第252話 浴衣

 沙羅さんからの強力な萌え攻撃で瀕死になりかけたが、周囲からの白い目と自分自身の気合いで何とか持ち直すことができた。

 これ以上考えるのは色々とヤバそうなので、少し他のことを考えた方が良さそうだとは思うが…サイズの話しはともかくとして、どうしても浴衣のことを考えてしまう。


 何故なら、浴衣を着た沙羅さんは、俺にとって掛け替えのない大切な思い出の姿だから。

 俺はあの日、沙羅さんの美しさに目を奪われて文字通り言葉を失うほどの衝撃を受けた。今でもあの感動は鮮明に覚えているし、そんな沙羅さんの姿に押されて、告白する気持ちが一気に高まったことも事実だと自分でも思っているから。

 だからこそ、どうしても思い入れが強くなってしまうのだ。


「……ーい」


 そして、俺が告白をしたときの、沙羅さんが心から幸せそうな笑顔。目端に宝石のような涙を湛えた透き通る綺麗な瞳、普段と違うアップの髪形もとても似合っていて…


「一成さん!」


「!?」


 強く名前を呼ばれたことにハッとして我に返ると、いつの間にか沙羅さんが目前に迫っている状況だった。俺の目をじっと覗き込みながら、どこか照れ臭そうな様子にドキっとしてしまった。こんなに接近されるまで気付かないほど、自分の世界に入り込んでいたということか。


「一成さん、どうかなさいましたか? その…お顔が…」


「ダメダメ薩川さん。鼻の下を伸ばして、何を良からぬことを考えてたのかって聞かなきゃ。」


「そ、そこまでは思っておりません。ですが、何か嬉しいことでも…」


 先程の会話の流れもあったので、まだその辺りのことを想像しているのかと思われているのかもしれない。このまま何も言わないでムッツリと思われても困るので、違うということを正直に伝えた方がいいだろう。


「沙羅さんの浴衣姿を思い出していたんです。あのときの沙羅さんは本当に綺麗で…俺は、世界で一番浴衣が似合う人は沙羅さんだって思ってます。あんなに浴衣が似合う女性なんて他にいないって、絶対に沙羅さんが一番です。もちろん普段の沙羅さんだって誰よりも素敵で…んむっ!」


 ぎゅ…


 顔が真っ赤になった沙羅さんが接近してきたと思ったときには、もうそのまま頭に腕を回されて勢いよく抱きよせられてしまった。そのまま定位置へ押し込まれて、問答無用で強制的に俺の口を塞ぐ沙羅さんの必殺技だ。つまりそこまでにして欲しいと、そういう意味なんだろう。

 俺は沙羅さんの浴衣姿が、如何に素敵で綺麗だったかを言おうとしただけだけのつもりだったのだが、話をしている内に夢中になってしまったらしい。またしても自分の世界へ入ってしまったようだが、でもこれは仕方ないと自分でも思う。あの時の沙羅さんを見た衝撃はそれ程に大きくて、一生忘れられないことだから。


「もう…めってしましたのに…いじわるな一成さんにはお仕置きです。」


「むぐ…」


「褒めて頂けるのはもちろん嬉しいのですが、そこまで言われてしまいますと私も恥ずかしいです…先程もずっと私の…を見ていましたし…今日の一成さんはいじわるです…」


 決してそんなつもりはなかったのだが、結果的にかなり恥ずかしい思いをさせてしまったらしい。褒めたのはともかく、先程のあれは確かに俺が悪いとは思うけど…ただ、言い訳をさせて貰えるならば、俺も男な訳で…


「反省しましたか?」


コクリ


「はい、いい子ですね♪」


なでなで…


 俺が素直に頷くと機嫌を直してくれたようで(微塵も怒ってなどいないはずだ)、抱きしめる力を弱めてから、今度は頭をゆっくりと撫でてくれた。気持ち的に落ち着いてくれたようで良かった。


