第259話 結婚?
side 夏海
沙羅は男子達の問い掛けに答えないまま、冷たい視線で二人を眺めていた。クラスメイト達は黙ってその様子を見守っているけど、特に男子達は二人をバカにしたような視線をぶつけているような気がする。
そんなクラスメイト達の様子を眺めながら、悠里達がコソコソと私の近くに寄って来た。多分さっきの話を聞きたいんだろうけど、私は沙羅の様子を見たいからね。取り敢えずはスルーだ。
「…私が、結婚をすると聞いたのですか?」
あれ、ちょっと意外かも…
沙羅が頭ごなしの会話拒否という形を取らないのは、素直に珍しいことだと思う。特にこういう面倒臭そうな場面なら、「何故あなた方に、そんなことを答える必要があるのでしょうか?」くらいは言いそうだし、そのまま即行で切り捨てるのがいつもの沙羅だ。
それなのに一応は話をするという姿勢まで見せているし、これは私としても非常に気になる。
「ツレの仲間が、土曜日に薩川さんがそういう話をしてるの聞いたって!! もう結婚するって言ってたって…なぁ、嘘だよな!?」
「薩川さんに恋人がいるって言ってるやつが急に増えたって…デマだよな!? そんな相手なんかいないよな!?」
二人が興奮したように、お互いを無視しながら沙羅に詰め寄っていく。自分の言いたいことだけを喚き散らしていて、沙羅の不快そうな表情には全然気付いていないみたいだ。
それに話の内容も又聞きって感じだし、微妙に情報が間違っている部分もある。
でもこういう話が出てきたってことは、土曜日の件が噂になり始めていることに間違いなさそう。
二人はそれで押しかけてきたんだろうけど、そもそもこの二人は既にフラれてるみたいだし…でもこれって、沙羅にフラれてはいるけど、まだ気持ちを持ち続けてるってことなんだよね。
沙羅が今まで全ての告白をバッサリと切り捨ててきたことは間違いないのに、それでもこういう連中が現れてしまう。それは多分、私が心配していた部分が改めて露呈してしまったということなんだろう。
それは何かというと…
沙羅は自分に言い寄ってくる男を、煩わしい、目障り、邪魔としか感じていない。軽薄な男を何よりも嫌う沙羅は、ロクに面識も交流も無い癖に言い寄ってくる男を、嫌悪の対象としてしか見ていないからだ。そしてそんな相手に対して、ハッキリ迷惑だと切り捨てていることは本人からも聞いたし間違いない。
普通に考えれば、告白相手に迷惑とまで言われたら素直に諦めると思う。でも単に「迷惑」というだけでは、場合によっては「まだ諦めきれない」とか「まだチャンスは残ってる」みたいに、無駄に前向き思考な奴が残ってしまう可能性がありそうな気がする
現にこうして、都合のいい希望を持った身の程知らずがやって来た訳だし。
或いは、本人なりにどうしても諦めきれないくらい心底沙羅に惚れていて、他に相手がいないならいつか自分が…という、一応は純粋な恋心もある…のかも?
「うほぉぉぉ、青春してるぅぅ、アオハルだねぇ!」
「さぁ、ちょっと待ったコールは!?」
「いや、話を聞こうよ。それとネタが古い…」
確かに青春と言えるようなシーンの一部かもしれないけど、高梨くん以外を相手にしたくない沙羅からすれば、本当にいい迷惑だろうね。
悠里達もさっきの話を一旦保留にでもしたのか、とりあえずこの状況を楽しんでるみたいだ。自分達だけが知っている情報もあるから、優越感みたいなものを持ってるような…ぶっちゃけ明らかに調子に乗ってるでしょ。
「…成る程。今までの対応が悪かった故に、結果こういうことになるのですね。つまり、私も花子さんと同じということですか…面倒な」
「…沙羅?」
沙羅がポツリと何かを呟いた。花子さんの名前を出したような気もするし、少し自嘲気味な様子も気になる。何かを考え込んでるみたいだし…というか、あの二人は見えてるのかな?
