第193話 誕生日デート
日曜日。
いよいよこの日がやってきた。
アルバイトは全て終わった、資金も予想以上に貯められた、プレゼントも買えた。
ぶっつけ本番的に始めた計画だったけど、終わりとしては上出来だったと思う。
あとは今日のデートを目一杯楽しんで、最後にこれを渡すんだ。
沙羅さん喜んでくれるかな…その姿を見るのが本当に楽しみだ。
ズキ…
「…っ」
右手は正直限界だろうと自分でも思う。ついに何もしなくても痛みが出るようになってしまったからだ。今こうしていても痛みを感じるけど、これを名誉の負傷と思うのは格好つけすぎだろうか…
何にしても、暫くは休ませたいと思う。
チラリとテーブルを見れば、綺麗にラッピングされた箱が視界に入った。中身は勿論ロケットペンダントであり、一応俺の選んだ写真を既に入れてある。プレゼントした後は、沙羅さんが好きな写真を入れてくれればいいと思う。
この写真は俺の手持ちではなかったが、内容はとても思い出深いものだ。
今回の記念にちょうどいいと思って決めたんだけど、真由美さんに感謝だな…
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少し時間が戻る…
「高梨さん、ペンダントに入れる写真は決めたの?」
「いえ、正直何を入れたらいいのかわからなかったので、沙羅さんにお任せしようかと。」
「せっかくのプレゼントなんだから、高梨さんの好きな写真にすればいいのに」
「ちょうど良さそうな写真がなかなか…」
一応自分でも調べてみたが、やはりロケットペンダントは家族や恋人の写真を入れたりするものであるということだった。であれば俺の写真を入れてもいいのかと一瞬頭をよぎったのだが、流石に自分の写真を入れて渡すのは自意識過剰に思えた。
「あら、それならこれなんかどう?」
という流れで、真由美さんからRAINで送られてきた写真が今これに入っているという訳だ。
いつの間に撮っていたのか、あの夜の高台で俺が沙羅さんを抱きしめている写真。
夜だったけど、あの場所はライティングされていたから結構しっかり写っている。
俺の告白を聞いた沙羅さんが、胸に飛び込んできてくれたあの瞬間…俺はあの時を生涯忘れない。
沙羅さんに選んで貰うことも考えて少し悩んだが、結局俺はそれを入れておくことにしたのだ。
……………
さて、そろそろ出かけようか。
まだ待ち合わせ時間には早いが、色々な意味で沙羅さんを待たせるつもりはないのだ。
テーブルの上の箱を手に取ると、念のために布にくるんでからバッグに入れる 。少しでもラッピングを崩したくないからな。
さぁ…俺のアルバイト生活の集大成だ!
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駅前に着いて時間を確認すると、待ち合わせまで一時間ある。でも一時間などあっという間だ。沙羅さんを思い浮かべているだけで幸せな俺は、あるいは周囲から見たら変なやつに見えていたかもしれない。
そうして、沙羅さんが駅前に来るときに通る道を定期的に眺めながら、沙羅さんの到着を心待ちにしていた俺の視界が突然真っ暗になった。
「ふふ…だーれだ?」
視界を塞がれ何も見えなくなった代わりに、耳と体の感度が増したように思える。
俺の目を塞いだ沙羅さんが耳元で可愛らしく囁くと、それと同時に背中に押し付けられた幸せな感触も伝わってくる。
待ちに待った沙羅さんが来てくれたことの嬉しさも重なり、口のニヤケを抑えることができななかった。
「沙羅さん…」
俺がひと言名前を呼ぶと、視界を塞いでいた手がパッと外されて、突然戻った明るさに一瞬目が眩むような感覚に陥る。
「はい、よくできました。正解した一成さんにはご褒美です!」
素早く俺の前に回り込んでいた沙羅さんが抱きつくように身体を寄せてくる
ちゅ…
俺の頬にキスをした沙羅さんが身体を離すと、やっと顔を見ることができた。
今日の沙羅さんはいつも以上に気合いを入れているようだ。
