第357話 サンタさん
色々と騒がしかった毎日を乗り越え、何だかんだでもう週末。
クラスの方はそれなりに落ち着きを取り戻しているものの、やはり登下校や廊下など、移動中はまだまだ注目を集めてしまうようで…
まぁ、あれだけの大騒動を起こしてしまったのだから、それも仕方ないと言えるのかもしれないが。
「んじゃね〜」
「バイバ〜イ!!」
「カラオケ寄ってこうぜ!」
「わりぃ、今日は先約」
今日は土曜日なので、学校は半日で終わり。待ちに待ったこの瞬間を、クラスの連中は大騒ぎしながら、直帰組、部活組、寄り道組と、それぞれに分かれていく。
そして…
「花崎さん!!」
「ほらほら、時間は有限だよぉぉ!!」
「はぁ…分かった、分かった」
あまり乗り気では無い空気を漂わせつつ、カバンを手に取り、ゆっくりと席を立つ花子さん。何となく俺に、救いを求めているような気がしないでもないが…
残念ながら、俺もこの後予定があるのですよ。
「一成、お姉ちゃんは行ってくる」
「あいよ。せっかくの機会なんだから、少しくらいは楽しんできてくれ」
「一応、善処はする」
このあと花子さんは、クラスの女性陣が開催する重要会議(女子会)へ出席する為、駅前にあるJK御用達のカラオケ屋へ強制連行…もとい、連れ立って行くとのこと。
ちなみに、これはあくまでも女子会であり、合コンでないことは確認済みだ。
「気になるなら、高梨くんも来ればいいのにぃ」
「そうそう、高梨くんならアタシら大歓迎だよ!! …むふふぅ」
「謹んでご遠慮致します」
恋愛乙女の魔窟と化した会場に、ノコノコと俺(生贄)が行ったらどうなるか…その結果は分かりきっているのに、わざわざ自分から飛び込むほど物好きじゃない。
「んじゃ、俺は…」
「一成さん、お迎えに上がりました」
ちょうど俺が席を立ったタイミングで声が掛かり、開きっ放しだった教室の入口に姿を現したのは、正門で待ち合わせをしていた筈の…
「沙羅さん?」
性別問わず、見る者全ての視線を引き付ける女神の如き微笑み。それを俺だけに向け、他は無視して一直線にこちらへ歩いてくる。
沙羅さんがこの教室に来ること自体珍しいんだが、急にどうしたんだろう?
「さ、薩川先輩が来たぁぁぁ!!」
「ね、左手!! 左手見てみ!?」
「ぉぉぉぉぉぉ、やっぱり指輪してるぅぅぅぅ!!」
「あれが、高梨くんが贈った婚約指輪!?」
「…ぁぁぁぁ…あれ見ちまうと、現実を思い知らされるぅぅぅ」
「…薩川先輩と結婚って、勝ち組なんてもんじゃねーよなぁ」
「…あんな超絶美人が、毎日尽くしてくれるんだぜ? 高梨はもう死んでも悔いはねーだろ」
「さ、沙羅さん、どうしたんですか?」
一気に騒がしくなった教室内の雰囲気に焦りを覚えつつ、覚悟を決めて沙羅さんに話し掛ける。たったそれだけのことなのに、何故か喧騒が一際大きく…
「ふふ…特に理由がある訳ではないのですが、何となく、一成さんをお迎えに上がりたくなりまして。…ご迷惑でしたでしょうか?」
「いやいや、そんなことはないですよ?」
俺が沙羅さんの行動を迷惑に感じるなんて、それこそ天地が引っくり返ろうと有り得ない話だぞ。
「嫁…無闇にここへ来ない方がいい」
「何故でしょうか?」
「このクラスはともかく、他のクラスはまだ落ち着いてない。廊下…」
「廊下?」
淡々とした口調の花子さんが指し示す先を、目で追うように確認してみると…教室の入口付近には、謎の人集りがわんさかと!!
いつの間に!?
