第272話 料理教室、終了

「それでは皆さん、お疲れ様でした」


「「「ありがとうございました~」」」


 沙羅さんから締めの挨拶があり、何とか無事に料理教室が終わりを迎えた。

 一応は全員が目的を果たせたこともあり、これは概ね成功したと言ってもいいと思う。


「じゃあ、これで解散ってことで」


 現地解散の雰囲気になっていたようなので、俺の判断でそのまま解散の合図を出しておく。俺達としても生徒会室に顔を出したいし、その方が都合がいいからな。

 皆はまだ仕事をしているだろうし、沙羅さんの不在は元会長が埋めてくれている。だからそれを放置して俺達が直帰という訳にはいかない。


「嫁、今日は顔を出すだけ?」


「ええ。流石に今からでは何をやるにも中途半端ですからね。男子達がもっと真面目にやってくれたら、もう少し早く終わらせることもできたんですけど」


「えっ? そ、そう…なの?」


 花子さんが少し引き攣ったような顔で俺を見た。何となく言いたいことはわからないでもないけど、俺としてはそれも違うと思ってる。

 そもそもの原因は全て俺のやらかしとミスが原因であり、つまり遅くなった原因も俺にあると思っているからだ。


「ま、まぁいい。それよりも、一成の指のことだけど…」


「ええ、わかっていますよ。後でもう一度、私がお口で」


「さ、沙羅さん!?」


「ふふ…冗談です。生徒会室に薬箱がありますから、しっかり消毒をしておきましょうね」


 はぁ…びっくりした

 またあれをやってくれるのかと思って、一瞬喜ん…違う、驚いた。

 あんなことを何度もされたら、俺の方が色々と大変なことになりかねないからな。

 ちなみに何が大変なことかって、そんなのは勿論秘密だ。


「一成…」


 そして花子さんが、白けた視線で俺の目を見つめてくる。

 それはちょっと止めて欲しいぞ、その目は俺が何を考えているのか見通そうとしているよな?


「一成さん、私はいつでもして差し上げますからね?」


 でも沙羅さんに至っては、もう俺の本心に気付いている…と。

 本当に、この二人には隠し事が出来ないからこういうときに困る…


……………

………


「お疲れ様です」

「お疲れ様で~す」

「お疲れ~」


 挨拶をしながら生徒会室に入ると、室内には元会長を含めて三人しかいなかった。

 藤堂さんもいないようだし、どうやらまだ見回りが終わっていないみたいだ。


「そろそろ皆も帰ってくるも思うよ。まぁお茶でも飲んで一服していてくれ」


「了解です」


「ではお茶は私が…あ、でも…」


「お茶は私が淹れるから、嫁は一成を見てあげて」


「う…し、仕方ありません…お任せします」


 沙羅さんがお茶を譲るのは珍しいことだ。

 特に俺のお茶だけは、今まで誰にも譲らなかったのに…

 それだけ沙羅さんが俺の指を優先してくれたってことなんだろうけど、俺的に言えばホントにもう大丈夫なんだけどな…って、そんな余計な口を挟むようなことはしないぞ。

 ドツボに嵌まる危険性もあるし、そんなことを言うのは沙羅さんにも悪い。ここは余計なことを言わず、素直に沙羅さんの優しさに甘えておくのが正解だ


「おや、珍しいね。薩川さんが高梨くんのお茶を譲…」


「余計なことを言う人間は、長生きできないそうですよ?」


「も、申し訳ございません…」


 沙羅さんの冷たい視線に射抜かれて、上坂さんが小さくなってしまう。

 やっぱり口は災いの元だな…


……………


「お疲れ様で~す」

「お疲れ様です」


 沙羅さんが俺の指から絆創膏を外したタイミングで、見回りに出掛けていた面子が帰ってきた。藤堂さんも一緒にいるようだし、どうやら今日は皆で行ってたみたいだな。


「…あれ、高梨くんどうしたの?」


「一成が料理教室で指を切った」


「えっ!? 高梨くん大丈夫?」


 藤堂さんは驚いた表情を浮かべると、慌てたように俺の手へ視線を向けた。

 でも俺の手は沙羅さんがしっかりと確保中なので、藤堂さんの位置からは多分見えないけど。

 こんな怪我とも言えないような傷で心配させてしまうのも申し訳ないと言うか…でも一番申し訳なく思っているのは、やっぱり手当てをしてくれている沙羅さんに対してだ。


「大丈夫だよ。本当に少し切っただけだから、このまま放置したって平気…」


「もう、一成さんったら、めっ、ですよ?」


「す、すみません…」


 しまった!

