第180話 一成の武勇伝
修学旅行三日目
自由行動中の私達は、現在世界遺産になった寺院に来ていた。
正直なところ、仏像を見ても良さはそれほどわからないのだけれど…
でもこうして教科書や映像ではなく現物を見ると、昔の時代にも生活をしている人達がいたのだという実感が湧く。
その人達が何かしらの思いがあってこういう物を作り、そしてそれが何百年も経った今の時代にまだ存在していると思えば…感慨深いものを感じる…ような気もするかな。
真面目な沙羅は、私と違いしっかりと見学しているようだが、現在の興味は目の前に展示されている昔の手紙…当然字は読めないけど…に向いていた。
「薩川さん、その手紙は何なの?」
「そうですね、これは今で言うところのラブレターになるんですけど」
「そうなんだ? ずっと見てるけど、何かあるの?」
「いえ、何百年という昔でも、こうして愛しい人に手紙を送る文化があって、生活があって…と、こうして実物を見ると感慨深いものがあるような感じがしまして。」
「確かにねぇ。仏像よりはわかるかも」
まぁこの三人は私以上に興味がなさそうよね。
一つを注目するという訳でもなく、本当に適当な感じでブラついてるだけだ。
「昔の人のラブレターかぁ…。これを書いた人も、まさか何百年も経って自分のラブレターが晒されるとは思ってなかっただろうね。」
「私だったら発狂するかも」
「いや死んだ後だし」
古代ラブレター(?)を離れて展示物を一通り見た私達は、屋外に出た後にレポート用の外観を写真撮影して、ゆっくりと次の建物に向かい移動を始める。
平日ということもあり人出はそこまで多くない印象だが、その分制服を着た中学生や高校生が目立っているようだ。(私達は私服)
時期的に修学旅行シーズンだから、当然と言えば当然なんだけどね。
たまに私達を目で追ってくる男子達がいるけど、私達というよりは多分沙羅でしょうね。
「ねぇねぇ!! ラブレターで思い出したんだけど、昨日の話を教えてよ!!」
「そうそう! 夏海ちゃんとお母さんの前で告白ってどういうこと?」
先程までの興味の無さは何だったのかと言いたくなるようなテンションの高さ。
仏像に謝りなさいよ…
でもどうやら、昨日の夜はその話になる前に解散したようね。
しかし…昨日は驚いた。
まさか沙羅が高梨くんの家に泊まるまでになっていたとは。
だが沙羅の献身ぶりを見れば、遅かれ早かれそうなったであろうことはわかる。
わかるけど…そうは言っても思うところは勿論ある。
先走って想像が一人歩きした結果、昨晩は醜態を晒してしまったけど、あれは私が悪い訳でないはずよ。
むしろ沙羅が純真すぎるというか、高梨くんが称賛に価するというか…。
「どうと言われましても、そのままの意味ですが…。」
「それでも教えて欲しいな〜」
「うんうん、薩川さん嬉しそうだし」
確かに沙羅は、あの日のことを思い出しているのか、口では少し戸惑ったような素振りを見せつつも表情は嬉しそう。
というか、幸せそうな感情を隠せていない。
だからこそ三人は興味津々で聞き出そうとしているのだが。
「そうですか、ではお話しします。あの日は私の母の都合で、一成さんと私、夏海と横川さんの…」
「ストップ!! 横川って速人くん?」
「はい。」
「ちょっと夏海、なんでそこで速人くんが」
「高梨くんの友達ってだけよ。それ以上のことはないから」
横川くんの名前を聞いた瞬間に、三人が私に食いついてきた。
沙羅は高梨くんだから、私は横川くんだと安易に考えたのだろうけど…
そんなところまで反応するなんて、この三人は男に飢えすぎだと思う。
