第217話 一成の力

リビングに戻ると幸枝さんが帰りの支度をしており、今日はもう帰るとのことだった。


政臣さんは車で送るつもりだったようだが、幸枝さんは寄り道をしながら帰るとのことで、徒歩でそのまま帰宅するらしい。まだ夕方なので、時間的には問題ないとは思うけど…


「それでは私は帰りますけど、もし何かあったら今度こそ報告するように。」


「は、はい…すみませんでした…」


「お母さん、反省しましたから、もう許して下さい…」


俺達が居ない間に何があったのだろうか…

しゅんとした様子の政臣さんと、若干うんざりしたような真由美さんを見るに、恐らくは「後で話がある」という幸枝さんの言葉が実行されたとは思うのだが。


「高梨さん、沙羅ちゃん、いつでも遊びに来てね。また二人のお話を聞かせてくれると私も嬉しいわ。それと、何か困ったことがあったら遠慮せずに来るのよ?」


「はい、ありがとうございます。」


「わかりました、お祖母ちゃん。」


政臣さん達を注意していたであろう様子とは一変して、いつもの穏やかで優しい幸枝さんに戻ってくれた。


「うんうん、そうやって二人で並んでると、もう夫婦だって言っても違和感ないけどねぇ。」


「えっ!?」


「お祖母ちゃん、本当ですか?」


幸枝さんは多分冗談で言ったと思うのだが、沙羅さんは素直に嬉しそうだった。

その反応がまた良かったらしく、幸枝さんは笑いながら帰っていった。


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さて、幸枝さんは帰ってしまったが、俺はどうしようか。


ちなみに雄二達から来ていたRAINの連絡では、今日集まっていた皆は既に解散したということだった。また後日、俺達の報告会を兼ねて集まるつもりらしい。だから俺と沙羅さんは強制参加だというメッセージが来ていたのだ。


それはともかく…


政臣さん達も、数日とはいえ家出状態だった沙羅さんとは積もる話があるのではないだろうかと思い、ここは気を利かせて俺も帰るべきかと判断したのだが。


「一成くん、今日は一緒に晩御飯を食べましょうね。」


「そうだね。是非食べて行ってくれ。」


その矢先に二人からそう言われてしまうと、断るのも申し訳ない…というより、断る理由もないので、大人しく甘えておくことにした。


「すみません、ありがとうございます。」


「もう~、そんな他人行儀は今後一切禁止です!」


「はははは、さすがに直ぐには無理だろう。でも、ゆっくりでいいから慣れてくれると嬉しいかな。」


こうして言って貰えるということは、政臣さんも真由美さんも、本当に俺を受け入れてくれたんだと実感できて嬉しい。だからといって礼儀を忘れて、安易に馴れ馴れしくするつもりはないが、もう少しくらいは砕けてもいいのかなと思う。

でも匙加減だけは間違えないようにしないとな。


「ありがとうございます。少しでも慣れるように頑張ります。」


「うん、それでいいんだよ。」


「うふふ、早く私のことを、お義母さんって呼べるようになって欲しいわねぇ。」


そうか、養子にしても結婚にしても、俺が将来的に義理の息子になるから…つまり、真由美さんは義理の母になるから、お義母さん……あぁ!?


「お義母さんって、そういう意味!?」


「あ、やっとわかってくれたの? 良かったわ。」


つまり真由美さんは、今回の件よりもずっと前から俺をそういう風に見ていたということだ…それで前々から、俺にお義母さん呼びを推してきていたんだな。


「一成さん、どうかなさいましたか?」


ちょうどそのタイミングで、食器の片付けを済ませた沙羅さんが台所から戻ってきた。


「一成くんがね、私のことをお義母さんって呼ぶことの意味をやっとわかってくれたみたいなのよ。」


「お義母さん…そ、そうですね、将来結婚したら、確かにそうなりますが…」


沙羅さんは、少し照れ臭そうに話しながら俺の側までやってくると、定位置の右隣に腰を下ろした。心なし距離が近いのは気のせいではないだろう。


「高梨くんも、今日の晩御飯を一緒にどうかなと思ってね。」


「そうでしたか…一成さん、どうなさいますか?」


「せっかくなんで、お世話になろうかと。」


「畏まりました。では、本日はこちらでお作りいた…」

「ダメよ、今日は私が作ります。沙羅ちゃんはいつも一成くんに作ってあげてるんだから、こういうときくらい私に…」


「……いつも?」


沙羅さんは当然自分が作ると考えただろうが、それを言いかけたところで真由美さんが割り込んだ。何となくこうなりそうな気はしていたのだが…

あと政臣さんが、何か呟いたような気がした。


「一成さんの身の回りのお世話は、全て私がやりますので。将来妻になるとお約束したからには、例えお母さんであろうと一切譲るつもりはありません。」


それがあってもなくても譲らないだろうとは密かに思ったのだが、それは指摘しないことにする。恐らく今後はそれを前面に押し出してアピールするのではないだろうか…沙羅さんがそれだけ嬉しいと思ってくれているなら、俺は別にいいけど。


