第279話 相変わらずな真由美さん

 今日は週に一度の薩川家食事会。

 でも現在は学祭の準備期間中ということもあり、生徒会の仕事が忙しいのでどうしても時間が遅くなってしまう。

 そうなれば当然、真由美さんが先行して晩御飯の支度をしてしまう訳で…


「沙羅ちゃん、ちょっと足りない物があるから、お買い物をお願いできる?」


「それでしたら、お母さんが買い物に行けばいいではありませんか? 代わりに私が作りますので」


「もうっ、ここまで私が作ったのに、それはないでしょう?」


「一成さんのお食事は、私が作ると言ってあった筈ですよ?」


「こんな時間に帰ってきてから作ったら、一成くんがお腹を空かせてしまうでしょう?」


「お家なら、朝の段階で仕込めるから問題ありませんが?」


「はぁ…それじゃお食事会をやらないことになるじゃないの…」


 真由美さんが沙羅さんを見ながら深い溜め息を溢す。

 これは以前から常々感じていたことだか、やはり実の親子ということもあって、沙羅さんも遠慮がない。言いたいことをズケズケと言っている感じがする。

 普段の沙羅さんとは違う一面が見れるので、それはそれで俺としても楽しいんだけどな。

 でも俺の食事を作ることに並々ならぬ拘りを持つ沙羅さんからすれば、例え実の親と言えども作らせたくないという本音は一貫している。つまりこれは冗談で言っている訳じゃないので、だからこそ真由美さんも笑って流すことが出来ない訳だ。


「全く…分かりました。それで、何を買ってくればいいんですか?」


「えっとねぇ…」


 折れてくれた沙羅さんに手早く必要なもの伝えながら、お金を用意し始める真由美さん。内容的には調味料関係で大した物ではなさそうだ。

 ただ正直に言うと、真由美さんが買い忘れをするなんてかなり珍しいことだと思う。少なくとも俺の知る限りそんな話は聞いたことがないし、まして「あの真由美さん」が、そんなミスをするイメージが思い浮かばない。


 まぁこれは俺の勝手な思い込みなんだけど。


「一成さん、申し訳ございません。少々席を外させて頂きますね」


「えっ? いや、俺も付き合いますよ」


 近距離なのは分かっているけど、只でさえ俺は何も手伝っていないのに、このまま沙羅さんを一人で買い物に向かわせるという選択肢は流石に有り得ない。

 寧ろ俺が代わりに行ってもいいくらいだ。


「いえ、それには及びませんよ。直ぐに戻りますので」


「一成くんは、ゆっくりしていてね」


 二人から説得するように言われて、俺も素直に応じるしかないという雰囲気になってしまう。少し買い足しに行くというだけなのに、ここで変に食い下がるのもアレか。

 ただ…丁度いいという言い方はしたくないが、俺としても真由美さんに相談したいこともあったりするので…

 本当はRAINでもいいかと思っていたけど、せっかくの機会だ。

 そういう意味でも、ここは大人しくお言葉に甘えておこう。


「わかりました。すみません、沙羅さん」


「いえ、本当に直ぐ戻りますから、一成さんはごゆっくりなさっていて下さい。では、行って参りますね」


 柔らかな微笑みを残して、沙羅さんはペコリとお辞儀をしてから玄関を出て行く。

 商店街にしてもコンビニにしても、10分もあれば戻ってこれる距離だからな…俺もさっさと…


「さて、時間があまりないから、早くお話をしましょうか?」


「…真由美さん?」


 あれ?

 ひょっとして、真由美さんの方も俺に何か話があるのか?

 まぁそれなら、俺の方はRAINでも大丈夫だし、真由美さんの話を優先しても…


「んふふ~、お義母さんにお話があるんでしょ?」


「えっ!?」


「早くしないと時間が無くなってしまいますよ? 沙羅ちゃんのことで、何か聞きたいことがあるんでしょう?」


 これは…ひょっとしなくても、俺が話をしやすいように、わざと沙羅さんを買い物に行かせたのか?

