第236話 気付いた気持ち

「え…」


雄二は状況が飲み込めないのか、唖然とした様子で夏海先輩が行ってしまった方向を向いていた。


「あれ…あのお姉さん、どうしたの…」


岸山さんも状況がわからないようで、茫然としながら雄二と同じように夏海先輩が去っていった方向を眺めていた。

俺はどうフォローするべきか頭を回転させ始めたのだが、先に動いたのは終始不機嫌そうに様子を見ていた沙羅さんだった。


「…橘さん。私は一成さん以外の男性に興味などありませんが、あなたは一成さんの親友ですからそれなりに見ていました。悪い人ではないと思っていましたが…勘違いですか?」


…どうやら、沙羅さんの不機嫌は雄二に原因があったらしい。夏海先輩を上回るプレッシャーをぶつけられて、雄二は後退りすら見せていた。


「さ、薩川さん、ちょ、ちょっと待って下さい、そもそもこいつは従妹…」


ん?

今、従妹って言ったのか?


「……は? 従妹?」


やはり沙羅さんも驚いたようで、茫然と二人を見比べていた。

従妹…確かにそれなら、名字が違うのも、親まで絡んでいることも、仲がいいことも、全て説明がつく。


「き、岸山さん、君は雄二の従妹なのか?」


「そうだよ。ゆうくんは昔から私といっぱい遊んでくれて、優しくて、だから大好きなんだ。」


どうやら本当に従妹だったらしい。

紛らわしいと言うか何と言うか…この子、天然なのか狙ってるのかわからないな。


「ねぇねぇ高梨くん。ゆうくんの親友なら、私のこと特別に亜沙美って呼んでくれても…」


「余計な気を使わなくても大丈夫です。一成さんは名前呼びなどしませんから。ですよね、一成さん?」


「は、はい、そうですね。」


沙羅さんの笑顔プレッシャーは、夏海先輩とは比べ物にならない。だがこれは嫉妬ではなく、先程とはまた別の理由で不機嫌になっているのは間違いない。


「…………うわぁ」


岸山さんは沙羅さんを見つめながら、思わず溜め息を溢した。そのままジーっと見つめている。しかし沙羅さんは、もはやそれは眼中にないとばかりに無視をして、再び雄二を睨み始める。勿論その意味は俺にだってわかる。岸山さんが従妹であるなら、雄二は早く夏海先輩を追いかけるべきだ。


「亜沙美、カフェに戻ってお母さんと合流しろ。」


「えぇぇ……行っちゃうの?」


二人で来ているのかと思ったら、お母さんが居たのか。その辺りを説明すれば、夏海先輩も誤解せずに済んだのに…

さっさと追いかけさせる為にも、岸山さんのことは俺の方で引き受けよう。


「雄二、いいから行け。カフェなら俺が連れてくから。」


「頼む」


雄二も自分の状況がわかっているようで、俺達が何も言わずとも、夏海先輩が去っていったコースを辿るように走って行った。

全く世話が焼ける…などと偉そうなことを言うつもりはない。お前が言うなと総ツッコミを受けることは自覚しているからな。


「お姉さん…すっごい美人ですねぇ…。芸能人ですか? モデルですか? こんなに綺麗な人、初めて見ました!!」


先程のガッカリとした様子は何だったのか?

岸山さんはキラキラと目を輝かせ、ちょこちょこ動いて角度を変えながら沙羅さんに注目していた。突然の豹変っぷりに、沙羅さんもどう対応していいのか困っているようだ。


「はぁ…凄い綺麗な髪。いいなぁ…羨ましいなぁ…私も大きくなったら…」


俺の大好きな、沙羅さんの綺麗な黒髪に溜め息を漏らし、沙羅さんの全身を眺めて溜め息を漏らし…うっとりと沙羅さんを見つめている。本当に変わっているな、この子。


「か、一成さん…」


どうすればいいのかわからなくなったようで、助けを求めるように俺を呼ぶ沙羅さん。

とりあえず、岸山さんに離れて貰おう。


「岸山さん、雄二の言った通りに、お母さんの所へ行こうか?」


俺が雄二の名前を出したせいか、こちらを振り向くと渋々と言った様子で「はーい…」と返事を返してきた。素直に言うことを聞いてくれるらしい。まるで子供を相手にしているみたい………子供?


カフェを目指して歩きながら、大人しく後ろについてきている岸山さんに、思いきって気になったことを聞いてみることにした。直球ではなく変化球だ。


「岸山さんは、この辺の学校に通ってるのか?」


「うん。すぐそこの小学校だよ。」


「あ、あぁ、そうなんだね。」


あぁ…直ぐに答えが判明してしまった。


小学生にしては妙に大人びているし、化粧もしているようだ。だからパッと見だけでは、同い年か年下だろうとくらいしか思わなかった。もう一つ言えば、言動の幼さも、実は狙ってやっているのではないかと俺は勘ぐっていた。

しかし、それにしては妙に子供っぽいと思えたのだ。


「しょ、小学生……!?」


薄々感づいていた俺と違い、沙羅さんは突然発覚した事実に驚きを隠せない。

気持ちはもちろんわかる…言い方は悪いが、この子はかなり「マセている」のだろう。


その後の沙羅さんは、岸山さんが小学生であることのショックが抜けないのか、チラチラ見ては溜め息を漏らしていた。


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side 夏海


はぁ…

やってしまった…やらかしてしまった。


あの女の子が実は親戚等ではないかと、誤解ではないかと冷静に考える頭もあったのだ。

頭では冷静に考えていた筈なのに…それでも自分の行動が止められなかった。誤解の可能性も十分考えていたのに、身体は勝手に動いてしまった。


認めたくはないが…これは…そうなのであろうか? 正直、自分の気持ちにまだ実感がないような気がする。


橘くんのことは、確かに他の男子より好ましいと思っている。それは間違いない。


出会ったときから他の男子とは違う何かを感じたのは事実だ。自分達は相性がいいのだろうと思った。沙羅達には秘密の繋がりというワクワク感も心地良かった。


そしてプールで久し振りに会ったとき…


橘くんを振り回すことが楽しくて、ついやり過ぎてしまった。まるで子供の頃に戻ったような気分だった。私をこんなに楽しませてくれる男子は初めてだ、やはり橘くんは特別なんだと思えるくらいに楽しい一日だったのだ。