「…なるほど。少し軽率でしたか」
「今この学校で一番の関心は、間違いなく一成と嫁の話。特に嫁が動けば、それだけで注目を集める」
「ふぅ…そうでしょうね」
沙羅さんは小さな溜息をつくと、机に掛けられていた俺のカバンをそっと手に取る。そんな何気ない行動ですら、食い入るような視線を集めてしまうようで。
「…あ、あの子、薩川先輩にタメ口きいてるし」
「…さっきからよめって呼んでるけど…」
「…よめって…まさかお嫁さんって意味!?」
「…えぇぇぇぇ!? 薩川先輩、普通に返事してるけど!?」
「…あの指輪だろ、例の!?」
「…ちくしょぉぉぉぉぉぉ!!」
「…左手の薬指って、つまり、そういうことだよなぁぁぁぁぁぁぁ」
うーん…
これ以上騒ぎが大きくなる前に、さっさとこの場を離れた方が良さそうだな。
特に沙羅さんは、この状況に対して明らかに不快感を滲ませているようだし。
「沙羅さん、行きましょうか」
「はい。それでは花子さん」
「ばいばい」
沙羅さんからカバンを受け取り、花子さんに挨拶をしてから、教室の出口…つまりは、あの人垣に向かって突撃を開始する。
イチイチ相手をするのは面倒なので、ここは一気に強行突破を…
「私達に、何か用事でもあるのでしょうか?」
「えっ!?」
「い、いや…」
「その…」
…と思った矢先、俺の前へ出た沙羅さんが、人垣に向かっていきなり声をかける。その口調こそ普通に思えるものの、声音からは強い圧力を感じさせるようで…特に最前列の連中は、慌てたように顔を見合わせた。
「用がないのであれば、そこを退いて貰えませんか? 通行の邪魔です」
「は、はいぃぃぃっ!!」
「すみません!!」
「ごめんなさい!!!」
有無を言わせない沙羅さんの迫力に、蜘蛛の子を散らしたように、その場を後にするモブの皆さん。
と言うか、思った以上に人が集まっていたみたいで…どれだけ暇なんだよ、こいつら。
「さぁ一成さん、参りましょうか」
「ですね」
いつまでもここにいたら、また余計な騒ぎが起きないとも限らないからな…
これはさっさと行った方が良さそうだ。
………………
随所で注目を浴びつつ学校を出た俺達は、一路、目的地である神社へ向かう。
特別、これと言った用事がある訳ではないが、沙羅さんが先日のことを…俺から正式にプロポーズされたことや、婚約指輪を受け取ったことを、是非とも幸枝さんに報告したいとのことで。
正直に言うと、わざわざ改めて報告するのは少し大袈裟な気もするし、俺自身も照れ臭い気がしないでもない。
でもそこは、他ならぬ沙羅さんのお祖母ちゃん…そして、俺にとっても義理のお祖母ちゃんとなる人なのだから、やはりキッチリと報告しておくべきだな…と。
何より、沙羅さんが嬉しそうだから。
「いーち、にー、さーん…」
俺達が神社の境内(と呼ぶのは大袈裟だが)へ続く階段を登り始めると、上の方から子供達の声が聞こえてくる。その矢先に、野球帽を被った一人の男の子が姿を現し、そのままキョロキョロと周囲を確認しながら、脇にある茂みの中へ入っていった。
あれはどうやら、かくれんぼをしているみたいだな。
「ふふ…あの子は直ぐに見つかってしまいますね」
「ですね。あそこは定番だし」
男の子が入った辺りには、ちょっとした天然のトンネルがあって、小さな子供であれば簡単に入れる、定番の隠れスポットになっている。
ただ、奥行きは左程なく、しかも定番であるが故に、鬼にとっても恰好の狩り場スポットになっていたり。
「さぁ、行きましょうか」
「ですね」
通りすがりに何となく視線を向けてみると、同じくこちらを見ていた男の子と目が合った。ニヤリと意味深な笑みを浮かべ。口前に人差し指を立てて「しー」のポーズ。
もちろん黙っててやるけど、そんな手前にいたら簡単にバレちゃうぞ?
……………
境内に上がると同時に、勢いよく走ってきた鬼役らしい男の子とすれ違い(早くも見つかるな、あれは)、それとは別に、母屋付近に見慣れた人達の姿を発見。
この場所で出会うこと自体は珍しくないが、三人揃って居るというのは、何気に珍しいと言えなくもないのかも。
「あぁぁぁ!!! おにぃちゃんと、さらおねえちゃんだぁぁぁ!!」
最初に俺達を見つけた未央ちゃんが、放たれた弓矢…弾丸の如き凄まじい勢いで、沙羅さんに突撃…と思いきや、直前で進路を変え、いきなり俺の方に向かって!?
