かに軽薄な男だと思われても仕方ないよな。見た目が良ければ中身は二の次って考えてて、しかも全く知らない女に軽々しく言い寄る男に見えるし。」
「!?」
「二人の言う通りだ。だから花子さんは、お前に対して嫌悪感を持ったんだよ。そして、根っこの部分がそうだと思われたら、後は何を言ってもフォローにならない。ただ言い繕ってるだけだって思われるだけだからさ。」
親しくも無ければ接点もない、自分のことを何一つ知らない癖に、下心丸出しで接近してくる軽薄男、山川がそう思われているのは間違いない。花子さん(もちろん沙羅さんも)が嫌う条件を揃えてしまっていた訳だ。
そして、フォローが利かないという点に関しても勿論根拠はある。普段からしっかりと親交のある速人ですら、誤解とはいえ軽薄だというイメージが残って一線を引かれたままになっているのだ。まして山川では絶望的だろう。
「つまり…俺は調子に乗って、花崎さんが一番嫌がることをやらかし続けてたってことか?」
これはかなりのショックだったようで、茫然自失と言わんばかりに目の焦点が合っていない。自分が如何に悪手を繰り返して来たのか完全に気付いたようだ。
最も、相手が花子さんでなければ、ここまで拒否されることもなかったかもしれないが…
「…なぁ山川、俺はお前を軽薄な男だとは思ってないし、いい奴だと思ってる。調子に乗りすぎたとは思うけど、そうなってしまった気持ちも分からなくない。でも今回は…」
「…教えてくれてさんきゅーな。お陰で納得できたわ。これ以上花崎さんの嫌がることをしなくて済む。」
本音とはいえ、少しあからさまなフォローだったかもしれないが…
最後まで言わなくても、俺が言いたいことを分かってくれたようだ。引導を渡すような結果になってしまったが、本人もある程度は気付いていたからこそ、素直に納得することが出来たのだろう。
「今度こそ納得できたみたいだな。」
「ああ。最後に謝っとくわ。」
「やっぱ高梨に話して正解だったな。」
まだ直接フラれた訳じゃないとしても、既に覚悟も決まったみたいだ。本人の中で全て腑に落ちたようで、悲しそうに見えつつもどこかスッキリとしたような様子が見える。何にしても、本人が納得してくれたならそれが一番だ。
「お話は済みましたか?」
沙羅さんが戻ってきたのは、ちょうど話が一段落したことを見計らったようなタイミングだった。こんな狭い部屋で話をしていれば嫌でも聞こえてしまうだろうし、終わるまで待っていてくれたと言うべきか。
「薩川先輩、忙しいのにすいませんでした。」
気持ち的に落ち着いたからせいもあるのか、先程までと違い、山川も沙羅さんを怖がるような素振りを見せなかった。
「いえ…結果的に話を聞かせて頂く形になってしまいましたが、私としても考えさせられる部分があったので…」
「?」
今の話で気になることがあったのか、沙羅さんは少し何かを考え込んでいるような素振りを見せていた。
この場でそれを言うつもりは勿論無いと思うので、後でそれとなく聞いてみることにしよう。
「申し訳ございません、話が逸れました。一成さん、もうすぐお昼の時間になりますが、如何致しますか? お出かけになりますか?」
沙羅さんの話を聞いて時計を見ると、既に12時近くなっていることに今頃気付いた。思っていたより話に集中していたようだ。
「どうする?」
「そんなに時間を取らせるつもりはなかったのに、思ったより長居しちまったな。悪ぃ。」
「ごめんな高梨。せっかく薩川先輩が来てたのに邪魔して。薩川先輩もすみませんでした。」
「いえ、大丈夫ですよ。よくよく考えてみれば、今後も一成さんのご友人がいらっしゃる可能性があるということに気付きましたので。お客様用の物を、しっかりと用意しておいた方が良さそうですね。」
この先の交友関係がどうなっていくのかはわからないが、友達が家に来る可能性があっても不思議はないかもしれない。そしてそれは、俺だけでなく沙羅さんにも当てはまる話だ。
「なんか…高梨の家に来た筈なのに、薩川先輩が管理してるような…」
「管理と言いますか、このお家の家事は私が担当していますので。」
「!?」
田中は独り言のつもりだったのだろう。沙羅さんからのまさかの返事に驚きを隠せないようだ。
「…薩川先輩と話をする機会が持てるなんて、思ってもみませんでした。」
「そうですね。私も一成さんのご友人でなければ、話す機会を持つことはなかったでしょう。」
「そ、そうなんですね…」
「はい。」
川村も思いきったように沙羅さんへ話しかけたが、直球すぎる返答に言葉を失ったようだ。沙羅さんは俺基準で物事を考えることが多いので、特に男への対応としては不思議でも何でもない答えだった。俺からすれば…だが。
「あの!! さ、薩川先輩は、よくこの家に来るんす…来るんですか!? 片付けとかまでするなんて、色々と慣れてるみたいですけど。」
花子さんのことで気持ちに整理がついたからなのか、山川は持ち前の明るさを取り戻したようだ。若干緊張している感じはあるものの、沙羅さんにも物怖じせずに話しかけている。
「来ている訳ではありませんよ。私も暮らしていますので。」
「「「……へっ?」」」
沙羅さんと一緒にいるようになってから、こういう「鳩が豆鉄砲を食らったような表情」を見ることが多くなった気がする。つまり、それだけ驚かれることが多いということなんだが、今の三人も正にそれだった。
「……たっ、たっ、たたたた高梨…」
「…お、おい、ま、まさか…まさか…」
「…嘘…………だろ……?」
「……本当だ。」
「「「 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」」」
驚きを越えて、衝撃の凄まじさに声すら出ないといった様子だった。でも近所迷惑になってしまうので、大声を出されなくて助かったと言うべきだろうか…
「…どどどどど、ど、同棲してるのか!!??」
「…い、いくら何でもそれはヤバいだろ!!!! もし学校にバレたら…」
「別に問題はありませんよ。婚約していますから。」
「あ、それならいいの……婚約ぅぅぅぅぅ!!??」
「イヤイヤイヤ!!!! め、女神様と婚約して同棲とか…ヤバすぎる話だぞ、これ!?」
「婚約して同棲ってことは、親公認なのか!!??」
「あ、ああ。」
「「「 …………… 」」」
羨ましい、恐ろしい、何者だこいつ、信じられない…色々な感情の混じったこの視線も、最近多くてそろそろ慣れてしまいそうだ…
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ペースが落ちてしまって本当に申し訳ないです…
次回は三人が帰ったあとのお話と、夜は新しいお布団でイチャイチャです(ぉ
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