私にとって橘くんは、気兼ねなく付き合える、一緒に居るだけで楽しい特別な男子。


普段は硬派っぽく振る舞っているものの、からかうと反応が面白い。焦る姿も可愛いと思う。普段とのギャップがたまらない。

沙羅が高梨くんのことを可愛いと頻りに言うが、私もそれがわかったような気がする。


そう、私がこんな風に思っている男子は橘くんだけだ。他の男子より特別に思っていることは疑いようもない。


だからこそ、あの子とのやり取りが…


あんな橘くんは見たことがなかった。あれが橘くんの「素」であるのだろう。もちろん年上、年下に対する違いはあるとしても。

私より親密な関係に見えて面白くなかった。私には見せない「素の部分」を、あの子には見せている。それが非常に面白くない、もやもやする。


だから私は……あれ?


何これ?


ここまでズラズラと自分の気持ちを並べてみたものの、結論が既に出ているのではないのか?


「あの子と親密な姿が面白くない」


これはヤキモチ?


「特別に思っている」


これが私の答え?


実感がないとか言い訳染みたことを考えていても、既に私の結論は出ているのではないのか?


かつての沙羅は、自分の気持ちがわからないと言いつつも、明らかな恋心を見せていた。十人に聞けば十人が恋心だと答えるくらい、あからさまで分かりやすい恋心だった。

だから私も、自分が恋をすればそのくらいになると思っていた。逆に言えば、そうならない内はまだ恋ではないと考えていたのだ。


そして今…、自分の結論を自覚した瞬間から焦りが止まらない。

この気持ちはなんだろう、こんな気持ちは初めてだ。


え?

え?

何これ…何これ…


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side 雄二


いざ自分のことになると、こうも上手くいかないものか。

一成のときに散々ヤキモキさせられたものだが、今の俺を当時の俺が見れば、お前も同じだと笑うだろう。


だがこれは…夏海さんには申し訳ないが、俺からすれば嬉しい誤算だ。

あれは間違いなくヤキモチを焼いてくれたのだろう。そうであれば、夏海さんも俺のことを意識してくれたのは間違いないはず。


つまり…チャンスだ。

夏海さんに、俺という男に気づいてもらう千載一遇のチャンス。普段なかなか会えないのだから、一気に攻めるしかない。


…………


一成のことが心配で、薩川さんとのデートを見守りに動いたあの日…

偶然出会った夏海さんと意気投合した。

行動理由が同じだったこともあり、初対面ながらも親近感を覚え…恐らくは夏海さんも同じように感じてくれたのだと思う。

夏海さんの強引さにも助けられ、同士として握手を交わした。


それからの俺達は、お互いに親友を見守り、報告し合い、成長を喜んで…友人というより保護者や同士のような感じだったと思う。二人には秘密の裏繋がりという関係が楽しかったのも事実だ。

もっとも、それを一番楽しんでいたのは夏海さんだが…


主目的はあくまで一成達を見守ること、何かあればフォローすること。

お互い直接会わずに連絡だけだったということ、同士だと考えていたこと、それが異性と接している感覚を薄れさせていたのだと思う。そんな状態で親交を深めたせいか、仲の良い異性というよりは、仲の良い年上の友人という感覚が先行してしまった。


だけど、そんな俺が女性としての夏海さんを意識したのはプールへ行ったときのことだ。


久し振りに見た夏海さんが、素敵な女性であると改めて気付かされたのもこのときだった。夏海さんの水着姿に目を奪われた。こんな女性と一緒に過ごせることを役得だと思った。

かなり振り回されたが、夏海さんはそれを楽しんでいたし、俺はそうされることが楽しかった。こんな気持ちは初めてだった。

俺と夏海さんは相性がいいのだろうと、改めて感じた一日だった。


一成と薩川さんが結ばれ、俺達も保護者を卒業。報告会も当然終わりになったのだが、気がつけばお互いのことを報告する時間に変わっていた。俺はまるで日記を書くかのように、次はこれを報告しよう、この話をしようと話題を見つけてはノートにメモをする。自分が夏海さんとのひとときをどれ程楽しみにしていたのか…自分が夏海さんを特別に見ていると気付くのにそれほど時間はかからなかった。


少しの変化を求めて名前呼びをしてみたが、あっさりと受け入れられてしまい拍子抜けだった。やはり普段会えないこともネックだ。夏海さんが俺との関係で男女としての関係よりも「楽しい」を先行させて考えていたことに改めて気付かされた。


山崎の一件から、仲間内で集まることが増えた。だから直で会えることも増えた。もともと女性と接する経験が少ない俺だが、夏海さんが意識してくれるように、少ない機会を無駄にしないよう頑張ったつもりだ。その甲斐があったのか、以前とは違う様子を見せてくれるようになった。時間はかかるかもしれないが、このまま頑張ればいつか…と思っていた。


そして今…


夏海さんはどんな気持ちでいるだろうか?

俺のことを意識してくれただろうか?


もしそうであれば…俺は…


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次回で決着します~

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