第229話 生徒会へようこそ


教室に入るといつも通りの喧騒で、俺に気付いたクラスメイトから朝の挨拶が飛んで来る。それを返しながら自分の席へ向かうと、これも毎朝の光景である席の回りの人だかりが目に入った。花子さんが既に来ていることを意味しているのだ。


「おはよう」


この挨拶は、「そこを退いてくれ」という意味も兼ねたものだ。勿論これで、空気を読まずに居座るようなら直球で言うが…


「あ、おはよう高梨くん、ごめんね。」

「おはよう!」

「はよ~」


それぞれが挨拶を口にしながら、俺が席に着く為の通路を空けてくれる。

まぁ…退かないよりはマシか。


「おはよう、高梨くん。昨日はお疲れ様。」


「おはよう。花子さんもね。」


「うん。昨日家に帰ってから直ぐに両親と相談した。私のしたいようにしろって言われたけど、一つだけ条件が出た。」


とりあえずは大丈夫そうで安心したけど、その条件とやらが俺の方で対処可能な内容であれば問題ないのだが…


「遅くなるようなら、誰かと一緒に帰るか、親が迎えに来るまで…」


「それなら大丈夫。ちゃんと家まで送るから安心して欲しい。俺の方からも、花子さんの両親に話しておくよ。」


どうせ今週末は花子さんの家に行くのだから、そのときに話をすればいいだろう。出された条件が、こちらも最初から考えていたものであり助かった。これで花子さんは、生徒会執行部に入ってくれるということだろうか。


「…すっごい意味深なこと言ってる」

「…両親とお話って、まさか…」

「…俺が家まで送るって、男だね~」


「そ、そう。それならお願いする。という訳で、生徒会の件は私も協力するから。」


「ありがとう!! 本当に助かる!」


「う…そ、そんなに喜ばれると…」


「いや、本当にありがたいからさ。紹介だけでもしておきたいから、今日の放課後に少し時間取れるか?」


「わかった。」


良かった。

花子さんが入ってくれるだけでもかなりの戦力になるし、沙羅さんへのフォローが強化されるのは本当にありがたい。俺個人としても嬉しいし…後は昼休みに藤堂さんからの返事があれば、それで今後のことを決められるだろう。


「…うひょぉ、花崎さん照れてる」

「…可愛いぃ」

「…やっぱ彼氏だと反応違うね」


キーンコーン…


ガラガラ


「よーし、HR始めるぞ。席に着け~」


担任が来たことで、周囲にいた女子が自分の席へ戻っていく。

さて、今日も一日頑張りますかね。


…………


最近の俺は進路のことも考えて、今まで以上に真面目に授業を受けるようにしていた。ノートの取り方も、沙羅さんから教わった通りになるように意識して行う。自分なりの要点にチェックを入れることも忘れない。そうしていると、あっという間に授業が終わってしまうのだ。


…そして四時限目が終わり昼休み。


ダッシュで教室を飛び出して行く購買組、教室で食べる連中はグループに分かれて机を並べている。他所で食べる連中もボチボチ動き出す中、俺と花子さんも席を立った。花子さんは自分のお弁当を持っているが、俺は勿論手ぶらだ。


「高梨、たまには一緒に食べようぜ!」


教室を出ようとしたところで、山川達のグループから声をかけられた。あいつらはいつも教室の弁当組であり、三人のときもあれば五~六人のときもある。


「わりぃ、今度な。」


「そっか。花崎さんも良かったらどうぞ~」

「あ、お前!!」


「高梨くんが参加するならね。」


「…デスヨネー」


せっかく誘ってくれるのだし、たまには付き合うのも…とは思わないでもない。だが、沙羅さんと一緒の昼食を止めてまで他を選ぶという選択は俺的に無理だな…


「…あの二人は相変わらず仲がいいねぇ。」

「…はぁ…羨ましいわ。」


さて、遅くならない内にさっさと行こうか。

また俺達が一番最後になってしまう。

俺がそのまま廊下に出ると、花子さんも横に並んで歩き始めるのだった。


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花壇に着くともう全員集まっていて、俺達を視認した沙羅さんが立ち上がり出迎えてくれる。


「一成さん、お疲れ様です」


「すみません、お待たせしました。」


「お待たせ。」


そのままいつもの定位置へ座ると、隣に座った沙羅さんが水筒からお茶を出して俺に手渡ししてくれた。それを飲みながらお弁当を食べる前に一息つくと、頃合いを見ていたらしい藤堂さんから報告があった。


