第197話 パーティー開始

さて…いよいよ本日最後のイベントが幕を上げようとしている。


電車を降りた直後に、雄二と速人の二人に着信だけ入れておいた。これで向こうは出迎えの準備を始めてくれる手筈になっているので、今頃は準備万端で待機してくれているだろう。


あとは、沙羅さんが玄関を開けて先に部屋へ入れば…という訳だ。

ここまではスケジュール通りで問題はない。強いて言えば、沙羅さんが予想以上に甘えたモードになっており、この後は家で二人きりイチャイチャする気満々に見えることだ。そこだけ少し不安…嬉しいけど


「お家に着いてしまいました…デートが終わってしまいます…」


寂しそうにそう呟く沙羅さんは、ここまで俺の右腕から絶対に離れようとせずに、今もまだそのままになっている。或いは、離れた時点で今日のデートが終わりを迎えると、そんな風に思っているのかもしれない。

これからもデートはできるのだが、この寂しそうな雰囲気は今まで俺がデートらしいデートをしてこなかったせいもあるかもしれないな。


「沙羅さん、今度はどこに行きましょうか?」


「え?」


「そんな驚かないで下さい、確かに今日のお誕生日デートは終わっちゃいましたけど、俺はこれからも沙羅さんをデートに誘いたいですよ?」


「あ…」


俺の言葉で沙羅さんに笑顔が戻る。

これからも楽しいことが待っていると、改めて感じてくれたようだ。

となると、やはりこれはデートを疎かにしてしまった俺のせいなのだろう。


「今回は俺が行き先を決めましたけど、次回は沙羅さんが決めますか? 多少遠くてもいいですよ」


「ありがとうございます! では次回は私が…」


「はい。俺はまたアルバイトを頑張りますよ!」


「一成さんの分は、私の方で生活費を節約できておりますからそこから捻出できます。それに、お母様から頂いた予備費は手付かずのままです。ですからアルバイトを無理に為さる必要はないです。」


予備費…あの母親がそんなものまで用意するとは、余程沙羅さんが気に入ったみたいだ…


「もう私に秘密でアルバイトなどしないで下さいね? 次は絶対に許しません」


「は、はい」


満面の笑顔でプレッシャーを放つ沙羅さんに、俺は素直に頷くことしかできなかった。これで今後のサプライズは難しくなってしまったが仕方ないか…次は堂々とアルバイトして、デートやプレゼントのお金を用意するしかないな。


「一成さんのお金は大丈夫ですから、後は私が自分の…」

「沙羅さん、それは逆に俺が絶対に許さない。それ以上言わないで下さい。」


ちっぽけだけど、それでも俺のプライドにかけて沙羅さんにお金を出させるなんて許せない。そんなことをさせるくらいなら、俺はこの先もずっとアルバイトを続けてもいい。


「……はい、一成さんのお言いつけ通りに致します」


少し強めに言ってしまったのでちょっと心配したのだが、何故か沙羅さんは顔を朱くしてぺこりと頷いてくれた。

特に変なことを言った覚えはないんだけどな…


「ふふ…一成さんに怒られてしまいました。」


怒ったつもりなんてこれっぽっちもないのだが…妙に嬉しそうなのは何故だろうか。


ぶるぶる…ぶるぶる


…実はさっきから俺のスマホがやたらと震えているのだが、ひょっとしなくても早く帰って来いというお叱りの着信ではないだろうか。家の前に居ることは皆気付いているだろうし…


「さ、沙羅さん、そろそろ…」


何となく玄関を見ると、扉の向こうから「いい加減にしろ」という七色のオーラ(?)を放つ存在を感じた気がしたので、残念だが話を切り上げて予定通りに沙羅さんをけしかけることにした。


「はい、ではお家に入りしょう。」


沙羅さんがバッグから鍵を取り出して玄関の鍵を開ける。


…緊張してきた


ガチャ…


ドアを開けた先は、人の気配を感じさせない暗闇に包まれたいつも通りの俺の部屋だ。皆が息を殺して必死に隠れているかと思うと、不謹慎だが少し笑いが込み上げてくる。


沙羅さんが先に家へ入る。二人で帰宅するときは、必ず沙羅さんが先に入り俺にお帰りなさいを言ってくれるのだ。だから俺は、一呼吸置いてから後に続いて家に入るのが暗黙のルールとなっていた。

ドアを潜れば当然目の前にはこちらを向いて待っている沙羅さんがいて


「お帰りなさい! 一成さん!」


ガチャン…

俺の背後でドアの閉まる音がする。それはサプライズパーティ開始の合図!


パン!!!!!