 思わず余計なことを…


 沙羅さんから可愛らしく怒られてしまう。

 せっかく手当てをしてくれているのに、俺がそんなことを言ったら沙羅さんに悪いだろうが…俺の馬鹿野郎。

 それに、余計なことを言わないってさっき決めたばかりだろうが。


「あはは、ダメだよ高梨くん。こういうときは、薩川先輩の言う通りにしないとね」


「そ、そうだよな、うん」


 藤堂さんは、俺の様子を見て怪我が軽いことに気付いてくれたみたいだ。

 まぁ沙羅さんの手前、空気を読んだだけなのかもしれないけど。


「一成さん、もう直ぐ終わりますからね」


「はい」


 沙羅さんはそう言いながら手際よく消毒を済ませる。そして最後に新しい絆創膏を貼ってくれた。

 これでもう本当に大丈夫だろう。正直消毒をするまでもないような傷だったし、後はこのまま放置しても…

 

「はい、これで大丈夫です。何か痛みがあったら教えて下さいね。あとは、今晩お風呂上がりにもう一度見せて下さ…」


「「「お風呂上がり!!!???」」」


 全員…じゃない。花子さんと藤堂さんの声は聞こえなかった。だから声をあげたのは元々の生徒会メンバーだろうな。

 沙羅さんは風呂上がりに消毒をするって言っただけなのに、そんなに驚く程のことなのか?


「ちょ、ちょ、ちょっと待った!!」

「ねぇ薩川さん、今お風呂上がりって言った!?」


「え? ええ、確かに言いましたけど、それが何か?」


「いや、何かじゃなくて!!」

「高梨くんのお風呂上がりって、そんな遅くまで毎日二人っきりなの!?」


「た、高梨くん、どどど、どういうことなんだ!?」

「まま、ま、まさか、自分の風呂上がりを薩川さんに見せてる訳じゃないよな!?」


 …ん?

 あっ、しまった、そういうことか!


 最近こういうことが多かったからすっかり忘れてた。そうだ、まだ生徒会の皆には同棲のことを話してなかったんだ!!


 どうしようか…今すぐ沙羅さんの口を止めるべきか?


 でも生徒会の皆なら周囲に言い触らすようなこともしないだろうし、逆に何かあったときに協力して貰えるかもしれない。


 いやでも、こういうことはおいそれと他人に話すべきでは無いかもしれ…


「遅くまでと言われましても、私達は一緒に住んでいますし……あ、このお話はしていませんでしたか? てっきり説明は済んでいるものと思っていましたが」


 あー…まぁ、こうなるよね。

 分かってたけど。


 どうやら沙羅さんも、俺と同じで説明済みだと勘違いしていたみたいだな。

 でもこれで結果的には悩む必要が無くなったってことだし、俺としてもやっぱり皆には知っておいて貰った方がいいとも思う。だからこれで良かったんだろうな、多分。

 それに生徒会の皆はもう色々と知っている訳で、今更話が一つ増えたところで驚きは…


「「「………」」」


 驚きも………


「「「ええええええええええええええ!!!!????」」」


 ですよねぇ!?

 やっぱりそうなりますよねぇ!?


 うーん、今日一日でこういう絶叫を何度聞いたかなぁ…ってそうじゃない!!


