第123話 沙羅さんのいない生活

沙羅さんが家にこなくなって今日で三日目…

俺はいつからこんなに弱くなってしまったのだろうか。

夜にかかってくる電話だけが心の支えであり、本気で寂しいと感じている自分が情けないと思う…でも寂しいのだからしかたない。


そもそもなぜこうなったかというと…


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「明日から五日ほど、お父さんの実家へ行くことになりまして…」


いつものように夕食を食べ終わり、片付けを終わらせて家に帰った沙羅さんから電話がかかってきた。


忙しい沙羅さんのお父さんが夏休みを取れたらしく、急遽実家に行くという話になってしまったらしい。

お祖父さんとお祖母さんのお墓参りをしてやってくれと言われてしまえば、沙羅さんが断れる訳もなく…


「本当に申し訳ございません…」


電話越しとはいえ、こんなに済まなそうな声色の沙羅さんは始めて聞いたような気がする。


ここで「大丈夫です」と答えるのは簡単だがそれは間違いだ。

そもそも俺がどれだけ沙羅さんにお世話になっているのか考えれば、大丈夫なんて口が割けても言えない。

だから、情けなくとも俺が言うべき言葉は


「わかりました。寂しいですけど、沙羅さんが帰ってきたら褒めて貰えるように頑張ってみます。」


この辺りだろう。


「一成さん…はい、寂しくないように、毎日必ずお電話しますね。それに帰ったらいっぱい褒めていい子いい子して差し上げますから!」


思ったより感動した様子なのはいいんだけど、いい子いい子って…

やはり沙羅さんは、要所要所で俺を子供扱いしているような気がする。


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朝起きて…もうこんな時間か…

朝食は当然ない。

パンを焼いてそれだけが朝食。


とりあえず宿題を…やる気にならない。

掃除洗濯はまだいいか。

何をしようか?


……あれ、俺ってどんな生活してたんだっけ?


そうだ、昼食と晩飯をどうするか考えないと。

さっき朝飯を食べたばかりでもう食事のことを考えるのか?


俺は愕然とした。

なんだこれ…沙羅さんに出会う前の俺はどうやって生活していた?

あの頃の俺は荒んでいたことは覚えている。

でも一人で生活していたはずだ。


今日から暫く一人。

初日にして、俺は沙羅さんにどれだけ依存していたのか痛感してしまった。

これは子供扱いされても当然ではないのか?

自己嫌悪になりそうだ…


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「ははは、成る程な。確かに一成は薩川先輩に甘え過ぎかな。」


暇でやることも思い付かなかったので、速人に電話をしたら遊びに来てくれた。

何気に我が家に男友達がきたのは初めてだ。雄二も来たことないし。


「あぁ、俺は初日でそれを痛感したよ。」


「どちらかと言えば薩川先輩が一成を甘やかし過ぎてるんだけどな。一成は甘えたい方だろうし、そういう意味でもお似合いの二人だと思うぞ。」


やはり周りからはそんな感じで見られているんだな。


「しかし一成があの薩川先輩を落とすなんてまだ信じられないよ。俺なんて初めて会って挨拶したときに、面倒だから話しかけるなって言われたんだぞ?」


あー、それは多分沙羅さんは、速人の外見で嫌悪対象と認識した可能性があるな。

本人には言えないけど。


「薩川先輩はとにかく目立つから、学校全体が認識してるイメージは一成への対応と180度違うし、二学期が始まって二人が付き合ってると広まれば大騒動だろうな。」


確かにその可能性は高い。

沙羅さんは基本的に周りの目を気にしないから、学校でも色々してくれそうなんだけど、それで話が広がる可能性は…


「でも、そうなれば薩川先輩に近付くやつらが減るんじゃないか? 告白しようとするやつもいなくなるだろうし。」


……は? 告白?

俺のポカンとした表情に驚いたのか、速人が

少し呆れ顔になった。


「ひょっとして…気付いてなかったのか? おいおい、薩川さんの人気を知らない訳じゃないだろう? 最近は表情が柔らかくなったこともあって、チャンスと捉えて告白するやつ増えたんだぞ? 何で柔らかくなったのかはさすがにわかるだろうけど。」


それはその…俺とのことがあるからなんだろうけど。

だけど言われてみれば充分にありえることだ。つまり沙羅さんは、俺にそれを感じさせないようにしていたのかもしれない。


(まぁ俺も最近見たばかりだから、増えてるのに気付いたんだけどな)


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「薩川さん、ちょっと話があるんだけど」

「私にはありませんが?」

「薩川さん、話し中にごめんね。ちょっといい?」


凄い場面に出くわしたな。

あれはサッカー部の山河先輩と…もう一人は名前忘れたけど、確かそこそこ人気あるやつだ。


「とりあえず、ちょっとついてきて…」

「おい、俺が先に話をしていたんだから後にしろよ」


あいつら、もう目の前に薩川先輩がいないことに気付いてないのか?

しかし清々しいまでのガン無視だな…


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「薩川さん、話が」


「私にはありませんので、二人で仲良くお話でもどうぞ。」


「少しだけでい…」


「この上なく迷惑だと言えば、まとめてお断りしたことになりますかね?」


「………」

「………」


本題を言う前にまとめて潰されるとか、ある意味面白いな。

まぁ最初に断られた時点で空気が読めてないだろうから自業自得か。


「あら、横川さんこんにちは。」


俺に気付いたようた。

挨拶くらいはしてくれるようになっただけマシだろうな。


「こんにちは、薩川先輩。今から生徒会ですか?」

「ええ、高梨さんのお昼ご飯がありますので。失礼しますね」


そんな嬉しそうな笑顔を見せるから、チャンスがあると勘違いするやつが最近また増えてきてるんだよなぁ…


そしてそこのお二人さん、俺を睨まないでくれませんかね。

俺だってあんたらと大差ないから。


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「まぁ、自分の恋人が学校でどういう立場なのか、しっかり認識しておいた方がいいかもな。」


「そうだな。そういうことも含めて、これからはもう少し視野を広げてみるよ。」


沙羅さんに他の男が言い寄らないように…かぁ。

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