第241話 生徒総会 閉会

俺の名前が呼ばれた瞬間

壇上に出た俺の耳に聞こえてきたのは、主に一部の男子生徒達の小さな…そして確かなざわめきだった。


何だろうか?

俺のことを知らないという意味なら勿論わかる。役員付きじゃない、正確にはお手伝いという立場に近かった俺だ。地味だったのは間違いない。

でも、そういう感じでは無さそうな…


「か…コホン、高梨一成さん、ここにお立ち下さい。」


思わずいつも通りに俺の名前を呼ぼうとした沙羅さんが、慌てて訂正した。

実は直前の打ち合わせで、会…上坂…呼び難いから元会長としておこう…その元会長から、総会中、特に壇上では、生徒会長、副会長の立場として公私混同しないようにと釘を刺されていた。つまりイチャつくなという意味だが、それを言われた沙羅さんが不機嫌になったのも、「そんなことは言われなくても分かっている」と言いたかったのだろう…多分。


そして沙羅さんが指定した場所は、自身の立つ教壇…つまり沙羅さんの隣だ。

俺はそのまま立ち止まらず、指定された沙羅さんの真横へ立つと、気合いを入れて正面を見……


…ヤバい…身体が震える…なんだこの光景は…


全校生徒の前に立つ。

それは最初から分かっていたこと。頭では分かっていたんだ、気合いも入れた、励まされた…でも…


これだけの人数から注目されるということの意味を俺は理解していなかった。

どこを見ても視線、視線、視線…興味深そうに…奇異な物を見るように…見世物を見るように…。


こうして体験してみて初めてわかる。沙羅さんは、今までずっとこんな視線に晒されていたということ。こんな状況で、それでも堂々としていたということ。


そこまで考えた俺は、先程までの様子が頭に浮かんだ。不意に思いついてしまったんだ。もう一人の自分を演じる沙羅さんの「アレ」は、もしかしてこういう状況を乗り越えていく役割もあったのではないだろうか…と。

今の俺は、単に興味本意で注目されているだけだろう。でも沙羅さんは違う。人気があると言えば聞こえはいいが、その分様々な思いの注目を集める。特に男達からは、沙羅さんが最も嫌う視線を向けられることも多い筈だ。


誰にも頼らず、支えも求めず、高みを目指す孤高の仮面。その存在は、それ以外にも理由があったのかもしれない…何となくだけど、このとき俺はそう思ったのだ。

そして今…

俺は先程までの緊張感とは全く違う「何か」に焦り、頭の中が真っ白になってしまった。こんな状態では、俺は…


きゅ……


!?


教壇の下、誰からも見えない位置で、沙羅さんからそっと伸ばされた手が俺の手と繋がる。掌から伝わる優しい気持ち、愛しい気持ち、暖かな心…大丈夫だと、自分が側にいると、沙羅さんからの気持ちが伝わってくるかのようだった。

沙羅さんは変わらず真正面を向いたまま、眉ひとつ動かしてはいない。でも掌を伝わってくる暖かさが、優しさが、俺に確かな力をくれる。


もう一度気合いを入れろ、先人が言っていた言葉があったじゃないか。

「みんな、じゃ○いも」だ。


俺は自分が大丈夫だと自覚できたことで、改めて前を向く。もう怯むことはない、視線も怖くない、沙羅さんが隣に居てくれるから。繋がれた手から伝わる優しさが、俺に際限のない勇気をくれるから。

繋いだ手に少しだけ力を込めると、それを感じたであろう沙羅さんが、俺が立ち直ったことをわかってくれたようだ。


「それでは、新体制となる生徒会役員の紹介に移らせて頂きます。紹介の後に、承認して頂ける方は拍手をお願い致します。」


沙羅さんからの宣言があり、まずは副会長となる俺の紹介が始まる。無事に承認を受けることが出来れば、沙羅さんから正式に任命された後に、簡単にではあるが俺が就任挨拶をする…という流れだ。


「高梨一成さんは、一学期の途中から特別枠として生徒会役員になって頂きました。体育祭では、元会長の上坂さんと放送席で解説をして頂いたこともありますので、ご存知の方も多いと思います。役職はありませんでしたが、私の専属補佐として、様々な活動、作業を支えて下さった方です。」


