第114話 浴衣

「んで、何があったの?」


沙羅先輩が俺から離れようとしない様子を見て、夏海先輩が呆れ顔で俺達に声をかけた。


「まぁ…仲がいいということで」


速人も苦笑しながら微妙なフォローを寄越す。

昼休み(?)、一緒に昼食を食べることになっていたので集合場所に着くと、速人と夏海先輩は先に合流していたようだ。


沙羅先輩にぴったりと張り付かれたまま現れた俺を見て、最初は夏海先輩も苦笑を浮かべていたのだが、なかなか離れようとしない沙羅先輩の姿に呆れてしまったらしい。


「沙羅先輩」


むくれている沙羅先輩も可愛いのだが、そんな気分のままでいられるのは申し訳ない。

俺は名前を呼んでから頭を撫でてみた


「すみません沙羅先輩、今度はもっとハッキリ断りますから…俺は沙羅先輩以外に声をかけられても嬉しくないです」


頭を撫でながらゆっくり伝えると、沙羅先輩は機嫌を直してくれたのか、しがみつくような感じだったものが寄り添うくらいになってくれた。


「……いや、わかってはいるんだけどあの薩川先輩が…目の前で見ていてもいまだに信じられない。」


速人が、とんでもないものを見てしまったと言わんばかりの表情でこちらを見ている。


「大丈夫、こんなになるとは私も思ってなかったから」


何が大丈夫なんだろうか…


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「はい、あーん」


ぱくっ

もぐもぐ


「ねぇ? もう右手は…いや、なんでもないよ」


夏海先輩の突っ込みが入るかと思ったけど、突然何かを思い出したようにはっとすると、引っ込んでしまった。

今までにないリアクションだったな…


ちなみに速人は相変わらず驚いた表情のまま弁当を食っていた。

これは早く本題を進めるべきだな


「という訳で、真由美さ…沙羅先輩のお母さんからのお誘いで花火大会に行けるんだけど、どうかなって」


「私は大丈夫だよ〜。ちょうど部活も休みだし。男子もそうでしょ?」


「はい、うちも休みです。でも本当に俺も一緒に行っていいんですか?」


速人が遠慮気味にそう聞いてきたのは、夏海先輩よりもむしろ沙羅先輩の方を気にしているのだろう。

俺が沙羅先輩の目を見ると、わかっていると言わんばかりに頷いてくれた。


「…うわ、目で通じ合ってるよこの二人」


夏海先輩の突っ込みはとりあえず無視だ。


「横川さん、私のことなら気にしないで下さい。一成さんがあなたを誘っているのですから、私は全く問題ありませんので。」


「速人、一緒に行こう」


沙羅先輩の微妙な説得と俺の一言を聞いて、速人は嬉しそうに頷いてくれた


「ありがとう、それじゃ一緒に行かせて貰うよ…一成、ありがとう」


繰り返すようにわざわざ俺に礼を言ったのは、恐らく夏海先輩との件でチャンスを貰ったと思ったのかもしれない。

実際のところ友人としてそのくらいの援護はしてやりたいと思うし、悪いが俺も沙羅先輩と二人になりたい以上、夏海先輩を任せたいという打算もあるからな。


「よし、それじゃ決まりね! んふふ〜これは浴衣を出さないとね。高梨くんと横川くんが私に惚れちゃうかも」

「一成さんに限ってはそのようなことはありませんので、困ることにはなりませんよ?」


夏海先輩の冗談に真顔で返す沙羅先輩。

事実とはいえ、さりげないところでむきになる沙羅先輩が可愛い。


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駅前に着くと、速人が既に到着していた。

どうやら普通に私服できたようだ。

沙羅先輩が浴衣とのことなので、俺も浴衣などそれっぽい服で来たかったのだが、それらは実家にしかなく私服で来るしかなかった。


もし速人が浴衣や甚平だったら俺は浮いていただろうな…


「一成さん、お待たせ致しました」

「二人ともお待たせ〜」


沙羅先輩と夏海先輩の声が後ろから聞こえたので振り替える。そこには浴衣を着た沙羅先輩が…


「…………」


言葉を失うというのはこういうことなんだろう。

浴衣姿の沙羅先輩は…本当に、本当に綺麗で。いつもストレートの長い黒髪はアップにされており、可愛い猫柄の巾着を持っている。

そして浴衣姿は…もうダメだ。

俺はこれを綺麗としか言えない自分の語彙力の無さが情けない。どうすればこの沙羅先輩を満足のいく表現で褒めることができるのだろうか。


「…一成さん」


「……………」


「? 高梨くん?」

「おい、一成?」


「……………」


「こりゃダメだ」


俺は見とれるあまり周りの声が耳に入っていなかった。


「あの…一成さん…」


「沙羅先輩…本当に綺麗です。もっと色々言いたいんですけど、言葉が思い付かないんです…」


感動しすぎて、思わずストレートに感想が口をついて出てしまった。俺がそう言うと、沙羅先輩が恥ずかしそうに俯いてもじもじし始めた。



「すみません、でも本当に綺麗で俺は…」


「あ、ありがとうございます。わかりました、一成さんに喜んで頂けたことはわかりましたので、そのくらいで…その、恥ずかしいです…」


真っ赤になった顔でおずおずと俺に近付いてきた沙羅先輩が、真横まで来ると俺の腕で顔を隠すようにぎゅっとしがみついた。


俺はそんな沙羅先輩が可愛くて、夏海先輩に怒られるまで二人で棒立ちになっていたのだった。

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