 道理で、真由美さんが買い忘れなんて、珍しいことを言い出した訳だ。

 その点については思わず納得だけど、俺が真由美さんに相談事があるってことに気付いたのは納得できないぞ。


「ほらほら、余計なことを考えている時間は無いですよ。何ならもっとお話をしやすいように、お義母さんが抱っこしてあげましょうか? いえ、寧ろ抱っこしながらお話をした方が効率的で…」


「いえ、このままで大丈夫です。寧ろこのままの方が話しやすいです」


「…んもう、一成くんのいけず」


 そう言って、可愛らしく頬を膨らめる真由美さん。これでウチのオカンとほぼ同い年だというのだから、驚きなんてものじゃない。今更の話だけど若すぎるだろ…

 しかし、相変わらずの冗談好きというか、俺をからかうのが大好きというか。


 …冗談だよな?

 まさか本気で言ってる訳じゃないよな?


「んふふ~♪」


 俺の疑惑に意味深な笑顔を溢した真由美さん。

 それは一体どういう意…いや、これは考えたら負けだな。時間もないし、もう気にしないで話を続けよう。


……………

………


 俺達の帰り時間が遅かったこともあり、それ程待つこともなく政臣さんが帰って来た。

 真由美さんから「今日は二人が来るから、政臣さんは絶対に残業をしないわよ」って聞いた矢先だったので、噂をすれば何とやらってやつだ。


「もう少しでご飯の支度が出来ますからね」


「私もせめて一品作ります」


「はいはい。本当にもう…一成くんのことになると直ぐムキになるんだから。もう少し余裕を持たないと、一成くんが大変でしょう?」


「いえ、俺は嬉しいから全く問題ないですよ。寧ろ沙羅さんが、俺のことをそこまで想ってくれて幸せです」


「はい♪ 私も一成さんが受け入れて下さって嬉しいです」


 これはお世辞でも何でもない、紛れもなく俺の本心だ。

 沙羅さんからの気持ちに、幸せと嬉しい以外の答えなんて俺は持ってない。周囲からどう思われようと、俺達は俺達だ。


「あらあら、惚気られちゃったわ。相変わらず仲がいいわねぇ…ね、政臣さん?」


「ま、まぁ、二人の仲が順調なのは、いいことなんじゃないかな…うん」


 その言葉に嘘は無いんだろうけど、政臣さんの笑顔はどこか無理をしている様にも見える。娘親が~という話は、ネットとかでもよく聞く話だし、これは俺が突っ込むべきことじゃないよな。

 それに、俺も沙羅さんの両親の前でイチャつくとかしたい訳じゃないんだけど、自然とそういう流れになってしまうんだから仕方ない。これは不可抗力なんだよ。


……………

………


 和気藹々とした楽しい食事も終わり、沙羅さんは真由美さんと台所で片付け、俺は政臣さんと二人でソファーに並び、まったりと食後のティータイム中だ。

 彼女のお父さんと二人でティータイム…普通なら緊張で洒落にならなかったかもしれないが、今の俺には問題ない。実の父親よりも、政臣さんの方が本当の父だと思えるくらいだからな。


「一成くん、済まないが、またアルバイトをお願いできないだろうか? まだそこまでじゃない筈だから、時間もそんなにかからないと思うんだけど」


 政臣さんが、さっきから俺に何か話をしたそうにしている雰囲気は感じていた。

 また婚約の件で、何か新しいトラブルでも起きたのかと少しだけ身構えていたりもしたんだけど…アルバイトだったか。少しだけホッとした。


「了解です。と言うか、別にアルバイトじゃなくても手伝いますよ。任せて下さい」


 只の書類整理とはいえ、尊敬している政臣さんからお願いをされるのは俺としても悪い気がしない。少なからず役に立てているんだと思えば、何となく嬉しい気持ちもあるからな。


「いや、そう言ってくれるのは嬉しいけど、こういうことはしっかりしないとダメなんだよ。それに私としては、君に今後もお願いをしたいと思っているからね。だからこそ、対価は必ず受け取って欲しいんだ」


「…わかりました。ありがとうございます。とにかく、アルバイトは引き受けますよ」


 政臣さんがそう言うのであれば、俺からこれ以上遠慮をするのは却って失礼に当たる。ここは素直に甘えておこう。それに今度、ミスコンに向けた買い物をするから、クリスマスや年末に向けた資金の追加確保が出来るのは正直ありがたい。


