第394話 夢の跡
楽しかったクリスマスパーティーも終わり、遊び疲れて眠たそうにしている未央ちゃん達を全員で見送ってから、俺達は最後の一仕事…夢の跡、もとい、夢の後片付けという本日最後の締めに勤しむ。
もともとの計画より規模が大きくなり過ぎて、その分、片付けもそれなりに大変な作業になってしまったものの、そこは準備同様、助っ人が沢山来てくれたので…正直言って凄く助かっていたり。
ただ…
「片付けは私共で行いますので、皆さんはご休憩なさって下さい」
と言われても、全てを丸投げにするなんて、そんなこと出来る訳がないからな。
「ふふ…」
「…沙羅さん?」
俺とペアで、外回りの飾り付け回収担当になった沙羅さんが、不意にくすりと笑い声を漏らす。
今は特別、何かを話していた訳じゃないので…恐らくパーティーの出来事でも思い出しているんじゃないかとは思うが。
「いえ、今日のパーティーは本当に楽しかったなと思いまして」
「そうですね。俺も本当に楽しかったです」
「はい。私は今まで、こんなに楽しいクリスマスを迎えたことはありませんでしたから」
「はは、それは俺もですかね」
小さい頃は柚葉のワガママでパーティーを開いたこともあったけど、それでもこんな風に沢山の友人達に囲まれて、和気藹々とした楽しい時間を過ごせた経験はやっぱり初めてだから。
それに、何よりも…
「去年は夏海と絵里に誘われて、一応は三人でクリスマスパーティーをしたのですが…こんな風に色々と企画をした訳でもなく、絵里のお家にお呼ばれしただけなので、あまり"クリスマス"という特別感はありませんでしたね。どちらかと言えば、女子会の延長線と言いますか」
「あー、何となく想像がつきますね。夏海先輩が一人で張り切ってるような?」
「ええ。夏海はムードメーカーですから、何だかんだで楽しいパーティーではありました。ですが…」
沙羅さんはそこまで言うと、目の前にある星形の飾り付けを取り外していた手を止め…優しい笑顔で、俺を目を真っ直ぐに見つめる。
「こうして親しい友人達に囲まれて、可愛い未央ちゃん達の笑顔に癒されながら、世界で一番大切な愛しいお方と共に笑い合える、同じ時間を過ごせる。こんなに素敵で最高のクリスマスを迎えられるなんて、私は本当に…」
「それだって俺も同じですよ。皆がいて、未央ちゃん達がいて、隣に沙羅さんがいて…」
もし仮に友人達だけでパーティーを開いたとしても、それはそれで楽しいことに間違いはないだろう。でもここまで楽しくて、幸せで、心が温かくなれたのは…やっぱり沙羅さんが、俺の隣に居てくれたから。
「でも本音を言うと、やっぱり二人きりでクリスマスデートをしたかったって気持ちもありますけどね。なんせ沙羅さんと迎えた初めてのクリスマスですし、だから尚更申し訳ないなって…むぐっ」
「めっ…ですよ? それはもう言わないと約束したではありませんか」
「ふみまへん…」
思わず余計なことを言ってしまった俺の口元を、沙羅さんの綺麗な人差し指がピッと塞ぐ。
しまったな…分かってはいたのに、つい沙羅さんに申し訳ないという気持ちが。
「私は一成さんの判断が正しかったと今でも確信しております。もしあの場で、未央ちゃんを悲しませたままにしてしまったら、きっと…」
「…ですね」
これはあのときにも感じたことだが、もしあのまま未央ちゃんを笑顔に出来なかったら俺達は…優しい沙羅さんは、きっとクリスマス当日のデートも、心のどこかでそれを引き摺ったままだっただろうから。
「それに今回のような判断が出来た一成さんを、私は誇らしいとさえ思えるのです。 目先の楽しみに惑わされることなく、大切なものから目を背けなかった。そんな一成さんだからこそ、私は…」
「沙羅さん…」
一切の迷いも忖度も感じさない、実に堂々とした沙羅さんの語り口調からは、それが揺るぎない本心であることを伺わせるもので…
「それにデートであれば、この先いくらでも出来るではありませんか。クリスマスなどという名目がなくとも、私は一成さんと一緒に居られるだけで、それが無情の喜びであることに変わりはありませんよ?」
「そうですね。俺も…」
"クリスマス"という目先の名目に囚われず…本当に大切なことは、俺と沙羅さんが一緒に居るということ。二人が一緒なら、名目なんて些細な問題であり、それに拘る理由なんかどこにもない。
沙羅さんはそう言ってくれているのであり、それは俺にとっても…
「…おい、見てみろよ、あのお嬢様が」
「…あぁ。婚約したって聞いたときは、余程の訳アリ相手なんだろうって思ったけど」