しまっ…油断したっ!?
「ぐほっ!?」
「一成さん!?」
「きゃははははは!!」
俺の腹に強烈なタックルを決め、そのまま正面から覆い被さるように飛びついてくる未央ちゃん。
俺も何とか体勢を立て直し、未央ちゃんが落ちないようにしっかりと抱え直す。
ふぅ…やるな、未央ちゃん。
ナイスタックル。
「た、高梨さん、大丈夫ですか!?」
「わわわ、高梨くん大丈…夫!?」
「だ、大丈夫です」
呆然とその様子を眺めていた藤堂さんと和美さんが、慌てたようにこちらへ駆け寄ってくる。そして隣にいる沙羅さんは、未央ちゃんの頭が突き刺さった辺り…つまり、俺のお腹を優しく撫で撫でしてくれていたりするんだが…
その…何と言いますか…
屋外でそこを撫でるのは、見た目的に、ちょぉぉっとだけヤバいのではないかな…と。
「未央っ!! そんなことをしたら危ないでしょ!! すみません、高梨さん、いつもいつも…」
「あ、あはは…大丈夫です。そ、それと沙羅さんも、俺はもう大丈夫なんで」
だからそろそろ、手を離してもいいですよ…と、暗に含めた伝え方をしておく。このままですと、主に藤堂さんが大変なことになりそうなので…
「は、はぅぅ…」
…って、それ指の隙間からしっかり見てるよね?
しかもガン見してるよね?
でもこれは、疚しいことなど何一つない、全くもって健全な行為ですから、普通に見てくれても構いませんのことよ?
「おにぃちゃん、ごめんなさい…」
「うん。ごめんなさいが出来て、未央ちゃんは偉いね。お兄ちゃんなら大丈夫だよ?」
しょんぼりと縮こまる未央ちゃんに優しく語りかけ、安心して貰えるように頭を撫で撫で。
それに、ハッとした表情で顔を上げた未央ちゃんが、気持ち良さそうに目を細め…甘えるように、自分からも俺の手にスリスリと。
まるで小猫のようなこの仕草、もう可愛いすぎて反則ですわ!!
「えへへ、おにぃちゃん、すき〜」
「もう…未央ったら」
「ふふ…未央ちゃん、お怪我をしたら痛い痛いですから、気を付けましょうね?」
「うん!!」
優しく諭すような沙羅さんの注意にも、未央ちゃんは元気一杯の返事を見せる。だからそのご褒美に、沙羅さんと二人掛かりで頭を大きく撫で撫でしてあげると、「きゃーきゃー」と楽しそうな笑い声をあげた。
「…あ、あはは…洋子の台詞じゃないけど、こうして見てると、本当に夫婦みたい…」
「ん? 藤堂さん、何か言った?」
「う、ううん、何でもないよ!! それより、高梨くん達は…」
「あらまぁ、何か話し声が聞こえると思ったら、今日はなかなか面白い組み合わせねぇ?」
不意に違う場所から声が掛かり、全員の視線が一斉に同じ場所へ向かう。
するとそこには、縁側にあるガラス戸の隙間から顔を出し、こちらを見ながらニコニコと笑っている幸枝さんの姿が。
「こんにちは、幸枝さん」
「お祖母ちゃん、こんにちは」
「おばぁちゃん、こんちゃ〜」
「はいはい、こんにちは。うふふ…そうしていると、子供のいる若夫婦みたいに見えるわねぇ♪」
俺達三人の姿を眺めながら、幸枝さんはコロコロと楽しそうな笑いを溢す。
そう言われてみれば、ミスコンのときも似たようなことを言われたような…
「あのね、あのね、おばぁちゃん!! さらおねぇちゃんがままになったら、みおがあかちゃんとあそんであげるんだよ!!」
「あらあら、そうなの? それは沙羅ちゃんも助かるわねぇ。私も、ひ孫を見れる日がたの…」
「お、お祖母ちゃん!! そ、そういう話はまだ…その…」
この手合いの話題は流石に恥ずかしかったらしく(俺もだが)、慌てたように話へ割り込む沙羅さん。その顔はほんのりと朱く染まっていて、何故か幸枝さんでなく俺の顔をチラチラと見ながら…って、この状況で何を言えばいいのか俺にも分かりませんですよ!?
