第179話 衝撃の会話
さて、そろそろ電話がかかってくる時間だろうか?
次のバイトの準備をしながら時計を見ると、いつの間にか昨日と同じくらいの時間になっていた。
タイミング的に同じであれば、そろそろだと思うのだけれど…
ピロロピロロ…
通常の通話ではなく、RAINでの通話着信が鳴った。ということは、昨日と同じくビデオ通話だろうと思い画面を確認すると…やはりそうだった。
受信を押すと、画面には愛しい沙羅さんが映しだされる。丸一日ぶりに見るその姿が嬉しくて、俺は顔がニヤけるのを必死に我慢していた。
「こんばんは、一成さん」
「こんばんは、沙羅さん」
あれ…?
いつもと少し違う雰囲気を感じた俺は、それが何なのか確認しようと画面に映る沙羅さんを思わず凝視してしまう。
そして気付いたことは、昨日と違い沙羅さんが浴衣姿だったということだ。見慣れない沙羅さんの姿に思わずドキドキしてしまった。
沙羅さんの浴衣姿はあの夜祭りで一度見ているが、それとはまた違う何かが、旅館の浴衣にはあるような気がする。
「ふふ、どうかなさいましたか?」
「いえ…沙羅さんはお風呂上がりなんですか?」
「はい、実はまだお風呂から出てそんなに経っておりませんので」
やはり予想通りだったようだ。お風呂上がりの沙羅さんも何度か見てはいるが、それが浴衣姿だと思うとそれだけでドキっとしてしまう。
「一成さん、ひょっとして、私に何かありましたでしょうか?」
俺の反応に違和感を感じたようで、少し不安そうに沙羅さんが問いかけてきた。
そんなつもりはなかったのだが、指摘されてしまうくらい自分自身が挙動不審になっていたのかもしれないと思うと、さすがに少し恥ずかしい。
「す、すみません、その、沙羅さんの浴衣姿が…」
「ええ、皆さんとのお話の流れで、本日は浴衣にしましょうとなりましたので。…あ、どこかおかしいところがありましたでしょうか?」
沙羅さんが、キョロキョロと自分の姿をチェックし始めたので、急いで伝えることにした。
「……ドキドキしてました」
「…え?」
「沙羅さんの姿にドキドキしたんです」
沙羅さんが目を見開いたまま黙ってしまった。
…正直に言うのは照れ臭いのだが、別に誰が聞いている訳でもないし、本音をぶつけて俺の気持ちを伝えたかった。
そのかいがあったようで、沙羅さんがとても嬉しそうな笑顔を浮かべて画面に近付く。ちなみに沙羅さんは、スマホをどこかに立て掛けて話をしているようだ。
「一成さん」
「はい。」
「私…嬉しいです。もし今目の前に一成さんがいらっしゃれば、きっと抱きしめてキスをしていると思います。それだけに、画面越しであることが本当にもどかしいです。」
俺の目線はいつの間にか沙羅さんの唇に向かっていた。
沙羅さんは何気にキス魔というか、何かしらで感情が高ぶると迷わず俺にキスをしてくれるので、そう言われて思わず意識してしまったのだ。
「私は一成さんのお姿を見ているだけで、あなたのお側にいるだけで、いつもドキドキしているんですよ? もちろん今もそうです。そして一成さんと触れ合って、抱きあっていると鼓動が強くなって、それがあなたに伝わってしまうのではないかと少し恥ずかしくて」
俺だって沙羅さんに抱きしめられているときは、自分もドキドキして色々な気持ちがごちゃ混ぜになっているか、安心して何も考えずに甘えてしまっているかの二択であることが多いのだ。
「いえ、俺もそうですよ。沙羅さんと触れているだけで…」
「一成さんのお顔を胸に抱きしめていると、あなたの暖かさや吐息が私の身体にゆっくりと溶け込んでくるように感じて、ドキドキがもっと強くなって…それが嬉しくて、ずっとこのままでいたいと思ってしまうのです。」
~~~~~!!!!
~~~~!!!!