「…ふふ、あんなに素敵な笑顔で笑えるようになるなんて、やっぱり恋は女を変えるのねぇ」
「…あんたら、余計なことくっちゃべってないでさっさと手を動かしなさい。馬に蹴られても知らないわよ」
「…その前に主任から蹴り飛ばされるわな」
…っと、どうやら注目を集めていたみたいだな。
片付けをしてる最中なのに、肝心の俺達がサボっているのは申し訳ないか。
「沙羅さん」
「はい。今は片付けを終わらせることに集中しましょう」
「ですね」
今はとにかく片付けを終わらせて、早く家に帰るとしよう。いつまでもこうしているのは普通に寒いし、それに…
今日という"特別な一日"は、まだ終わっていないのだから…
……………
……
…
「それではまた、年末のパーティーで会いましょう」
「バイバーイ!!」
車で帰る遠方組の"二人"を全員で見送り、俺達はこのまま、それぞれのルートに別れて帰路につくことになった。
先ず速人は藤堂さんを送る為に自宅とは逆方向へ向かい、俺と沙羅さんは、花子さんを送る為に商店街へ向かういつものコース。
そして夏海先輩は何故か…なんて言ったら無粋だけど…敢えて西川さんの車に乗らなかった雄二が、家までしっかり送っていくとのことで。
「それじゃ、またな」
「あぁ。気をつけてな、雄二」
「まだそんなに遅い時間じゃないし、せっかくだから途中でどこかに寄るのもありなんじゃない?」
「それはそっくりそのままお前にお返しするぞ、速人?」
「あはは…」
俺も人のことは言えないが、やっぱりあの二人も、今日のパーティーだけで"クリスマス・イブ"という特別な一日を終らせる訳にはいかないと思っているんだろうから…その気持ちは実によく分かる、痛いほどに分かるぞ、うん。
「それじゃ夏海さん、俺達は…」
「…むぅ」
「…夏海さん?」
先程から妙に大人しかった夏海先輩が、雄二の問いかけに微妙な反応を示す。何となく雰囲気的に怒っているような…いや、あれはちょっと違うか?
「はぁ…人のことを散々言っておきながら、相変わらず肝心なところで臆病ですね、夏海は」
「ちょっ、沙羅!?」
「別にいいではありませんか。今日はクリスマス・イブなんですから、たまには素直に自分の大切な人と…」
「だぁかぁらぁ、余計なこと言うなっつってんの!!」
今度こそ怒りに似た表情を浮かべ、勢いよく捲し立てる夏海先輩のアレが、もはや照れ隠しにしか見えないことに…気付いてないのは本人だけだろうな。
「全く…本当に素直ではありませんね?」
「あんたに言われたくは…」
「私は家に帰ってから、心行くまで一成さんと仲良くしますが?」
「くっ、開き直りおって…」
「別に開き直ってなどいませんよ。私は何時いかなるときでも、誰憚ることなく一成さんへの愛情を示す主義なだけです。ね、一成さん♪」
「そ、そうですね」
「ふふ…」
沙羅さんは本当にこの言葉の通り、いつでも変わらずひたすらに、俺への愛情を示してくれる人だから。
だから俺も、そんな沙羅さんに…
「…このド級バカップルが」
「すまん一成、フォローできん」
「あれ?」
何故かウンザリといった様子で夏海先輩が俺の顔を眺め、それを見ながら雄二も何やら苦笑を浮かべる。
おかしいな、今のは実に感動できるシーンだと思ったんだけど…俺の心の中では。
「はぁ…何か緊張してた自分がアホらしくなってきたわ」
「え、夏海さん緊張してたんですか?」
「あのねぇ!! 私だってクリスマスの夜に彼氏と二人きりだなんて、そりゃ緊張するに決まって…はっ!?」
思わずと言った様子で本音を披露し、それを嬉しそうにニヤニヤと眺める雄二に気付いた夏海先輩が…何やら複雑な表情のまま、みるみる顔が朱くなっていく。
「いやいや、俺は嬉しいですよ?」
「ぐ、ぐぅぅ…何でそんなに余裕…」
「別に余裕ってことはないですけど、こういうときは俺がリードするべきかなと」
「っ〜〜〜〜〜!!」
ポカリ…というには少し強烈な、照れ隠しの一撃を雄二の腕に放ち、悔しそうに睨み付ける夏海先輩の顔は…残念なことにもう真っ赤っか。
相変わらずこういうところは本当に乙女だな、夏海先輩。
「ふふ…」
「…何よ?」
「いえ、何だかんだと言いながら、夏海も結局は人前で…」
「あんたらと一緒にすんな!! 私らは所構わずイチャついたりしないわ!!」
「夏海先輩、説得力がない」
「なぁ!?」
花子さんがジト目で繰り出した鋭すぎる突っ込みに、夏海先輩は愕然とした表情を浮かべ…
「じゃあ一成、俺達は行くな?」
「あぁ、その、なんだ…気を付けてな?」
「はは…大丈夫だ。一応は慣れてるから」
「そっか…」