「さ、薩川さん?」
「あ、あのさ…」
二人も沙羅の感じがいつもと違うことに気付いたようだ。自分達への反応もないから若干戸惑っている様子。
でも沙羅が頭ごなしに二人を突っぱねなかったことはかなり珍しいと思うし、そういう意味で戸惑っているのは私も同じかもしれない。
「取り敢えず…人のプライベートを大声で喚き散らすような常識知らずは、今すぐ視界から消えて頂きたいですね?」
「あ……」
「う……」
あれ、結局いつも通り?
今までの意味深な様子が何だったのかと聞きたくなるくらい、いつも通りすぎる沙羅からの毒舌。二人はそれを言われて、「しまった」という焦りような感情がハッキリと顔に浮かんだ。
自分達が沙羅に対して如何にマズい行動を取っていたのか、今頃になって気付いたみたいね。もう遅いけど。
「…ですが、思うところがあるので一応答えます。私も将来はもちろん結婚しますよ?」
これは完全に予想外…
相変わらず冷たい視線は向けたままだけど、まさか沙羅が男子からの質問に答えるなんて。でもその答えでは、あまりにもシンプル過ぎて解釈が分かれてしまうような気もする。
「え? しょ、将来? …あ、あぁ!! そういう意味か!! そ、そうだよな、薩川さんだって、将来的にはもちろん結婚を考えるよな!? 何だ…てことは、結婚するって話はやっぱりデマか…ふぅ、焦ったぞ…」
「だ、だよなぁ…あ! それなら恋人の話もやっぱデマか!!!」
あぁ、やっぱりね。
案の定、二人は自分にとって一番都合のいい解釈に走ってしまった。でもこれは、余地を残すような答え方をしてしまった沙羅も悪い。まぁいつも突っぱねるだけで、説明らしい説明をしてこなかったからね。答え方が雑になってしまっただけかもしれないし…もしくは面倒臭いだけか。
「…まぁ、そうだよな」
「…少しだけ焦ったわ」
「…いやいや、ちょっと待てよ…それってつまり…」
「薩川さんも、恋人を作るつもりがあるってことか!!??」
「「「 !!!!!! 」」」
「…まぁ、いつまでも男嫌いなんて言ってらんないよねぇ」
「…あの薩川さんでも、やっぱそういうことは考えてるんだね」
「…となると、あの話もデマかぁ」
「…ぷっ…くくく、薩川さん、ナイスな思わせ振り発言」
「…あれって狙って言ってるの?」
「…いや、結婚するのかって聞かれたから、将来はするって単純に答えただけでしょ」
私もそれに同意。
あくまでも聞かれたことに答えたというだけで、ある意味、沙羅らしい答え方だとは思う。
とは言え…これは本当にどういう心境の変化なのか?
