第174話 side 沙羅
時間は少し戻って、バス出発直後
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「行ってらっしゃい!!」
微かに聞こえる一成さんの声と、寂しさを隠した笑顔に後ろ髪を引かれ…暫く窓から離れることができませんでした。
今日から一週間、一成さんとお会いすることも、お世話をすることも、触れ合うことも…抱きしめて差し上げることもできません。
ですが、精一杯の明るさで送り出して下さった一成さんのお気持ちを無駄にしない為にも、私はこの修学旅行を楽しむのです。
「沙羅、そろそろ止めて普通に座りなさいよ。」
考え事をしていた私は、夏海から指摘されて窓に手をついたままだったことに気付かされました。
「すみません、つい。」
「いや、別に謝らなくてもいいんだけど。そんなことしてると、何かあったのかって勘ぐられるよ?」
「夏海ちゃん、それもう遅いから。うー…本当は今すぐに聞きたいんだけど、せめて班行動まで我慢我慢。」
「ホントだよね。薩川さんの切なそうな顔とか初めて見たよ。」
「薩川さん可愛い…夏海、ちょっとくらいなら…」
「ダメ」
私の隣は夏海が座っていますが、前後席も同じ班のメンバーで固まっています。
ですので、話をしやすいのですが情けない姿を見られてしまいました。
「薩川さん、やっぱり寂しいの?」
「それは……はい。正直に言えば寂しいです。ですが、私は修学旅行を楽しむと誓いましたので。」
よくよく考えてみれば、私は夏海と絵里以外に友人と呼べる方がいないので、グループで遊びに出かけたことはありません。先日の件でご一緒した皆さんを除けば、それこそ中学の頃の修学旅行以来ではないでしょうか。
中学…あのときは、同じ班になった男子全員から迷惑な告白を…忘れましょう、思い出したくありません。
今回の修学旅行は女子だけの班ですから、そういうことが無いのもありがたいですね。
「誓った? そ、そうなんだ? それなら、私たちと楽しもうね!」
「はい、改めて宜しくお願いします。」
そうです、私は一成さんに修学旅行を楽しんでくると誓ったのです。
ですから、私なりに楽しんでみますね…一成さん
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「ついにやってきました! 私の本命スポット!」
「あんただけじゃないけどね!」
「そうそう、私も今回はマジだから」
皆さんとても生き生きとしています。
それもそのはず、この神社は国宝として有名であると同時に、恋愛に興味のなかった私でも知っているくらい恋愛成就で有名な神社でもありますから。
学校で修学旅行のスケジュールを知らされたときに、目的地の一つにこの神社があると知ったときの皆さんの喜び様といったら…
きっと大勢の方が願掛けを切望されていたでしょう。
境内の中にある一つのお社がそうなのですが、自由行動になった瞬間に、皆さんが一斉に同じ方向へ移動開始しました。
クラスメイトは当然、他のクラスの方も向かう先は同じなのでしょう。
ただ、既に恋愛は成就している私としては、そこまで大きく興味はないというのが正直なところです。
「さぁ! 私達も行くよ!!」
とはいえ、班行動ですから私が一人で和を乱す訳にはいきません。
それに全く興味がない訳ではありませんから。
「わかった、わかったから走るな」
そんなことを言いながら、夏海も楽しそうです。せっかくなので、私も何かお祈りしていきましょう。
恋愛成就ではなく、私がこれからも一成さんを幸せにして差し上げられますように…というお願いは少し変でしょうか?
でもいいのです、深くは考えないことにしましょう。
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「今年こそは…今年こそは!」
「○○君と恋人に!!」
「お願いします…」
驚く程の必死な様子で、その熱意は横にいる私にも伝わってきます。
恋愛というものは、本来はこういうものなのでしょうか?
バカな男達に散々困らされ、一成さんという運命の方といきなり巡り会えてしまった私は、きっと他の方のような普通の恋愛ではないのかもしれません。
皆さんはどういった感じなのか、一度聞いてみたいですね。
「私はどうしよっかなぁ…」
夏海はまだお祈りをしていないようで、私の後ろでキョロキョロしています。
珍しく何を迷っているのでしょうか?
