第235話 家具を買いに行きましょう


日曜日


今日は沙羅さんと夏海先輩の三人で、家具を専門として扱う大型店へ買い物に来ていた。沙羅さんと生活をするようになり、足りないと感じた家具を買い揃えることになったからだ。

少し遠いので電車を使わなければならなかったが、店舗が大きくて品揃えも良くリーズナブル、お洒落な洋風の家具も多く扱う評判店(沙羅さん談)とのことで、沙羅さんの可愛いおねだりもあり即決となった。


何故いきなり家具を買うことになったのか…それは今朝、電話で真由美さんから呼び出され、二人で沙羅さんの実家に顔を出したときのことである。


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「一成くん、これを渡しておくわね。」


そう言って真由美さんが差し出したのは、ごく普通の茶封筒だった。

とりあえず受け取ったものの、中身を今確認するべきか悩んでいた俺に、真由美さんが補足で説明をしてくれる。


「そのお金は、家具を新調するなり新しく増やすなりで使ってね。」


お金!?

驚いて封筒の中身を確認すると、軽く見ただけで十枚以上は確実にありそう。

流石にこんな大金を受け取る訳にはいかないので、俺はそのまま真由美さんへ封筒を返そうと思った。多少の家具であれば、俺の方でも買える筈だ。まだアルバイトのお金が残っているし、沙羅さんのお陰でプールできている生活費があるのだから。


「真由美さん、流石にこれは…」


俺が封筒を返そうとするも、やはり真由美さんはそれを受け取ろうとしない。


「それは受け取らなければダメよ。沙羅ちゃん、もし残ったら生活費に回しなさい。」


「わかりました。一成さん、お受け取り下さいね。」


先に沙羅さんを説得されてしまい、俺はもうお金を受け取るしか道が残されていなかった。仕方ない、申し訳ない気持ちは多々あるが、ここは大人しくお言葉に甘えておこう。


「…すみません、ありがとうございます。」


真由美さんにお礼を伝えると、お金のことなのでそのまま沙羅さんに預けることにした。俺から封筒を受け取った沙羅さんは、自身のバッグにそれを入れながら「ありがとうございます。」と真由美さんにお礼を告げる。


「全部使い切っていいからね。他にも何か困りそうなことがあれば、いつでもお義母さんに連絡するのよ?」


真由美さんは優しく微笑みながら、じりじりと俺の方へ近寄ろうとしていた。もちろんそれは沙羅さんも気付いていたので、素早く俺の前へ立ち真由美さんをブロックをする。


「あぁぁ、もう沙羅ちゃんったら。お義母さんと可愛い息子のスキンシップを邪魔したらダメよ。」


「そんなものは必要ありません。一成さんとスキンシップをするのは私の特権です。」


真由美さんは勿論俺達をからかっているだけだろう。そして沙羅さんも、相手が真由美さんであるからこそ、普段とは少しノリが違うのだ。そんな姿に思わず微笑ましさを感じてしまった。


「これはいつか勝負をしなければならないわね。私が勝ったら、一成くんとイチャイチャさせて貰いますよ。」


「寝言は寝てからほざいて下さいね。勝負などするまでもなく、一成さんと仲良くするのは私だけです。」


……からかってるだけだよな?

本気じゃないよな?


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とまぁそんなやり取りがあり、真由美さんのお言葉に甘えて家具を増やすことにした。主には沙羅さん用のタンス、化粧台、新しい食器などだ。

沙羅さんは化粧台など要らないと言っていたのだが、もちろん俺は現地で強行して買うと決めている。女性には絶対に必要な物だと思うし、遠慮しているのは間違いないと踏んだからだ。俺が必ず買うと強く出れば、沙羅さんは間違いなく折れてくれるだろう。


そして逆に、沙羅さんから欲しいと強く要望が出た物…それは布団である。別に今の布団に不満があるという訳ではない。沙羅さんは絶対にそんなことを言う人ではないのだ。


では何故布団なのか、答えは…


「これを機に、ダブルサイズのお布団にしましょう。これから寒くなりますし、一成さんがお風邪を引かないように、大きいものがいいです。」


ということだった。

だから予算的に足りるようであれば、思いきってダブルサイズのベッドを買うことも考えている。俺は下でもいいが、やはり沙羅さんにはベッドで寝て欲しいと思うから。お金が足りれば…だけど。