まぁ夏海先輩も雄二と二人きりでは、乙女の側面が強く出るようなので…任せておけば大丈夫か。
「ほら夏海さん、行きますよ? それじゃ皆、お疲れ」
「うん、お疲れ様、雄二」
「バイバイ、橘くん!」
「乙」
「夏海のことを宜しくお願いします、橘さん」
「はい」
「…私はバカップルじゃない…私はバカップルじゃ…」
俺達にサッと手を振り、何やらブツブツと呟き続ける夏海先輩を、半ば強引に雄二が引っ張っていく。
どうにもあの様子では、期待通りの展開になるのか怪しい…ま、それも大丈夫か、きっと。
「それじゃあ、俺達も行こうか満里奈さん?」
「うん。ごめんね、いつも…」
「いやいや、寧ろこのくらいは頼って貰えないと、俺も困ると言うか」
「速人くん…えへへ」
速人の言葉に嬉しそうな声を漏らし、照れ臭そうにはにかむ藤堂さん。
こうしてみると、何気に向こうの二人よりもストレートと言うか、案外、人前でも平気でイチャついてるように見えるのは…
「満里奈、送り狼に注意」
「ちょっ!?」
「えっと…速人くん、送り狼って何?」
「えぇ!? いや、それは…」
珍しく大声で焦りを露にする速人もそうだが、流石は生粋の天使・藤堂さん。送り狼をご存じないとは…
「あの、一成さん?」
「はい?」
「送り狼とは何でしょう?」
「えっ…と」
沙羅さん…あなたもですか?
いや、沙羅さんは女神だから、知らなくても別に…じゃなくて!!
「くくっ…」
答えに窮する俺と速人を尻目に、花子さんは実に楽しそうな…あの、何でそんなに楽しそうなんですかね?
こちとら貴女のせいで大ピンチなんですが。
「一成さん?」
「速人くん?」
「えーっと、その…」
「それは…」
取り敢えず今は花子さんのことはさておき…
どう答えればいいんですかね…これ?
………………
………
…
花子さんを自宅に送り届け(結局あの話は有耶無耶に)、沙羅さんと二人きり、クリスマスソングが流れる商店街をゆっくりと歩く。
普段の活気とはまた違う、クリスマスイルミネーションに彩られた、華やかで温かい雰囲気に包まれた通りを二人で歩きながら、何となく、隣にいる沙羅さんに視線を向けると…
「ふふ…一成さん♪」
同じくこちらを見ていた沙羅さんと目が合い、そっと、繋いだ手はそのままに…沙羅さんが少しだけ身体を預けるように、俺の右腕に軽く寄り添い…
「…沙羅さん、寒くないですか?」
「はい。私はこうしていれば、身も心もポカポカですから♪」
「はは、それならいいんですけど」
「一成さんこそ、寒くはありませんか?」
「俺も沙羅さんとこうしてれば、それこそコートが無くても平気なくらいあったかいです」
「でしたらお家に着くまで、このままにさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「勿論です。と言うか、望むところです」
「はい♪」
沙羅さんは嬉しそうに微笑むと、少し控えめだった寄り添いを強め、今度はしっかりと…どこか甘えるように、自分の腕を俺の右腕に深く絡ませる。
それはいつもの沙羅さんより、ちょっぴり大胆な…いや、もちろん俺は嬉しい限りなんですけどね、ええ。
「…クリスマスとは、このような雰囲気だったのですね」
「えっ?」
何となく周囲の様子や、行きかう人達に目を向けていると、ふいに沙羅さんがポツリとそう漏らし…
「私は正直、クリスマスというものに対してこれといった思い入れがありませんでした。もちろん小さい頃は、普通の子供と同じようにプレゼントやケーキを楽しみにしていましたが、特に中学へ入ってからは…大して親しくもない女子グループがしつこく声をかけてきたり、単なるクラスメイトでしかない男女グループから馴れ馴れしい誘いを受けたりと、面倒なことこの上ない一日という印象しかありませんでしたから」
「はは…普段から全く接点のない沙羅さんをいきなり連れ出しても、それこそ接し方とか色々と困るだけだと思うんですけどね」
もっとも沙羅さんの性格をロクに知らないからこそ、安易に連れ出せばいいと短絡的に考えてしまうんだろうけど…その先がどうなるのかなんて全く考えていないから、後先を考えずに誘える訳で。
「ええ。まぁそれでも私を誘うからには、それなりの理由があったのでしょうけど…特に男子が何を考えているのか丸分かりだったので、本気で気持ち悪かったという記憶しかありませんし」
「あ、あはは…」
俺も一応の男子として、沙羅さんを誘いたかった連中の気持ちは分からないでもないが…でもクラスメイトとして普段から沙羅さんを見ていれば、その辺りの機敏というか、どう思われるかなんて分からないものかね?