「夏海ちゃんもお願いすればいいのに」
「そうそう、夏海だって彼氏欲しいでしょ?」
「まさか、あんたまで彼氏いるとか言わないよね?」
「いや、さすがに彼氏はいないけど…」
「ならお願いしとけ!」
ああ、そういえばこの話で思い出しました。
結局、例の件を夏海には聞いていませんでしたね。
「ところで夏海、橘さんとはどのようなむぐぐぐ」
私か問いかけると、夏海が凄まじい早さで口を塞いできました。
びっくりするくらいの反射神経ですね、さすがはテニス部のエースです。
「え!? 何!?」
「ちょ、ちょっと、何で薩川さんの口を塞ぐの!?」
「え、え、まさか夏海ちゃん…薩川さん、今の話を詳しく!!」
当然、そんなあからさまな行動をすれば皆さん気になってしまうでしょう。
「違う! 何でもないから、私には彼氏も誰もいないから!!」
夏海は焦りを見せて否定しています。
これはひょっとして、聞くタイミングを間違えたでしょうか?
ですが、好きな方がいるのであれば堂々としていれば良いのです。隠す必要はないと思うのですよ。
…
っと、いけません、さすがに苦しくなってきました。
夏海、離して下さい
「怪しい!」
「今晩は薩川さんと夏海に尋問決定!!」
「異議なーし!!」
「だから違うってばぁ!!」
夏海の手が緩んだ隙を見て、振りきることに成功しました。
はぁ、苦しかったです。
「さ〜ら〜…あんたねぇ…覚えてなさいよ」
夏海の顔が少し朱くなっているような気がします。
本人は気付いていないのでしょうか?
これは…早速一成さんにお土産話ができてしまいました。
「夏海は夜に尋問するとして、薩川さんはお祈りしないの?」
「私はもう終わりましたよ」
「何をお願いしたのかな!?」
「ふふ…お願いごとは人に言ってはいけないのですよ? ですから、秘密です♪」
「「「…………」」」
特別変なことを言ったつもりはないのですが、皆さんどうしたのでしょうか?
驚きで固まっているという様子ですね。
「さ、薩川さんがこんなお茶目なことを…」
「どうしよう、薩川さん可愛い」
「ま、まさかこれが、女は恋をすると変わるというやつでは…」
恋をすると変わる…確かに、私は変わったのかもしれません。
ですが、一成さんの為に自分が変わったのであれば、それは嬉しい変化だと私は思うのです。
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「可愛い〜」
「うわ、こんなに可愛い御守りだと、いくつ買うか悩むなぁ…」
「恋愛成就だけで何種類買うつもりよ?」
悩む気持ちもよくわかりますね。
かく言う私も、目の前に広がる可愛い御守りを見て悩んでいますので。
ところで、御守りは「買う」のではなく「授かる」ものですが…と指摘するのは煩く思われてしまいますでしょうか?
それにしてもいっぱいありますね…こんなに可愛いと色々目移りしてしまいます。
家内安全、無病息災、大願成就、恋愛成就。
端から順に眺めていると、ペアになっている御守りを発見しました。
一成さんと、お揃いの御守りを二人で持ち合う…とてもいいです!
これはいったい何の御守りでしょう?
「夫婦守り」
……夫婦!?
こ、これはさすがにまだ早いです!
で、ですが、一成さんと私が夫婦…夫婦…いけません、まだ私達は高校生なんです!