ここから沙羅さんの力説が始まった。俺が如何に自分を支えてくれたのか、手伝ってくれたのか、補助をしてくれたのか…あまりのベタ褒めに、聞いている俺の方が照れてしまうくらいだ。


だけど、それを聞いている生徒達の一部からざわめきが生まれていることにも気付いた。沙羅さんに注目が集まっているので、このざわめきも沙羅さんの発言に関することだとは思うのだが…


「私は勿論、元会長である上坂さんからも是非にと就任をお願いさせて頂きました。私が生徒会長として活動をするに当たり、補佐をして頂く副会長職にこれ以上ないくらい相応しい方です。是非、承認をお願い致します。」


全て言い切ったと言わんばかりに、満足げな表情で俺の紹介を終えた沙羅さん。

後はどうなるのか…


パチパチパチパチ!!


ありがたいことに、直ぐに拍手が聞こえてくる。思ったよりは多いようで、生徒席を見ると拍手をしてくれている人達の姿が散見された。主には俺のクラスと…女子が多いようだ。こちらは夏海先輩や速人のファンクラブではないかと思う。


そして一人の生徒が拍手をしながら突然立ち上がったのが見えた。


あれは速人だ…


そしてそれに続き、夏海先輩…


するとそれに追随するかのように立ち上がる生徒(主に女子)が増え…あそこは、ウチのクラスだ…どんどん広がっていき…


そして全体から拍手が上がり始めた。

これが俺への拍手なのか、力説してくれた沙羅さんへの拍手なのか俺にはわからない。でも、この拍手は俺を副会長として認めるという拍手に違いはない。


繋いだ手に少しだけ力がこもる。この光景を嬉しいと思っているのは俺だけではない、沙羅さんも喜んでくれているのだ。


速人がこっそりと俺にサムズアップで合図をくれる。

本当にイケメンだな、あいつは…


沙羅さんは拍手が落ち着くのを待って、再びマイクに向かう。承認を受けたことの宣言をする為だ。


「ありがとうございます。皆さんからの拍手をもって、高梨一成さんは生徒会副会長として承認されました。それではこれより、就任挨拶となります。」


今度は沙羅さんが横にずれ、俺が中央に移動する。だけど沙羅さんは手を離そうとしない。横目でちらりと見ると、うっすらといたずらっぽい表情を見せていた。これは近くにいる俺じゃないとわからないくらいだろう。でもそのお陰で、俺は挨拶も緊張せずにできるんだ。

正面を見据え、マイクに向かう。

今はまだ足りなくても、沙羅さんの隣に立つ者として、このくらいは簡単に乗り越えるような男になる。これはその第一歩だ。


「改めまして、生徒会副会長となりました、高梨一成です。精一杯頑張りますので、宜しくお願いします。本来であればこの場で目標や心意気などをお話しするべきなのかもしれませんが、私からお話ししておきたいことは一つです。」


上部だけの目標や、その場凌ぎの心意気などを伝えることは最初から考えていなかった。俺は副会長として、沙羅さんを支える者として、本当に必要なことだけを訴える。


俺が言いたいことは只一つ!!


「私の役目は、会長の補佐、代理などが主です。それは言わずとも全力で取り組みます。ですが、やはり最後に必要となるのは皆さんの協力なんです。何故なら、私達がどれだけ計画をして、どれだけ準備をしても、実際に行動をするのは皆さんだからです。皆さんの行動と協力があって、それが会長の…私達執行部の活動の結果に繋がるのです。一人一人の力が、私達の、そして会長の力になるんです。ですから皆さん、私達と、皆さんの力で生徒会を…そして会長を盛り立てていきましょう!!! そ…」


パチパチパチパチ!!!!!!