「うふふ、相変わらずの仲良しさんで、私も嬉しいわ。それで、今日はどうしたのかしら?」
「あのね、みお、さんたさんにあいたい!!」
「未央ちゃん?」
唐突に飛び出した未央ちゃんの可愛らしい発言に、思わずホッコリとした気持ちになってしまう…が、残念ながら話の繋がりが読めない訳で。
「すみません、実は…」
そんな場の空気を読んだのか、和美さんが直ぐに話を引き継いでくれる。
そして、肝心の内容だが…
「今日、幼稚園で、お友達が去年開いたクリスマスパーティーの話を聞いたみたいなんですけど…そこにサンタさんが来てくれたというお話を聞いたみたいでして。それを聞いた未央が…」
「みおも、さんたさんにあいたい!! だからかみさまに、さんたさんにあいたいですって、おねがいしにきたの!!」
…とのことらしい。
実に未央ちゃんらしい、可愛らしく微笑ましいお願いではあるが…実際のところは、なかなか難しい話でもあり…
と言うのも、未央ちゃんのお家にはお父さんがいないので、肝心のサンタさん役をやる人がいないんだよ。
「ふふ…未央ちゃんは、サンタさんに会いたいのですか?」
「うんっ。だって、さくらちゃんがいいこにしてたから、おうちのぱーてぃーにきてくれたんだよって。でもみおだって、ちゃんといいこにしてるのに…」
「…そうですね。未央ちゃんはとっても良い子ですから、きっとサンタさんも見ていますよ?」
「うんっ!!」
上手く話を合わせながら、沙羅さんは頻りに何かを考えている様子で。
かく言う俺も…もちろん藤堂さんや和美さんだって、何か対応策を考えているんだろうが…
「和美さん、クリスマスパーティー自体はどうなの?」
「…正直に言いますと、我が家ではパーティーと呼べる規模のものを開くことは難しいです。私と未央の二人だけですし…それに、家も狭いので」
家庭事情もあるだろうから、これについては深く突っ込まないでおくが…でも確かに、お母さんと二人きりでは、恐らく未央ちゃんの求めている「パーティー」と呼べるものは難しいかもしれない。
「んー…場所のことなら、そこの集会所を使ってくれてもいいんだけどねぇ」
「ありがとうございます。ただ、どちらにしても…」
「うぅぅぅぅ…」
子供なりに、話の雲行きが怪しいことを感じたのか…俺に強くしがみつき、今にも泣き出してしまいそうな未央ちゃん。
何とかしてあげられるものであれば、俺も協力してあげたい気持ちは山々なんだが…
でも…
今年のクリスマスは、俺と沙羅さんにとって、初めて迎える大切な一日なんだよね…
「一成さん…」
沙羅さんも俺と同じ理由で悩んでいるのか、今にも泣き出しそうな未央ちゃんの姿に、辛そうな表情を浮かべていて。
そうだよな…
この話を知ってしまった以上、このまま未央ちゃんを笑顔に出来なければ、優しい沙羅さんはきっと…俺だって、心のどこかに引っ掛かりを残したまま、クリスマスを迎えることになってしまうかもしれない。
そんな気持ちで一日を過ごすくらいなら、どうすればいいのか…もう答えは決まっているようなものだから、それを沙羅さんに言わせるなど断じて有り得ない。
これは、俺から言うべきことだ。
「…沙羅さん」
「ふふ…ご随意に」
俺の考えを読んでいたらしい沙羅さんが、何も言わずに賛同の意を示した。
これでもう、俺には迷う必要が無くなった訳だ。であれば…
「幸枝さん、集会所を確保しておいて下さい」
「高梨さん!?」
「高梨くん!! クリスマスは薩川先輩と…」
「それは藤堂さんも同じだよ?」
「う…で、でも」
やはり藤堂さんも同じことを考えていたらしく、俺の言葉にアッサリと答えを詰まらせた。そして困ったような視線を沙羅さんへ向け…沙羅さんは満面の笑みで、それに対してコクリと頷く。
「未央ちゃん、今年のクリスマスは、私達と一緒にパーティーをしましょうか?」
「さらおねーちゃん…きてくれるの?」
「はい。一成さんも一緒ですよ?」
「…おにぃちゃんも?」
「うん。一緒にクリスマスパーティーをしようか」
「やったぁぁぁぁぁぁ!!」
先程までの悲しそうな様子はどこへやら。俺に抱っこされたまま、飛び跳ねるような大はしゃぎを始める未央ちゃん。
