第199話 沙羅の拘り

今回もセリフ前に名前を入れておきます。


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西「さて、準備ができましたよ」


テーブルの上に並べられた三種類の大きなケーキ。もちろん沙羅さんのバースデーケーキだ。

本当はこれも俺が費用を持つつもりだったのだが、西川さんから丁重にお断りされてしまったのだ。


西「ケーキはこちらで用意しますから、その分も沙羅の為に使ってあげて下さい。その方が喜ぶでしょうし。」


とのことだった。

なのでお言葉に甘えさせて貰ったのだが、まさか三つも用意するとは…


部屋の明かりを消してあるので、現在の光源はイチゴのケーキに立てられたロウソクだけだ。暗闇の中でゆらゆらと揺れるその灯火と、それに照らされた皆の顔が何とも幻想的な雰囲気を生み出している。

そして沙羅さんの胸元には、灯火の光を受けたペンダントが、一際存在感を高めようと煌めいていた。


夏「じゃあみんな、行くよー。せーのっ」


ハッピバースデー、トゥユー…


お決まりのこの歌も、俺が沙羅さんに歌ってあげる日が来るなんて出会った頃は考えもしなかった。お互い理由は違えど孤独を抱えていたのに、今はこうして素晴らしい友人に囲まれて、俺達は恋人になり…まずい、感動して泣きそうだ…


ハッピバースデー、トゥユー


俺達が歌い終わったのを確認して思い切り息を吸い込む沙羅さんの目端にも、ロウソクの灯火で光る何かが見えた。


ふーーー


必死の表情でロウソクの火を消すその姿を収めようとスマホで撮影しているのだが、光の加減なのかよく分からないが直ぐにブレてしまい、上手く撮影できていることを願うしかなかった。


沙羅さんはロウソクの火を上手く消し終わり、真っ暗になった所で部屋の明かりを点灯させると…


パン!!

パパパパン!!


部屋の明かりが消えた一瞬で皆が手にしたクラッカーが、点灯と共に再び鳴り響く。


夏「では、改めまして〜」


お誕生日、おめでとうごさいま〜す!!


絶対に外すことができない最重要儀式を無事に迎え、パーティーもますます盛り上がってきた。

場の空気感に当てられたのか、みんなのテンションも高くなっていて楽しんでいるようで何よりだ。


夏「ほら、高梨くんこっちこっち!」


俺「何ですか?」


夏海先輩に呼ばれてテーブルを見ると、どうやらバースデーケーキを切り分けようとしているようだ。何故か沙羅さんが包丁を持ったまま待機している…いや、待機させられているのか?


夏「ほら、沙羅が待ってるから一緒にケーキを切ってあけて!」


藤「わ、本当にやるんですね!」


立「わくわく!!」


俺「えーと、何の話?」


女性陣の妙にワクワクした視線に晒されながら沙羅さんの横に立つと、少し顔を朱くした沙羅さんが照れ臭そうにしながら俺の様子を伺っていた。

これは、沙羅さんの手に被せるようにして包丁を握ればいいのか?