白色のフリルのついた可愛らしいシャツで襟元はリボンのように結ばれて止められていた。スカートはハイウェストになっている黒のロングスカートで、髪型もいつもと少し違い、胸元の方へも流されていている。ちょこんと被った帽子は、勿論俺がブレゼントした物だ。
うん、どう考えても全身俺好みに合わせてくれたのが良くわかる。沙羅さん本人から聞いたし、夏海先輩からも聞いたことがあるが、沙羅さんはもともと地味な服装を好んでいたらしい。そんな沙羅さんがこういう服を着るようになったのは間違いなく俺の為であり、それがわかっているから尚更嬉しい。
「沙羅さん、今日の服装もとっても似合ってます。可愛いです」
俺は素直に感じたままの感想を伝えた。本当はもっと上手く褒めることができればいいんだけど、残念ながら俺にはこれが精一杯だ。
「ありがとうございます! 一成さんに喜んで頂けて嬉しいです!」
そんな俺の飾り気のない感想でも、沙羅さんは喜んでくれた。言葉では言い表せなかった俺の気持ちまで汲んでくれたのかもしれない。
「…おいおい、何だよあの子」
「…ヤベーだろあれ、アイドルが逃げるぞ…」
「…つか、まさかあれが男か?」
「…釣り合いとれてねーな」
………最初からわかっていたことだけど、知らない人間からすれば俺などそんな程度だろう。外見で沙羅さんに釣り合うなど、それこそ男性アイドルや速人のようなイケメンでなければ無理だ。
でもそんな劣等感など感じる必要はないんだ。自分をそんな風に思ってしまったら、俺を好きになってくれた沙羅さんに申し訳ない。周りからどう思われようと関係ない、沙羅さんからどう思われているかが全てだから。
「沙羅さん、行きましょうか?」
「はい、今日は一日、エスコートをお願い致しますね?」
沙羅さんがニコリと微笑むと、ごく自然な感じで俺に寄り添い腕を絡めてくる。
そのまま顔をピタリと腕にくっつけて「ふふ…」と嬉しそうな声を漏らした。
「…チッ」
「…リア充が」
先程まで俺をバカにしていた癖にな。
勿論怒りも何も感じない。沙羅さんの笑顔の前には、外野など道端の小石程度にも感じないのだから…
改札口に向かいながら、ポケットから切符を二枚取り出す。
「沙羅さん、これを」
「ありがとうございます」
電車の切符を渡すと、沙羅さんは素直に受け取ってくれた。
俺たちはSAICAを持っているが、今日は全て俺が出すと決めているので切符を買っておいたのだ。
ひょっとしたら遠慮されるかもしれないと思ったが、沙羅さんの事だから俺に恥をかかせないように…などと思ってくれたかもしれない。
ホームで待つこと数分、すぐにやってきた電車に乗り込むと日曜日ということもあり通勤のような混雑はないが、それでも少し混んでいた。
座ることは勿論無理だったが、もう一つの理由がありドア付近の角にスペースを確保して、沙羅さんには壁寄りに立って貰う。そしてそれを隠すかのように俺が立ち塞がる形をとった。
何故かというと、電車に乗った瞬間、主に男から沙羅さんに視線が集まったからだ。嫌そうに顔をしかめたので、視線を塞いでしまうことにする。
俺と壁に挟まれて狭さを感じていないか心配になり「大丈夫ですか?」と声をかけてみたが
「はい。あ、でも…」
そこまで言うと、俺に抱きつくかのように身を寄せてくる。
「宜しければこのままで…」
そう言って俺を見上げる沙羅さんの顔は、本当に幸せそうだった。
「「「「「 チッ…… 」」」」」
示し合わせたわけではないだろうに、舌打ちの声が揃って聞こえるとか思わず笑ってしまいそうになった。
他人のやっかみなど気にしていたら、沙羅さんと付き合うことなどできないんだよ。
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「うわぁ…」
水族館のゲートを潜り本館に入ると、まずは水槽のトンネルが現れた。イルカがスイスイと気持ち良さそうに泳ぎ回っており、沙羅さんはその光景に声を漏らした。