 まぁ同棲ともなれば、やっぱ流石に驚かれるよな。

 皆は沙羅さんが俺の家で毎日家事をしていることも知っているし、だから予想の範囲内だ~くらいのリアクションで済むかと思っていたんだけど。

 まぁいくらなんでも驚かない訳がないか。


「どどどどどど、同棲ぃぃぃぃぃ!?」

「ちょ、まっ、それは流石にやり過ぎ!!!!」

「ままま、マズいって、生徒会会長と副会長が同棲しているとか、バレたらどうするの!?」


「うおおおお、いくらなんでもそれは聞きたくなかったぁぁぁぁぁ!!!」

「ああああ、過去最大級にキツいぃぃ!!」


 そして最近定番になりつつある伝統げ…もとい展開が始まる…と。


 ただ俺としても、会長・副会長という点はともかく同棲がバレたらマズいくらいの認識はある。いくつか考えられる可能性があるけど、一番問題なのは学校から何か言われてしまうことだ。

 もしそれが俺達の進路に影響を与えるようなことになってしまえば、困ったことになるかもしれない。だから安易に、同棲のことは触れないようにしてるんだけど。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。高梨くん、君達は本当に同棲しているのか!?」


 いつも冷静な上坂さんが、慌てたように詰め寄ってくる。

 どうやら今回も、夏海先輩経由で話を聞いていたってオチは無いみたいだな。


「ええ…その、同棲してます」


 俺が素直に認めると、上坂さんが眉間に指を当てながら「困っています」的なポーズを見せる。

 言い忘れていたことは確かに悪かったと思うけど、それにしては妙に意味深なリアクションだ。元会長的に何か別の理由でもあるのか?


「大丈夫ですよ、私達は婚約者ですから」


 そして沙羅さんからは、もはや定番になりつつある答えが飛び出す。

 でも正直なところ、俺も何かあったらこの答えで押し通すつもりではいるからな。

 婚約も同棲も親の公認であり、疚しいことなど何一つ…


 本当に!!

 何一つない!!(大事なことだから二度)


 だから、学校から文句を言われる筋合いは無いと思ってる。


「まぁ確かに、婚約している以上は同棲もご両親から許可があるんだろうし、それについては周囲が口を出す権利などないと私も思うが…」


「当然ですね。でしたら別に…」


「あぁ、気にしないでくれ。こちらの話みたいなものだ……後でまた会議だな…」


 会長が最後に何かを呟いたが、それを聞き取ることが出来なかった。

 でもやっぱり意味深な感じはしているので、ひょっとして俺達が気付いていないだけで、他に何かあるのかもないな。


「さ、薩川さんっ、本当に同棲してるの!!??」


 でもその辺りを気にする間もなく、今度は女性陣が沙羅さんに詰めかけてくる。


「え、ええ、本当ですけど」


「バレたらどうするの!?」


「別にどうもしませんよ。両親から許可は貰っていますし、対外的には婚前の予行演習みたいなものです。そもそも私達のことで、他人にも学校にも口を出させるつもりはありません」


「あ、相変わらず強気だねぇ…」

「でも何だろう…驚いたけど、よくよく考えてみたら今更感があるような…」

「あ、それ私も思った。この二人なら、寧ろ同棲してない方がおかしいって言うか…」

「同意ですけど、そう思ってしまう私達も大概ですよ…」


「…自覚があるならまだマシかもね」

「は、花子さんっ、しーっ!」


 花子さんの冷静な突っ込みが色んな意味で痛いぞ…と言うか俺にもモロに突き刺さってる。

 それってつまり、俺達がやらかし過ぎて皆が馴染んでしまったってことだよな!?


「高梨くん!!!???」

「まさか…まさか…もうっ!!!!????」


 そしてこちらもいつも通りだ。

 俺の方には男性陣が詰めかけてくる…と。

 最近こんなことばっかりだ。


 っていうか、もうって何だよ!?


………………

…………


 カポーンと


 まぁ…自宅の風呂でそんな音が聞こえる訳がないんだけどな。

 でも俺は風呂に入ると、いつもそんなイメージが思い浮かぶ。

 実際のところは温泉…いや、どちらかと言えば銭湯? まぁ風呂繋がりだから間違ってはないと思うけど、そんな感じだ。

 そういや温泉で思い出したけど、あの一件の後に皆で温泉旅行に行こうって話になってたんだよな。

 まだ具体的な話は何もしていないし、本当に行けるのか分からないけど、そろそろ話をした方がいいかもしれない。

 場所の選定も必要だし、スケジュール調整の方も早い方がいいだろう。

 なんせ人数が多いからな…その分難しくなるかもしれないし。

 ちょうど学祭で皆が集まる訳だし、タイミングいいからそこで話を出してみよう。

 一番難しそうなのは西川さんかなぁ。


「一成さん、お加減は如何ですか?」


 …うん

 そろそろ現実逃避をしている場合じゃないってことは分かってるよ。

 俺が風呂の最中なのに、何で沙羅さんの声が聞こえるのか何て、そんなの理由は一つしかないだろう?