パンパンパンパンパンパン!!!!!


「きゃあ!!」


まるでファンファーレのように、高らかに鳴り響くクラッカーの雨。

自分の背後からした突然の轟音に、沙羅さんが驚いてそのまま俺にしがみついてきた。


「沙羅!!!」


お誕生日おめでとう〜〜〜〜!!!!!


夏海先輩の声を筆頭にみんなからお祝いの声がかかる。

それと同時に真っ暗だった部屋にパッと明かりが灯り、隠れていた皆と、部屋のそこかしこに散りばめられた手作りの飾りが姿を現す。色とりどりなそれは、皆が頑張って準備をしてくれたことが伺えた。


沙羅さんはキョトンとした表情で、眼を大きく開いてぱちぱちと瞬きしながらまだ状況を上手く飲み込めていないようだ。


「え、え、え…?」


俺にしがみついたまま顔だけ皆の方に向けているが、何か喋ろうとしても声にならない様子。落ち着いて貰う為に少し頭を撫でながら話しかけてみる。


「皆が誕生日パーティーの準備をしてくれたんですよ?」


「高梨くんの企画だけどね!」


「いや、発案は藤堂さん…」


「計画をしたのは高梨くんだよ!」


俺としてはこのパーティーは全員の企画だと言いたいのだが、二人は頑なに俺だと言い張り皆もそれに賛同するかのように頷いていた。そしてそれを聞いていた沙羅さんは、いつの間にかこちらを向いてい…


「…そうなのですか?」


「え、えと…一応…」


「一成さん……」


沙羅さんの切なげな表情と潤んだ瞳が、またしても俺に衝動を覚えさせる。

今日の沙羅さんは普段と違う感じが強くて、どうにも調子が狂うのだ…


「…沙羅、一応私達も頑張ったのですが…」


痺れを切らしたのか西川さんが会話に混ざってくると、沙羅さんは少し気持ちを切り替えたように俺の眼を見ながらコクリと頷いた。


「すみません、今日は嬉しいことが多過ぎて緩んでしまいました。絵里、夏海、花子さん、藤堂さん、立川さん、横川さん、橘さん…」


沙羅さんは全員の名前を呼びながら一人ずつしっかりと目を合わせて、やがて深々とおじきをした。


「今日は本当にありがとうございます。友人からこうしてパーティーまでして祝って頂くことは初めての経験で…どう言えばいいのかわからないのです。ですが」


……沙羅さんが、穏やかな笑顔を浮かべて皆を見てる。

逆に皆は驚いているのか、ともすれば見とれて固まってしまっているように見えるが。


「私は幸せです。皆さん…ありがとう」


「よ、よっしゃあああ、沙羅が素直になったところでパーティー開始だ!!」


おお〜〜!!!!


夏海先輩の号令と共に、皆から半ば押されるように沙羅さんが部屋の奥へ移動していく。

俺もそれに続きながら改めて部屋を見回すと、色紙や画用紙で象られた星や花、よく見ると直筆のメッセージのようなものが書かれた短冊もぶら下がっていて…これは後で沙羅さんに全部渡してあげたいな。


------------------------------------------------------------------------


「さて、全員グラス持ったね? では乾杯前に、一応幹事の高梨くんから一言どうぞ!」


せめてそういうことは先に言っておいて欲しかった…全く考えていないぞ。

夏海先輩から飛んできた無茶ぶりだが、スルーしてせっかくのパーティーを盛り下げる訳にもいかないよな。

そうだ、俺もお礼を言えばいいのか


「えー。まずは皆さん今日まで色々ありがとうございました。沙羅さんのサプライズ誕生日は無事に成功したと思います。特に、俺のアルバイトの応援やフォローもしてくれた藤堂さんと速人、このパーティーの準備やら何やらを統轄してくれた西川さんには改めてお礼を言いたいです。本当にありがとう。俺の方は皆のお陰で、デートもプレゼントも上手くできたと思います。だからここからは皆で沙羅さんをお祝いをしたいです! 改めて、沙羅さん、お誕生日おめでとうございます!」


パチパチパチパチパチパチ!!!


「はい、では今日のデートの成果を聞きたい勇者はこの後適当に聞いてね。それじゃ、沙羅、お誕生日おめでとう、乾杯!!!」


かんぱーーーい


------------------------------------------------------------------------


「それで、今日のデートはどうだったのかな?」


「そうだな、せっかくアルバイトまでしたんだから、少しは男らしいところを見せたか?」


早速俺に絡んできたのは雄二と速人だ。

やはり気にしてくれていたのか、開始早々に寄ってきた。


「男らしいところってなんだよ。」


「それはまぁ色々だろ。」


「あれだけ気合いを入れてたんだから、何かあったんじゃないのかい?」


「何をいきなり男だけで固まってるのよ!」


二人と会話をしていると、それに突然割り込んでくる夏海先輩。

別にアルコールなど用意されてはいないが、この妙なテンションの高さはナチュラルハイというやつなのだろうか。

…あれ、いつも通りだったかな?