しかも俺越しに沙羅さんの腕へも抱き着き、両方同時に甘えるという高等技術を見せる。
「ぱーてぃー!! くりすますぱーてぃー!!」
「あはは…」
「ふふ…」
「ねぇねぇ、おにいちゃん!! くりすますぱーてぃーをやったら、さんたさんあそびにきてくれるよね!?」
「そうだね。きっと来てくれるよ」
「うんっ!!」
もうこれ以上ないくらい、それこそ全身で喜びの感情を表しているように、未央ちゃんはぐいぐいと力強く俺に抱き着いてくる。
ここまで喜んでくれるのなら…
本当は、沙羅さんに申し訳ない気持ちも残ったままなんだけど…
「うふふ…流石は沙羅ちゃんが見初めた男の子ね?」
「はい。一成さんは、世界一素敵な男性ですから♪」
「あらあら、ご馳走様♪」
「えっ、いや…」
二人から直球で褒められて、しかも沙羅さんは完全に惚気ているので、どうにも照れ臭いと言いますか。
でも沙羅さんが、俺の決断を歓迎してくれているのであれば…これで良かったんだよな…きっと。
「…高梨さん、薩川さん、本当に宜しいんですか? お二人だって、クリスマスは…」
「俺達なら大丈夫ですから、それはもう言いっこなしです」
だからこれ以上は言わないで下さい…と、念押しも込めて、少し強めに伝えておく。
もちろん本音を言ってしまえば、俺だって残念に思う気持ちがない訳じゃないけど…それでも、後悔だけはしたくないから。
それに…
「沙羅さんとデートする時間は、キッチリ取れると思いますし…だから藤堂さんも、速人と」
「わわわわっ、た、高梨くん、それはダメェェェェ!?」
「あら、満里奈ちゃん? 今の話は一体…」
「あぅぅぅぅ」
「あー…ご、ごめん、藤堂さん」
どうやら、まだ速人とのことは秘密だったらしいな。
そうとも知らず、これは悪いことをしてしまったかも…
「…ありがとうございます、高梨さん、薩川さんも。本当に、何とお礼を…」
「いえ、私達も楽しみですから、お気に為さらないで下さい。それに…」
「それに?」
「私の旦那様は、こういうお方なんですよ♪」
「あら、ふふ…ご馳走様です♪」
「うふふ…沙羅ちゃんも言うようになったわねぇ」
皆の視線が一斉に俺へ集まり、でもそれは冷やかされているという訳でもなく、純粋に温かい目で見られているような…
しかも沙羅さんに至っては、もの凄く嬉しそうな笑顔で、真っ直ぐに俺の目を見つめてくるので…それが余計に照れ臭いと言いますか。
「あ、あの、そろそろ…」
「ふふ…聞いていたよりも、照れ屋さんみたいねぇ?」
「お祖母ちゃん、そのくらいにして下さい。一成さんの可愛らしいお姿を愛でるのは、私だけの特権ですから」
「あらあら、本当に言うようになったわねぇ。それはひょっとして、その指輪と関係があるのかしら?」
「えっ?」
どうやら幸枝さんは、指輪の存在に気付いていたらしく…和美さんの興味深そうな視線も、未央ちゃんの興味も、同じく沙羅さんの薬指で光る指輪へ向かう。
いよいよ、俺達がここへ来た本題に触れることになりそうだ。
ちなみに沙羅さんのアレは、指輪とか一切関係なく…正真正銘の素ですから、念の為。
「あぁ!! さらおねぇちゃん、ゆびわしてるぅ!!」
「沙羅ちゃん、それは…」
「はい。実は先日、一成さんから正式にプロポーズをして頂きまして…その際に頂いた、婚約指輪なんです」
「プ、プロポーズ!?」
「まぁまぁまぁ!! 良かったわねぇ、沙羅ちゃん!! おめでとう!!」
「ふふ…ありがとうございます」
俺の顔をチラリと伺い、沙羅さんは、どこか誇らしげに左手を…幸枝さん達が指輪を見やすいよう、そっと前に差し出す。
そして未央ちゃんも興味津々な様子で、俺にしっかりと抱きつきながら、頭だけを必死に反対側へ。
「こ、これを、高校生の男の子が…!?」
「うふふ…こんなに凄い指輪を頂いてしまったら、沙羅ちゃんが自慢したくなるのも分かるわね」
「はい! これは私にとって、生涯の宝物なんですよ♪」
自分の宝物を褒められて、沙羅さんは殊更嬉しそうに…ちょっとだけ、はしゃいでいるようにも見えるくらいに喜んでいて。
こんな姿を見せて貰えるなら、本当に、指輪を用意した甲斐があるってものだ。