 沙羅さんも一緒に居るからだよ!!!


 おかしいな、何でこうなったんだ?

 そもそも俺は、同棲を始めるに当たって色々な理由から風呂だけは止めて欲しいと沙羅さんを説得した筈なんだよ。

 ちなみに…どうやって説得をしたかは勿論内緒だ。そんなの結婚した後に…ゴホン、何でもない、だからそれは秘密なんだよ。


 とにかく…


 約束も何もしてないのに、沙羅さんにいきなり乱入された訳なんだ。


「ふふ…こうして一成さんのお身体を洗って差し上げるのは久し振りですね」


「そ、そうですね…」


 沙羅さんは凄くご機嫌な様子で、俺の背中を丁寧に洗ってくれている最中だ。

 本当は万が一のリスクを考えて、遠慮したい気持ちも強いんだけど…でもこんなに嬉しそうな沙羅さんに「止めて下さい」なんて言える訳がない。

 そんなことを言えば沙羅さんもガッカリするだろうし、そもそも俺だって本音では嬉しいんだから。


 さて、現実逃避なんかしてないで気合いを入れ直す!!


「一成さん…髪も私に洗わせて頂けますか?」


「ふ、ふぁい!」


 ちょ、そんなお願いするように言われたら、あっという間に気合が抜け…


「ふふ…嬉しいです♪」


 でも沙羅さんは本当に嬉しそうだ。そして俺は嬉しさと恐怖感で半々くらいだったりする。それはともかく、この状況を受け入れる為にも気合いを入れ直さないとな…負けるなよ、俺!