沙羅さんが少し朱くなった顔で切なそうな表情に変わる。
もし今目の前に沙羅さんが、俺が居たら、きっと俺達はお互いを抱きしめていただろうな…
「その、俺は幸せすぎてそれ以外のことが飛んでしまうというか。」
「ふふ…私が抱きしめて差し上げることで、一成さんが幸せと安心を感じて下さるならそれは何よりも嬉しいことなんです。ですから、あなたがそう感じて下さるのなら、寧ろ私としては望むところですよ?」
沙羅さんは本当にブレないというか、考え方は一貫している。
自分よりも俺の為、どこまでも俺を優先して行動して、俺の幸せが自分の幸せだと本当に思ってくれているのだ。
だからこそ俺は、今度の誕生日会では俺を通して得られる幸せではなく、沙羅さん単身での幸せを感じて欲しい。喜んで欲しい。
「ところで…一成さんはこういう浴衣がお好みなのでしょうか?」
「浴衣と言うか、沙羅さんの浴衣姿にドキドキしたんです。画面越しではなくて、この目で直に見たかったな…と。」
「一成さんがそこまで言って下さるなら、私としても見て頂きたいのは山々なのですが。…あ! でしたら就寝用の浴衣を用意しますから、一成さんのお家にお泊まりするときに着るというのは如何でしょうか?」
ぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
??
さっきから、何か少し騒ぎ声のようなものが聞こえているような気がする。
隣の部屋とかで騒いでいる人がいるのだろうか?
いや、そんなことより浴衣の話だ。
俺の戯言の為にそこまで用意させる訳にはいかない。
「そこまでしなくても大丈夫です! いつか見せて貰える機会もあるでしょうから、そのときに」
「…宜しいのですか? 私は一成さんが喜んで下さるなら、直ぐにでも用意するつもりがありますのに。それに、浴衣姿で抱っこしていい子いい子して差し上げることもできるのですよ?」
そして浴衣姿で抱っこという、とても魅力的な誘惑に心惹かれてお願いしてしまいそうになったが…いや、ダメだ。沙羅さんにそこまでの負担はかけたくない。
「う…いえ、俺の我が儘でそこまでさせてしまう訳にはいかないです。沙羅さんの浴衣姿は、いつか旅行に行った時に見せて下さい。その時まで楽しみにとっておきます。」
咄嗟に思い付いたことだったが、それを聞いて納得してくれたのか沙羅さんは笑顔を浮かべて頷いてくれた。
「ふふ…畏まりました。では不本意ながら、今回は一成さんに我慢をさせてしまう形になってしまいましたので、旅行ではその埋め合わせ分までいっぱい浴衣姿の私に甘えて下さいね?」
「は、はい、ありがとうございます。」
何故そんな話になってしまったのかよくわからないやり取りだったが…
沙羅さんが嬉しそうであるなら俺としては全く問題ないのである。
そして余談だが、この約束はそう遠くない日に実行されることになる。
しかも二人きりではなく、友人達の目の前で…
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「はぁ…お風呂気持ちよかった〜」
「あんたね、広いからって泳ごうとするとか小学生かっての」
「ホントだよ。薩川さんに注意されなかったら絶対に泳いでたよね」
「や、やめて、それを思い出させないで」
悠里は子供っぽいから本当にやる可能性があったのだが、さすがに沙羅が注意したら直ぐに止めた。
最近は沙羅も丸くなったから、言い方も以前のようなキツい感じではなくなったのだが…
「周りに迷惑がかかりますから、そろそろ止めましょうね?」
言葉だけ聞くとそうでもないが「いい加減にしろよ?」というプレッシャーが乗っており、余程の鈍感でなければそれを感じて直ぐに止めるだろう。
「すみません、少し強く言い過ぎたでしょうか?」
「いいのよ。悠里はバカだから、あれくらい分りやすく言われて丁度いいのよ。」
「そうそう、夏海ちゃんの言う通り」
「寧ろ、よく一回で言うこと聞いたよね」
「いや、殺気が…」
一応、沙羅のプレッシャーを感じるくらいの感性はあったのね。
それにしても…どうやら私達が虫除けになっているようで、恐らく沙羅に話しかけたい様子の男子が何人かいたけど全員諦めたみたいね。
「それにしても薩川さんはモテるねぇ。私が気付いただけでも四人はいたね。」
「お〜さすが悠里、無駄に鋭い。」
悠里も気付いていたみたいで、人数まで数えていたようだ。
私は二〜三人だと思ってたわ。
それにしても…
「私達がいるくらいで物怖じするような男が、薩川さんに告白なんて百年早いわね。」
「いやいや悠里、いくらなんでもそれは可哀想だから」
「只でさえ薩川さんに告白なんてハードルがメチャ高なのに、そこに私達がいたらね。」
「まぁそうなんだけど。」
「そうでしょうか? 一成さんは、夏海達や私のお母さんがいても、しっかり告白して下さいましたよ?」
「「「はぁ!?」」」
三人の表情が驚愕に変わる。
いけない、また高梨くんの話題になってしまった。
早く部屋に戻らないと…
「その話しは部屋に戻ってからにしなさい。早く行くわよ」
三人は興味津々といった様子で、早く聞きたそうに沙羅の顔を見ているけど…その高梨くんの武勇伝をこんなところで話させる訳にはいかないからね。
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「すみません、思っていたより時間が遅くなってしまったので、先に電話をさせて下さい」
部屋に戻って時間を確認した沙羅が、スマホを片手に少し焦ったように言い出した。
確かに、今日は少しお風呂の時間が遅かったからね。
「どうぞ〜。その代わり、さっきの高梨くんの話は後で教えてね」
「え? はい、別にそれは構いませんが…」
あーあ、私は知〜らないっと。
沙羅は部屋の一番奥にある自身のベットまで行くと、目の前のテーブルにスマホをセットして操作を始める。
今日もビデオ通話で話をするつもりなのだろう。
ちなみに私の近くにいる三人は、心持ちワクワクしているような、微妙に怖がっているような…どっちなのよ?