「高梨くん、生徒会の件だけど、私は大丈夫だよ。」


「ありがとう、助かるよ」


これで生徒会の方は大丈夫だろう。人員も確保できて、しかも花子さんと藤堂さんなら、沙羅さんとも上手くやっていける。沙羅さん自身もやり易いだろうし、俺としても言うことがない。


「私もやるから。」


「あ、花子さんも大丈夫なんだね。生徒会のお仕事って何をやるのかわ分からないけど、皆と一緒ならちょっと楽しみかも」


「藤堂さん、今日の放課後少し時間取れるかな。花子さんと一緒に紹介だけでもしておきたいんだけど。」


「うん、いいよ。」


「ありがとう。それじゃ放課後迎えに行くよ。」


「わかった!」


まずは最初の難関を解決出来てホっとしていると、横からふわりと優しく抱きしめられて、そのままゆっくり頭を撫でられる。

沙羅さんからのご褒美であることは直ぐにわかったので、そのまま身体を委ねることにした。


「一成さん、お疲れ様でした。」


「珍しく沙羅は口を出さなかったね。」


「一成さんが自らで動くと決められたことですから、余計な口を挟むことはしませんよ。私の役目は、何かあった場合のお手伝いと、終わった後に…」


沙羅さんはそこまで言うと、添えるくらいであった手を俺の後ろに回して、今度はぎゅっと力を込めて抱きしめてくれる。


「こうして差し上げることです。」


「…あー、そうですかそうですか。」


「はぁ、今後、生徒会室で何が起きるのか目に浮かぶ…」


「…あはは、仲が良くていいんじゃないかな。ね、横川くん」


「…そ、そうだね。」


夏海先輩と花子さんの呆れ声を背に受けながら、俺は抱きしめてくれる沙羅さんのご褒美に甘えてゆっくりと力を抜くのだった。


いや、これに逆らうなんて無理ですから…


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帰りのHRが終わり荷物を纏めると、先に準備が出来ていた花子さんに声をかけて、藤堂さんを迎えに行くことにした。

何気に自分のクラス以外に行くのは初めてなので、どうやって中に入ろうか悩んでいたのたが、藤堂さんは廊下に居てくれたようだ。

クラスメイトらしき数人の男女と一緒にいたので、声をかけるべきか待つべきか考えていると、藤堂さんがこちらを見つけて嬉しそうに笑顔で手を振ってくれた。


「あ、高梨くん! 来てくれてありがとう」


「お待たせ。えーと、もう少し待とうか?」


「え? あ、ううん、大丈夫だよ。それじゃ皆ごめんね、約束があるから」


そう言って藤堂さんが手早く周囲のクラスメイトに声をかけると、何故か男性陣がこちらを少し睨んだような気がした。


…そう言えば、藤堂さんはクラスで密かに人気があると以前聞いたことがある。ということはまさか、俺が言い寄っていると勘違いされた? もしくは邪魔をしたと思われた?