「…何してるのこの二人…?」

「…お仕置きって…これが?」

「…いや…相変わらず凄い感覚だね…」

「「………………」」


「一成さんがそこまで気に入って下さったなら、お家でも浴衣を着ましょうか?」


「えっ!? いや…」


「薩川さんでも冗談を言うんだねぇ」

「だねぇ。当たり前だけど、それでも新鮮…」


「え? 私は冗談など言っておりませんが?」


「「 …………… 」」


 ちなみに俺は、これが冗談ではなく本気で言っていることに最初から気付いていた。沙羅さんも冗談を言わない訳ではないが、俺が喜ぶと判断したら、冗談っぽく聞こえることでも本気で考えてくれるからだ。

 だからここで俺がお願いをしようものなら、本気で家でも浴衣を着てくれるのは間違いないだろう。


「その、俺にとって、沙羅さんの浴衣姿は特別なんです。だから、特別なときに着て欲しいです。」


「畏まりました。一成さんが褒めて下さるのなら、今後も機会があれば積極的に浴衣を着ることに致しますね。」


 沙羅さんもそれで納得してくれたようで、俺の身体をゆっくりと離してくれた。少し名残惜しそうではあったが、あのままでは話し辛いので仕方ないと俺も思う。正直に言うと、短時間だったこともあって少しだけ残念だと思ってしまったのだが。


「はぁ…相変わらずだねぇ」

「私は流石に慣れたよ…ところで浴衣の話で思い出したけど、そろそろ祭りがなかったっけ?」

「あぁ、そこの神社の祭りなら来月かな?」


 俺はこの辺りが元々の地元という訳では無いので、そういう情報は本当にありがたい。神社の秋祭りなど、正におあつらえ向きなイベントだ。

 ちなみに、近所と言っても幸枝さんの住んでいる神社は祭りをやらないと聞いているので、それ以外でどこか近辺にある神社の話なんだろう。


「そう言えばもうそんな時期なんですね。去年は夏海と絵里に誘われて三人で行きましたが…」


「それ、ナンパが凄かったんじゃない?」


「だよねぇ。薩川さんだけでも凄そうなのに、西川さんと夏海ちゃんまでいたらナンパ目的のバカ共で騒ぎになりそう。」


 沙羅さんは当然として、ポンコツではない普段の西川さんも見るからに美人のお嬢様であり、夏海先輩は言わずと知れた同性にまで人気のあるスタイリッシュ美人だ。そんな三人が揃っていて、しかも男がいないとなれば、凄いことになるのは想像に難くない。


「いえ、大丈夫でしたよ。絵里がいましたから。」


「え? 西川さんがいると大丈夫なの?」


「西川さんが追い払ったってこと?」


「いえ、絵里の周囲には…その、色々と」


 沙羅さんは少し言葉を濁しているが、西川さんから連想される可能性としては、例えばボディーガード…SPみたいなのが付いていたりするのではないだろうか?

 普段の付き合いでそういう存在は見たことがないが、山崎と決着をつけた会場ではスタッフに紛れて配置されていたことは知っている。であれば、陰でこっそり動いてそういうことに対処しても不思議はないと思う。


 それはともかく、せっかく祭りがあるということが分かったのだから、今俺の取るべき行動はただ一つだ。


「沙羅さん、今年のその祭りは、俺と一緒に…」


「はい♪ 早速、新しい浴衣を着る機会がありそうですね。」


 俺が言い切るよりも早く、沙羅さんは笑顔で頷いてくれた。俺がいきなり誘うことなど、とっくに予想していたのかもしれない。

 とは言えこれでまた一つ楽しみが増えたことになる訳で、しかも新しい浴衣を着た沙羅さんが見れる…本当に楽しみだ。


「お疲れ様です~」


 ちょうど話が途切れたところで生徒会室に入ってきたのは、W天使の片割れでもある藤堂さんだった。ちなみに俺のお姉ちゃんを名乗る天使の片割れは、先程受けたショックからまだ立ち直れていないようだ。


「藤堂さんお疲れ様~」

「お疲れ~」

「お疲れ様で~す」


「お疲れ様、藤堂さん。」


「うん、お疲れ様。ねぇ高梨くんのクラスで大騒ぎが起きなかった?」


「えっ!?」


「ん? 一年生の方で何かあったのかい?」


 藤堂さんの大騒ぎという言葉に対して、即座に反応したのは元会長・上坂さんだった。先程まで完全に傍観していた筈なのに、いきなりそこだけ反応するのは元会長として条件反射的な何かだったりするのだろうか?