花「冗談だと思ったのに…まさか本当にやるつもり?」


雄「いや、面白そうだからしっかり見届けてやろう」


速「バッチリ録画しておくよ」


西「な、何でバースデーケーキを切るだけなのに、ここまで見せつけられなきゃならないんですか!」


夏「面白いから!」


外野の方が盛り上がりすぎて、逆に俺が置いてけぼりになっている気がする。

まぁ余興になるならそのくらいは…


沙「申し訳ございません、一成さん。私は、その、ご迷惑は…」


俺が戸惑っていると感じたのか、沙羅さんが急に表情を曇らせてしまった。

いかん、ここで止めたら沙羅さんに恥をかかせてしまうじゃないか。というか俺は別に嫌でもないし、喜んで貰えるなら寧ろ望むところだ。


俺「いえいえ、沙羅さんさえ良かったらやってみましょうか。皆も期待してるみたいなんで」


沙「えっ!? よ、宜しいのですか?」


俺「も、勿論ですよ。俺も…その、嬉しいですから」


一瞬で真っ赤になった沙羅さんの反応に、俺まで照れ臭くなってしまった。

何となく皆に乗せられただけの、ちょっとした余興のつもりだったのだが、そこまで反応されてしまうと流石に意識してしまう。


沙羅さんが包丁を握った手を俺が握りやすいように持ち上げてくれたので、そっと手を重ねてみる。

何だろうこの緊張感…


皆は固唾を飲んで見守っている様子で、特に藤堂さんと立川さんが二人で何かを言い合っている。

そして包丁はそのままケーキへ…


沙「や、やっぱりダメです!」


沙羅さんが突然声を上げて包丁を止めた。

俺も驚きで思わず手を離してしまったのだが…


沙「も、申し訳ございません。やはり、これは…その」


沙羅さんの顔が真っ赤なのは変わらないのだが、明確な拒否に少しだけ残念だと思ってしまう。


俺「す、すみません、調子に乗りすぎました。」


沙「一成さん!? そ、そんな顔をなさらないで下さい! 私は別に嫌だった訳ではないのです!」


そこまで表情に出したつもりはないのだが、沙羅さんの必死な様子に何かフォローを…


夏「ごめん沙羅、ちょっと煽りすぎたわね」


西「そうですよ。こういうことは、ちゃんと然るべき…に………沙羅、あなた、もしかして…」


西川さんが何かに気付いたのか、愕然とした表情を浮かべた。


沙「絵里! それ以上はダメです!!」


沙羅さんは、依然として真っ赤な顔で西川さんに声を上げた。


夏「……あっ! まさかそこまで!?」


藤&立「きゃあああ!!」


花「そうだろうとは思っていたけど、やっぱり考えてたのね…」


どうやら女性陣は状況がわかっているらしい。とりあえず嫌だから断られた訳ではないということで、納得すればいいのか?


俺「……速人、わかったか?」


速「まぁ何となくだけどね。薩川先輩に怒られたくはないから言わないけど、取っときってところじゃないかな?」


俺「取っとき…? 雄二は?」


雄「いや、俺もよくわからん。」


沙「一成さん! お願いですから、このお話はここまででお願い致します!」


俺「は、はい!」


こんな必死な様子の沙羅さんは珍しいので、何か明確な理由があるのだろう。

よくよく考えれば、沙羅さんが俺を拒否したなんて考え方が良くない。

きっと何か譲れない理由があるんだと納得しよう。


夏「はいはい、沙羅の乙女な拘りはこれ以上触れないでおくとして、ケーキ食べようよ! もう楽しみで楽しみで!」


藤「さっき箱を見たときに気になったんですけど、このケーキってひょっとして…」


立「やっぱそうだよね!? 一度食べてみたいと思ってたけど、値段で一生無理だと思ってた!!!」


女性陣の反応を見るに、どこか有名なお店のケーキなのだろうか?

西川さんにお任せだったから詳しくはわからないのだが…でも逆に言えば西川さんだからな…


結局、あのまま沙羅さんがケーキを切り分けてしまい(包丁をしっかり扱えるのが沙羅さんだけだから)、それぞれが好きな物を選んでいた。

特注品なのか、一般的に見たことの無いサイズのケーキが三種類もあるので、全員に行き渡っても半分以上残っており、食べきれないのではないかと思えた…(それは杞憂だったと後でわかるのだが)