楽しそうにイルカを目で追いながら水槽に近寄ると、一匹のイルカが沙羅さんの側で止まり、水槽をつつきながら何かをアピールしているようにも見える。
「ふふ…私とお話してくれるの?」
女神の如きオーラを放つ沙羅さんとイルカのコラボという幻想的な光景に、周囲の客まで見とれたようにボーっとしているようだ。
俺はその光景を残そうと、スマホで撮影しながら自分の目にもしっかり焼きつける。
「イルカさん、あのお姉ちゃんのことが好きなのかな?」
「そうだねぇ、あのイルカさんは男の子かもねぇ。」
そんな親子の会話が聞こえると、沙羅さんが少し困ったような表情を浮かべて、イルカに向かい話しかけた。
「ごめんなさいね、私は心に決めた方以外は興味がないんです。」
そんな沙羅さんの言葉が本当に通じたのかどうかはわからないが、イルカはまるで返事を返すかのように身体を揺らすと、再び泳ぎに戻っていた。
俺が撮影していることに気付いたのか、沙羅さんは少し顔を朱くしながら小走りで寄ってくると、そのまま俺の腕に抱きつき顔を隠してしまう。
「もう…恥ずかしいです…」
「いえいえ、本当に綺麗でしたよ?」
「…いじわる」
まだ入り口だというのに、周囲の家族連れからの微笑ましそうな笑顔と、主に男からの殺意の籠った視線に早くも晒されながら歩みを進める。
そのまま順路通りに歩きながら、二人で水槽を一つずつ眺めていく。
子供に戻ったかのような沙羅さんのはしゃぎっぷりに、見ている俺の方まで嬉しくなってしまった。
やがて順路を進んでいく内に、黒幕で仕切られたスペースに辿り着いた。順路的にはこの中に入ってもいいみたいなんだけど…
「ここは入っても宜しいのでしょうか?」
沙羅さんの声に答えをくれたかのように、黒幕の内側から他の客が出てくる。
やっぱりこの中に入ってもいいみたいだな。
「入ってみましょう」
「はい!」
…………
「「…………」」
二人揃って、まるで声を失ってしまったかのように無言で立ち尽くしていた。
青白く光る大量のクラゲが、俺達の身長より遥かに高い大型水槽の中をふわふわと漂い、言葉にできない幻想的な光景を作り出していたからだ。
その光景に感動していると、沙羅さんが水槽に見とれながらもまるで無意識のように俺に手を伸ばし、そのまま手を繋いできた。
「……っ」
声をあげないように必死で堪える。
幸いにも沙羅さんは水槽に目を奪われており、俺の様子には気付いていないのだ。
我慢しろ俺! 声を出すな!
そのまま手を繋いだ状態が安定してくると、それに伴い痛みも落ち着いてくるのがわかった。
ふう…これなら何とか
「今までクラゲに思い入れはありませんでしたが、こんなに幻想的な光景になるんですね…」
「ええ、俺も言葉にならないくらい感動してました。」
平静を装い返事を返すと、嬉しそうに俺の顔を見た沙羅さんが少し不思議そうな表情を浮かべた。
「あら? 一成さん、動いてはいけませんよ?」
片手でバッグのポケットからハンカチを取り出して、俺の額の汗を拭ってくれる。
自分でも気付かない内に汗をかいていたらしい。多分冷や汗だろうな…
「はい、これで大丈夫です。暑かったでしょうか?」
「自分でも気付かなかったですけどね」
「そうだったのですか? では一先ずここを出ましょうか。」
そう言って、沙羅さんは俺の手を握り直した。
「………っ」
「…?」
一瞬気付かれたかと思い焦ったが、沙羅さんの視線は俺の顔ではなく手の方に向いているようだ。
「……っ。さ、さあ一成さん先に進みましょう。」
気を取り直すかのような沙羅さんの声に、顔を見られなくて助かったと安堵を覚えた俺だった。
「(手のひらが固い…それに膨らみや腫れのような感触が…まさかお怪我をされているのでは? きっと私の為に…一成さん…。いいえ、今の私はまだ何も気付いていません!)」
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