「はい、それではお背中を流しますね」


 そんな俺の心の葛藤を他所に、沙羅さんはシャワーを背中に当てながら素手で軽く撫でるように丁寧に洗い流してくれる。

 そこは普段自力ではキッチリ洗えない場所だから、凄くサッパリした気分になるな。

 本当はこの心地好さを沙羅さんにも…と思わない訳でもないけど、それは危険…じゃない、無理すぎるか。

 沙羅さんなら言えば許してくれるかもしれないけど、そんなことをすればフェ○ズシ○ト装甲に守られた俺のアダ○ンタ○ト製の理性(強化済)が一瞬で壊れてしまう。


「はい、次は髪を洗いましょうね」


「は、はい…」


 ついにこのときが来た。

 言ってみれば、背中を洗うことは前哨戦みたいなものだ。普通に洗うだけならトラブルなんか起きる可能性は低いし、俺が気を付けていればそこまでのことじゃない。

 でも頭を洗うのは少し違うんだ。何故なら沙羅さんが身体を寄せてくるので、そうなれば当然…


「では、始めますね」


 そして沙羅さんが距離を詰めてきたことが気配でわかる。

 だから俺は、不測の事態に備える為にも更に大きく気合いを入れ直しておく。丁度その瞬間に、頭に少し冷たい感覚が広がった。シャンプーだろうなこれは。


 沙羅さんはそれを全体に広げるように、手を忙しなく動かし始める。

 そのまま丁寧に俺の髪を洗いつつ、時折マッサージをするように頭を押してくれる。これがまた気持ち良かったりして…


 シャカシャカ…


 何となくお互い無言になってしまったこともあり、沙羅さんが俺の髪を洗ってくれている音だけが浴室内に響く。

 本当に…何をやってるんだろうな俺達は。


「はい、それでは流しますね」


 結局、沙羅さんが髪を洗い終わるまで特にこれといったことは無かった。

 そして沙羅さんは、シャワーでシャンプーを流してから引き続きリンスしてくれる。

 終始何事も無かったので、何となく警戒をしまくっていた自分が自意識過剰すぎて恥ずかしい…


「はい、これで終わりですよ」


「ふぅ…ありがとうございました」


 とは言え、何事もなく終わったことはひと安心。

 俺が意識しすぎなのかもしれないけど、でもこのシチュエーションは危険度が高いことに代わりはないからな。

 頃合いを見て、もう一度沙羅さんを説得をした方が良さそうかも。

 まぁ今回は俺の指のことを考えてくれただけだろうから、イレギュラーだとは思うけど。


「…………」


「…………沙羅さん?」


 もう洗い終わってやることはない筈なのに、沙羅さんが浴室から出ていこうとしない。

 どうしたんだろうな…いつもならそのまま直ぐに出ていくのに


 ピト…


「ふぁぁぁ!?」


 なななななななな、何、何事!?


 沙羅さんが…沙羅さんが後ろから抱き付いてきた!?

 ちょ、ちょっと待って、それはヤバイ、ヤバすぎる!!!


「一成さん…」


 そ、そんな切なそうな声を出さないで下さい!!

 というか、背中の柔らかい感触が幸せ…じゃない、危険すぎる!!!!

 湯着が薄いんだ、そして俺は何も着てないんだよ!!

 だから柔らか…じゃない、やっぱ余計なことを考えるな俺!!

 

「さ、さささ、沙羅さん!?」


「一成さん」


「はははは、はい?」


「あの…毎日では無くてもいいので、たまにはこうして…」


 沙羅さんの甘えを含んだような声が、今の俺には色々な意味でキツすぎる!!

 沙羅さんが以前からそう思っていたことは何となく気付いていたけど、でもそれはちょっと困るんだよ。

 俺だって嬉しい気持ちは勿論あるけど、俺自信が暴走しかねないリスクだけはなるべく回避したいんだ。


「ダメ…でしょうか?」


 くうう、これは殺し文句だ…

 こんな風に言われて、絶対にダメだなんて俺が言える訳ないだろ!?

 でも実際どうなんだろう。俺が耐えられるのであれば…それに、今日もこれがなければ別に大丈夫だった…でも…


「一成さん…」


 ふにゅ


 !!!???


 ああああ、沙羅さんの甘え声が、背中の柔らかさが増して…

 これは料理教室に続いて、本日二度目のヘル・アンド…じゃない、ヘブン&ヘルだ!!


「一成さん…私は自分の出来る限りのことで、一成さんを幸せにして差し上げたいのです…」


 俺だってわかってはいるんだ。

 沙羅さんは純粋に俺が喜ぶことをしたいだけで、他意も何もないってことは一貫している。だからこれは俺だけの問題だってことだ。

 でも実際どうしようか、ここで許可を出せば沙羅さんが喜んでくれるのは間違いない。

 それに、料理教室のときに考えた、俺から出来る数少ない沙羅さんへのお返しという意味では、これも一応はそうなるんだろうか?


「一成さん…如何でしょうか?」


 そうだよな…

 どっちにしても、俺は沙羅さんからのお願いを断るなんて出来ないし、したくないんだよ。

 沙羅さんから甘えられて、俺は嬉しい気持ちしかない。それに俺だって、本音を言えば沙羅さんからこうして貰えることが嬉しいんだ。沙羅さんはきっとそれに気付いているから、だからこうして言ってくれているんだと思う。


 そうだな、きっと大丈夫だ。

 沙羅さんに他意が無い以上は、俺がいっぱい頑張ればいいだけの話なんだよ。こんな幸せな努力、寧ろ自分から受け入れないでどうする?

 それに俺は、沙羅さんの全てを受け入れるって自分で決めただろ?

 だったらこれも受け入れるだけだ!!