夏「あーもう待てない。沙羅、早く食べて!」


西「沙羅の誕生日ケーキなんですから、先にあなたが食べないと皆さん食べられませんよ?」


沙「ごめんなさい、少し待って下さい」


皆が沙羅さんを待っているのだが、当の沙羅さんは自身のケーキを乗せたお皿を持つと、何故か俺の横にやってくる。


俺「沙羅さん?」


俺だけでなく皆も不思議そうな顔を浮かべる中、沙羅さんは自身のケーキをフォークで一口サイズに切り取り、それをそっと俺に差し出した。


俺「さ、沙羅さん、先ずは沙羅さんが食べないと?」


夏「そうだよ沙羅、このケーキはあんたの誕生日の為の…」


沙「だからです。私のお誕生日ケーキであれば、尚更最初に一成さんに召し上がって頂きたいのです。そして、その後に私が…」


なんとなくだけど、これは沙羅さんの中にある何かしらの拘りだということはわかった。上手く言えないが、俺も何となく気持ちがわかるような気がする。自分にとって大切なものだからこそ、それを一番大切な人と分かち合いたい、そんな感じではないだろうか。沙羅さんは俺を一番に考えてくれるから、先ずは俺…という形になったのかもしれない。


花「相変わらずの乙女脳…」


藤「えー、私は素敵だと思うけど。薩川先輩の気持ちわかるよ」


立「私も!」


俺が頷くと、嬉しそうに笑顔を浮かべてもう一度フォークを差し出してくる


沙「はい、あーん」


ぱくっ…もぐもぐ…ゴクン


俺「うん、美味しいです。改めて、お誕生日おめでとうございます。」


次は沙羅さんの番であるなら、お返しに俺の持っているケーキを沙羅さんに食べて貰おうかな…うん、それがいい。

ケーキを切り分けようとしたところで、沙羅さんが何かに気付いたようだ。


沙「あ、一成さん、ケーキが口許についてしまいました。上手く出来なくて申し訳ございません。」


そういえば、口に入れる瞬間にフォークがぶれて少しケーキが当たったような気がする。そのせいで付いてしまったのかもしれないな


沙「取りますから、動かないで下さいね?」


花「はっ!? 西川さん、薩川さんを止めて! これは罠!」


花子さんが突然声を上げたが、俺はそれを気にする余裕などなかった。


スッっと近付いた沙羅さんは、本当に自然な動きで俺に寄り添うと、そのまま背伸びをするように俺の顔に自身の顔を近付けて


ちゅ…


俺の口許に…恐らくはケーキがついていたであろうその場所にキスをした。


シーン………


それまでの喧騒が嘘であるかのように静まりかえる俺の部屋。そして俺の視線の先には…朱い顔…うんざりした顔…驚き顔…無表情?


今まで食事のときに俺の口許を拭いてくれたことは何度もあったが、これは始めてパターンだった。俺も咄嗟のことで驚き固まってしまったのだが…

暫くそのままでいた沙羅さんが、やがてゆっくりと身体を離していく。


沙「ふふ…これで、一成さんと同じケーキを順番に食べたことになりますね?」


俺「あ、な、なるほど、確かに?」


思わず納得して頷いてしまったが…これでいいのか? 

ま、まぁ、いたずら成功とばかりにはしゃぐ沙羅さんを見ていると、喜んでいるならこれでいいのかも。


花「上手いことを言って、結局イチャつきたかっただけ」


沙「え、あれは私の本心ですよ?」


花「それはそうなんだろうけど……なら、私の誕生日のときは…」


沙「花子さん、それは絶対に許しませんよ?」


花「ぐっ…嫁のプレッシャーが」


やはり沙羅さんと花子さんの間には、他のメンバーとは少し違う関係のようなものが見えるような気がする。


西「………別に羨ましくなんてないですよ。え、全く羨ましくなんてないです。だって私にもいつか…いつか…ブツブツ」


きゃーきゃー騒ぐ藤堂さん達の横で、目の錯覚だろうか、再び黒い何かを纏うように見えた西川さんがブツブツと呟いていた…


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次回、いよいよ200話ですが、やっぱり通常更新です。

次回で沙羅の誕生日パートが終わりになります。

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