「ありがとう。宜しく頼むよ」


「政臣さん、一成くんとお話は終わったんですか?」

 

 食後の片付けが終わったようで、ティーカップを乗せたトレーを片手に、真由美さんと沙羅さんがソファーに戻ってきた。

 沙羅さんが何かを言いたそうにこちらを見て…いや、これは俺じゃなくて政臣さんを見ているな。


「あぁ、アルバイトの件は引き受けて貰ったよ。ところで沙羅…その、何で私を睨んでいるのかな?」


「そこは私の定位置なので、お父さんは自分の席へどうぞ?」


 成る程、そういうことか。

 特に意識をしてこの位置に座っていた訳じゃないけど、俺の右隣は沙羅さんの指定席だからな。

 政臣さんもそれが分かっているので、少しだけ悲しそうに席を立って移動すると、直ぐに入れ替わるように沙羅さんがやってくる。そんな二人の様子を見ながら、真由美さんがクスクスと笑い声を漏らしていた。


 うーん…平和だ。


「一成さん、アルバイトをなさるのですか? もしお金が要り様でしたら、私の方でプールしている分がありますので…」


「えっ!? いや、それは、そうじゃなくて」


「沙羅ちゃん」


「…申し訳ございません、余計な口を挟みました。でしたら、アルバイトの日は私もこちらに」


 ふぅ、助かった。

 ベタだけど、沙羅さんへのプレゼントを含めて別枠で要り様だから…何て言う訳にもいかないからな。でも適当な言い訳をしようにも、俺が個人的にそこまでして買う物なんかないし、何と説明すればいいのか一瞬焦ってしまった。

 真由美さんの一言で沙羅さんが大人しく引き下がったのが意味深だったけど、とりあえず今は感謝だ。


「うんうん! 沙羅も一緒に帰って来てくれるのか!! そうとなれば、私もその辺りのスケジュール調整を」


「お父さんはいつも通りにどうぞ。私が戻るのは、一成さんのお世話をする為だけですから」


「沙羅ちゃんもそこまで無理をしなくて大丈夫よ。一成くんのことなら、今回も私に任せて」


「結構です! とにかく、一成さんの身の回りのお世話は、例えお母さんであろうと一切任せるつもりはありませんので」


 この沙羅さんと真由美さんのやり取りも、段々恒例化してきたというか、日常風景のようになってしまったな。

 沙羅さんはともかくとして、相変わらず真由美さんは俺達をからかうのが好きというか、お茶目な人だと言うか…。でも直ぐに許せてしまう、真由美さんの人となりがちょっとだけズルいと思う。特に沙羅さんはいい迷惑だろうけど。


「それはそうと、一成くん。今度の日曜日は沙羅ちゃんを借りるわね?」


「えっ? えっと……あ、あぁ! そうですか。分かりました」


 いきなり話を振られたので、咄嗟に何のことなのか分からなかった。

 でも真由美さんが一瞬目配せをしたので、さっき俺が相談したことをフォローしてくれるつもりなんだと直ぐに思い至る。

 そこまで相談した訳じゃないけど、真由美さんが気を利かせてくれたようだ。


「申し訳ございません、一成さん。母が煩いので、少々買い出しに行くことになりました」


「いえいえ。いつも家のことを任せきりですから、たまにはお母さんと二人で羽を伸ばしてきて下さい」


「私は一成さんのお世話をしているときが、一番心が休まるのですが…正直、この母と一緒では」


「んもう、沙羅ちゃん酷いわ。それに、沙羅ちゃんの物を買う為に行くんでしょう?」


 俺と一緒が一番いいと言ってくれるのは凄く嬉しいけど、何気に真由美さんをディスっているのが何とも。でも俺が居なければ、真由美さんも余計なことをしないだろうし、普通に親子仲は良さそうだけどな。


「私は別に必要だと思っていません。それにどうしても必要なら、自分で買いに行きますから…」


「ダメよ。もうサイズが合わなくなって来てるでしょう? それに、一成くんの好みも考えないと」


「だから、何故そういうことを言うんですか!?」


 サイズ!?