今日の目的がそんな感じにまとまったところで、たまたま連絡してきた夏海先輩が合流することになったという訳だ。

最初はやはり遠慮していたのだが、俺の方からも誘ってみた。沙羅さんはずっと俺に付きっきりなので、たまには同性の親友との息抜きも必要だろうと考えたからである。


「ごめんね~、あの店一度行ってみたかったのよ。私は二人の邪魔しないから、現地に着いたら適当に放置してくれていいよ。」


それでは意味がないので、もちろんそんなことをするつもりなどない。三人で来ると決めた以上、三人で楽しくするのが当然だと沙羅さんも思っているだろうから。


そんな感じで現在に至る訳だが…


想像より遥かに大きい店舗に俺は圧倒されていた。ここまで家具が多いと、適当に眺めていたら一日があっという間に終わってしまうだろう。店内にはお洒落なカフェも併設されており、カフェ巡りが趣味の夏海先輩は早くも寄る気満々である。


「改築したようですね。以前はカフェが無かったのですが…」


「後で絶対に寄るからね?」


「わかっていますよ。夏海は本当にカフェが好きですね。」


「私のライフワークだし~」


「随分と大きなライフワークですね。」


「むっ、何よ? それならあんたのライフ…やっぱいいや。高梨くんしかないし。」


「ふふ…私は一成さんが全てです。」


「はいはい、そうでしょうよ。」


こうして会話を聞いていると、やはり同性の親友が故の気軽さというか…俺を相手にしているときとは違う意味で、リラックスしているような気がする。夏海先輩も一緒に来たのは正解だったな。


「さてと…それじゃ一旦別れましょうかね。私は適当に見てるから、お二人さんはごゆっくり。」


「無理に別行動しなくても、俺達は大丈夫ですよ?」


「えー…でも、二人で一緒に寝る布団とか買うの見たくないし。」


恐らくは冗談で言っていると思うのだが、あまりにもピンポイントで正解を突かれてしまい、俺は思わず口をつぐんでしまった。だが沙羅さんは受け止めが違うようで、不思議そうに首を傾げている。


「あら、良く分かりましたね?」


「え"……じょ、冗談だったのに…本当に買うの?」


「ええ。抱っこしているとはいえ、普通のお布団ではやはり小さいですからね。これから寒くなるので、一成さんがお風邪をひかないように…」


夏海先輩は、ゲッソリとした表情で話を聞いていた。視線はどちらかと言えば俺の方を見ているようで、何か含みを持ったような様子に見えた。ひょっとして、何か俺に言いたいことがあるのだろうか?


「それを聞いた以上、絶対に別行動させて貰うわ。選んでる間とか近寄りたくないし。」


随分な言い様であるが、やらかしまくっている自覚はあるので否定できない…


「そ、それじゃ、私もお店の中にいるから、何かあったら電話して…」


まるで避難するかのように、そそくさとこの場を離れようとする夏海先輩。だが、こちらを見ながら移動を始めたので、それは明らかな前方不注意だった。タイミング悪く物陰から出てきた人影に、俺と沙羅さんは同時に気付いたが、あっと思ったときには既に遅い。声をかける間もなくその人物にぶつかってしまい、両者は大きくよろめいてしまった。


「あっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫で…」

「す、すみません、前をよく見てなか…」


焦って謝罪の言葉を口にした両者だが、お互いの姿を見ると同時に固まってしまった。もちろんそれを見ていた俺と沙羅さんも、意外な人物の登場に固まっていた。何故ならそれは…


「橘くん!?」

「夏海さん!?」


驚いたことに、夏海先輩とぶつかったのは雄二だ。まさかこんなところで出会うとは予想だにしていなかった。


「雄二? 何でこんなところに?」


「一成!? い、いや、ちょっと付き添いで連れて来られたんだが…お前たちは?」


「そりゃ勿論、家具を見に来たんだけどさ。付き添いって言ってたけど、今一人なのか?」


「いや、ちょっとはぐれて…」


そう言いながら周囲をキョロキョロしているので、どうやら一緒に来たという人を探している最中だったようだ。これだけ店が広ければ、はぐれてしまう可能性も十分にあるだろうな。


「橘くん、電話してみたら?」


「何度かしてみたんですけど、向こうが出てくれなく…」


「あぁぁ!! やっと見つけたぁ!!」


突然の大声に驚いて、声のした方を見ると、女の子がこちらに向かってくるようだ。

頭の上にお団子を乗せているような、おもし…もとい、特徴的な髪型、健康的なミニスカートから伸びる足をパタパタとせわしなく動かして、小走りで近付いてくる。


年齢は…俺達より年下だろうか?