でも騒ぐことは想定しているのか、自分の口を塞ぐ為の枕やタオルを用意し始めた。
そこまでしてでも話しを聞きたいのね…
「こんばんは、一成さん」
「こんばんは、沙羅さん」
直ぐに電話は繋がったらしく、花が咲いたような沙羅の笑顔が嬉しさを物語っている。
あんな好き好きオーラを他の男子が見たら号泣モノでしょうね。
そんなことを考えている内にも二人は話を続けていて、三人も固唾を飲んで見守っている。
「……ドキドキしてました」
「…え」
「沙羅さんの姿にドキドキしたんです」
「うっひょー、彼氏くん言うねぇ」
「うん、聞いててこっちが照れ臭いけど」
「典型的なバカップル…」
高梨くんは沙羅に押されることも多いけど、言うべきときは言うし、動くときは動く。
肝心な場面では思いきって動けるタイプだから、恥ずかしいと思っていても沙羅の為に言えてしまうのよね。
「一成さんのお顔を胸に抱きしめていると、あなたの暖かさや吐息が私の身体にゆっくりと溶け込んでくるように感じて、ドキドキがもっと強くなって…それが嬉しくて、ずっとこのままでいたいと思ってしまうのです。」
「ひぃぃぃぃ!!!」
悠里が赤面した顔を手で隠すようにしながら頭を振りたくる。
またか…
「悠里、おち、おち、落ち着きなさい!!」
「あんたもだよ!」
「薩川さんのイチャらぶ空間強すぎるぅ!!」
「本当にこれ薩川さんだよね!? 偽者じゃないよね!?」
あの沙羅があんな切なそうな表情をするなんて、人は本当に変わるものね。
恋心がわからないと言っていたあの頃とは別人みたい。
そして三人は昨日と同じみたいね。
まだ暫くは耐性もできないでしょうから。
「一成さんがそこまで言って下さるなら、私としても見て頂きたいのは山々なのですが…あ! でしたら就寝用の浴衣を用意しますから、一成さんのお家にお泊まりするときに着るというのは如何でしょうか?」
「「「えええええ!?」」」
危なかった、私まで声を上げてしまうところだった!
じゃなくて今の話なに!?
お泊りするときって…ま、ま、まさか…
「ちょちょょっと、かなりやばいこと言わなかった!!??」
「いや、マズいって、これ全員黙ってなきゃダメだよ!!」
「うそ…薩川さんってひょっとして…」
「言うな! それだけはダメだ!!!」
「さ、沙羅が…沙羅が…沙羅が…」
「夏海ちゃん! 気をしっかり!!」
私は暫く呆然としてしまい、いつの間にか沙羅が電話を終わらせていたことも、見回り連絡が入って三人が部屋に帰ったことも気付かないままだった。
そして沙羅に叩かれて我に返った私は、直接的に聞くのが怖くて当たり障りのないように遠回しに聞いてみたが、そんな私の気苦労も知らないで沙羅は聞いていないことまで直球で話をしてくれた。
だがそのお蔭で、本当に泊まっただけだということがわかってホッとしたのだが…
沙羅の純真さに高梨くんの苦労が偲ばれるようで、今度褒めてあげたい気持ちになったのはナイショだ。
それにしても…明日三人に説明するのが大変だなぁ
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急遽ガールズサイドを追加したら遅くなってしまいました。
少しでしたが…あった方がいいですよね?(笑)
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