「わ、わかりました…本当に、たまにで良ければ…」


「ふふ…嬉しいです」


 本当に嬉しそうな沙羅さんの声。

 やっぱりこれで良かったんだよな…

 大丈夫だ。俺の問題であるだけなら、俺が頑張ればいいだけの話なんだ。俺は沙羅さんの為ならどんな苦難も乗り切れる男…いや、漢なんだから。


「私の我が儘を聞いて下さって、ありがとうございます」


「いや、我が儘なんかじゃないですよ。俺の方こそ、いつもありがとうございます」


「お礼を言うのは私ですよ。一成さんは私の我が儘をいつも聞いて下さるではありませんか?」


 これを本心で思っているから沙羅さんは凄い。でも俺からすれば、沙羅さんの行為はどれもこれも俺の為であって、絶対に我が儘なんかじゃない。だからお礼を言われてしまうと、逆にこちらが申し訳なく思えてしまう。


「沙羅さん、それは違いますよ。沙羅さんのそれは我が儘なんかじゃないです。だからお礼を言うのは俺の方です」


「一成さん…」


 ぎゅっと…沙羅さんが俺に身体を寄せてくる。嬉しそうな、幸せそうな声。俺の耳元で囁くように、俺の名前を呟いた。


 本当に…俺は幸せな男だな。


 こんな最高の女性とこれからもずっと一緒に居られるのだから、俺程に幸せな男なんて他には絶対いない。そう断言してもいいくらいだ。


「一成さん…愛しています」


「俺も、愛していますよ」


 気持ちには気持ちで返す。これも今日改めて自分に決めたことだ。驚くくらい自然に言えたので、少しだけ自分を褒めてあげたい。


「これからもずっと、私の全力で幸せにして差し上げますね。あなた…」


「お、俺も同じくらい幸せにするよ、沙羅…」


 言えた、相変わらず凄い照れ臭いけど、何とか自然に言えた筈だ。

 沙羅さんを呼び捨てにするのがまだ慣れないけど、でも…


 ちゅ…


 頬に感じる温かく柔らかい感触。

 勿論それは沙羅さんからのキスだ。


「ふふ…ご褒美です♪」


「沙羅さん…」


 ちゅ…


 !?


 頬に感じる二度目の感触。何故に!?


「お仕置きです。まだ沙羅と呼んで下さいね…あなた」


「わ、わかった」


 ちょ、ちょっと困ったことになってきたな…

 風呂場で、しかも俺は上半身裸で、沙羅さんは薄い湯着だ。しかも無意識なんだろうけど、さっきから背中に抱き付いてくる力が少し強くなってきてる。

 何故か沙羅さんの声音が甘えを含んでいるようにも聞こえるし、この状況でそれは卑怯…じゃない、危険すぎ!!


 今はまだ大丈夫だけど、このままイチャついているのは、俺的にちょっと怖いかも…


「どうなさいましたか?」


「いや、何でもないで…何でもないよ」


 先ずは平常心を保て。これ以上沙羅さんに気取られるなよ…お前ならやれる筈だ。


「あっ!?」


 !!!!!


 何!?

 何に驚いたの!?

 何に気付いたの!?

 気付かれる筈はないよね!?(謎)


「も、申し訳ございません、このままでは身体を冷やしてしまいますね。失礼致しました」


「えっ!? あ、そ、そうですね、そろそろ湯船に…」


 ですよねー、わかってました。

 でもこの流れは正直助かったかも…


「それでは私は外に出ますので、ごゆっくり湯船に浸かって下さいね」


「はい。ありがとうございました」


「いえ、私こそ、嬉しかったです。…約束、忘れないで下さいね。忘れたら、めっ、ですよ?」


「は、はい」


 沙羅さんの顔は見えないけど、声を聞くだけでも幸せそうに笑っている顔が目に浮かぶ。

 それを思えば、俺のこれは苦労だなんて微塵も思わないし、沙羅さんが幸せを感じてくれるのであればいくらでも我慢できる筈だ。


 だから大丈夫…俺は絶対に大丈夫。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


絶賛大不調でスランプ全開でしたが、今回は最後の最後で何かが掴めたような気がします。まだ安心できませんが、それのお蔭で全体的に安定した書き方が出来たのではないかと自分でも思いました。

ペースが上がることを自分でも期待しています・・・


ちょっとシーン尺の関係で、前回の予告部分まで辿りつけませんでした。

もっとハッキリ言うと、お風呂シーンが予定外でした!!!(爆)

次の話はあらかた書き終わっているので、明日も更新できると思います。

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