「そっか、夏海ちゃんは橘くんって男子だっけ?」
「そうそう、気になってるんだよね?」
「何で私の話になるのよ! 沙羅の話でしょうが!!」
ここで自分に話が飛んでくるとは思っていなかったので、完全に油断していた私は焦りでつい声が大きくなってしまった。
「照れ臭いからってそんな大きい声を出さなくても〜」
「夏海ちゃん可愛い〜」
「ぐぅぅ…沙羅、話を続けなさいよ!」
「私は夏海の話でも構いませんが?」
「私の話はあれで終わりなのよ!!」
これは嘘でも何でもなく、現時点で話せることは本当にそのくらいだ。
まぁ強いて言えば、実は以前から連絡を取り合っているとか、高梨くんと沙羅を追跡した後で二人になったけど、男子と二人きりになったのは何気に初めてだったとか、細かい部分はあるけど…
「薩川さん、続き教えて〜」
「夏海はまた今度ね」
はぁ…これも全て沙羅が暴露したせいだ。
せいなんだけど…まさか沙羅が、私と橘くんのことを気にかけてくれていたとは思わなかった。
その気持ちは嬉しいと思うから、そう考えると…怒るに怒れないのよねぇ
「わかりました。とにかく、一成さんが告白して下さることを私はお待ちしていたのですが、邪魔が入ってしまい持ち越しの流れになってしまったのです。ですから、私はいつまでもお待ちしておりますとお伝えしたのです。」
「そしたら告白してくれたの?」
「はい。場所を移動した後に、夏海や横川さん、母もその場におりましたが、しっかりと想いを告げて頂きました。」
沙羅はあの時を思い出しているのか、本当に嬉しそうだ。
私も正直、まさかあの状況で高梨くんが告白をするとは思いもしなかった。あれは忘れられないわね。
「うわ〜、それは高梨くん頑張ったね! て言うか、彼女のお母さんの前で告白って聞いたことないんだけど!?」
「ホントだよ! 度胸が凄いよねぇ。ちなみになんて答えたの!?」
「え、その、私もお慕いしておりますと…」
そこまで言うと、沙羅は頬を朱く染めた。
恥ずかしい気持ちはあっても全く隠さない辺り、沙羅は自身の気持ちや高梨くんとのことに誇りのようなものを持っているのかもしれない。
「うわー、返事がロマンチック!!」
「やっぱ、そこまでできる男だから女神様を射止めたんだよ。顔だけ男なんか目じゃないってことでしょ。」
「悠里にしては珍しく良いこと言うね。モテない癖に」
「余計なお世話だ!」
良いことを言っても弄られるのが、悠里のポジションだから仕方ない。
でも実際、高梨くんがそういう男子だから、私も安心して親友を任せられるんだけどね。
今回のアルバイトにしても、まさか沙羅のお父さんの懐に飛び込むとは…凄い度胸だと思うわ。
「でも、高梨くんが告白しようとしてるの気付いていたのに、妥協しないでしっかり言わせる辺り薩川さんらしいスパルタだねぇ。」
「そうではありません。一成さんが決意を持たれたのであれば、私はそれを妨げるようなことを致しません。一成さんに寄り添い、支えて差し上げることが私の役割ですから。」
「ふえええ、告白の返事も考え方も、薩川さんってホントに真面目って言うか…悪い意味じゃないけど古風なのかな? あ、古風って言えば、高梨くんに関することだけ妙に言葉遣いが丁寧だよね」
「それ私も気になった! 何か理由あるの?」
「そうね、私も気になってたかな。」
今まで聞く機会がなかったというか、そういうものだと納得してスルーしていたのだが…。
沙羅は普段から比較的丁寧な言葉を使うことが多いけれど、高梨くんにだけはそれが顕著に出ているのは間違いない。
何か理由があるのかしら?