「もぅ、ゆうくんったら先に行っちゃうんだもん!!」


「お前がいつの間にか居なくなったんだろうが!! 電話にも出ないし、俺がどれだけ探したと思ってやがる!!」


ゆうくんとは、また親しげな呼び方である。

それに雄二も、女子と話すにしては随分と砕けた口調であり、ひょっとしなくても親しい間柄なのではないだろうか?


「あ、まさかナンパしてるの!? 私というものがありながら!!」


「へぇ…橘くんたら、その子と随分仲が良さそうね?」


突然のことで固まっていた夏海先輩が、硬直が解けたようにゆらりと顔をあげると…それはそれはとてもいい笑顔を雄二に向けた。目が笑っていないとはこういうことを言うのだろう。勉強になったな、うん。


「え!? い、いや、こいつは」


「そうなんですよぉ、すぐ怒るけど、ゆうくんは何だかんだ言って優しくしてくれるから大好き!! ……って、あれ? お姉さん達、ゆうくんの知り合いなんですか?」


夏海先輩が明らかに不機嫌な様子を見せているので、代わりに俺が応対することにした。ちなみに、何故か沙羅さんも不機嫌さを滲ませているようだ…何故?


「えーと、初めましてだな。俺は高梨一成、雄二とは…」


「あっ!! 高梨くんって知ってるよ。ゆうくんの一番の友達でしょ!?」


どうやら俺のことを知っているらしい。恐らく雄二から話を聞いていたのだろう。一番の友達…雄二が俺のことをそんな風に紹介してくれたことが本当に嬉しかった。


「あ、あぁ、俺も雄二が一番の友達…親友だ。」


「そっか! 良かったね、ゆうくん!」


「そ、そうだな」


いつも思っていることでも、こうもハッキリ言われてしまうと俺も雄二も非常に照れ臭い。だが、屈託なく笑うその姿は純粋にそう思ってくれているようだ。


いや、和んでいる場合ではない。この子は一体?


「ところで…えーと」


俺が聞きたいことに気付いてくれたのか、「あっ」という何かに気付いた表情で、開いた左手を握った右手で「ぽんっ」と叩いた。

面白いなこの子。


「ごめんね、私は岸山亜沙美で~す。」


「岸山さんだね、えーと、雄二とは随分と仲がいいような…」


「ゆうくんとはラブラブです!!」


「ラブラブ…へぇ…ラブラブなんだ…?」


一方夏海先輩は、不気味なオーラを滲ませながら雄二に詰め寄ろうとしていた。

雄二も夏海先輩の様子に気付いており、タジタジになっている。


「ちょ、ラブラブとか適当なこと言うな!! そもそもお前は…」

「えー…酷い!! お母さんも良かったねって言ってくれたのに!」


おいおい…これはまさか…

雄二は夏海先輩が好きだと思っていたのだが、まさか違ったのだろうか?

見た限り、この二人はかなり親密な関係に見える。


「あのー、ところで、お姉さんは?」


今の夏海先輩に声をかけるとは…

岸山さんはかなりの度胸の持ち主なのか、単に空気が読めないのか、どちらにしても怖いもの知らずだろう。


「あぁ、私のことは気にしないでいいわよ、直ぐに居なくなるから。高梨くん、何かあったら電話して。」


「は、はい。わかりました。」


そこまで言うと、最大級の作り笑いを浮かべた夏海先輩が雄二に迫る。


「岸山さんと、お幸せにね?」


「えっ!? ちょ!?」


そう一言告げると、焦る雄二をそのまま残し、スタスタと早足で立ち去ってしまった…


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料理教室をお待ちの読者様、お待たせして申し訳ありません。焦らしている訳ではないのですが、雄二&夏海の話も少し含ませたかったので、もともと予定していた家具の買い物話が急遽変化してしまいました(ぉ

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