 いや、何のことを言ってるのか俺には分からないな…うん。

 だから間違っても、こちらに話を振るようなことはしないで欲しい…


「見えない部分のお洒落にも、気を使うのが女の嗜みですよ。以前ならともかく、今の沙羅ちゃんならそのくらい分かるでしょう?」


「それは…まぁ」


「と言う訳で…一成くんは、可愛いのと派手なのとシンプルなのと、どれが好みかしら? あ、それとも思いきり…」


「お母さん!!!!!」


 沙羅さんが少し顔を赤らめながら、真由美さんの口を塞ごうとしてムキになっている。

 その表情に俺も一瞬ドキっとしてしまったが…平常心だ平常心。


 …よし、大丈夫だ。

 とにかく俺は、これが何の話なのか分からない。だから何を聞かれているのか、全く、全然、これっぽっちも分からない。だからそれに答えることも出来ないし、何の想像も出来ない。


 …と言うか、沙羅さんの目を逸らす為なんだろうけど、そういう際どい話はしないで欲しいよ…俺だって頑張ってるんだからさ…


「沙羅ちゃんは、一成くんの好みに合わせたくないの?」


「それは…その……合わせたいですけど」


 沙羅さんがポツリと呟いてから、朱い顔で俺の顔をチラリと見ると…恥ずかしそうに俯いてしまった。


 可愛い!!!!

 可愛すぎる!!!!

 でもこの話題は辛いから勘弁してください!!!!

 そして政臣さんが怖いので顔を見れません!!!!


「はい、素直で宜しい。と言う訳で、一成くんの好みを教えてね?」


「い、いや、俺は…」


 いかん、俺は何を聞かれているのか分かっていない筈なのに、顔に謎の熱が…


「うふふふふ…一成くん可愛い…あぁ、ダメですよ私。我慢しなさい…」


 何か不穏なことを呟きながら、微妙に身悶えを始める真由美さん。一瞬だけ身の危険を感じてしまったのは何故だろうか?


「お母さん」


「んんっ、か、一成くん。これは、沙羅ちゃんの希望でもあるんですよ。だから、遠慮なく答えを教えてあげてね」


「えええ…」


 これはもう冗談で誤魔化せるような状況ではなくなってきたぞ。

 真由美さんは答えを聞くまで止めなそうだし、沙羅さんも何だかんだ言いながら俺の答えを待っているような気もする。


 どうしようか…


……………


「んふふ~…では日曜日はそういうことで」


 結局、俺は場の流れに逆らうことが出来ずに、自分なりの答えを伝えるハメになってしまった。

 そして俺が何を選んだかだって?

 そんなのは秘密に決まってるだろ?


 いや、でもよくよく考えたら、まだ何の話だったのか具体的には判明していないんだよ。

 沙羅さんも少し恥ずかしそうにしながら、「畏まりました」と一言呟いただけだし。

 だから、きっとこれは私服の話だったんだろう。そうに決まってる。


「ゴホン!! その…何だ、一成くん…私は君を信じているからね?」


 はぁ…だからこういう話をしたくなかったのに。

 楽しそうな真由美さんが恨めしい。

 でもこれで日曜日の時間は作れたし…


 とにかく、時間が取れると決まった以上は、今晩にでもさっそく連絡をしておかないとな。買い物に付き合ってくれることになっているのは、速人と雄二と…ホントは夏海先輩にも声をかけたんだけど、練習試合だそうな。それと…あと一人、だ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


久々に薩川家を書いたような気がしますw


話は変わりますが、私の拙作をお読み頂いている読者様、いつもありがとうございます。

カクヨムコンは残念ながら終わってしまいましたが、私はあくまでも趣味で書いているだけなので、これからもこのままボチボチと続けてさせて頂こうと思っております。読者選考を通過させて頂いただけでも、私にとっては驚きでしたし、いい思い出となりました。せっかく執筆しているので、また何か機会があれば応募してみようと思っています。


改めまして、ありがとうございました。今後もお付き合いの程、宜しくお願い致します。


つがん

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