「え…と…それは…笑いませんか?」
「え、そんなに変な理由なの?」
「いえ…その、私は一成さんと出会うまで、基本的に男性を嫌っていましたから、相手にしないか事務的に応対するくらいしか経験がなかったのです。そんな中で、一成さんは私が初めてお近づきになりたいと思えた男性だったので、どうお話しすればいいのか分からずに…」
「より丁寧になったと?」
「…はい。ですが今は違います。一成さんの恋人として、自身の在り方を考えた上でのことです。」
なるほど、そういう理由だったのね。
初めて仲良くなりたいと思った男子に、どんな口調で話しかけたらいいのかわからなかったなんて、実に沙羅らしいというか。
「なんか凄いね。薩川さんの心構えとか、もう恋人ってレベルじゃないような気がする。」
「うん、どっちかって言えば……あ、やっぱ何でもない。」
「?」
それを言えば高梨くん大好きトークが加熱すると判断したらしく、悠里は途中で話を止めた。
賢明ね…
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「高梨くん、お疲れさま。調子はどうだい?」
机の上の山積み書類は大きな仕分けが終わり、今日は課名ごとに細かく分ける作業に勤しんでいた。
自分なりのペースを掴み、順調に片付いていく様が楽しくなってきたところで、政臣さんが顔を出してくれた。
今日は仕事は大丈夫なんだろうか?
「お疲れさまです。作業は順調だと思いますよ。期間内には十分終わると思います。」
「それは頼もしいね。ところで申し訳ないんだけど、急ぎで欲しい資料があってね…探すのを手伝って欲しいんだ。」
顔を出した理由はそれのようだ。
大きな仕分けは済んでいるので、探すにしても作業前よりはマシだと思うのだが。
「部署名とかわかりますか?」
「えーとね…」
政臣さんはスマホを出し、少し操作をしてアプリを起動すると俺にその画面を見せてくれた。そこには部署名と資料名が書かれていて、それは見覚えがある…というより、この数日の作業ですっかり覚えている部署ばかりだった。
「ちょっとスマホ借ります。」
「部署はわかってるんだけどね…」
俺はスマホを手に持ち、表示されている部署の仕分け箱の前に移動する。
当たりをつけて箱からいくつかを取り出すと、机に並べてみた。
「この中にあるといいんですが……あ、これですね。」
「どれどれ…あぁ、確かにこれだ。よくこんなに簡単に出せたね?」
上手く発掘できてホッとしてしまった。
整理しているのに全く出てこないという最悪のオチは、何としても避けたかったからな。
「わかる範囲で資料のジャンル分けをしておきましたから。それで当たりをつけてみただけです。」
「なるほど、それは助かるよ。だいぶ慣れたみたいだし、その内部署とか暗記しそうだね。」
「実際、ある程度は覚えてしまいました。」
「あはは、それは頼もしい。」
目的の物があっさりと見つかったからなのか、政臣さんは嬉しそうに頷いていた。
俺としても役に立てて嬉しい。
厚意で頂いた仕事なのだから、少しでも役立てないと俺としても立つ瀬がないのだ…。
「あら、あなた? いつの間に…」
真由美さんは俺の様子を見に来てくれたらしく、お茶の準備がされたトレーを持って立っていた。机が片付いたので、リビングまで移動せずともここで休憩できるようになったのだ。
「資料を探しに来たんだけどね。高梨くんのお陰で簡単に見つかったから、今日は早めに帰ってこれると思う。私も一緒に食事ができると思うから、準備しておいてくれ。」
「わかりました。」
やはり政臣さんが一緒だと真由美さんも嬉しいのだろう。傍目から見ても喜んでいるのがよくわかる。
「じゃあ、私は行ってくるよ。」
「いってらっしゃい、あなた。」
そこまで言うと、真由美さんはごく自然な動きで政臣さんに近付くと頬にキスをした。
政臣さんもそれを嬉しそうに受けてから、颯爽と出発する。
これは毎日やっていることなのだろう。
つまり沙羅さんも、昔からこれを見てきたということだろうか。
そうであれば、付き合い始め直後から沙羅さんがキスという愛情表現をしてくれるようになったのは、この両親の影響かもしれないな…
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