「話を戻しますが、とにかく私はクリスマスというものに思い入れが無かったので、こうして街中を歩いていても周囲の様子を気にすることなどありませんでした。何が楽しいのか全く理解出来ない、本当にどうでもいい他人事でしたから…でも」
沙羅さんはそこまで言うと、今度は俺の腕に回した自分の腕を少しだけずらし、正面に回んでから、じっと俺の目を見つめ…
「こうして、誰よりも何よりも大切で、心から愛おしいと思えるお方が…一成さんが側にいて下さるだけで、私の世界は全てが彩られたと言いますか…見えているようで見えていなかった世界に気付けたことが、何だか自分でも面白くて」
「…そうですね。俺もその気持ちはよく分かります。自分の心持ち一つで、同じ世界なのに全くの別物に感じられるって言うか…」
沙羅さんと出会う前の俺がそうであったように、心にゆとりがないときほど視野が狭くなる。考え方が意固地になる。だから逆に、心持ちが少し変わっただけで、物の見え方や感じ方がガラリと変わってしまうのは…人とは本当に単純なものだな、と。
「はい。なので私は、今こうして目の前にある景色や雰囲気が暖かいと感じられるようになった自分が、とても感慨深く思えまして…改めて一成さんには、もう感謝の言葉もございません」
「沙羅さん、それはお互い様なんですから言いっこなしですよ?」
「ふふ…そうでしたね♪」
俺と沙羅さんはお互いにお互いを助け合った相互関係である以上、これについての感謝もお互い様であると二人で話し合ったことがある。
だから心の中で感謝の気持ちを持ち続けることはあっても、それを改めて言う必要はないと決めているので…
「あ…」
「…終わっちゃいましたね」
話をしながら歩いていたのであっと言う間に感じてしまったが、ここはもう商店街の端…目の前には駅があり、ここからは本当にいつも通りの道が続くだけ、クリスマスムードも何もない。
さて、これからどうしようか…デートの代わりとまではいかなくても、せめてもうちょっと、何か。
「一成さん、公園へ寄っていきませんか?」
「え?」
俺と同じことを考えてくれたのか、唐突に沙羅さんがそう提案してくる。
公園って、いつもの"あそこ"だよな?
「特に何かあるという訳ではありませんが、お家に帰るまでもう少し…一成さんと、こうしていたいなと思いまして」
「…俺もそう思ってました。もうちょっと何か、沙羅さんと…」
「はい♪」
「ははっ」
こんなところまで沙羅さんと同じことを考えていたんだと思えは、それが何だか嬉しくて、思わず笑いが込み上げてしまう。
それに…
「アレ」を渡すには、ちょうどいい機会なんじゃないかな…って。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
毎度のことながら長くなってしまったので、キリがいいから一旦ここで切ります。次回こそ本当にラストです。
残りも八割方書けてますので、来週には終わる・・・と思います。
ちなみに桜ちゃんのモデルですが、昔ゲームセンターのアルバイトをやっていたときに、メダルコーナーにいた小学一年生くらいの女の子から「ちょっとお兄さん」と呼び止められた経験があって、あまりのインパクトの強さに今回ちょっとイメージしてみたという裏話です。
ではまた次回に~
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