だがそれも長くは続かなかった。花子さんが不意に俺の前へ出ると、こちらを見ていた連中があっさりと目を逸らしたからだ。


「は、花子さん落ち着いて…」


焦った様子の藤堂さんは、いったい花子さんの何を見たのだろうか…俺の位置からではそれがわからなかった。


「行こう」


こちらを振り向いた花子さんは、いつもと変わらないような気がする。その声に促されるように歩き出すと、「またね~」という声に返事をしながら藤堂さんが横に並ぶ。


「ごめんね花子さん。」


「ふざけた奴らね」


「あはは…私もあんまり話をするグループじゃないんだけど、たまたま捕まっちゃって…だから助かっちゃった。」


まぁ、正直藤堂さんが付き合うようなグループには見えなかったけど、クラスメイトなんだろうしそれ以上のことを言うのは控えた。

そして花子さんも同じ事を考えたのか、それ以上何も言うことはなかった。


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ガラガラガラ…


「お疲れ様でーす」


「お疲れ様です、一成さん。」


生徒会室の扉を開けて挨拶をすると、沙羅さん笑顔を浮かべて近くまで寄ってくる。


「お疲れ様、高梨くん」


そんな様子を苦笑しながら見ていた会長の挨拶に続き、皆がそれぞれ挨拶返してくれた。

沙羅さんに付き添われるかのように生徒会室へ入ると、それに続き入ってきた花子さんと藤堂さんに気付いた面々が目を丸くして驚く。特に驚いていたのは男性陣だ。


「あぁぁ! 転校生の子だ!?」

「え、え、何でここに!?」


二人は何故か花子さんのことを知っているらしい。

理由は気になったが、とりあえず先に紹介だけでもしておこうと思う。


「この二人は、新しく生徒会を手伝ってくれることになりました。花崎莉子さんと、藤堂満里奈さんです。」


俺の言葉を聞いて、違う意味も含めて嬉しそうにはしゃぐ男性陣と、人材が見つかったことを素直に喜んでいる女性陣。会長もホッとしている様子だった。


「花崎莉子…宜しく。」


「藤堂満里奈です。宜しくお願いします。」


「「「宜しくお願いしまーーす!!」」」


簡単に自己紹介しただけなのに、思いの外テンションの高い挨拶が帰って来たことに驚いた様子の二人。でも歓迎されたことに変わりはないので、悪い気はしないようだ。


「…よっしゃぁ…スッゲーやる気でた」

「…ぉぉぉ、まさか噂の転校生ちゃんが来るなんて…しかも二人とも可愛いし」

「…はぁ…現金な奴ら」

「…薩川さんで散々懲りたでしょうに…」

「…でも、私達の交代が決まって良かったわ。」


「高梨くん、二人は…その」


もちろん会長が何を聞きたいのかわかっているので、「安心して下さい」と目線で合図すると、それにしっかり気付いたようだ。


「花子さん、藤堂さん、改めてありがとうございます。助かります。」


沙羅さんが挨拶をすると、花子さんはニヤリと笑い、藤堂さんは笑顔でペコリと頭を下げた。


「まぁ、高梨くんのお願いを私が断る訳には…ね。」


「ふふ、どちらにしてもお礼を言っておきますよ。」


「…な、何その意味深な会話」

「…嘘だろ…薩川さんとタメ口で会話したぞ…」

「…凄い…何あの子…」

「…どういう繋がりなのかな?」

「…かなり仲がいいみたいだね」


「薩川先輩、生徒会でも宜しくお願いします!」


相変わらずの天使な笑顔で沙羅さんに笑いかける藤堂さんにも、やはり興味が向いたらしい。


「………」

「…何見とれてるの?」

「…はぁ、マジでこの先楽しみだわ」

「…高梨くんには感謝しかないわね。」


どうやら概ね好意的に受け入れて貰えそうである。二人が生徒会という場所に早く馴染んで貰うにも皆の協力が不可欠であり、そういう意味でも好意的であるに越したことはないのだ。


「私からもお礼を言わせて欲しい。二人とも本当にありがとう。私達三年は引退が近いが、私個人は卒業まで手伝うからこれから宜しく頼むよ。それと、遅くなったが現時点では会長をしている上坂大地だ。宜しく。」


「こちらこそ宜しくお願いします」


「宜しくお願いします。」


会長と挨拶を交わしたその足で、二人は他の役員とも一通り挨拶を済ませ、そのまま見学で残ることになった。今日は生徒総会の最終確認と、学祭に向けての大まかなスケジュール組立だけになったので、恐らくはそんなに遅くならないだろう。


打ち合わせの間、二人は興味深そうにこちらを見ていたが、案外早く終わってしまったので現在は引き継ぎ予定の役職の人と話をしている。

一応予定では、花子さんは会計、藤堂さんは庶務を担当して貰うことになっているのだ。


「そう言えば、一成さんのクラスのお料理教室はいつ頃に致しましょうか? 家庭科室を押さえておく必要がありますので。」


「あ、そうですね。まだクラスでその辺りの話をしていないんで、早めに決めるように言っときます。」


明日にでも担任に伝えて、HRで話をさせて貰おう。大騒ぎになりそうな気がしてならないが。


「調理担当者に教えれば宜しいのですか?」


「一応は希望者なんですけど、多分全員になると思います。あと、俺も参加しますから。」


俺は生徒会の仕事もあるので、当日調理に手を出す可能性は殆どないのだが、それとこれとは別だ。ここで俺が参加しないなどという話しは有り得ないし、正直なところクラスの連中…特に男子が、妙なことをしないか心配なのだ。


「畏まりました。もちろんお教えします。ですが、お家でご飯を作るのは私の役目ですから、台所に立つことは禁止しますね。」


笑顔なのに妙なプレッシャーを感じて、俺は素直に頷いた。もとより付け焼き刃で料理が出来るなどと勘違いするつもりはないのだが、やはりこの領域については沙羅さんは厳しい。

ただ、俺のちっぽけな独占欲に気付かれずに済んだことはありがたかった…

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