「まぁまぁ、それなら二人で作ればいいじゃないか。私も久しぶりに沙羅の料理が食べたいし。」


俺も正直、政臣さんの折衷案しか道は残されていないと思うのだ。二人は顔を見合わせると、渋々といった様子で頷き合った。一応は解決だろうか。


「んふふ、お義母さんのご飯が一番美味しいって、一成くんに褒めて貰っちゃおうかな。」


「笑わせないで下さい。一成さんのご飯を作るという点なら、三つ星シェフでも私には勝てませんよ。もし私に勝てるとすれば、一成さんのおかあ…いえ、お義母様だけです。」


いや、こんなことを言うのは悪いが、うちのオカンじゃ沙羅さんには絶対に勝てないから…つまり最強だ。そしてわざわざ言い直したのも地味にアピールだろう。


「言ったわね…師匠に勝とうなんて十年早いわよ」


「一成さんのことで、私に勝てると思うこと自体が許せません」


目に見えない火花のようなものを散らしながら、二人は対決姿勢を強めていた。単純に晩御飯をご馳走して貰うという話だけだったはずなのに…なぜこんな話に。

政臣さんも予想外の状況に驚いているようだった…


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二人が台所に行ってしまったので、久々に政臣さんと二人になる。何となくお互い顔を見合わせると、思わず吹き出すように笑ってしまった。


「何か不思議な感じがするね。最初は単に恩人というだけだった君が、いつの間にか接点が増えて、気が付けば将来私の息子になる話までいくなんてね…人の縁とは本当に面白い。」


「そうですね…俺も正直に言うと、名刺を貰ったときは二度と会うことのない人だって思ってました。お礼なんて要らなかったし、それを要求するような電話をかけるなんて絶対にするつもり無かったですから。でも、その人が沙羅さんのお父さんだなんて、どんな偶然だよって思いました。」


本当に偶然が過ぎるというくらい偶然だと思う。あのとき一度だけ会った人が、いつか父と呼ぶことになる人だったなんて、誰が予想しただろうか。そもそもあの時点では、沙羅さんとすら顔見知り程度だったのに…


「いや、それにしても今日は本当に驚かされた一日だったよ。君は面白い青年だと思っていたけど、ここまで想像を上回る人物だとは思わなかった。実を言えば、君の横にいる沙羅の姿が今でも夢ではないかと思ってしまうんだ。あの沙羅があそこまで変わるなんて…」


夏海先輩も最初は驚いていたが、西川さんのリアクションを思い出せば沙羅さんを知っている人は全員驚くのだろう。ましてや親ともなれば、その驚きは友人、知人とは比べ物にならないのかもしれない。


「夏海先輩や西川さんもかなり驚いていましたよ。でも俺からすると、沙羅さんは出会った当初から優しかったんですけどね…」


「……自分の娘のことを余り否定的に言いたくないが、それこそ信じられないよ。でも、だからこそ納得もできる。あの沙羅が最初から君に好意的であったのなら、今の二人の姿は出会った頃から既に決まっていたのだろう。」


照れ臭いが、そう言って貰えるのは本当に嬉しい。でも俺が言うのもなんだが、政臣さんもかなりのロマンチストではないだろうか。


「沙羅さんのお父さんの前でこういう言い方をするのもなんですが、俺は運命だと思ってます。」


「っ、はははは、君も言うねぇ。人となりや仕事への真面目さは知っていたが、お義母さんのことといい、山崎工業の件といい、更には西川社長という特大の隠し玉まで持っているとは…君は本当に只の高校生かい? 全く大したものだよ。これは私も本当に期待させて貰いたいね。」


うーん…全部偶然なんだよなぁ。

西川社長のことは、間違いなく西川さんが動いてくれた結果だろうし、山崎の一件も同じようなものだ。そもそも政臣さんが関わったことですら俺は知らなかった訳であり…


「あれは確かに俺と山崎の因縁から始まった話ですけど、最終的に解決したのは協力してくれた皆のお陰なんです。俺一人だったら何も出来なかったのは間違いないし…」


「いや、それはちょっと違うかな。集団で動くときは、それぞれの領分や得手不得手を考えてお互いを補えばいいんだ。君達がどうやって解決したのかはわからないが、君が動いたことで結果的に皆が君を中心に集まったはずだよ。そして皆が協力してくれたということは、君がそういう人物であったということだ。だからそれも立派な君の力なんだよ。」


……以前、花子さんにも似たようなことを言われたことを思い出した。あれと同じ意味なのかわからないが、何となく言われていることはわかるような気がする。

俺個人としての力ではなく、協力しあって動く、その協力を集めたことも、それを動かしたことも、結局は俺の力だと言われている…のではないだろうか。あくまで何となくなんだが…


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side 沙羅


「よかったわ~。いつか沙羅ちゃんにいい人ができたら、政臣さんがどうなるのか昔から心配だったんだけど、一成くんとは上手くやっていけそうね。」


「まぁ…丸く収まるなら私は別に構いませんが…」


一成さんとのことで反対をされないのであれば、私としてはどうであろうと問題はありません。

私達のことは私達が…いえ、正確には、一成さんがお決めになったことに私は従うだけですので。


「…はははは」


父の笑い声がここまで響いてきます。

どうやらあちらは話が盛り上がっているようですね。父が一成さんに失礼なことを言わなければいいのですが…


「あらあら、すっかり仲良くなってくれたみたいね。これなら一層のこと、一成くんに引っ越して貰ってこの家で四人で住むのもいいかもね。聞いてみようかしら?」


この家で?

悪い話でないのかもしれませんが…ですが、私はやはり二人きりがいいのです。

邪魔とは言いませんが、一成さんの身の回りのお世話も何もかも、全て私がして差し上げたいのです。

それに二人きりであれば、一成さんがいつでも私に甘えて下さいますので。


ですが、それはまず一成さんに伺ってからです。


「聞くのは構いませんが、決めるのはこちらですからね?」


私の気持ちは、一成さんならきっとわかって下さいますから…


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本当は今回で薩川家のシーンが終わる予定だったのですが、パパとの会話とか食事とか少し内容が増えてしまいました。次で終わる・・・かな?

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