「高梨さん…私からも是非、お礼を言わせてね? 本当にありがとう…沙羅ちゃんに幸せをくれたことも、出会ってくれたことも。高梨さんが沙羅ちゃんの良い人になってくれて、私も嬉しいわ」
「俺の方こそ、沙羅さんとこうなれたのは…きっと、幸枝さんとの繋がりがあったからだと思いますから。だから、ありがとうございます。それと、今後も宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ、宜しくお願いしますね。私のことは、気軽にお祖母ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
「あ、あはは…それはその、追々に」
お祖母ちゃん…か。
そう言えば、久しくそう呼んでないな…
「うふふ…沙羅ちゃんが婚約指輪をしてる姿を見たら、一気に実感が湧いてきたわねぇ。これは将来のことを、もっと本格的に詰めていかないと!」
「お、お祖母ちゃん、張り切りすぎないで下さいね?」
「それは無理な相談よ? 二人の将来に向けた話は色々と山積みだし、こうなったからには、私もまだまだリタイアする訳にはいかないもの。それに、ひ孫の顔を…」
「お、お祖母ちゃんっ!!!!」
「うふふ、ごめんなさいね。まだ高校生の二人にする話じゃないわよね。ついつい、気が焦って…」
「そ、そうですね…あ、あはは…」
何だろう…今、幸枝さんの背後に真由美さんの影が見えたような…って、この場合は逆になるのか?
まさか、これは血筋だとでも…?
でもお願いですから、そういうセンシティブな部分に関わる話題は避けて頂きたいのですよ…色々とリアクションに困るので。
取り敢えずここは、話題を逸らすべきだな…
「そ、それはそうと、クリスマスパーティーの話をもう少し」
「あ、そうね。もう一ヶ月くらいしかないから、集まってる今の内に、ある程度決めておいた方が良さそうかしら? 和美さん達も、時間はまだ大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。本当にありがとうございます…」
「いいのよ。それにお礼なら、高梨さんと沙羅ちゃんに言ってあげて頂戴。それじゃあ、いつまでも立ち話じゃなんだから…続きはお茶でも飲みながら、ゆっくりとしましょうか?」
「みお、おかしたべたい!!」
「うふふ、お菓子ならちゃんとあるわよ」
「やったぁぁぁぁ」
「ふふ…良かったですね、未央ちゃん」
「うんっ!! さらおねぇちゃんも、おにぃちゃんも、まりなおねぇちゃんも、ままも、おばぁちゃんも、みんないっしょにたべようね!!」
「はい」
「そうだね」
「うん」
「もう、未央ったら…」
「えへへ〜」
和美さんの声にいたずらっぽい笑いを返し、俺の顔を見上げながら極上の笑顔を浮かべる未央ちゃん。
その笑顔は本当に嬉しそうで…
よし。
もうこうなったからには、少しでも楽しいクリスマスパーティーを企画して、未央ちゃんだけでなく、俺達自身も楽しめる一日を目指そう!
藤堂さんのことについては、速人へのフォローは俺からもするとして…いや、それならいっそ、速人にも参加して貰うのも有りなのか?
それに、未央ちゃんに会えるとなれば、花子さんも喜ぶだろうし…
これは思い切って、皆に声を掛けてみるのも面白いかもしれないな。
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はい。
と言う訳で、幸枝さんへの報告回と、クリスマスに繋がるお話でした。
以前、オマケ的に「未央ちゃんのクリスマス」というエピソードを書くのがどうのと話題にしたことがありましたが、あれを膨らめて、正式に本編へ組み込むことに致しました。
沙羅さんと二人だけのクリスマスデートをご期待された読者様には申し訳ありませんが、しっかり二人きりのシーンは用意するのでご安心下さいw
それと、大変お待たせしております両家顔合わせ編についてですが…
現在、あと二つほどエピソードを挟むつもりでおりまして、それが終わり次第、突入する予定となっております。比較的近いとは思いますので、もう少々お待ち下さい。
それでは、また次回〜
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