一応とはいえ、男子を相手に話をしているというだけでもかなりの対応だと思う。定番の拒絶スタート即終了にならなかった時点で、沙羅も成長したなとは思ってしまえるのがアレだけど…
「デマ? …あぁ、もう結婚するという話でしたら確かにデマですね。そもそも法律的に、まだ結婚できる年齢ではありませんし」
「…え?」
「…ん?」
あ…分かってたけど…ついにこの流れになったか。
沙羅の追加発言で、楽観的な雰囲気だった教室内に少しだけ微妙な空気が漂い始めたような感じになった。発端の二人は不思議そうな表情で固まってるし。
勿論この後に沙羅が何を言い出すかなんて、この私が分からない訳がない。
「…年齢?」
「…結婚って、十六歳じゃなかったっけ?」
「…ちょうどウチらくらいの歳だよね?」
法律的な話で言うなら、結婚できる年齢は男子が十八歳、女子は十六歳であることは常識的な話だ。そういう意味では、沙羅も私達も既に結婚できる年齢を迎えているということになる。でも男子の高梨くんは、どんなに早くても三年生にならなければ結婚できない。
でも二人の結婚時期については、就職がどうのという話をしてる時点で、ある程度は既に決まっているんじゃないかと思う。
「ねぇ、薩川さん。私達の年齢なら一応は結婚できるよ?」
「うん、何年後かに変わるって話は聞いたことあるけど、今はまだ女子は十六歳だよ?」
「結婚できる年齢ではない」という発言を、沙羅自身のことだと勘違いしたみたいだ。でも、もちろんそれは誤解だから、指摘された沙羅も理由が分からなくて不思議そうにキョトンとしている。
「ええ。それはもちろん分かっています。これは私自身の話ではなく、男性が十八歳にならなければ結婚できないという話ですよ。一成さんはまだ十六歳なので、法律的に結婚できませんから」
「「「…………………………………………………は????」」」
「そもそも私達の結婚は、一成さんが父の会社に就職をしてからだと既に決まっていますし、その前に大学を卒業しなければなりませんので」
「「「………………………………………………………………」」」
ついに始まったか…相変わらず、とんでもない話をアッサリと言ってくれちゃって…
これが沙羅にとって、単に理由を説明しているだけなのは私も当然分かってる。でも何も知らないクラスメイト達からすれば、いきなり過ぎて何を言われているのか全く分からないだろうね。一応は耳に入っていると思うけど、みんな沙羅を呆然と眺めているだけで、話に対するリアクションは皆無だ。
「ですから、私は確かに結婚をしますが、今すぐいう話は間違いですよ。適当な話を面白半分に言い触らされるのは迷惑ですね」
……あ~あ、遂に全部言っちゃった。
クラスメイト達は完全に置き去りにされた感がある。逆に沙羅は、言うべきことを言い終えたって感じでどこか満足気な様子だ。
ちなみに、核心部分の「将来結婚をする」という部分まで沙羅は完全に言い切った訳だけど、果たしてクラスメイト達は今の話を理解できたのかな?
そもそもとして…
「一成さん」が誰のことなのか、皆は分からないだろうし(笑)
「………え??」
「………あ??」
この状況の発端を作った二人も、今の話で完全に言葉を失っている。理解が全く追い付いていないのは、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見れば明らかだ。
沙羅がこの話をしたのも、主には間違っている情報を訂正する為に必要だと感じたからに過ぎないだろう。思っていたよりしっかり説明をしたから少し驚いたけど、「思うところがある」って言っていたから、その辺りに理由があるのかもね。
「「「………………………………………………………………」」」
そしてそれは二人に限らないで、クラスメイト達も同じように絶句していた。
一様にポカンと口を開けて、呆然と沙羅を見つめている。
悠里達も、まさかここまでの話になっているとは思ってなかっただろうね。流石に驚きは隠せないようで、お互いの顔を見ながら指と口パクで謎のコミュニケーションを…と言うか、何やってんのあれ?