切るタイミングが悪かったようで、俺は最後まで話すことが出来なかったけど…それでもいい。

先程のように、小さな拍手から波紋の如く広がっていく波ではない。最初から押し寄せる波のように、沙羅さんのときのように、皆が率先して拍手をしてくれている。それがハッキリとわかる。


これは俺を認めたというよりは、言ったことに賛同してくれた意味合いが強いだろう。でもそれでもいい。どちらにしても、本当に認めて貰うのはこれからなんだから。俺が沙羅さんの為に動くことで、結果的にそれは会長の為ということになり、延いては生徒会の為となる。その結果今後本当に認めて貰えるのであれば、俺としては願ったり叶ったりだ。両立できるのであれば、それこそ望むところだと俺は考えているのだから…


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挨拶を終えた俺が席に着くと、続いて新しく役員に加わるメンバーの紹介となる。

沙羅さんに名前を呼ばれて、花子さんと藤堂さんの二人が登場となった。

W天使の降臨で、生徒席から明らかに気色の違うどよめきが起きはしたが、こちらは全く問題なかった。


先に承認を受けた花子さんは、いつも通りな感じ淡々と自己紹介を行っていたのだが、全く物怖じしないその様子を頼もしいと感じて貰えたのか、外見とのギャップが功を奏したのか、問題なく受け入れられたようだった。


その逆に藤堂さんの方は、緊張があまりにも凄かったみたいで、終始焦り気味だった。


「と、と、と、藤堂満里奈です!! 宜しくお願いしましゅ!!」


と最後に噛んでしまい、涙目になってしまったのはご愛敬。でもあれのお陰で、一部からは声援が出るという面白い(?)状況になり、最後は力強い拍手を貰う結果になったようだ。


…………


こうして無事に新体制が発足し、俺達の主導のもと、引き続き総会は次の議題へ移っていく。


この先に企画されている行事、予算などの報告、前もって準備していた議題を上げて、必要なことは承認を求める。

でもその様子は、前に元会長から話を聞いていた通りお世辞にも議論と呼べるようなものではなかった。多少意見を出す生徒もいたが、基本的には右から左へ流すような、文字通りの「報告会」に近いものだった。


ただ、これについては残念だと思う反面、気持ちがわからない訳でもないのだ。執行部の仕事に興味を示さない生徒も多いし、この場で自分から立ち上がり、注目を集めてまで意見を言う気概のある生徒などそうそういる訳ではない。

そもそも、こちらが発案すれば協力してくれるという形式が成り立ってしまっているので、これ以上を求めるのであれば、やはり生徒側の意識をもっと変える必要があるだろう。


「以上で、生徒総会の議題は全て終了しました。最後に、何か質問、意見があるようでしたら挙手をどうぞ。」


最後の報告が終わり、意見等か出ないことを確認した沙羅さんが、締めの言葉を口にした。熱い討論会のような気色を期待した訳ではないが、終わってみれば案外あっさりだったというのが率直な感想である。


「では、これで今年度の生徒総会を終了します。」


沙羅さんが高らかに宣言を行い、こうして無事に生徒総会は閉会を迎えたのだった。


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「おつかれ!」

「終わったぁぁぁぁ」

「あー緊張した!!」


舞台袖に引っ込むと同時に、皆が自分の中に張り詰めていた物を解放するかのように崩れ落ちた。

かく言う俺も、突然緊張の糸が切れたかのように、どっと疲れが押し寄せてくる。

それでも倒れなかったのは…もちろん俺の身体を支えてくれる存在のお陰だ。


沙羅さんだって精神的に疲れているだろうに、それでも俺を支えることを優先してくれていた。袖に下がった俺を、すぐに抱き止めてくれたのだ。


「一成さん…お疲れ様でした。本当に、素晴らしい就任挨拶でしたよ。」


「いや、俺は沙羅さんがいなかったら絶対に…」


「いいえ、過程がどうであれ、最終的に行動するのは自身の力しかありません。一成さんが勇気を持ち、行動に移せたということが大事なんです。」


沙羅さんはどこまでも俺に甘い。俺からすれば、沙羅さんがあの場で手を繋いでくれたからこそ、勇気を奮い立たせることができた。しっかり動くことができたと思っている。でも沙羅さんは、そんな俺でも褒めてくれるのだ。


「陰になってたから気付かれなかっただろうけど、舞台上で手を握るとは思わなかった。」


どうやら花子さんは見えていたらしい。

確かに、角度的には舞台袖から見えていただろう。ということは、藤堂さんも見ていた筈だ。俺が何となく目を向けると、ちょうどこちらを向いた藤堂さんは、苦笑を浮かべていた。