 そして俺のクラスで何かあったかという話だが、寧ろあり過ぎたというか…

藤堂さんの言っていることは、間違いなくアレのことだろう。やはりあそこまでの大騒ぎになれば、他のクラスに聞こえていても当然だと思う。


「どこかのクラスで、凄い叫び声とか悲鳴みたいな声が聞こえてたんですよ。さっき横川くんとお話をしてたら、それは隣の高梨くんの教室みたいだったって言ってたから…」


 速人は隣のクラスなので、あれだけの騒ぎになれば間違いなく聞こえていただろう。藤堂さんのクラスまで聞こえていたという事は、ひょっとして同じ階にある一年の教室は全部聞こえていたのではないだろうか?


「あー、それは…」


「それは私の母が、一成さんにご迷惑をお掛けしてしまったことでしょうか? もしくは…」


「薩川先輩のお母さん?」


「え、何々? 薩川さんのお母さんが高梨くんに迷惑って…」

「ひょっとしてクラスに突撃しちゃったとか?」


「いえ、その、一成さんの母と偽って、父母参観に出てしまいまして。」


「「「 えええ!? 」」」


 流石にこの話しは衝撃だったのか、会話に参加していない男性陣まで驚きの声をあげていた。将来義理の母になるからという理屈だったとはいえ、流石に今回はやり過ぎだと俺でも思うのだ。まして他人が聞いたら尚更驚くだろう。


「まさかの突撃以上な出来事。」

「それ先生にバレたら怒られるんじゃない?」

「高梨くん、大丈夫だったの?」


「取りあえず大丈夫だったみたいです。特に何事もなく授業は終わったんで。」


「そうなの? あれ? でもそうなると騒ぎの原因は…」


「それはもちろん、別の問題が起きたから。」


「別の問題?」


 いつの間にか立ち直っていた花子さんが、定位置でもある俺の左隣へ戻ってきていた。花子さんの発言を聞いた全員の視線は、当然の如く「早く説明を」と言わんばかりに俺へ向いたが、花子さんはそれを気にせずそのまま話を続けてしまった。


「一成と嫁が、婚約者だって公表した。」


「「「 !!!!!!!! 」」」


 全員が声にならない驚きを見せたが、それも一瞬のことだった。急にお互い目配せを始めたと思うと、何か意味深に合図を交わしてから一斉にコクリと頷いた。

 今のリアクションはいったい…


「…いよいよ来たね…」

「…さて、どうなることやら…」

「…動きがあるのは月曜日からかなぁ」


 まるで来るべき時が来たとばかりに、役員同士で声を掛け合って何かを確認している ようだ。特に上坂さんは真剣な表情で少し考え込むと、そのまま花子さんと向き合った。


「花崎さん、教室の方は…」


「私に任せて…」


 今の会話で話が通じてしまったらしい。一応話の流れからして、俺達の関係が公表されたことに対する何かしらのやり取りが行われていることは間違いないだろう。


 こんな意味深なやり取りを見せられてしまうと微妙に不安を覚えてしまう。

 もし今日のことで何かあるとすれば、明日は日曜日だからいいとして、月曜日以降に動きがあっても不思議はない。俺も一応気を付けた方が良さそうだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


すみません、本当はお店移動まで書きたかったのですが、ここで切らせて頂きます。

忙しいこともあるのですが、なかなか思うように書けなくなってしまいました。

こんな状態で明日明後日と更に忙しくなるので、全く余裕がない可能性が高いです。次の更新は早くても来週中頃までかかるかもしれません。

ごめんなさい…


コメント返しも、今回はお休みさせてください・・・

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