「ほら、野郎三人で固まってないで、高梨くんは今日の主賓の恋人なんだから、側にいてあげなさいよ! あんたらもこっちにきなさい」


女子で沙羅さんを囲んでいたから遠慮したのに、随分とご無体な言い分だと思う。

とは言え、断る理由も抵抗する意味もないのだ。結局夏海先輩に連れられて女子の輪に入り込むと、沙羅さんは直ぐに俺の腕に抱きついてくる。


「しかしあんたら…四六時中一緒にベタベタしてて飽きてこない? 恋人でも適度な距離感ってのが…高梨くんも大変だと思うよ、色々と」


夏海先輩が「色々」を強調したのだが、視線でも俺に何かを伝えてようとしているような気がする。これはひょっとして、男的なことを指摘しているのだろうか…


「え、ひょっとして、私は一成さんにご迷惑をおかけしているのですか!? 私が気付かなかったせいで今までずっとご迷惑を? そんな……」


夏海先輩の余計な一言で、俺に迷惑をかけていると勘違いをしてしまったようだ。

ショックで今にも泣き出しそうに見えて、そんな顔をされると俺も辛くなってしまう。


急いで抱きしめてあげると、不安げに俺を見上げてくるその表情に庇護欲を掻き立てられて、つい思いきり抱きしめてしまった。

今日の沙羅さんは、いつもとは違う可愛らしさで甘えさせたくなってしまう…


「俺は沙羅さんのことで迷惑を感じることなんか絶対にないですから。沙羅さんが側に居てくれないと、俺は本当に辛いし寂しいです。」


「良かったです…。一成さんとこうして触れ合えないなんて、私は寂しくて泣いてしまうかもしれません…だって、こうしてお側にいることが本当に幸せなんです、ずっとずっと、大好きなあなたのお側に…」


沙羅さんが余りにも可愛いくて、頭を撫でながら見つめあっていると不意に沙羅さんの唇に目線が向いてしまった。今日俺達は遂にファーストキスを迎えた訳だが、まだあのときの感動が鮮明に残っていてどうしても意識してしまう。

そしてそれは沙羅さんも同じなのか、俺の目線が唇に向いたことに気付いた様子で、少しずつ頬が朱くなっていく…無意識なのか、眼を閉じようとする素振りを見せて、くいっと少しだけ顔を上向きに…


「え!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい二人とも!! 何、何なのその雰囲気、いつもと違うわよ!?」


夏海先輩の慌てた声でブレーキがかかり、自分達が大注目されていることに気付いた。

また自分達の世界に入ってしまったみたいだ…


「い、いきなりでびっくりしたよ…高梨くんと薩川先輩の雰囲気が凄くて、夕月先輩が止めなかったらこのまま…」


「わ、私も驚いた、でもこれってまさか…」


藤堂さんと花子さんが話し合っている横で、それを聞いている西川さんが何かを考えている様子だったが、「はっ!?」という声と共に突然驚愕の表情を浮かべた


「ま、ま、ま、ま、まさか…まさか!? また一つ階段を…沙羅!!??」


「そっか! そういうことか! 遂にかぁ…ね、ね、どっちから?」


沙羅さんは夏海先輩の問いかけには答えなかったが、その代わりに頬を朱くしながらチラっと横目で俺を見る。そして直ぐに視線を戻すと、恥ずかしそうにモジモジしながら俺の腕に…うう、そんな仕草も可愛すぎる…


「いやぁぁぁぁぁぁ!!! なに今の意味深なやり取り!? 沙羅がぁ、沙羅がまた一つ大人にぃぃぃぃ!!!!」


「落ち着きなさいえりりん!」


「うわっ、うわっ、お友達のそういう話って緊張しちゃうよ〜」


「お姉ちゃんとしては複雑…」


「高校生であんな雰囲気出せるなんて、流石は薩川先輩です」


「どうやらしっかり男を見せたようだな」


「みたいだね。まぁあれだけ気合いを入れて何もなかったらヘタレと言われるかも…」


早くもキスのことがバレてしまったが、まぁ遅かれ早かれだと思う。

西川さんの阿鼻叫喚を物ともせず、幸せそうに俺を見つめる相変わらずの沙羅さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る