「あはは、実は私、それどころじゃなくて…」


確かに、緊張でガチガチになったあの姿を見たら、それどころではなかったのかもしれないな。


「いいではありませんか。私が一成さんを支えることは、妻が旦那様を支えることと同じですよ。ね、あなた?」


「そ、そうで…そうだな、沙羅」


うう、そろそろ慣れなければと思うのだが、どうしても照れ臭さが先行してしまう。

というか、沙羅さんが段々と場所を選ばなくなってきたのだが…


「…つ、遂に薩川さんが奥さんみたいになってきた…」

「…い、いや、高梨くんも呼び捨てで返したからね…」

「「……………」」

「…この二人は暫く放っとくか。」


「と言うか、一成の挨拶の内容が、何気に全部嫁の為になっててお姉ちゃんは複雑。」


花子さんがそう感じたのは当然だろう。俺は意図的に、沙羅さんに協力をするよう強調した内容にしたのだから。


「でも、薩川さんの就任演説直後で、会場内が新生徒会長を盛り立てようという空気感だったから、タイミング的に上手かったと思うよ。狙った…訳ではないよね?」


元会長がフォローしてくれたが、もちろん俺にはそんな打算的な狙いなんて全く無い。と言うより、そんな余裕がある訳がない。「お前らが丸投げしたから、沙羅さんが引き受けるしかなかったんだよ。せめて沙羅さんに協力くらいしろ」と言いたかっただけである。


「どうしても言いたかったんです。沙羅さんが生徒会長という一番大変な役割をやる以上、せめて全員協力しろと言いたかった…挨拶としては正しくないって自分でもわかってました。でも俺は…」


ぎゅ…


話を聞いていた沙羅さんが、俺を抱きしめる力を強くする。もちろんその行動の意味はわかるつもりだ。それ以上言わないで欲しい、沙羅さんはそう言っているのだ。


「一成さん、私は、あなたさえ側にいて下さればそれだけいいんです。それだけで、私は何だって乗り越えられます。どこまでも頑張れます。愛しいあなたと二人なら、何だって…」


俺に言い聞かせるように…

ゆっくりと丁寧に…

優しく抱きしめ、頭を撫でながら、俺に…


「俺も頑張ります。実を言うと、副会長という立場なんて、俺からすれば利便性のある肩書きみたいなもんなんですよ。だって、その肩書きのお陰で、俺は堂々と沙羅さんと一緒に居れるし、堂々と手伝えますから。」


ぶっちゃけて言ってしまえばこんなものだ。

挨拶で偉そうな言い方をしたところで、俺の本音はこれに尽きる。


「もう、一成さんったら。私は嬉しいですけど、それは人前で言ったら…めっ、ですよ?」


俺のおでこを指でつついて、全く怒るつもりのない注意を口にする沙羅さん。喜んでくれているので、また直ぐに俺を抱きしめてくる。


「すみません、でも本音で…むぐっ」


「私は、めってしましたのに…一成さんが言うことを聞いてくれません。これはお仕置きですね」


注意されても俺が止めなかったことで、沙羅さんは強制的に口を塞ぐ必殺技を繰り出した。これが本当にお仕置きだと思っているのかわからないが、俺にはご褒美以外の何物でもない訳で。


……と言うか、何かを忘れているような?


「…ねぇ誰か何とかしてくれない?」

「…あの二人、どこまでイチャつけるんだろうね…」

「…絶対に私達がいること忘れてるよ…」

「…俺がさっき舞台で見た薩川さんは幻…幻…」


「花子さん…」


「はぁ、世話の焼ける……一成、いい加減に離れて、次はお姉ちゃんにしなさい」


「そっち!?」


結局この後、花子さんに注意された俺は(何故か俺だけ)、ごめんなさいを言って、沙羅さんに許して貰えることになった。

そして、何故か白けたように皆から副会長と役職で呼ばれ、片付け作業でこき使われることになるのだった…


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


補足です。

一成の挨拶は完全なその場でのアドリブではありません。最初からアレを言うつもりで、大半は暗記です。

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