いえ、そもそもこんな御守りを買ってしまって、一成さんから重い女だと思われてしまったら…それはダメです! そんなことになれば、私はきっと泣いてしまいます。
せっかくのペア御守りですが、これは止めておきましょう。
「薩川さん、さっきから何をくねくね悶えてる……の!?」
「夫婦守り!?」
「ちょ、薩川さん達そこまで進んでるの!?」
思わず手に持ったまま考え込んでいた私にの耳に、驚きの声が飛び込んできたことで現実に引き戻されました。
いつの間にか皆さんに囲まれていて、手に持った御守りを見られてしまったようです。
「…はっ!? ち、違います! これはまだ私達には早すぎます!!」
「私達って言った!!」
「聞きたい! その話聞かせて!」
「え、え、薩川さん、まさか学生結婚を…」
「いえ、ですからこれは!!」
焦りでパニックになっていた私の両肩に、ぽんっと優しく手が置かれました。
思わず振り向くと、とても優しい笑顔を浮かべた夏海が、二度、三度と肩を軽く叩いてくれます。
「ほら、落ち着きなさい。こんなところで騒いだら、周りに迷惑でしょ? あんた達も、そういう話しは夜にしなさい」
夏海の落ち着き様を見て、私も気持ちが落ち着いて来るのを感じます。
私としたことが、いけませんね。
「…すみません夏海、つい焦ってしまいました。」
「ごめん夏海ちゃん」
「この話しは夜まで楽しみに取っておくね」
「ごめんね」
「わかればいいのよ。ところで沙羅、可愛くて決められないなら、私が選んであげようか?」
私達の謝罪を頷きながら聞いていた夏海が、ふいにそんな提案をしてくれました。
夏海はとても優しいですね。
確かに、この中ならどれを選んでも可愛いことに違いはありませんから、親友に選んで貰うという選択肢もあるのではないでしょうか?
「そう…ですね。せっかくなので、夏海が一番良いと思うものを…」
「ならこれね!!」
既に決めてあったのか、ピンク色の可愛い御守りを即断で選択してくれました。
私の手を取りその御守りを乗せると、そのまま腕を引っ張るように窓口へ差し出されてしまいます。
「これをお願いします!」
私の代わりに夏海がその一言を放ち、窓口にいる巫女の方が笑顔で私の手に乗せられたそれを受け取り、袋に入れて下さいます。
あ、そういえば何の御守りなのかを確認していませんでした。
まぁ御守りですから何を選んでも悪いものはないですし、せっかく夏海が選んでくれたものですからね。
こうして全員が御守りを授かり、少し場所を移動しました。
皆さんは恋愛成就や良縁の御守りを選んだようで、早速お互いに見せあって盛り上がっています。
夏海は…
「ちなみに夏海ちゃんは恋愛成就!!」
「やっぱ誰かいるんだ!」
「こ、これは深い意味なんかないのよ!! ちょっとだけ気になる…ていうか何で知ってるのよ!?」
どうやら選んでいたところをしっかり見られていたようですね。
それにしても「少し気になる」とは、やはり橘さんなのでしょうか?
これは私も気になるお話です。
「薩川さんは何にしたの?」
お話が私に向いたところで、自分の御守りをまだ確認していないことを思い出しました。ついでに確認してしまいましょう。
「そうですね、私は……」
袋から取り出したピンク色の可愛い御守り。
そこに書かれている文字を見た私は、思わず固まってしまいました。
「!?」
「うわっ、薩川さん大胆!!」
「え、なになに? …ええええ!?」
「さ、薩川さん…」
「ち、違います、これは夏海が勝手に…夏海!!!!」
こ、これはいくらなんでも早すぎます。
確認しなかった私も悪いとはいえ、あんな優しい様子を見せていた夏海がこれを選ぶなど予想していませんでした。
「あ~れ〜? 何か違ったかな〜?」
夏海は悪びれた様子もなく、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて私を見ています。
この時点で、先程までの夏海は演技だったのだと…私は騙されたことをハッキリと認識しました。
「夏海! いくらなんでもこれは…」
「そろそろ出発時間ですよ〜」
夏海を問い詰めようとしたところで、バスガイドさんの声が聞こえてきました。
もうそんな時間なんですね…仕方ありません、この件は保留にしましょう。
急いで御守りを袋に戻すとバッグに入れて隠します。
「ちぇっ、残念、話の続きは夜までお預けかぁ」
「薩川さんにはじっくりと話を聞きたいね」
「早く夜にならないかなぁ」
はぁ…全く。
これを見られてしまったら、高校生の身でここまで重いことを考えていると誤解されてしまうではありませんか。これは封印決定ですね。
……ですが、いつかこれが必要になったら…嬉しいです。
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電話の裏側まで辿りつかなかったので、次回もう一話ガールズサイドのエピソードが入ります。
御守りについては、皆さんほぼ同じ予想をされているようで感想を読んでいて楽しかったです。
さてさて正解は?
それはいつかわかる…かも?
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