「薩川さん!!!」
「ホ、ホントに…ホントに高梨くんと結婚の約束したの!!??」
と思ってたら、悠里が突然動き出して勢いよく沙羅に詰め寄っていった。もう完全に興味深々といった感じで、机に身を乗り出して質問をぶつけている。
純粋に自分の興味で話を聞きたいんだろうけど、これが男子達に追い打ちをかけるような質問であることに悠里は気付いて…ないなこれは。
「ゆ、悠里さん、少し落ち着いて下さい」
「おっと、ゴメンゴメン、何か凄いことになってるみたいだからつい」
沙羅も突然詰め寄られて驚いたみたいだけど、特に悠里を邪険にしたり嫌そうな雰囲気を見せたりはしていない。もう悠里達は完全に友達として受け入れることが出来たみたいね。まぁ高梨くんのことを聞かれたことが嬉しいというのが本音だろうけど。
「い、いえ…それで?」
「それでそれで!! 本当に結婚の約束したの!? それって婚約ってこと!? いつしたの!?」
「ええ。つい先日、婚約しました。」
「「「 こっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!???????? 」」」
沙羅が拍子抜けするぐらいにあっさりと婚約を認めてしまう。
でもあまりにもあっさりとしすぎて、却ってクラスメイト達は話を飲み込めていない感じがする。リアクションも中途半端だし。
「おおおおおお!? ど、どっちから申し込んだの!? やっぱ薩川さん!?」
「いえ、その…一成さんから、結婚を前提に…と」
沙羅はそのときのことを思い出したのか、薄っすらと頬を朱く染めて幸せそうな笑みを浮かべた。
乙女で一途な沙羅にとっては、最愛の高梨くんから婚約を申し込まれるなんて文字通り夢のような出来事だっただろうね。もう本当に嬉しそうだし、見ているこっちまで和んでしまいそうな笑顔だ。
でもね…
その笑顔は…
今沙羅を見ている男子達からすれば、その笑顔はもう、死刑宣告にも等しいくらいの笑顔な訳で…
「…う、嘘だよな……嘘だよな…?」
「…は、ははは、はははは、じょ、じょ、冗談キツいぜ」
「…いやいやいやいやいや……夢か? 夢だろ?」
「…有り得ないからさ、薩川さんがもう婚約とか絶対に有り得ないから」
「…そ、そうだよな…大丈夫だよな…きっと誤解とかだから…大丈夫」
特に一部の男子達は、目つきまで虚ろな感じになってきている。オマケに呪文でも唱えるみたいに、小声でブツブツと何かを呟いてる。
えりりんもダークサイド(?)に落ちると似たようなことをよくやるけど、男子のそれは怖いと言うか…ハッキリ言うとキモい。
「うひょおお!!! 高梨くんやるぅ!!!」
「で、でも何で急にそんな話になったの!!?? 高校生で婚約とか聞いたことないけど!!??」
「だよね!!?? ま、まぁあんだけ仲がいいんだから不思議はないけどさ!!!」
只でさえ沙羅の恋愛話に興味深々の三人組は、婚約という衝撃話で早くも盛り上がり始めてしまった。
クラスメイト達を完全に置き去りにして、早くもテンションMAXだ。
「その辺りは色々ありまして。それで私が情けない姿を見せてしまったのですが、一成さんはお一人で私の父を説得して下さったのです。その結果が」
「なるほど!! それで婚約になったと!?」
「彼女の親に一人で話をつけに行ったの!? 高梨くん度胸が凄いねぇ!!」
「ふふ…一成さんは、とても頼り甲斐のある素敵な男性ですから」
沙羅にとって、高梨くんが褒められることは自分が褒められる以上に嬉しいことだからね。だから悠里達の褒め言葉で、素直に喜んでいる沙羅がちょっと微笑ましい。
でも周囲はそんな和やかな状態じゃないけど。
「彼女のお父さんなんて、彼氏からすればラスボスだよね? それとタイマンするなんて…」
「まだ高梨くんと直接話したことないけど、かなり男らしいタイプ?」
「はい、勿論ですよ。何故なら…」
「何故なら??」
何故かここで、沙羅が意図的なまでに言葉の「タメ」を作った。
いったい何を言うつも…
「…私の愛する旦那様ですから♪」
ああ、その笑顔はもう致命的だ…男子達にとっては。
そんな幸せそうな笑顔で、「旦那様」なんて惚気られたら、男子達は諦めるしかない…認めるしかないだろうね。
さて、これを見た男子達はどうな…
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
キーンコーン、カーンコーン
そしてこの瞬間、チャイムという名のBGMに彩られた大絶叫が、二年生全ての教室に響き渡るのだった…と。
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お、お待たせしてしてます・・・
次回は・・・実はまだ沙羅の教室が続きます。悠里が更なる爆弾をぶっこんで地獄が・・・かも?w
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